範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
1 當之真冬の花瑠瑠探訪日記
ハワイ──
美しいビーチから臨む透き通った海は、とても雄大な印象を与える。
温暖な気候──太陽もどこか大きく見える。
常夏の国特有の椰子が街路樹として並んでいる。
自然豊かなだけでなく、高層ホテルも建ち並び一大観光地と言ったところだろう。
──椰子の木は、この島では守護や平和の象徴らしい。
ビーチを歩きながら、女性が幼い少女にそんな話を聞かされていた。
海岸線は多くの観光客や現地の人間で賑わっている。
打ち寄せる高波に乗るサーファーも居れば、ダイビングを楽しむ者の姿もある。
ビーチバレーに興じる若者や、ただ砂浜で戯れる者など、様々だ。
この女性と少女も観光客だろう。
少なくとも、現地の人間には見えない。
少女は亜細亜人だろうか。
艶やかだが、不自然な程黒い髪に、大きく黒い猫を思わせる鋭い瞳。
前髪を真っ直ぐに切り、サイドは頬より僅か下辺りで切り揃えている。
後ろの髪は長く、背中辺りまで伸びていた。
簡単に言うと姫カットだ。
細く弧を描いた眉は美しく整っている。
少々勝ち気な印象を与えそうな顔立ちだが、可愛らしい少女である。
薄く冷淡な微笑を浮かべながらも、声はどこか弾んでおり年相応の愛らしさも感じられる。
もし着物姿なら日本人形──そんな印象の少女だった。
しかし、赤いハイビスカスの
身に付けているのも、少女用の水着だ。
ハワイ観光に来た日本人の少女──と言ったところだ、現に先程の会話も日本語だった。
しかし──
少女の手を繋ぎ、隣を歩く女性は日本人には見えなかった。
白い。
異様な迄に真っ白い女性だった。
髪は一切の色を抜いた様に白く、肌も白人のそれよりも白い。
今は桜色の口紅を差しているが、それを落とすと、死人の様に熱も血も通わないと思わせる薄く白い口唇が見えるだろう。
だが、唯一色彩が灯る紅い双眸。
常夏の国にいる場違いな雪女。
それとも、暑さの中で朧気に揺らめく陽炎の様な、幽霊か。
そんな見た目の女性だが、薄手のアロハシャツを羽織り、その下は黒いビキニを身に付けている。
その格好から、ハワイの外国人を含めて日本人が見ても雪女や幽霊と言った印象は持たれないだろう。
少女の年齢は幾つくらいか。
身長は130cmより少し低い。
八歳から十歳くらいだろう。
女性は見た目から年齢を推し測れそうに無い。
身長は162cmだが、身体は細い。
胸は成人女性とは思えない程に慎ましいものだ。
顔立ちも幼げで、少女とも成人女性とも受け手によっては、どうとでも印象が変わるだろう。
この二人の関係性──
確かに、母娘と言って差し支えは無さそうではあるが、姉妹と言われても不思議では無い二人だった。
「見て!見て、真冬!あれ、プリンス・カメハメの像でしょう!?」
──真冬
呼び捨てにされた女性の名だ。
少女がビーチに立つ像を指差していた。
それは、花のレイを首から下げ、腕を交差させた王を
「多分……あれ、カメハメハ大王かな。プリンス・カメハメは姉さんの好きな漫画の登場人物だから」
「同じようなものじゃないの?」
「え、ぅん、多分全然違うよ」
カメハメハ大王──
歴史上のハワイの国王だ。
少女が言っているのは名作漫画の『キン肉マン』に登場するキャラクターの名前だ。
その登場人物は、カメハメであり、カメハメハでは無いが、恐らくモチーフにはなっているのだろう。
日本ではそのプリンス・カメハメの存在や、ドラゴンボールと言う国民的レベルの漫画に登場する技の名前が『かめはめ波』であることから、カメハメハ大王の知名度が非常に高い。
