範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
直径が凡そ8mの八角形。
それは、ここ“賽の河原地下闘技場”の試合場だ。
地上はホームレスの溜まり場となっている西公園。
人生の落後者達が集まる公園の地下では、富裕層が賭け試合に興じ流れる血に熱狂している、それが現し世の賽の河原の姿である。
はち切れんばかりの筋肉と見目麗しい顔、彼の前ではギリシャ彫刻の英雄とて敵うべくも無いだろう。
女性の観客など、この地下闘技場で見たことが無い麗しい闘士が現れた為か、狂喜の声を上げている。
試合場で紅葉を待っていた外国人の男は、腕を組み無表情で彼に視線を向ける。
その対戦相手を見た紅葉は「おや?」と、意外そうに心の中で呟いた。
対戦相手だろうと思っていた人間と、異なる人物だったからだ。
地下への入り口で、紅葉を迎えた黒人の男性。
紅葉が来る事を知っていた様で、情報屋且つ賽の河原の主であるサイの花屋が待つ館まで案内した男だ。
紅葉と並んでも見劣りしない凄まじい体格の男だった。
恐らく、この地下闘技場のチャンピオンだと推察し、対戦相手となるのは黒人男性だと思っていたのだ。
単なる案内人ではない、その黒人男性には、そう感じさせる迫力があったからだ。
拳を交えたい──とも思っていた。
あの黒人男性では無かったとは言え──
無論、サイの花屋が用意した対戦相手であるし、地下闘技場に所属している程の実力者だ。
この男も只者では無いだろう。
紅葉も試合場へ立つと、突然、天井から鎖で繋がれた金網のケージが降りて来た。
それが試合場を囲み設置される。
これで出入り口が無い試合場の完成だ。
逃走防止用の金網ケージリング。
金網デスマッチと言った所か。
海外の格闘技で使用されるケージは、基本的に転落防止用の選手の安全を考えた物だ。
だが、地下闘技場の金網は、安全を考慮した物ではない。
ここでは、稀に死を以てのみ決着とする──そんな取り決めの真のデスマッチも開催されるし、路上での闘争を模した様々な武器となり得る物品を試合場に並べる試合もある。
一般人が浴びたなら死亡してもおかしくない電流を金網に流して行う試合まで開催されているのだ。
今回は単なる逃走防止用の金網でしかない。
しかし、試合場はプロレスで使用されるマット等と異なりコンクリート製で、危険な代物だった。
徳川光成の地下闘技場は砂が敷き詰められているが、ここの方が余程狂った試合場だ。
恐らくここの場合、客層含めて、優れている格闘技の攻防ではなく、選手の血や死を見ることを目的としている側面があるからだろう。
一般的には反則とされる様な、例えば目突き、急所攻撃、果ては凶器攻撃等、ルール無用の残虐ファイトが求められているのだ。
──米国第一級殺人逃亡犯
紅葉の対戦相手となる男の肩書きをアナウンサーが読み上げる。
確かに、残虐ファイトが求められる闘技場に相応しい肩書きを持った男だった。
「ダニエル・フェルドマンッッ!!」
黒いシングレットに膝サポーター、レスリングロングシューズと言った出で立ちだ、恐らくレスラーだろう。
太い両腕には複雑な模様のタトゥーが入っている。
スキンヘッドで凶悪そうな顔付き、確かに逃亡犯だと聞かされても、この容姿を見ると納得してしまう人物だった。
──活殺自在のスーパードクター
「鎬紅葉っっ!!」
続けて紅葉もアナウンスされ、そして、ゴング代わりの銅鑼が鳴り響いた。
ダニエルは、脚を開き腰を落とし前傾姿勢を取り、紅葉に顔を向けている。
両手は開手で、肘は曲げている。
対して鎬は、上半身を丸め両腕を顔面と胴体をガードするように構えており、ボクシングのピーカブーの変形スタイルと言った所か。
相対する両者を見守る観客達は、彼らの動きを持った。
両者ともに、見た目の身長以上に巨体に見える。
羆や北極熊が睨み合っている様な物だ。
そして、飢えた北極熊であっても、この二人の間に割り込む事を躊躇する筈だ。
ダニエルが一気に詰め寄り、タックルを狙う。
紅葉は動かず、右拳を放った。
右拳はダニエルの顔面を打つ。
歓声で欠き消されていて、観客達の耳には届かないが、試合場ではダニエルの歯が砕ける鈍い音があった。
しかし、ダニエルは踏み止まらない。
痛みを感じていないのか、全く動きを鈍らせること無く紅葉の左脚に組み付いていた。
ダニエルは更に姿勢を下げて紅葉の脛に肩をぶつけ、足首を手と腹で捕らえ、内へときりもみの様な回転を試みた。
紅葉にドラゴン・スクリューを仕掛けたのだ。
しかし、紅葉は動かない。
巨木──ダニエルの脳裏に過るのはそれだった。
紅葉の肘が、ダニエルの後頭部へと落とされるが、咄嗟に離し床に転がり躱した。
追撃の為、紅葉は僅かにステップし接近する。
踏みつける紅葉と、立ち上がり様、アッパー気味に拳を突き上げるダニエル。
足と拳がぶつかり合い、紅葉が蹌踉めく。
しかし、ダニエルの右拳が破壊されていた。
親指以外の四指が折れ曲がり、中指と薬指の骨が突き出てしまっている。
だが、立ち上がったダニエルは、蹌踉めき体勢が崩れた紅葉へと、僅かに弧を描き横方向へ伸ばした左腕を振り抜く様にぶつけた。
ダニエルのラリアートは紅葉の太い首を激しく打ち付けた。
