範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
昆虫女王メスキング 蜚蠊
大通りを挟んで、喫茶アルプスの斜め向かいに、大手ゲームセンターの神室町中道通り店がある。
クレーンゲームや、パズル、格闘ゲームから、昨今人気が高いカードゲームの筐体が揃っており、大人だけでなく神室町には不釣り合いな子供の姿もここでは見られる。
子供達が集まる一番の目的は、昆虫女王メスキングと言うカードゲームだった。
カードゲームではあるが、アーケード筐体上で行い、ゲームのルールも難しい物ではなく、所謂じゃんけん方式で勝敗を決する。
勿論、単なるじゃんけんでは、そこまで人気は出ないだろう。
カードにはじゃんけんのグーチョキパーそれぞれの『手』と、カード固有の技がありカード毎に相性もある。
ゲームモードはメインとなる対人戦と、一人でプレイするストーリーモードの二種類が存在する。
また、ゲームをプレイすることなくカードのみを購入することも出来るのでコレクション性も高くなる。
レアなカードなどは、近くの古物商えびすやが買い取る程であるから、子供の遊びとは言え、ただならぬ人気ぶりであった。
それこそ昨年の年末になど、子供に混じってメスキングに興じるメスキングおじさんと呼ばれる男性が居た程だ。
2006年初頭の話である。
時代が時代なら……遥か未来、動画配信などが流行する時代なら一発アウトとなる様な愛称であろう。
例えばの話しになるが、後の世に現れる告発系バーチャル配信者『多々良ひそか』がこの時代に居るとしたら、
【大人が子供とゲームに熱狂、その名はメスキングおじさん!?メスキングおじさんの正体はあの四代目!?】
──などと有ること無いことを面白可笑しく動画にし、配信するかも知れない。
西日が神室町を照らし出した時刻。
そろそろ、神室町の歓楽街としての側面が、色濃くなる時間が訪れようとしていた。
それでもこのゲームセンターには、多くの子供達の姿があった。
自動ドアが開き、少女が入店してくる。
最初にその少女に気付いたのは、クレーンゲームでぬいぐるみを狙っている若い男だった。
彼は決して
しかし、そんな彼でもつい息を飲み、クレーンを操作する手を止めていた。
余りにも愛らしいその容貌を見て、若者は彼女に魅入られてしまったのだ。
──白い幽霊
いや、この肌寒い冬に現れたのだ、雪女か。
そんな風に思える程の、真っ白な少女だ。
髪も肌も、弧を描く形の良い眉も白い。
不自然な程、まるで熱が引き血を抜いた様な真っ白な口唇は死人のそれだ。
肌の白さなど日本人離れしており、恐らくであるが、白人よりも白いのではないか。
だが──虚ろな双貌は血の様に紅い。
白と紅。
幽鬼の様なのに、不思議と美しく、そして愛らしい。
ゆらゆらと陽炎の様に揺らめいて見える不思議な少女の姿に、若者の目は釘付けとなっていた。
「あ、君」
何を思ったか、つい声をかけてしまった。
いつもの彼なら、女の子に声をかけるようなタイプでも無いにもかかわらずである。
しかし幽鬼の様な少女、當之真冬はそんな若者には特に興味も無さそうに、一瞥さえする事なく、彼の横を通り過ぎたのだった。
まるで
(あっぶね、あの娘、どう見ても小学生じゃね……ナニ、やってんだよ、俺)
大きく一息吐き、真冬の背中を一目だけ見送ると、クレーンゲームを再開した。
そして、次に真冬に気付いたのは、メスキングを楽しむ小学生達だった。
真冬は、ゲームセンターに来るのは今日が初めてだった。
今までは、ホームレスやオカマバー店長、ホスト等の大人からしか、探している仔犬の情報を聞いていなかった。
神室町の時間帯によっては子供も集まる。
仔犬などの話なら子供も知っているかもと、巨大ワニとの死闘の後に会った翠から提案されたのだ。
翠とは蒙将龍との一戦で出会い、二年程間を置き、先日再会してからは、かなり頻繁に顔を合わせている。
真冬自身、翠と会うのは楽しいからだ。
巨大ワニの話も翠は心配しながらも楽し気に聞いてくれた。
特撮の撮影会の話の際は本気で心配し怒っていた翠を宥めるのには骨が折れたが。
それらが、「楽しいと嬉しい」が混ざり合う不可思議な感情を教えてくれた。
翠といると、今まで生きてきた自分とは、何処と無く異なる感覚を持った自分が心の中から湧き上がるのだ。
メスキングの筐体が並んでいる。
真冬はこのゲームの事は特に知らない。
しかし、楽しそうに騒いでいる小学生の姿を見ると、アーケードゲームと言うものを今度翠とやってみるのも楽しいかもと、真冬は考えた。
真冬にとってゲームと言えば、ゴキブリやどぶねずみ、野良猫との鬼ごっこくらいである。
それはそれで、戦友にして師である彼等と過ごした日々も楽しかった。