しかし、真冬にとってカメハメハ大王で思い出すのはそれらではなかった。
それは、カメハメハ大王の血脈を受け継ぐプロレスラー『カイザー・ジュリアス・イャーウカ』である。
彼は、嘗て『マウント斗羽』とも試合し、『フリード・ゴッツ・エリック』とのコンビでマウント斗羽とアントニオ猪狩のタッグチーム『斗狩キャノン』を相手に死闘を繰り広げた往年の名プロレスラーだ。
真冬がまだ幼い頃の話しなのだが──
とある事件を切っ掛けに、実戦柔術の雄、本部以蔵、その弟子であるプロレスラーの花田純一と出会う。
その花田純一に巻き込まれる形でマウント斗羽やアントニオ猪狩とも巡り合い、更にフリード・ゴッツ・エリックやジュリアスと共に、闘争の渦中へと身を投じる事になるのだ。
──その戦いの終結後に真冬はジュリアスからハワイ諸島近海にあるドンドコ島に程近い、とある無人島を礼として譲り受けたのだ。
とは言え、その頃の真冬は海外に出る機会も無く、ましてや無人島を譲られようとも幼い彼女にはどうする事も出来なかった。
真冬の精神状態が真っ当なら、無人島など間違いなく無用の長物としか思わなかったであろう代物だ。
そして、本当に無人島を譲られたと本格的に知ったのは実は極々最近の事だった。
──真冬が所有しているらしい無人島が不法投棄の現場になっているとの警告を受けたからだ。
無人島を所有している事に関する諸々の費用や手続きはジュリアスが行っていたが、その警告は真冬の耳にも届いたのだ。
放ったらかしにされていたとは言え費用などの手続きを行ってくれていたジュリアスには感謝している真冬だったが、不法投棄と聞いて、自分も無人島の為に動くことにしたのだ。
広大な無人島──
そこは、不法投棄により、ゴミの楽園となっていた。
クリーンパイレーツと言うゴミの不法投棄を行っている悪徳ゴミ処理企業の犯行だった。
近海にある嘗てはリゾート地として知られるドンドコ島も被害を受けているらしい。
概ね半年前の事だ。
真冬は自分の無人島と、ドンドコ島の自然を回復させるために働いた。
協力者に、真冬が異人町で仕事の一つとしているデリバリーヘルプの客である春日一番がいたので互いに非常に大きな助けとなった。
元極道の春日や、ドンドコ島の住人であるレプティリアンとビッグフットの着ぐるみを着た謎の怪人物と共にクリーンパイレーツを退けたのだった。
その後、リゾート地として復興しつつあるドンドコ島に真冬は、恋人や姉と共に客としても訪れることになる。
今回、ハワイに訪れているのは、そのジュリアスから譲られた無人島に用があっての事だ。
春日一番のドンドコ島解放の協力体制の後、ハワイでも春日からデリバリーヘルプとして協力する傍ら、真冬はハワイで多くの動物とも出会った。
真冬は、行き場の無い動物の世話をすることを人生の目的として考えている。
神室町で出逢った仔犬ポチタロが、今の真冬にとっての始まりなのだ。
あの仔犬や、幼い頃、共に残飯を漁った野良犬や野良猫の様な行き場が無い動物の拠り所となりたい。
いつからか真冬はそう考える様になり、台湾黒社会に繋がる麻薬密売組織、人身売買組織の殲滅と言った大仕事の裏でそうした仕事にも取り組む様になっていったのだ。
北海道や沖縄、大阪に幾つかの土地を持ち、動物を保護して生活させている。
異人町で暮らす真冬は、当然異人町でもその活動を行っていて、特にこの町では多くの野良猫が棲息して居ることから、保護猫が比較的数を占める。
バイトヒーロードットコムの社長広尾も無類の猫好き故、真冬の助けになってくれていた。
