範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
中道通り東へ進んでいくと、そこに空き地が見えてくる。
不良の高校生は、間違い無くここで莉愛を強姦しようと企んで居たのだ。
だが、莉愛の思惑は別にあった。
博士や宗介には聞こえない、真冬の耳にだけ届く声で、莉愛は話していた。
「ごめんね、代わりにやって貰って。本当なら、あそこの空き地であの不良やっつけようと考えてたんだ。でも、お兄ちゃんと博士も付いてきたからさ。私ね、お兄ちゃんには見せたく無いんだよ。戦えるとこ」
どういう事かと真冬もまた莉愛にのみ届く声で答えた。
ほぼテレパシーの如しと言ったレベルのやり取りだった。
二人とも常軌を逸した聴覚の持ち主である。
裏路地とは言え、ここは神室町の中だ。
騒々しさがあるなか、二人は互いの小声のみを拾っているのだ。
「お兄ちゃんも才能は有ると思うよ。でも、あんまり、お爺ちゃんの武術好きじゃなくて。だから、私がお爺ちゃんから武術を習ってるの知られたくないんだ」
宗介は学校でも虐めを受けている。
大人しい性格と、明らかに目立つ見目麗しい容姿に対してのやっかみも有るのだろう。
「貴女、強いね。何の武術?中国拳法じゃ無いんでしょ?」
「武術とかは知りません」
そう答えるしかない。
「さっき、あの娘、ゴキブリに変身したよね」
博士は興奮気味に宗介に話し掛けていた。
彼の中で真冬はメスキングの世界から出てきた少女のように思えていたのだ。
メスキングの昆虫は皆美女ばかりだ。
真冬の様な幼女はメスキングにはいないが、真冬の姿がゴキブリに見えた事から、博士の中で真冬は、メスキングの蜚蠊の妖精になっていた。
「人間……あんなにも強くなれる物なのか」
宗介は複雑な表情で呟く。
武術の達人である祖父を嫌い、武術から身を遠ざけていた自分。
しかし、もし、今の真冬の様な武を身に付けていたのなら、妹を守れたのは自分なのだ。
「君、名前教えてよ、僕はメスキング博士と呼ばれてるけど……根布谷ヒロシって言うんだ」
博士がそう真冬に名乗ると、宗介と莉愛も真冬に自己紹介し、真冬もまた、自身の名前を告げる。
「真冬ちゃんもメスキングやろうよ!蜚蠊のカードは残念ながら無いけど」
「はい、時間を作りまたあのゲームセンターに行きたいと思っています」
真冬の言葉に博士は「やった!」と大きく声を上げて喜ぶ。
真冬にしてみたら、翠と件のゲームをやってみたいと思っただけなのだが。
蜚蠊に化身する少女──メスキングを何より愛している博士は、その昆虫の化身とも言える少女の姿に憧れてしまっていたのだ。
空き地に到着後、真冬は莉愛にチラシを見せた。
「あ、たまにミレニアムタワー近くのバンタム周辺で見掛けるかも」
ホームレスの人が犬を連れているところも見るが、この仔犬がうろうろしているのを見たと言う。
偶然にも、莉愛は確かにこの仔犬を知っていた。
莉愛は祖父である古牧宗太郎と会うために、賽の河原に去年の年末、訪れていた事がある。
その際に何故か賽の河原に預けられている少女が、この仔犬と一緒にいる所を見ていたのだ。
その為に、この仔犬がポチタロであると見分けられたのだ。
「本当ですか?ありがとう、早速、そこを探して見ます」
ポチタロはバンタムと言う名前のBarからその周辺をよく徘徊していた。
何故ならそこは、彼にとって、運命的な少女と出会った場所だからだ。
莉愛は仔犬を見掛けた時に、賽の河原でその犬と一緒にいた少女が居ないことも不審に思ったが、まぁ、棄てたのだろうと解釈していたのだ。
しかし、この真冬が探していると言う事はもしかしたら、迷い犬になったのかと思い直す。
「一緒に探そうか?」
「そうだよ、僕も行くよ」