速い動きは強さに繋がる。
しかし、そんな楽しさとは違う気がするのだ。
翠は、真冬を変えつつあった。
それは、恐らく、良くも悪くもあるのだが、真冬自身は悪い気はしていなかった。
「お話よろしいでしょうか」
先に声をかけたのは真冬からだった。
声をかけられた小学生達は面食らった様に一瞬押し黙る。
男子達は、見掛けた事の無い美少女に突然話し掛けられた事から来る緊張感が凄まじかった。
言葉使いから、何処かのお嬢様かと思った男子もいた。
真っ白なフリルがふんだんにあしらわれたロングワンピースを着ている事も、お嬢様の様な姿に見える理由だろう。
実際、これは神室町のルマルシェで購入した、お嬢様が着ていても可笑しくない高価なワンピースなのである。
巨大ワニや特撮の撮影会での戦闘の際にボロボロになった真冬の衣服に驚いた翠が買った物だ。
その為、今回衣服には特に暗器は仕込まれていない。
肩からかけたポーチの中に針や釘、彫刻刀、アートナイフの替刃、アラミド繊維を収納した小さなケース、左手首にアラミド繊維を巻き、ローファーに針を隠し持っている程度である。
左手のみ黒い小さなリボンが幾つか付いた手袋をしている。
その手袋には左手首に巻かれたアラミド繊維が繋がっている。
この手袋とアラミド繊維は、手袋の中に石などを収納し細工する事でアラミド繊維を持ち手にした、分銅になるのだ。
しかも持ち手がアラミド繊維故に、持ち手で相手を斬る事も可能な分銅である。
「な、何?」
小学生男子の一人が言った。
「皆さんの中で、この神室町内でこんな仔犬を見掛けた方はいませんでしたか?」
と、真冬は仔犬……ポチタロの写真を見せた。
囁く様な声なのだが、耳に届く。
幽霊が耳元で囁いて来た様な声なのに、何故か惹かれる。
小学生男子はここに六人、女子は二人いたが、真冬が初恋の相手になった者もいるだろう。
他者とほぼほぼ関わらぬ九年間。
母に疎まれ、父に棄てられた真冬だが、他人との交流を始めてからは彼女に惹かれる者が大勢いた。
それは、範馬の娘としての遺伝子と血が大きく影響しているのかも知れない。
「見てないなぁ」
答えた男子が、隣の男子を肘でつつく。
「俺も知らねぇな、博士は?」
「僕も知りませんね、宗介くんは?」
博士と呼ばれた白衣を着ている少年が、話題に入ろうとせずカードを引いていた少年へと、話を降る。
「え、犬?」
写真を受け取り、それに視線を落とす少年。
大人しそうな印象の少年だ。
博士と呼ばれた少年も、他の少年と比べて、醸し出された品の良さ、顔立ちも整っており美少年の部類に入るだろう。
だが、宗介の顔立ちは美少年の枠を越え、芸能界でも通用しかねないレベルであった。
「ごめん……見てないなぁ……」
仔犬の写真を別の少年に渡そうとした宗介だったが、持っていたメスキングのカードをズカズカと大股で歩いて来た少年に引ったくられる。
「うわっ」
カードを奪ったのは、今までのグループとは別に、新たに現れた大柄な小学生だった。
しかも、中学生二人と高校生が一人、取り巻きらしい小学生が二人いた。
年上の三人は不良然とした雰囲気を纏っている。
「宗介ぇ!さっさとカードを持ってこいよ」
「おっ、これギラファノコギリクワガタじゃん!」
「結構高値で売れんじゃね?」
中学生二人が嬉しそうに笑い声をあげた。
「駄目だよ常雄くん、人のカードを取っちゃ」
博士が大柄な小学生を嗜めるのだが、彼は無視を決め込んだ。
「宗介、もっと引けよ」
高校生の少年が、命令する。
「すみません、こんな犬を見ませんでしたか」
現在行われてる苛めの様相を特に気にせず、真冬は持っていたポチタロの写真が印刷されたチラシを常雄に見せた。
モグサは大量のチラシを刷っており、その何枚かを真冬は待っている。
貼らしてくれる場所があれば貼らせて貰おうと言う考えもあった。
「あん?知らねぇよ、ボケ」
常雄はそのチラシを両手でぐしゃぐしゃに丸め、更に真冬の顔に向けて投げ付ける。
投げ付けられたのは不意打ちに近い。
普通なら真冬の顔面に当たるだろう。
が、真冬は何なく、その丸められたチラシを空中で掴んだ。
真冬はその丸められたチラシを開いていく。
「皺だらけになったから、流石に貼って使うのはもう無理か……」
「え」
その真冬の動きの異常性に気付いたのは、宗介である。
「常雄くん、メスキングカードが欲しかったら自分のお金で買おうよ」
年上の不良三人とつるむ大柄な小学生に怯まず、博士は言ったが、その言葉に従う筈もない。
「うるせぇな、こいつは俺達のサイフ何だよ、よその学校の奴は引っ込んでな」
常雄と取り巻き二人、そして宗介は同じ小学校に通っているが、博士と何人かは別の学校の生徒だ。
このゲームセンターで知り合った友人ではあるが、通う学校は異なっている。