大阪では姉、そして、異人町では翠の協力もある。
保護区域が広がって来ると、真冬は動物好きのホームレスを雇う事にした。
住む場所と仕事をホームレスに提供したのだ。
真冬が幼い頃に世話になったホームレスと言う存在も真冬にとって何より大切で、恩義を感じるものの一つなのだ。
この無人島は、ハワイの動物を保護するために使おうと考えていた。
暖かく自然も多く、恐らく大抵の動物が過ごしやすい筈だ。
更に、ハワイに来ているには理由があった。
先日、春日一番や桐生一馬との交流を経て、漸く真冬はある事を決意した。
そうした事の諸々を最近縁の出来たハワイで執り行いたいなどと考え、下見の用件もあったのだ。
実際、真冬には何も無い。
動物の保護、ホームレスへの謝礼、それらで真冬が手に入れる金は全て無くなっている。
動物は保護して終わりではない。
棲む場所や餌が必要だ、その土地や餌の維持も必要となる。
異人町の猫などで直ぐに保護は出来なくても、地域猫として暮らせる様に避妊手術などの費用も出している。
ホームレスを雇うにしても、その謝礼金は最低限その地域での生活保護費を上回る賃金を支払っている。
住む場所は、保護区域内に彼ら用の寮を建てた。
貧困ビジネスの所謂囲いと受け取られぬ様に気を付けて、蒼天堀の赤目ネットワークや法律面では八神探偵事務所経由で源田法律事務所からも知恵をよく借りた。
極道大解散の際に出た元極道の受け皿となる為に、真島や冴島から紹介された信用できる極道を寮の管理人として雇い入れているが、当然そこにも費用は発生する。
暗殺業、黒社会の殲滅、裏格闘技への参加、用心棒、人体実験、戦争、兵器や武器の開発、極道大解散の後始末への協力などでどれだけ金を手にしても真冬には何も残らないのだ。
海外に飛ぶ手段は父の古くからの友人であるゲリー・ストライダムを始め、とある事件で知り合った死刑囚ビスケット・オリバや、純・ゲバルが何とか手配してくれるので、それに頼っている。
自分や動物、保険の効かないホームレス達の医療面ではやはり、神室町にやって来たばかりの頃から世話になっている柄本や鎬紅葉が力になってくれている。
鎬には真冬自身を検体とした人体実験や、血液、細胞の提供をする事でホームレス達の緊急の際に必要な医療費を賄って貰っているのだ。
範馬の血や遺伝子を研究したい機関はどこにでもある。
何年か前に知り合った仙薬を研究するホームレス『イヤマ』との出会いで、異人町で暮らす動物やホームレスへの医療の手助けが多少楽にになっているのは有り難かった。
動物好きで無かったり、真冬に雇われるのを嫌がるホームレス達への援助としては、たまに、神室町や異人町の公園やホームレス村などの付近で行われている炊き出し等に参加をする事で援助の替わりとしている。
その際に真冬も炊き出しの豚汁を貰い食事にありついている……のだ。
大勢の助けがあり、真冬は生きていられる。
幾つもの他者の命を奪い、大切なものの命を護る。
矛盾した奪いあいだろう。
しかし、真冬は、殺す事と戦う事以外の生き方を知らない。
偉大な父の血と遺伝子を受け継いだ戦闘力、戦う意思は真冬を殺人機械として生きる道──
故に真冬は、自分への一切の利を棄て奪って獲た物は、他者の命の為だけに使った。
そして、それら愛するものの為に自身の命を使うことが真冬にとっての『自分の命の価値』なのだ。
真冬は、母から愛されなかった。
産まれながら必要とされなかった命、それが真冬だ。
真冬本人に生きる価値など元々存在しない。
そうしたことに気付いたのは、いつの頃だったかは、もはや思い出せない。
しかし、そんな真冬がいつの間にか、求めてしまったものがあった。
