※この作品はR-18です。

範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ)   作:贋海王

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オステオダーム

 

 真冬の両足へと、白いワニのオステオダームが下方から迫った。

 

 ──避けられない

 瞬時に、そう悟った真冬は、回避を棄てた。

 ──全長12メートルものワニの皮骨板との衝突である。

 しかも、真下から襲って来るのだ。

 このワニの背中との衝突を例えるならば、有り得ない事だが、真下から小型トラックを投げ付けられる様な物である。

 この間合いにまで接敵し、真冬は改めてワニの巨大さを認識することになった。

 

 だが、この刹那の激突──真冬の目には、ワニが立ち上がった起こりからそれとの衝突までも、すべてがスローモーションとして映っていた。

 

 ──回避を棄てた真冬の脳は、真冬の意思とは関係無く死を感じる事で、特殊な作用を起こしたのだ。

 脳内で火薬が炸裂するような火花が散った。

 脳に甘く優しい痺れが生じ、上腕と肩、ワニとの交戦中に負った傷の痛みが、柔らかく熔けていく。

 

 脳内麻薬エンドルフィンが満ちた。

 脳内に生じた快楽物質が全身に行き渡る。

 痛みも疲れも、もはや感じない。

 

 ミレニアムタワー屋上からの落下の際に得た“死に際の集中力”が、エンドルフィンの分泌により、更なる強化が施されていた。

 ワニの動作がスローモーションから、ストップモーションに。

 ほぼ、ワニの動作が静止して見えているのだ。

 

 ワニが攻撃を仕掛けようとする初動の起こりよりも0.5秒前の事だ。

 真冬の精神はワニの攻撃の起こりを察知していた。

 更に脳は、その0.3秒前に回避不能と判断した。

 故に、死に際の集中力と、エンドルフィンが同時に発動したのである。

 

 この集中力により、真冬はある防御方法を取ることが可能なのだ。

 

 結果的には、真冬は無寸止めと消力(シャオリー)を行う事で、真下からの衝撃を完全に受け流していた。

 

 先ずは、無寸止めだ。

 両脚と両足の関節が全て動員された。

 関節が伸ばされ、そして両膝をバネとする。

 真下からの衝撃と、自身がブロックから飛び降りる落下の衝撃をぶつけ合い、自身に返ってくる衝撃を緩和していくのだ。

 真冬は、ワニの皮骨板との衝突の寸前に踵を上げた。

 爪先で降り立つように衝突し、その瞬間に、踵を落とす。

 そして、衝撃を足の指、足首、膝と流していく……。

 そこからは腰や背骨、上半身へと衝撃が昇り消えていった。

 

 全身に巡った衝撃を完全に無効化するための技術が消力となる。 

 ──真冬の身体は跳ね上がり回転し、ワニの背中──皮骨板の上ではなく、下水道の路へと、背中から受け身を取り、後転し片膝をついた。

 

 右膝を立て、左足は脛を寝かせていた。

 片膝をついた状態で、矢を持った左手は地面につけず、自分の頭より若干下に位置させ、矢じりはワニへと向けている。

 右手は上腕を接地させ、三本目の腕も当然地面にあるが、バグナウがついた先端部はワニの方は向いていない。

 事実上四つん這いの状態だ。

 四つ足の獣の様にして真冬は、ワニへと相対し、奇妙な事に、ワニは二本の脚で仁王立ちの様に立っているのだ。

 

 人間と動物の立ち方が逆転している。

 二頭の獣が、それぞれこの体勢だったのは実質数秒。

 ワニが仁王立ちしたのは、あくまで真冬を迎撃するための物だったからだ。

 そして、四つん這いのままで真冬は駆ける。

 一瞬遅れて、ワニも動いた。

 

3. 下水道の商人、エコ太郎が語る話

 

 ──真冬ちゃんか、あの子を初めて見た場所は、うん、下水道ですね。

 西公園のホームレス達が……まだ、西公園を立ち退いていない頃でして。

 えぇ、神室町ヒルズ建設の為に、ホームレス達が立ち退きになる前の時期。

 話はね、その時分にはもう聞いていたんですよ、西公園が再開発されるってのは。

 じゃあ、長年西公園で暮らしてたホームレス達が何処に行けば良いのかって。

 そこで、自分等が考えたのは廃ビルとか下水道に移り住むかって事でして。

 ──丁度、自分が下水道の調査やら掃除、諸々の準備をしてた夜でした。

 思えば、真冬ちゃんがやってくれる下水道掃除の一番最初が、あの夜だったのかもな。

 青木さんも御存知でしょうが、真冬ちゃんね、下水道や廃ビルの掃除を手伝ってくれてたんですよ。

 ──掃除を、ね。

 えぇ、そうです、ヤバイ連中をね、掃除してくれてた。

 

 真冬ちゃんの第一印象?

