範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
(一)西木夏織の夢小説
天の川を挟んで星が二つ。
一つは──
拳牛真冬星
その星を見る夏織姫星。
今は昔──
拳牛真冬と言う、女性がいました。
白い髪
白い肌
まるで、冬の雪が人の形を成したような、そんな女性です。
でも、双眸は紅い。
紅玉の様な瞳は、穏やかな、冬の大気よりも澄んでいる。
しかし、その手弱女の様な見目をしてはいますが、
拳牛真冬──
天下無双とも言える武術の達人です。
戦で扱う鉤を真っ直ぐにしてしまい、
拳牛の名前の通り、彼女の拳は雄牛の角さえへし折ります。
「え~と、たしか、真冬さん……當之のご先祖は當麻蹶速だったわよね。こんな感じにしとこうかな」
もう一つの星は夏織姫星──
夏を織る
つまり、夏を司る姫神です。
「いいよね、別に」
双星は、ある日に出逢いました。
夏織姫が織っている、夏のある日の事です。
白い雪の様な美しい女性に、夏織姫は一目で恋に落ちました。
「……うーん、唐突かなぁ」
夏織姫は、拳牛真冬の
とても強く、嫋やかな左腕がしなると、猛牛の角が根元から折れたのです。
その猛牛は、近頃村々を荒らし回り、悪さをしていました。
どんな怪力無双の男達も敵わない猛牛でした。
拳牛真冬の鞭の様な腕は、忽ち、そんな猛牛を倒してしまいます。
「真冬さんの鞭打!!真冬さんの
そんな拳牛真冬に、恋をするのは当然の事でした。
夏織姫は、白い女性をどんな男の人の事よりも好きになったのです。
「あ……真冬さんはなんで、私……じゃないや、夏織姫星を好きになるんだろ、あ、どうしよう」
拳牛真冬は、夏織姫と出逢い、彼女もまた、美しい姫を好きになるのです。
夏織姫が織るのは季節だけではありません。
機を織り、色鮮やかな着物を拳牛真冬に贈りました。
美しい真冬を飾り立て、彼女は夏織姫の手で、より、美しい姫になっていきました。
「そっか、今度、真冬さんに服とか何か作ってみようかな。編み物とか初めてみるかー」
いつしか、とても仲睦まじい二人は、天の神々の間でも知られる様になりました。
しかし、仲睦まじく暮らす、二人に、別離の時がやって来てしまいます。
天帝が、夏織姫を見初めてしまったからです。
女人同志の恋を天上の神々は認めません。
天帝が、天の川向こうの対岸へと、夏織姫を連れ去ったのでした。
ただ一つ、年に一度、対岸から拳牛真冬と夏織姫は逢うことだけは赦されました。
「……真冬さんなら、まぁ、諦めないよねー」
拳牛真冬は、静かに怒ります。
天の川へと、歩み、その水面にそっと踏み出しました。
そして、一歩、更に踏み出すのです。
「鑓嚨式水上歩法『睡蓮』!! 真冬さんは……水面だって歩くからね。たしか、身一つだけなら150mは、余裕何だっけ」
拳牛真冬は、天帝が待つ城へと乗り込みました。
ゴブリン珈琲の休憩所で、西木夏織は何やら、スマートフォンを操作し、小説投稿サイトに書き込んでいた。
所謂、夢小説と言う物に近い。
自分と當之真冬を題材に、七夕伝説の話をでっち上げているのである。
途中で、手を止めたのは、いつもとほぼ同じ時刻に、夏織が待っている常連客がやって来たからだ。
夢小説に在った様に──
白い髪──
白い肌──
そして、血が流れていないような、死人を連想させる白い口唇──
だが、その白さの中、唯一の色彩となる紅い双眸。
先天性色素欠乏症の女性が来店したのだ。
ほっそりとした体躯だが、日本人女性としては、それなりに身長が高い。
163cmくらいだろうか。
「いらっしゃいませ!真冬さん!」
夏織は、微笑みかけ、接客を始めた。
他のウェイトレスに、真冬の接客はさせない。
いや、他のウェイトレスは既に諦めているのだ。