それは、一人の女性の存在だった。
真冬が求め、真冬を求めた、ただ一人の女性がいる。
──その彼女へ向けた最後のケジメと、彼女との新たなスタートラインを求めて、真冬はここハワイにやって来ていた。
「カメハメハ~?なあに、お姉ちゃん、そんなにハメハメしたいのー?」
少女にプリンス・カメハメとカメハメハ大王に付いて会話していた真冬に、一人の男が声をかけてきた。
カメハメハの名前に因んだよくある無礼で詰まらない下ネタである。
更に言うなら、カメハメハのカメの部分が亀頭を連想させ、それをハメると思わせてしまうのも卑猥に聞こえる所以であろうか。
幼い頃の真冬なら特に何とも思わないだろうが、ある事件を切っ掛けにして多くの事を知ってしまった真冬も、当然そうした発言を受けると、そんな連想に至ってしまうのは仕方無い。
故に呆れを通り越し、怒りすらも覚えず、面倒臭さも合間って、大きくため息を吐いた。
「俺、あそこのホテルのオーナーの息子でさぁ、一部屋くらい直ぐに用意出来るよぉ」
声をかけてきたのは、金髪の身なりの良い、白人男性だった。
確かに、高そうなネックレスや指輪で着飾っている。
見たところ裕福な若者だ。
ここ、アロハビーチ沿いの大通りには、高級ホテルが建ち並んでいる。
それの何処かが、この若者の父親の持ち物なのだろう。
しかし、まともなナンパでは無いことは明らかだ。
彼の後ろには軽薄そうな白人男性と身長195cmを越える屈強な黒人男性が三人控えていた。
違法なインターネットサイトなどで行われている外国人を非合法で売買するネットワークサービスの存在があることを真冬は聞いている。
この連中がそうかは判断できないが、可能性は充分有る。
単なる女性旅行客を狙ってるナンパ野郎の可能性も高いが。
何であれ、こうした上級国民であることを盾に行動する無法者はどこの国でも面倒臭い。
自分の行ってしまった失敗が始まりとはいえ、何年経っても癒えない傷をこうした連中から植え付けられた事件は、辛い記憶として残り続けている。
この男達のせいで似たような状況に陥った女性がいるのだろうと、容易く想像できる。
しかも、そんな女性達は否が有るわけではない。
自分の場合は、女の身で男性と闘争してしまったと言う否があった。
あの頃は気付けていなかったが今ならよく理解出来る。
あの事件の敵達は決して100%、彼らに否が有るわけでは無いのだと。
このナンパ野郎達。
神室町に来た頃の自分なら、恐らく闘争で済ませようと考えただろう。
闘争は殺す訳ではない。
故に、女の身でこうした富裕層と闘争すれば、後で手痛い返しを受ける。
真冬は、闘争ではなく殺人をその頃から意識するようになっていった。
無論必ずしも殺害するわけではないが。
そして、このナンパ野郎達は殺す程の者ではない。
いや、調べたら分からないが、誰からも殺せと依頼されてはいないのだ。
その為、今は殺す必要性のある者ではないのだ。
──ここは穏便に済ませよう
だが、普通に断るのは難しい相手だ。
当然着いて行くのは単純に嫌だった。
真冬は、決して男性が嫌いではない。
例えば、古くはカツアゲ坊主や古牧宗太郎、花山薫、鎬紅葉、ゲイリー・バスター・ホームズ、本部以蔵、九十九誠一、古牧宗介、烈海王、昨今では春日一番、趙天佑、東徹、宮本武蔵と言うようにこの二十数年の人生の中で好感を持てる漢とは何十人とも出逢って来た。
だが、自身の恋愛観は彼らに向けられる事は無いし、彼等や他の男性とも性的な接触は避けたいと考えてしまうのだ。
何歳の時かは忘れたが、自分は女性が好きだと気付いてしまった。