 真っ白な幽霊みたいな……半裸の幼女。

 面食らいましたね。

 うん、いきなり、あれを見たからねぇ。

 まるで恐竜と言うか、とんでもなく巨大な、都市伝説そのものみたいなワニと戦ってる姿ですからね。

 

 ──半裸の可愛いロリータが、ですよ。

 

 下水道なんて現実的な場所で、神話を見たって言いますか。

 神話の様な戦いがね、そこにあった。

 

 ──真冬ちゃんの姿、間違っても単なるロリータでは無かったですからね。

 ──それはまるで、白いカーリー。

 インド神話に出てくる四本の腕を持つ女性の鬼神ね。

 カーリーは、黒い者って意味らしいから、白いカーリーと呼ぶのは少し変かも知れないけれど。

 カーリーを連想したのは真冬ちゃんの戦い方が、複数の腕を使っての物──そんな風に見えたから何ですよ。

 

 そんで、相手は巨大ワニだ。

 カーリーがセベクと戦ってる。

 セベクってほら、エジプトのワニの神様。

 交わる筈がないインドとエジプトの神様が、神室町の下水道で戦ってるんですから。

 そりゃ、あんなワニ見て、ビビりましたよ。

 ──でもね、有り得ない神話の様な二頭の激突……いやあ、興奮しましたねぇ。

 

 そうそう、真冬ちゃんがカーリーに見えたって話ね。

 複数の腕。

 勿論、真冬ちゃんの腕は二本だけど。

 あの子、妙な事をやってましてね。

 どんな技術を使っているのか、器用な物でしたよ。

 

 先端に鈎爪──バグナウって言うらしいですね。

 インドの暗器なんですけど、あ、そう言うことなら真冬ちゃんをカーリーって呼ぶのも繋がりが出来るかな?

 はい、それが付いた袖を使ってるんです。

 四つん這いで走り出した真冬ちゃんは、セベク……白いワニに襲いかかった。

 ──九歳かそこらの幼女が……ですよ、まぁ、あの子を良く知る青木さんなら奇妙な表現と思わないですよね、えぇ、真冬ちゃんですから。

 

 ──でね、下水道に破裂音の様な物が響いた。

 ほら、鞭が空気を裂いてる様な音。

 音速でしたっけ、振るった鞭のスピードが音速に達すると鳴るって奴です。

 それがね、後から思うにそいつが

 ──袖が何度も何度も鳴ったんです。

 ──真冬ちゃんの三本目の腕が、振るわれる音です。

 右袖が、セベクの前肢や腹を打つ。

 

 最初ね、先端のバグナウが重しになって、分銅の様に袖を使ってると思ったんですよ。

 その時は分からなかったんですが、西公園で真冬ちゃんと再会した時に、その技の原理を教えて貰った。

 確かにバグナウを分銅の様に扱ってその重りの反動も利用してる。

 ──でも、その技の肝は肩での操作らしいんです。

 繊細に、しかし素早く肩を振り、袖を後ろに伸ばす。

 言葉にすれば簡単ですけどね、どんなスピードで肩を動かしてるのかってね、驚きましたよ。

 いやね、呆れたと言っても良い。

 伸ばしきった袖を更に動かすために、本来の腕や拳を振るって、そうしたら袖が攻撃を仕掛ける。

 

 これね、ワニ相手に使ってるんですよ。

 こんな繊細な動作を巨大なワニを前にしても臆することもなく、動揺さえもなく、行える。

 ──そんな真冬ちゃんの精神力、見てて痺れましたよ。

 

 見てる感じの印象としては、先端のバグナウを拳に見立て放たれるパンチ。

 最初に聞いた破裂音の時はフックですかね。

 ──鉤爪、バグナウだけに……って。

 あ、いえ、凄いと感じたのは袖の先端のバグナウがまるで正拳突きの様に真っ直ぐ打ち込まれた時ですね。

 ほら、普通に鞭みたいに振ってる訳じゃ無いって事なんですから。

 

