範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
リョウガは立ち上がり、刹那の間を置かずその場で跳躍すると、
更に左脚でも同様に空を蹴った。
ギョンドの眼前には、リョウガが履いていたピンク色のスニーカーがあった。
リョウガは手を使わず靴を脱ぎ、足で投げたのだ。
ギョンドは、それを避ける事も無く顔面で受けた。
瞬きすらしない。
リョウガは、不意討ち気味に靴を投げたのだが、全く動じない。
何かの牽制だろうと判断しているとしても、眼球に程近くスニーカーが飛んできて居るのだ、回避もしないのは流石だ。
微動だにしなかったギョンドは、顔面にスニーカーが直撃するより早く拳銃に新たな弾倉を装填し、最装填が終わると直ぐ様発砲した。
発砲は、スニーカーが頬と瞼辺りに直撃したのとほぼ同時だ。
弾丸は二発、右手の袖口に隠された管から細く小さな矢が発射された。
袖口に仕掛けられた暗器は、手首に巻かれた革製の帯に搭載される六本の鉄製管から矢をバネ仕掛けにより発射する、以前に真冬も使用していた『
現在交戦中の舞台となる、この薄暗い廃ホテルの宿泊室で、隠し武器の袖箭から発射された細い金属製の矢を、視覚に捉えるのは非常に困難だろう。
特殊なバネ仕掛けにより、六本の管から順々に一本ずつ矢を連射可能になっていた。
リョウガは、弾丸を右手の空掌で防ぐ。
前方に進みながら左手で矢を叩き落とし、中指と薬指の間で二本の矢を挟み捉えた。
影絵の狐を形作る様に、親指をその二本の指に添える。
──空指
指と指の間に、リョウガは真空を発生させたのだ。
手首を返す様に振るうと、その真空は矢を反射するかの様に弾き飛ばした。
二本の内、矢は一本、ギョンドの肩に突き刺さった。
想像すらしていなかった現象を前に、遂にギョンドの表情に驚愕の色が浮かぶ。
「陵伽空指真空掌」
ギョンドの表情が変化したことに満足したリョウガは、見るものが腹が立つ程のしたり顔で微笑んだ。
幼さを感じる八重歯が覗き、余計子憎たらしく目に映るが、この戦闘をもし第三者が見ていたら、可愛いと思える者も出てくるかも知れない。
日本の一般的な文化には明るくない、外国人であるギョンドとチーヨーは知らないが、リョウガのこの技は、日本の古い少年漫画を読んだ彼女が自身に出来る形で、登場する技を再現したものである。
往年の名作格闘漫画『北斗の拳』だ。
主人公、ケンシロウが使う拳法である北斗神拳、その技の一つとして登場した『二指真空把』を真似たのだ。
漫画に登場する技を、流石に生身で行うのは厳しい。
しかし、リョウガには空掌がある。
指で空掌を使用し、その真空を用いる事で、漫画の様に矢を跳ね返す事を可能としたのだ。
リョウガは幼い頃から少年漫画が大好きだ。
特に格闘漫画を好んで読んだ。
その技を自身で再現する、それが出来たら楽しかったのだ。
多少、真冬がやっていることに近い。
真冬の場合は、漫画もテレビも身近に無いため、ゴミ捨て場のゴミで遊び害虫害獣と競い学んでいた。
真冬は、想像だけで何々が出来たら強くなれて楽しそうと考える。
例えば、違法投棄された車両を見て、この硬い車体の鋼板に指で穴を開けたい、などだ。
リョウガの場合、今回の技術で言えば、撃たれた矢をケンシロウのように投げ返したいと言う明確な目的で訓練したのだ。
撃たれた矢も投擲されたナイフ等も、空中で掴み取ることは出来た。
しかし、返す刀の如く反射することは流石に不可能だったのだ。
ワンテンポ遅れて投げ返す、それでは駄目だ。
矢を捉えるのと同時にケンシロウのように投げ返したい。
そこで、空掌を指で行うと言う考えに繋がったのだ。
だから、技が再現可能な漫画が好きだ。
北斗の拳、魁‼男塾、キン肉マン、
技術を真似ようが無い漫画としては、ドラゴンボールなどがあるがそれも読んでいた。