勿論女性なら誰でも良いと言う訳ではないが、性的な接触も、女性相手以外では考えられないのだ。
自分から、例えばレズビアンバーで出逢いを求めたりや同性愛の風俗店に行くことは無い。
今の生涯のパートナーと決めた女性以外とも、実は付き合った事もある。
その時は件の女性とはまだ付き合っていなかったのだ、当然浮気ではない。
彼女にその辺りの話をしたことは無い。
後ろめたさがある訳でもない筈だ──が、今の所話しに関係無いので置いておこう。
少なくとも、現状の問題として、このナンパ野郎の目的が性的な接触であることが明白な以上、着いて行く気にはならなかったし、これ以上関わりたくないと言うのが本音だ。
穏便に済ませよう、しかしどうやろうかなと思案していた時、同行している少女が唐突に声を発した。
外国人の男性は日本語で話しかけてきていた。
真冬と少女の会話を聞いていて、二人の言語が日本語だったからだ。
日本語などのマイナーな言語を扱えるのだ、ホテルのオーナーの息子としての教養はかなり高いだろう。
勿論ハワイに来る日本の女性客がターゲットにされているだけかも知れないが。
「五月蝿いなぁ~糞外人、今ハぁ、
日本語で少女が言った。
態とらしく『古典的外人イントネーション』で話しているが、恐らく通じた筈だ。
「オー!ジャップメスガーキ!?」
強面の黒人男性が、あからさまなオタク用語を叫ぶ。
言葉の意味は良く分からないがニュアンスは伝わる。
この黒人男性は日本のオタク文化がかなり好きなのだろう。
「ほんとさ、幾ら私の真冬が可愛くても、真っ昼間から発情しないでよ糞外人」
「
「言うねぇ、そっちの嬢ちゃん、おまえ、こっちの嬢ちゃん好みだろう?」
もう一人の白人男性に視線を向ける。
「良いね良いね、大人に何を言っても子供なら許されると思ってるクソガキ」
あぁ、クロだなぁと真冬は、思う。
ハワイに訪れた日本人客を狙うだけでなく、日本国内でも幼女を拐う工作員などの元締めに近い連中だろうな、と真冬は察した。
「ごめんなさい、あの、妹には後で言っておきますから」
──妹
母娘くらいの年齢差にも見えるが、姉妹と言われても疑われない、そんな見た目の二人だ。
少女が大人びているわけでは無い。
真冬が幼く見える事がその要因の中で大きく占めている。
「まぁ、お姉さん美人だしな、良いよ。だから、ほら着いてきな、いいだろ?」
「ぁの……向こう」
真冬は、すっと街路樹の椰子の木を指差す。
「あ?」
「ヤシの実、見えますか?」
真冬は小首を傾げそう訊ねる。
「へ?あぁ、見えるけど、それが何だ」
真冬は約6m先に植えられた椰子の木へ右手を翳し、白人男性へ微笑を見せる。
「ココナッツミルクでも飲んで、ちょっと落ち着きましょう、ね、ねぇ、施雲も皆さんも」
カチリと、小さな駆動音が鳴った。
その極々小さな音に気付いたのは、施雲と真冬だけだ。
白人二人黒人三人の耳には、その駆動音は届いていない。
例えば、百本の針を同時に落として、それぞれどの針がどのタイミングで落ちて音を発したかを聞き分けられる施雲の耳だからこそ聞こえる小さな駆動音であった。
椰子の実が落ちる。
「えッ!?」
椰子の木を見るよう促されココナッツミルクを飲もうと言われるや、その先で椰子の実が突如落下したのだ。
白人男性達は豆鉄砲でも食らったかの様に唖然とする。
何の手品か!?
いや、いつタネを仕込んだ!?
いや、そうだとして、何を想定してそんな手品のタネを仕込むんだ!?
男達の思考は乱れに乱れた。
──トリック
いや
──サイキック
そう考えるのが一番合理的だ。
しかし、超能力などあるわけないだろう!?
