範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
「お爺ちゃんも知ってるやろ、蒙将龍ってゆう相撲取り!真冬はなぁ、あの人を倒したんやって!凄いやん!」
ナポリタンを口へ運びつつ、リョウガは興奮気味に、まるで捲し立てるように話していた。
店内であるにも拘わらず、人目を憚る様子はまるでない。
蒙将龍は言わずと知れた横綱の四股名だ。
日本人なら大抵の人間が聞き覚えがあるだろう。
この様な話題だ、喫茶アルプスの客の中には興味を持つ者もいる筈だ。
「蒙将龍程度の力士、私なら一分かけずに絶命可能だ」
小柄な老人の右隣に座る大男の発言である。
彼らは丸テーブルを囲み席についている。
リョウガは丁度、老人の対面に座っていた。
「へぇー、えぇやんか、屁の突っ張りにもならんエラい自信やで」
リョウガは、ニタニタと笑いながらナポリタンを食べるフォークの先端をその男に向ける。
小馬鹿にされるような仕草と言葉を受けながらも男は無表情を崩さない。
「リョウガはどうだ?蒙将龍に勝てるか?」
老人……助川仙吉が言った。
大柄な男を煽るように話すリョウガを嗜める訳ではなく、単なる興味本意での質問だ。
「……そうやなぁ、何でもありで、路上での
一呼吸置いて、リョウガは続けた。
「そんで、30秒以内に殺すんも余裕やな」
「大きく出たな」
やはり無表情のまま、男が言った。
声色にも、怒りなどの感情を滲ませてはいない。
声からもまたその表情と同様に、彼の感情を察するのは難しそうだ。
容貌としては、巨漢故に誰が見ても威圧的に見えるだろう。
刈り上げた短髪も相まってか、無骨な印象を与えるこの男は、所謂極道ではない。
韓国人の何でも屋だ。
その仕事の殆どが暴力的な物であり、当然殺人も請け負う。
神室町で裏社会に身を置く韓国人と言えば、80年代に台頭し、東城会と抗争にまで及んだ『
だが、彼は真拳派とは無関係である。
普段は亜細亜街で、在日の韓国人や中国人から様々な仕事を請け負っているが、本来は『マスター国松』子飼いの殺し屋なのだ。
空道もあらまし修めており、武器術にも長けている。
マスター国松や亜細亜街の外国人達は、彼を、イ・ギョンドと呼んでいるが、それが実名なのかどうかは定かではない。
「なら、俺はお前を10秒以内に絶命出来るな」
もう一人の男がリョウガへと、からかうような口調で言い放った。
「はあ?」
リョウガの間の抜けた怒声が上がった。
「張り合うな張り合うな、少なくとも口だけなら幾らでも言えるってこった。真冬ちゃんな、アイツは七歳くらいの頃に蒙将龍を倒してるんだぜ?それこそリアルに一番やべえだろ。どんなガキだよってな」
「確かに」
リョウガの怒りは直ぐに収まったのか、別段怒っていた訳ではなかったのか、彼女は素直に頷いた。
機嫌が治ったのは真冬がある意味、褒められたからだ。
「私の妹やからな!流石や、ほんまヤバいで」
会ったことも無い妹。
それどころか、祖父からの暗殺依頼が告げられるまで、存在する事も知らなかった妹である。
それでも不思議と誇らしく、そして殺したくなる程愛おしくて、顔を合わせるのが楽しみになって来ていた。
「あれ?チーヨーさん、真冬の事知ってたんやっけ?」
「まぁな、聞きかじった程度だけどよ」
チーヨーと呼ばれたこの男も極道ではない。
彼は、源王会に雇われたフリーの殺し屋だ。
真冬の名前を知ったのは、暗殺対象に入っている柏木修を調べていた時の事だ。
柏木の娘である翠の誘拐を阻止した幼女の名前が挙がっていた。
そんな時だ、すみませんと、突然会話を遮る声が聞こえた。
リョウガが大声で真冬だの蒙将龍だと言っていた事が災いしたのか。
「真冬とは……當之真冬の話しでしょうか」
店内には複数の客が居たが、その中でカップルやグループ客ではない、単独の客だった若い男が声を掛けて来た。
眼鏡をかけた、一見地味な印象の男だった。
「私、青木と言う者です。劇場前辺りで情報屋をやってまして……當之真冬の情報や記録を追ってます」
2.