「皆さんはこの仔犬を見掛けていませんか?」
新しいチラシを出して、次に中学生二人と高校生に見せる。
真冬の余りに自由な姿に小学生達は呆れながらも、動向を見守っていた。
「犬~?車にでも轢かれて死んでるんじゃね?」
中学生が言うと、何が面白いのか、彼等は爆笑した。
その笑い声を遮ったのは常雄の怒声だ。
そして、その怒声と共に椅子等が倒れた音が響いた。
常雄が博士を殴り飛ばしたのだ。
博士の元に近寄る宗介をも常雄は殴り付けた。
メスキングで遊んでいた小学生達は散り散りになって、逃げるようにゲームセンターを後にする。
女子は二人いたが、その内の逃げずに残っていた一人が青ざめて宗介へと駆け寄った。
「宗介ぇ、お前、女連れかぁ?」
高校生が下卑た口調で言うとその少女の前に立ち顔を覗き込む。
「こいつ、宗介の妹っすよ、先輩」
高校生に常雄が言うと、彼は少女の腕を掴む。
そして、引き寄せた。
「宗介、ゲーセンで遊ぶのは終わりだ。おめぇらはそのカードをえびすやに売ってきな」
常雄以外の小学生二人に告げると彼等はカードを受け取る。
真冬は、チラシを見せる小学生達が居なくなり途方にくれたが、まだ女子が一人居ることに思い至り、彼女に近付くが、高校生と常雄、中学生二人とが彼女を連れてゲームセンターを出て行くのだった。
「ど、どうしよう……こんな時……あのメスキングおじさんが居てくれたら……」
博士は肩を震わせポツリと溢す。
真冬は、その言葉に特に気にする様子は無かったが、まだあの少女にはポチタロの情報を聞いていないのだ。
だから、真冬は追った。
中道通り東に有る空き地を目指す一行だったが、途中で脚を止めた。
止めざるを得なかったのだ。
中学生の一人が突然、苦痛の声を上げて倒れ込んだからだ。
更に間髪置かず、右足のアキレス腱を押さえて絶叫した。
そんな悲鳴が響く中で、移動が止まった彼等の元に真冬が歩み寄る。
急いで近付く様ではなく、ゆらゆら揺らめき歩み寄る少女の姿は異様だった。
「すみません、この仔犬を見掛けた事はありませんか」
動揺する少女に、真冬はチラシを渡す。
「な、何だよてめえ!?」
高校生が、怒鳴った。
怒鳴り、怒りを見せる事で動揺と恐怖を押し殺したかったのだ。
舎弟の中学生が何故か足を血塗れにして、苦痛の声を挙げて転げ回っている。
そんな状況でチラシを見せてくる幼女。
何かの怪異か妖怪か。
追ってきた宗介と博士もまた、同じくこの異様な状況に茫然自失の様相を呈していた。
「縫い針を使ったかぁ、スゴいな」
連れて行かれ様としていた少女が誰の耳に届く事の無い声で呟いた。
「中国拳法の針を使った暗器術に近い」
「中国拳法では無いですけど、それよりこの仔犬……」
真冬の耳には、そんな声迄も届いていた。
しかし、なお重要なのはチラシを見せる事であり、犬を目撃しているか尋ねる事なのだ。
「……化物。ねぇ、こいつら、倒してくれたら確認出来るよ」
「はい」
一言答えた真冬は、するりと腰を落とした。
ゆるりゆるりと、白い髪が舞う。
奇妙な体勢だ。
両膝をアスファルトの地面に接地し、両手も這うように地面に置いている。
しかし、この場にいる者全員が、於曾ましいものを見た。
それは幻視ではある。
だが、真冬の姿が徐々に消えていき、そこには白い蜚蠊が居たのだ。
するすると触覚を動かし、白い蜚蠊が宙に舞った。
蜚蠊の初速は時速250km。
その速度で真冬は、跳躍する。
アスファルトが抉れた。
真冬の五指から生える爪が僅かに伸びた。
未だに、動揺から脱していない高校生のこめかみに、その爪が突き刺さる。
玄武岩をも抉る真冬の爪が……である。
そして、そのまま、跳躍の勢いを上乗せした衝撃で、真冬の爪が突き刺さったまま、高校生を押し倒す。
片側が、自然にアスファルトへと叩き付けられるのだ。
それはまるで、真冬の爪は上顎。
アスファルトの地面は下顎。
巨大な口が、噛み付く様に。
そう、ゴキブリは噛み付く。
これぞ、真冬式嚙道“咬龍”であった。
驚愕している常雄の顔面に勢いを付けた掌底を放つ。
鞭打だ。
恐ろしい激痛が常雄を襲う。
顔面に、肩に、腹に。
だが、逃げ出すと言う余力は敢えて残した。
皮膚を裂いて肉を抉るようなダメージは与えていない。
あくまで、痛みで済ませたのだ。
「メスキングの蜚蠊だ」
博士はポツリと呟いた。
何も上手いことは言っていないのだが、メスキングを知っている宗介も少女も確かに、博士と同感だった。
そして、これが、少女──古牧莉愛とその兄である古牧宗介
──真冬の武としての基本となる古牧流との出会いであった。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い