男達が逡巡する間よりも速く、ヤシの実は真冬の手の中にあった。
ヤシの実が落下した刹那、真冬は6mをまるで瞬間的に転移したかのように移動し、ヤシの実を取っていたのだ。
凡そ0.084秒──
最早真冬にとって最速の動きですらない蜚蠊ダッシュ、いや、蜚蠊転移『
ヤシの実を両手で持ち、真冬は、6mを今度はゆっくり女性らしい足取りで進む。
正しく、歩く姿は白百合の様である。
しかし真冬は、そんな大和撫子ではない。
立てば
座れば
歩く姿は幽鬼の
それが、外国人男性達が見る嫋やかな真冬の正体なのだ。
「勝手に取るの不味いでしょうか?後でどなたかにお支払いするとして、ほら、皆さん」
真冬は、外国人男性にヤシの実を見せ、ソッと手をその実に触れ、指を突き立て──毟る様に抉り取ったのだ。
「はい、どうぞ、召し上がってくださいね」
真冬は、穏やかに微笑む。
が、却って不気味な美しい微笑みだった。
ヤシの実を素手で抉り穴を空ける。
確かに、中ではココナッツミルクが揺れているのが見えるのだ。
「な……」
白人も黒人も絶句していた。
「ば、化物」
真冬は、白人男性にヤシの実を手渡そうとするが、彼の手は震えていた。
そして──手を伸ばした白人男性は突然、熱を感じた。
真冬が今しがた抉りとった方の繊維が燃えているのだ。
「ひっ」
男達が叫ぶ。
ヤシの実を抉り、種火もなく殻の繊維を燃やしたのだ。
白い雪女──
白い狐の鬼火──
日本人なら今しがたの真冬で見た目と発した焔から、その二つの怪異を連想するかも知れない。
しかし、彼等は外国人だ。
眼前の白い女性はそうとしか見えなかったのだ。
真冬の父は
しかし奇しくも海外で鬼とは
男達は真冬からヤシの実を受け取ること無く慌てて逃げ出したのだった。
「施雲、ほら、ココナッツミルク飲みますか?」
「うん、飲む~」
施雲はチラリと燃えた繊維へ視線を向ける。
ヤシの実の殻は燃えていなかった。
当然だ。
真冬とて、そんな魔法は使えない。
真冬が行ったのは、鮮明に見えるイメージの現象をぶつける、それだけだ。
こんな話しがある。
生放送エア斬殺事件だ。
宮本武蔵を名乗る謎の人物が、対談相手を斬殺した──それはイメージの世界で行われた事件だった。
圧倒的に鮮明な想像力は、他人にも影響する。
件の対談相手となる斬られたと感じた司会者のみならず、それを視聴していた多くの人々がそのイメージの斬殺を目の当たりにしたのである。
真冬は、ヤシの実が燃えたと言うイメージをぶつけた。
そしてそれは、相手に熱をも感じさせる鮮明な物だったのだ。
恐らく周囲で、真冬達のやりとりを傍観していた者達にも焔は見えており、近くに居たものは熱を感じたはずだ。
そして、仮にこれが放送されていたとしたら、その視聴者も焔を見るだろう。
もはや、思念的
戦闘の役には立たないが、こうして闘争を回避したり、ちょっとしたフェイントにはなる技術だった。
ヤシの実を抉り取るカラクリは、握力ではない。
爪だ。
玄武岩やコンクリートを抉り、鋼板を穿つ真冬の爪と指の骨の硬度を以てして行える物だ。
無論、毟り取ったと見せ掛ける速度と技術も合わさっている。
ヤシの実を落とした手段はもっと単純だ。
金属の尺骨をパイプとして、特殊な動作に連動し撃ち出せる体内に仕込んだ極々細く小さな金属の矢を放ったのだ。
真冬が真っ当な手段……例えば女子格闘家などを生業として生活出来ない理由がこの肉体改造だ。
真冬の体内には赤い血だけではない。
こうした機械やコンピューター、金属板、隠し武器が内蔵され、電気やオイルも流れている。