本来の呉の技術を学ぶ時や空道の修行の際には行わなかったが、ドラゴンボールの亀仙人やピッコロの重い物を身に付けると言う話は生活空間で良く真似ていた。
亀の甲羅を脱いだ後の孫悟空やクリリンの様な尋常ならざる跳躍力を、流石にフィクションの様な領域で身に付ける事は出来なかったが、そうした重い物を身に付け生活すれば基礎的な体力や膂力の向上は確実に感じられた。
現在のような、現場での生活では身に付けていない物の、里で普段の生活を送っている際は、孫悟空のように、重りを仕込んだリストバンドや靴を身に付けていたりもする。
それらの漫画に登場する技を真似て遊んでいた幼少期があるからか、空道等の技に自身で再現出来る形で
実戦で使い様がないものもあるが、使い様によっては、今回の様に有利な状況を作り出せた。
なお、古めの漫画が多いのは、周りが大人ばかりだったからだ。
彼らが若い頃に読んだ物を貰っていたのだ。
余暇には、遊びながら技術を磨く、母は違えどやはり、真冬とリョウガは良く似た姉妹であった。
ギョンドは突き刺さった矢を引き抜き、腹立たし気に指でへし折った。
金属製の
ギョンドも空道を学んでいるが、これは空指でも何でもない、ただの指の力である。
「こいつ、どうなってんだ……」
リョウガが見せた技術に驚愕を隠せない者はギョンドだけでは無い。
チーヨーもまた、リョウガの侮れ無い常軌を逸した技量を目の当たりにして困惑していた。
チーヨーは、リョウガと行動する様になり、彼女の情報を集めた事がある。
呉の一族については以前から知識として持っていたが、その呉の娘とは言え、幼い少女がどれだけ役に立つか気掛かりであったからだ。
その際に知ったリョウガの異常性。
産まれながらの殺人鬼、それが『呉陵伽』と言う少女である。
産まれながら──
リョウガに宿る殺人鬼としての、彼女の人格や存在そのものは、母の胎内にいた時から既に形成されていた。
暗殺者の一族として生を受けた。
偉大なる範馬の遺伝子をも受け継ぎ、期待された子供。
娘として産まれた故に──父の愛こそ得ることは叶わなかったが、それでも、母から、一族から愛された。
真冬と同じ性で産まれながらも、母の愛を知っている。
母の腹の中にいた頃から、母の愛情を受けていた。
胎教と言う物がある。
音楽を聴いたり、腹を撫で声をかける、読み聞かせるように本を読む……などを妊娠中に腹の中の子供とコミュニケーションを取る事だ。
それは、母子の心身を安定させる効果があると言う。
リョウガの母も腹の中にいたリョウガへそうした胎教を行い、コミュニケーションを取っていた。
元々胎教は、別に胎児を教育する、そう言った物では無い。
例えば日本人が胎児に英語を教えるために、英会話ビデオなどを見て、それを胎教のように腹の中の子供に聞かせても英語が堪能な子供に育つ訳では無い……と考えるのが一般的だ。
だが、暗殺者の一族である呉の母は、リョウガへの胎教として、断末魔や悲鳴、人体を破壊する音、燃え盛る炎、映像としても様々な死や闘争に関係するものを見て、聞かせ、それについて対話するように話し掛けた。
果たして、それで子供の心身が安定するものなのか。
しかし、そこが、リョウガの異常性である。
安定するか否か所ではない。
リョウガは、母の胎内で7ヶ月程になる頃には、意識の上で闘争と殺人を行っていたのだ。
それは、迦陵頻伽が殻の中で歌い出す事に似る。
呉の迦陵頻伽は、母の腹の中で既に殺人鬼であった。
言葉を話し、修練を開始する時、里の者はリョウガのその異常性を知ったのだ。
いかに異常とは言えそれは、暗殺者として生きることになる子供へ贈った一つの愛情の形だった。
母の愛は、確かにリョウガを生まれながらに完成させていたのである。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い