神室町の勢いのある人間の記事を書きたい。
そんな夢を持っており、非常に取材記事を書いてみたい男と出会ったが、そう思っていた矢先に彼は投獄されてしまう。
その後、尊敬する人物が突然命を落とし、彼の仕事だった情報屋を神室町でやっていた。
神室町周辺、そこでとても面白い話を聞いたと言う。
──素手で金属を穿つ少女がいる
そんな少女の異様な武勇伝。
曰くミレニアムタワーから投身しても生きていた。
曰く力士を倒した。
真冬は、翠との出会い以降、母が亡くなり神室町にやって来るまでにも、それらの他にも情報屋の興味を引いてしまう逸話を残しているのだ。
故に、青木は真冬が神室町にやって来て、直ぐに起こした当たり屋との乱闘事件にも、いち早く聞き付けられのだ。
「うるさいわ、おっさん」
一言だけ言い放ったリョウガはアルプスを後にし、そして、今に至る。
「ミレニアムタワーたっかいなぁ」
感嘆の声が、白い息と一緒に口から洩れた。
「これの屋上から飛び降りて生きてた……か。とんだ化けもんやで、真冬」
実際には落とされたのだがリョウガは知らない。
「
楽しげな表情で駆け出した。
物騒な事を考えてはいるが、傍目に見る限りは愛らしい表情と仕草だった。
60階建てと言う高層ビルの屋上から飛び降りようとしている幼女の笑顔には、とても見えない。
「あ、寿司屋あるやん、後で入ろ」
青木に、アルプスでの食事を邪魔された。
無視して食事を続けても良かったが、鬱陶しかった為中断したのだ。
だが、そのせいで何とは無しに、気のせいもあるものの小腹が空いている。
そんな折、有名な寿司屋のチェーン店が見えた。
店先で、等身大の人形が両腕を左右に広げている。
「にしてもあのおっさん、よう私らに声かけれたな」
リョウガは兎も角、他の者達は堅気には見えない。
極道ではないが、一般人の目には神室町と言う町がら、極道に見えても仕方ないであろう男達だ。
そんな三人に話し掛けて来たのである。
「えぇ度胸やん。それ程、真冬のこと聞きたいんか。えぇやん、真冬、ほんまに魅力的な奴やねんやろなあ」
早く会ってみたい。
リョウガの心の中で、真冬と言う、今の今まで他人と変わらなかった筈の、見知らぬ妹の存在がどんどん大きくなっていった。
寿司屋の等身大人形の方へと走り、近くのメニューに視線を落とす。
「よっしゃ、これにしよ」
セットメニューを食べようと決めると、次はミレニアムタワーから投身するだけだ。
真冬はどうやったのだろう。
怪我はしたのか、無傷だったのか。
ミレニアムタワーを見上げると、妙な高揚感が沸き上がってくる。
だが、その高揚感に水を差された。
──何か聞こえた。
悲痛な声、いや、鳴き声だ。
「何やねん、キャンキャンうっさいわ」
悪態をついてはみた。
しかし、リョウガは眉を潜め、表情を曇らせる。
仔犬がいた。
寿司屋近くに小さな駐車場があるのだが、そこで仔犬が縮こまり震えていた。
首輪をしているから、飼い犬だろうか。
とは言え、毛並みが薄汚れているのが見受けられる。
随分、洗われていない筈だ。
そして、仔犬の周りには若者が六人いる。
到底、飼い主には見えないだろう。
「スットラーイク!」
犬が鳴いたのとほぼ同時にそんな声も聞こえた。
駐車場から離れた所には長めの髪を茶色く染めた男が、小石を片手で弄んでいる。
「しゃっ!」
それを男は仔犬へと投げ付けたのだった。
「ヨッちゃん、荒れてんなぁ」
「しょうがねぇべ、このワンコロ、あの時の犬に似てんだから」
「くっそ、思い出すだけでムカつくで、あの糞親父」
彼らは昨年の十二月のある夜、現在と同じく犬を虐待していたのだが、それをグレーのスーツを着た極道風の男に邪魔され、挙げ句の果てにはたった一人の彼に圧倒されてしまったのだ。
それを根に持ち、たまたま今夜、その事件の夜にいた仔犬と良く似た犬を見付け、これ幸いと痛め付けているのだ。
だが何の因果か、この仔犬はあの時の犬なのだが、それに気付いては居なかった。
「最悪やんけ、何やねんあいつら」
ミレニアムタワーの屋上から飛び降り、生きていたら寿司を食べたい。
そんな楽しい気分が一転し、非常に不愉快な心持ちにリョウガはなっていた。
更に投げ付けられる小石を見た時、リョウガは動いた。
しかし、リョウガの身体が動く前に、投擲された小石はおかしな挙動を見せたのだ。
真っ直ぐに仔犬へと放たれる筈の小石が、突然に軌道を変えたのである。
リョウガには、はっきりと見えた。
針だ。
まち針程度の細く小さな針が石に当たり、軌道を変えたのだ。
男達は目を丸くし、石を投げたヨッちゃんは舌打ちする。
仔犬への石投げを邪魔された去年の苦い記憶が甦ったからだ。
「見付けた、仔犬さん」
一秒にも満たない、奇妙な時間。
軌道を変えた石を見たリョウガの身体が動く。
本来は小石と仔犬の方へと向かう筈だったリョウガの小さな身体は、その声の主へと翻った。
血が伝えた。
偉大なる父を同じくする者同士のシンパシー。
黒い髪の一頭の獣が、白い獣へと走りだしたのだ。
ゆらゆらと夜の街を幽霊の様に歩く幼女の視線は、漸く見付けられた仔犬へと向けられている。
幼女の目には、仔犬の外見から分かる傷や、それだけでない内部の傷までもが映っていた。
だからだろう。
傷付けた者への怒りが、彼女の紅い双貌には宿っていた。
怒りは熱気となり、幼女の周囲に炎が舞っている。
と、神室町の住人、件の男達、そしてリョウガは幻視した。
焔の中心には白い幽霊の幼女……。
それは、無論、當之真冬である。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い