例えば左腕に関しては義手で、生身では無く取り外しが出来る。
しかも、肘関節を三つにして、上腕三本の左腕を扱える。
その三本の腕は通算八十八種類あり、戦術によって使い分けられるのだ。
計四本の腕、それに加えマスター国松の様な袖を腕にする技術も使い、計六本、阿修羅像の如き複数の腕を扱う戦闘術である。
もはや、ヒトではない、改造人間──姉からは白いウォーズマン、女ファイティングコンピューター、アシュラマンの母親アラクネなどと揶揄されからかわれる程に、肉体を改造している。
多くの物を失った真冬は、自身の身体さえも幾つか失っているのだ。
幼い頃、自然に身に付けていた完全なる脱力は、そうした肉体改造の為に失う事になり、更にそこから武術や技術として修め直す……何処までも遠回りな、しかしそうするしかない人生だった。
「やるのぉ、姉ちゃん。ほんまやったら、モノの数秒でやれるんやろけど、ほんま、えろう穏便にすませたもんやな」
不意に声をかけてきた男がいた。
しかし、真冬は嫌な顔はしなかった。
施雲は眉を顰めたが。
「真島さん!真島さんもハワイにいらしたのですか」
眼帯の男に真冬は、微笑みかけた。
それは、先程の男達へ向けていた演技染みた物ではなく、心底穏やかで嬉しそうな微笑だった。
──真島吾朗
嶋野の狂犬と恐れられる東城会真島組の組長だ。
極道組織の大解散によって、その肩書きには元が付くのだが、今なお極道、元極道に彼を知らぬものは居ないだろう。
真冬が神室町にやって来て、とある忌まわしい事件の後に出逢う事になる極道だ。
いわば、真冬の中で比較的古い、神室町の思い出の中に登場する人物の一人である。
「お、姉ちゃん俺のこと……知っとるんか?」
「……え、真島吾朗さん、ですよね?東城会直系団体真島組の組長さん或いは真島建設の社長さんの」
「……そこまで言える、っちゅうことは、ほんまに俺を知っとるみたいやの」
「私、真島建設でもお世話になりましたよね?」
寧ろ戦力になったと言うべきだがそれはまた、別の話だ。
「あ~スマンのう、確か西田もゆうとったけど、真島建設っちゅうのは今一記憶にないんやわ、でもま、姉ちゃん、ほんまに俺と知り合いなんやな、真島建設なんて単語、普通二回も出てこんわな」
──俺な、記憶喪失やねんと、あっけらかんと言われるが、成る程と、真冬は素直に真島の言葉を受け入れる事が出来た。
真島の様な漢だ、長い人生、記憶喪失にもなる、そんな事件にも巡り会うだろう。
「せや、姉ちゃん名前はなんや?」
「はぁ?この独眼竜、ナニ?貴方も真冬をナンパですか~?」
「施雲、ちょっとやめて。ほら、真島吾朗さん、名前くらい知ってるでしょう?」
「こっちの嬢ちゃんも、只もんやなさそうやな」
真島は、引き笑いの様な少し甲高い声で笑う。
「ごめんなさい……真島さん。私は當之真冬で、この子は妹……いえ、姪の當之施雲です」
「なぁ、真冬チャン、そんな強いならどないや?海賊になってくれへんか」
「はい……?」
真島は、どうやら海賊を現在生業としているらしい。
突拍子も無い話ではあるが、真冬にとってはもはや、それ程突飛な話しと言うわけではない。
何年か前に、エジプトでの仕事中、墳墓から蘇った猫の神と出逢い、彼女を護るため古代ギリシャの軍勢と戦った事がある自分が、今どき海賊なんて存在しないだろうなどとは言えないし、現実としてあっさりと受け入れられるのだ。
そうした非現実的な理由だけでなく、現代的な武装で商船を襲う中東やインドの海賊と交戦した事もあるからだ。