寧ろ、真冬に逢うために、彼女が来店するであろう時刻に進んでシフトを合わせる夏織の姿に諦めはしつつも、応援したいとの思いもあるようだ。
この夏の織姫様は一年に一度どころか、好き勝手に、真冬との出会いを年がら年中調節していた。
「ねぇねぇ、真冬さん!一つ、お聞きしていいですか?」
「……はい?」
冷コーとオムライスと、大抵いつも通りの注文を受けて、真冬の近くに立つ。
真冬も、夏織と話すつもりが有るからか、カウンター席に座るようにしている。
カウンターの向こうに夏織がいるので、他の客などの邪魔にはならない。
「明日の夜、お暇ですか?出来たらでいいんですけど、中華街の乞巧節のお祭り行きません?」
「……七夕?ぁあ、成る程、中華街だと、旧暦の七月七日ではなくて、日本の七夕に合わせたお祭りもやってるんですね」
「えぇ、どうですか?」
「……ぅん、大丈夫。姪は姉の所に行くと思うし……」
そこで、翠は……と言い出しそうになるが押し黙る。
生憎、翠は仕事で忙しい。
彼女は、大阪の方で、真冬が保護した動物達の世話や、検査に向かっているのだ。
翠は、獣医である。
夏場に体調の崩しやすい動物達を診察するため、日本を回っているのである。
ふと、これは浮気になりそうな気もしない訳では無かったが、この時期はまだ、パートナーシップ制度の宣誓前である。
(2)
──ねぇ真冬さん、例えばですよ
──何かの陰謀で、私と一年に一度しか逢えないとかなったら、真冬さん、私を助けに来てくれますか
祭りを祝う爆竹の騒音の中で、ふと夏織は、そんな事を聞いてしまった。
暑気が、狂わせているのか。
「……ぇ、それは、勿論……」
拳牛真冬の意思は堅い。
如何なる者が待っていても、
それが天上の神々であっても
天帝であっても、夏織姫星の手を取る為に、そこに向かいます。
「あ、中華街にも普通に願い事の短冊とかありますね、日本だからかな」
願い事の短冊は、概ね日本の文化である。
ふと、真冬は周囲を見渡す。
ぁあ、やっぱりあるかと、小さな露店へと向かう。
チーシージエクゥアイラーと、そんな奇妙な言葉と共に、真冬はその露店で買った花束を夏織へと手渡した。
一瞬、唖然とする夏織だったが、暑気に当てられた時より、顔を朱く染めてしまう。
簡単に言えば七夕おめでとう。
だが、実の所、中国における七夕とは日本におけるバレンタインに似る。
こうした花束を贈る風習はつまり、そう言うことなのだ。
残念ながら真冬は、そんな言葉は知っていても風習は知らない。
中国にいた際に、乞巧節の祭りで、ある中国人の女性から花束を贈られた事があった。
その時の事を覚えていたため、たまたま、中国では七夕に花束を贈ると言う、妙な知識で残ってしまったのだ。
その見目、金剛石にして紅玉と真冬を称する少女が中国にいる。
彼女との記録はまた、別の話である。
半ば、涙を湛えて夏織はそれを受け取った。
そして、爆竹に声をかき消され無いように、真冬の耳元まで口を寄せて、礼を言うのだった。
夏織姫を天帝の魔の手から拳牛真冬は、救い出しました。
拳牛真冬の五指が、天帝を貫いたのです。
一年に一度だけ──
二人が逢えるときは、そんな悲しい時間ではありません。
拳牛真冬星と夏織姫星は、天の川の畔でいつまでも寄り添い、輝いています。
真夏の夢小説──
そんなものを書いていたのに、不意打ちだった。
夢に勝る現実。
それも夢のようなものかも知れないが。
──しかし、それでも、やはり、好きなんだなぁ、真冬さんの事。
『一生、真冬さんが私たちと幸せでいてくれますように』
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
-
そのままで良い
-
残骸置場行きが良い