 人間相手にこの技を使えば、想像の外に在るように突かれる意表と、音速に達する速度から発生する威力の大きさに、まず間違いなく負けることは無い──冴島さんとか花山さんみたいな化け物相手なら兎も角として──とは思うんですが。

 

 真冬ちゃんが、その時正に戦闘してる相手は太古の恐竜みたいな化け物ワニ……神話の世界からやって来た(様な)セベク神と言うわけです。

 

 セベクはまるで、巨木の丸太が転がる様に動き、バグナウを弾いたんです。

 あれですよ、水中で捕食する際のワニの動きです。

 デスロール、それをセベクは防御と威嚇の為に使ったんです。

 二本の脚で立っていたんですが、その動きをするためにまた四本脚に戻ったんですが、その時の行動で下水路にとんでもない衝撃が走りました。

 四つん這いに戻る為の行動も攻撃だったんでしょうね。

 真冬ちゃんの事を押さえ込むように押し潰す算段だったのか。

 コンクリートにクレーター出来てましたもん。

 

 さしもの真冬ちゃんも、絶えず動き、回転するセベクのデスロールに三本目の腕は弾かれ、その技を使うタイミングを殺され続けた。

 

 でもね、真冬ちゃんはエグい。

 あぁ、神話の世界は終わるんですよ。

 ここからは、神室町の下水道で起きる汚い死闘の世界。

 

 真冬ちゃんの長い髪の毛が、ゆらりと揺らめいた。

 青木さん、知ってます?

 真冬ちゃんはね、蜚蠊何ですよ。

 靡き続ける真冬ちゃんの白く長い髪は触角。

 

 その時はそんなこと知るわけ無いのに、カーリーだった筈の幼女が、人間サイズの真っ白な蜚蠊に成っていた──少なくとも、自分の目にはそう映ってた。

 12メートルの丸太が転がるようなデスロール、小柄な真冬ちゃんが、避けるのは困難です。

 でも、当たらない。

 まるで、いまそこにいた蜚蠊がいつの間にか消える様に、真冬ちゃんも消えて、そして避けている。

 

 自分がまた真冬ちゃんの姿を認識出来たら、ふと違和感があった。

 髪の毛が伸びてるんですよ。

 あれね、何でも新陳代謝が異常らしいですね。

 自分は視認してませんが、爪も伸びてるらしい。

 真冬ちゃんは戦闘の度に古い細胞が新しくなって、より戦闘に特化した細胞になる……そんな噂もありますからね。

 真冬ちゃんが良く行ってる町医者の……ホームレスや訳ありの者が世話になってる柄本さん。

 あの人の友達の鎬紅葉って医者が言ってた冗談らしいですけど。

 

 

 ──そして

 鉄製のバグナウを弾き

 ギュスターヴをも超え、恐らく対物重火器の弾丸をも弾く思われる、セベクのオステオダームに、真冬の左手の親指を除く四指が突き刺さっていた。

 

 明らかに異常な事態だ。

 真冬は袖とバグナウを奮うという技を使っていた。

 それはある種の鞭打である。

 だが、指を突き刺す……いや、これは爪が突き刺さっているのだ。

 爪を押し込み、更に指がオステオダームに食い込んでいる。

 

 技をやめて使ったのは、爪で引っ掻くと言う女子供の抵抗だ。

 攻撃などと呼べる代物ではない。

 だが、鉄の爪を弾く鱗に突き刺さっている人間の爪。

 

 

 ねえ、青木さん、真冬ちゃんはね、武術家でも、スポーツ選手でもない。

 刃物も使うし、環境にある物も何でも使う。

 場合によっては火器の使用も躊躇わない。

 失った体を補う改造手術だってする。

 真冬ちゃんがその時使った、引っ掻く。

 そんな女子供の護身術だって当然使う。

 でもね、その爪は──対物重火器の弾丸よりも強い。

 お母さんが喜ぶなら何でも強さを吸収する。

 そこに美学も美意識も何もない。

 それは、かのジャック範馬とは別のベクトルで何でもあり何ですよ。

 

 右手の爪も突き刺した。

 ──自分がそこまで目撃した後には、やっぱり何時の間にか蜚蠊は……真冬ちゃんの姿は消えてました。

 セベクが下水路に倒れた轟音と一緒にね。

 

 そうそう、このセベクね、正体なんだと思います?

 その正体、何故下水道にいるのかに迫る話、それにも真冬ちゃんは絡んで来るので何れまた、青木さんにお話しますね。 

『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?

  • そのままで良い
  • 残骸置場行きが良い
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