「良いですよ、でも、ちょっと待って下さい。この島で保護したい動物がいまして……それが終わるまで待って頂けますか?」
「ああ、かまへんかまへん、ゆっくりやってぇや。真冬チャンの用事すんだら連絡してくれたらええ」
「はい、ありがとうございます、真島さん」
「あーそや、施雲チャンにナンパかーって怒られるかもしれへんけど、なぁ真冬チャンはミナト区系女子か?」
突然聞いたこともない名前を出され、真冬は、戸惑った。
記憶喪失だの海賊だの言われても受け入れられる真冬も、そうした単語には明るくない。
「……何ですかそれ?港……確かに私はある国の港に戦艦を三隻個人で所有してますけど……その港は関係無いですよね?」
「おう、港系戦艦娘やな!真冬チャンは!って、ちゃうちゃう、そうやないで」
大袈裟に手を振り、真島が言った。
真冬自身、港と言えばその特殊機関の軍港を直ぐに思いだしたのだが。
更に言うなら第三世代相当の装甲戦闘車両も十二両保有しているし、ストライダム経由で動かせる戦闘機が二機存在しているが、それらに連なる話しは長くなるし今はまだまだ関係無い話だった。
敢えて記憶喪失にある真島に伝える話しでもない。
「うちの船ん乗っ取る奴が、そのミナト区系女子っちゅうのとコンパしたがっとってな、真冬チャンならその資格充分ちゃうか思てな」
「あー、お相手男性ですよね、なら、今の真島さんはご存知じゃないですけど、私、ちょっとごめんなさい、一時の宴と言っても、男性とそうしたお付き合いは出来ません」
ゆっくり言葉を選ぶ、そして理解を求めた。
隠す事でもない。
理解される事でもないが、真冬は愛する女性との未来の為にもそうした事にははっきりさせないといけないと考えているのだ。
「おぉ、あぁ、エエねんエエねん、俺にはまぁわからんことやけど、多様性っちゅう奴やな。すまんのう、変なこと聞いて」
あっさり引き下がる真島に、真冬も困惑する。
やはり、記憶喪失であっても真島吾朗と言う漢は先程の白人達等とは比べ物にならない大きなウツワの持ち主である。
「エライでぇ真冬チャン、その大事な女とうまく行けたらええな」
「ありがとうございます真島さん……」
桐生の生き様を見た。
春日の恋愛観を見た。
そして、ここに来て真島の後押しを受けた。
あの人とここで式を挙げよう。
籍は入れられないし、式ならどこでも挙げられるが、そこは同性婚が許される国で式を挙げたいと彼女は言っていた。
決意はより深まった。
やはり、ハワイに来て良かったと真冬は思う。
何も持っていない真冬であるが、多くの人から何かを与えられている。
何も与えられずに産まれても、生きていたらいつかは何かが手に入るものだ。
生まれ落ちてどれだけ忌み嫌われ、何も持たずとも、いつかは誰かから与えられ、自らも何かを獲て、生きていく。
──蜚蠊とは、そんな生物である。
越冬した蜚蠊、それが真冬と言う女性の本質なのだ。
『當之真冬船員加入条件:ゴロー王国保護動物すべて好感度MAX』
當之真冬
Lv.50
レア度.プラチナ(特殊DLC)
タンク
砲撃力S455
整備力A350
攻撃力S616
防御力S616
HP6660
副船長特性 撃墜王極
隊長特性 消力(防御力を大幅に増加,毒耐性)
隊長特性(絆) オーガ(攻撃力防御力を大幅に増加,毒耐性防弾性能)
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
-
そのままで良い
-
残骸置場行きが良い