そして、振り抜かれた左腕の衝撃で紅葉の巨体が吹き飛ぶ。
アナウンサーも観客達も歓喜の声で叫ぶ。
184cm131kgもの紅葉の体躯が舞ったのだ。
紅葉の体格のスペックを解説したアナウンサーが、ダニエルの怪力を称賛する。
逆に女性客やホモはブーイングだった。
だが紅葉は吹き飛ぶ前、既にダニエルが着ているシングレットの肩部分を掴んでいた。
吹き飛ばされた際に崩れた体勢を右足を後ろに下げ、全身を支える。
そして、自身の腕力と吹き飛ばされた衝撃を利用し、ダニエルを投げ飛ばした。
ダニエルは金網にぶつけられ、その瞬間に紅葉は肩を突きだし突進する。
ショルダータックルと金網に挟まれダニエルは呻く。
ズルズルと金網を背に崩れて行くダニエルの顔面を紅葉は右のストレートで打ち抜いた。
「ダッ……ダウ~ン──あーっと、あーっと、ダニエル・フェルドマン選手ダウンですッッ!!」
アナウンサーの声を聞いたか、ダニエルは金網に手を添え立ち上がる。
ふらつく脚で、ダメージの大きい上半身を何とか持ち上げたのだ。
(成る程、立ち上がれるのには驚いたが……君の戦闘力では……あれを使うまでも無さそうだ)
紅葉は、まだ戦意を失わず構えを見せたダニエルへと近付いて行く。
──あれ
対範馬勇次郎に備え開発した、鎬紅葉オリジナルのフェイバリット・フィニッシュムーブである。
確かにダニエルも強者だった。
だが、ここで使う必要は無いと判断したのだ。
ダニエルは、助走を付けラリアートを狙った。
紅葉は、嗤い、自身もラリアートの体勢をとる。
紅葉は待ち構え、ダニエルのラリアートのインパクトの瞬間に自身の腕を振り抜いたのだ。
紅葉は微動だにしない。
引き抜けぬ大木は、折れる事も無かった。
しかし、ダニエルは背後へ飛ばされ、受け身すら取れず後頭部から沈んだ。
リングは、マットではない。
コンクリートである。
紅葉は既に意識が無いダニエルを見下ろし、片手を突き上げ、自ら勝利を宣言した。
「圧倒的だったな、鎬センセイ」
賽の河原の奥、そして更にそこから地下へのエレベーターを降りてモニターが無数にある部屋に紅葉はいた。
そこにはモニタリングするホームレスの姿が大勢あったので、流石に紅葉も驚いた。
ホームレスにこの様なスキルがあるとは、にわかに信じがたい事である。
「これで當之真冬救出の為の情報を譲って貰えますね?」
「あぁ、実はなおれは、真冬の事は見捨てるつもりだったんだ。ああなっちまったら、女は終わりだ。幾ら強かろうが役にたちゃしねぇ。だがな、モグサを初め何人ものホームレスがうるさくてよ──」
モグサは特に真冬に惚れ込んでいるのか、彼の進言がかなり煩わしかったのか、サイの花屋は苦笑しながらそう言った。
「部下のホームレスだけじゃねぇ──西公園に住み着いてる連中からも真冬を心配する声が上がってやがる」
「……柄本先生もですよ。私はまぁ、私も興味がありますしね」
ホームレスに愛される幼女、當之真冬、その奇妙な状況も興味深いと紅葉は考えた。
「真冬の居場所は把握してる。モグサや他の連中は今にも飛び出しそうでな……なぁ、センセイ、うちは情報を扱う商売なんだ、流石にただであんたや柄本にそれを教えられん、だから闘技場に入って貰ったんだ、悪かったな」
「分かってます、さて、時間が惜しいですから、早速……」
そう、時間が無い。
真冬が直ぐに殺される事は無いだろう。
敵の所業、彼女が置かれている状況を鑑みた場合、目的は真冬を凌辱することだ。
しかし、真冬の心が壊されては助けても意味はないのだ。
「よし、出せ」
すると、モニターに埠頭と貸倉庫、更に大勢の人間が映し出される。
「ここはかなりヤバくてな……国のトップレベルの官僚とヤクザ、中国マフィアが絡んでやがる」
代議士であり警視庁の特殊機関を仕切る竹内政信の名をサイの花屋は紅葉に伝えた。
そして、ここで何を彼らが行っているのかを。
「幼女を含めて女の行方不明の15%はここに連れてこられてるってな話だ、組織的に行われる強姦、人身売買──しかも、国まで関与してやがる──だから俺は警察もヤクザも嫌いなんだ」
「恐ろしい街……いや国だ。忌々しい」
好んで人体実験を繰り返す医者の言葉とは思えないが、これもまた紅葉の嘘偽り無い本音だ。
「モグサらが行っても無駄に怪我人死人が増える、だから頼むぜセンセイ……」
「問題ありません、ホームレスの人達にも安心する様に伝えて下さい」
具体的な場所と倉庫の位置、恐らく居るであろう人員を纏めた資料を手渡した。
「あと、外であんたを案内した黒人と、もう一人爺さんが待ってる。その二人も連れてってくれ、特別サービスだ」
黒人と言われ、紅葉は頷く。
やはり、あの男はこの賽の河原の大きな戦力だ。
爺さんの方もかなりの達人と教えられた。
嘗て、柳龍光や渋川剛毅らとも拳を交えたと言う。
「まずは、デボラってぇ所に急いでくれ、そのクラブのマスター伊集院隼人ってスキンヘッドが待っている。そいつも今回の件に噛もうとしててな、協力者がいる筈だ」
サイの花屋の話しが終わり、このモニタールームを後にする。
そして、三人はタクシーを走らせた。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い