莉愛と博士がそう言うが、真冬は首を横に振る。
そして、真冬はそこへと向かった。
残された莉愛、博士、宗介の三人。
彼等はそれぞれ三者三様に、真冬への思いが心の中に刻まれていた。
(強い、一回お爺ちゃんと会わせて……もし、同門になれたら凄く楽しいかも)
(真冬ちゃん、まるでゴキブリの妖精みたいで格好いいし……可愛かったなぁ)
(あの娘みたいな力が……欲しい……爺さんなら、でも……)
3. 幽霊対妖怪
中道通り東を北上し、バンタムを目指す。
泰平通りに出ると、ミレニアムタワーが聳えている。
ここは、懐かしい場所だ。
どうやっても勝てないと思ったあの男に、屋上から投げ落とされた。
あの人は自分に期待してくれたのだと、何故か理解できた。
ここから落ちても生き延びて見せろと。
死の間際にのみ見ることが出来る光景を目の当たりにしろと。
あの人がお父さんならいいなと思った。
あの強い人の血を引いていたら、お母さんが喜んでくれる力を自分でも持てたかも知れないのだ。
お母さんはもうこの世にいない。
ならば、どれだけ強くなっても意味は無い。
しかし、お母さんが喜んでくれる強さを得られたなら、お母さんが喜んでくれる自分になれる。
真冬にとって、それで良かった。
──そして、自分の強さを喜んでくれる人がお母さん以外にも居たのだ、真冬はそれが嬉しかった。
翠の存在である。
お母さんが知らない自身の強さを初めて褒めてくれた翠に、もっと自分を見せたい。
次はいつ会えるだろう。
ミレニアムタワーを見上げた後、バンタムへと歩む。
何人もの神室町に訪れている人込みを抜けていく。
こんなに寒くても、神室町から人は居なくならない。
先には、人だかりの一角があった。
彼等は歩みを止めて、何かを見ている。
そこに近付くと、犬の鳴き声が耳に届いた。
真冬は無言で、ローファーの踵に仕込んでいた針を投擲した。
その針は、投げられた小石の軌道を変える。
投げられた後の小石へと針を投擲し、命中、更にその衝撃で軌道を変えると言う異常な
武術を嗜む莉愛が、中国拳法のそれと勘違いしてしまっても仕方無いだろう、そんな技術なのだ。
「見付けた、仔犬さん」
漸く見付けられた仔犬の姿に安堵するが、真冬は言葉を失った。
石をぶつけられ、傷を負っている。
損傷は内部にまで及んでいるのだ。
真冬は他者の急所となる内部が見える。
それは負傷の有無もであった。
この辺りに動物病院はあるだろうか。
明日辺りに確か、柄本医院に通院することが決まっていた。
人間の医者だが、怪我なら動物のものも診てくれないだろうか。
せめて、簡単な治療をして欲しい。
もし柄本が駄目でも、翠ならどこかの動物病院を知っているかもしれない
真冬は動いた。
先ずは仔犬を助け、そして、この非道を行った者に報いを与えたい。
憎悪と言う物を、真冬は覚えていた。
真冬らしからぬその黒い感情。
故に、この場に居た多くの人間は、真冬の周囲に焔が舞っていると幻視したのだ。
白い幽霊の周囲で舞う焔は、まるで鬼火であった。
仔犬に石を投げた男に、真冬は飛び掛かる。
だが真冬は、その時、自身へと向かってきた一人の少女に気付いた。
どくんと、心臓が鳴った。
異様な程に、血が巡り、心臓が早鐘を打つ。
この少女は、何かが違うと真冬は感じた。
真冬の血肉や細胞の一欠片までが、知っていた。
偉大な父を同じくする者同士が共有する超感覚と言えば良いのか。
実の父を記憶として知らずとも、真冬の血は知っている。
遺伝子が記憶を超えていた。
「姉さん……」
実際に声を出して、その言葉を紡いだ訳では無い。
真冬の細胞がそう感じたのだ。
そして、邂逅の刹那、その姉は真冬の爪を砕いた。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い