フリーレンが完全に降伏して以降、書庫での日々は、その様相を一変させた。
いや、正確には、彼女の生活そのものが、リリティアナの色に塗り替えられていた。
朝、フリーレンが微睡みの中から意識を取り戻すと、そこには決まって、いつの間にか部屋にいたリリティアナの姿があった。フリーレンのベッドの縁に腰掛け、眠る彼女の顔を飽きもせずに眺めているのだ。そして、フリーレンの青い瞳が開かれるのを待って、その唇に、深く、おはようの挨拶を落とす。
「ん⋯⋯」
最初は驚きに身体を強張らせていたフリーレンも、今ではそれを受け入れるのが当たり前になっていた。眠りで弛緩した身体に、リリティアナの熱い舌が侵入してくる感覚。それが、彼女の一日の始まりを告げる合図となった。
夜も、また然りだ。
自室で眠りにつく前、リリティアナは必ず現れ、「おやすみの挨拶よ」と告げて、その日の終わりを告げる深い口づけを交わす。
「約束は、読書中だけじゃなかったのか⋯⋯」
一度だけ、フリーレンはか細い声で、上辺だけの抵抗を試みたことがある。しかし、リリティアナはまるで子どもの我儘を聞き流すかのように、優しく微笑んで返すだけだった。
「ただの挨拶よ、フリーレン」
その言葉は、いとも容易くフリーレンの抵抗を無力化する。契約など、もはや何の意味もなさない。フリーレン自身、この口づけがなければ一日が始まらず、そして終わらない、と感じるようになってしまっていた。
屈辱の証だったはずの行為は、今や背徳的な安らぎと、リリティアナに所有されているという奇妙な充足感をもたらしている。この塔に来てから、初めて感じる穏やかな日々。それが、支配によって与えられているという事実から、フリーレンは静かに目を逸らしていた。
朝の挨拶が終わると、二人は書庫へ向かう。
フリーレンが半歩前を歩き、その背中には、常にリリティアナの手がそっと添えられている。まるで所有物であることを示すかのように、あるいは、正しい道へと導くかのように。
そして書庫に着くと、フリーレンはもう自分の椅子を探さない。
彼女は、窓辺に置かれたリリティアナの定位置である、豪奢なビロード張りの椅子の傍らに、ただ静かに立つ。リリティアナが深く腰を下ろすのを待って、その促すような視線に応えるのだ。
フリーレンはゆっくりと向きを変え、リリティアナの膝の上に、後ろ向きに腰を下ろした。
すっぽりと、その腕の中に収まる。
背中に感じるリリティアナの身体の柔らかな感触と、確かな体温。耳元で聞こえる、衣擦れの音と、静かで規則正しい心音。そして、古書の匂いに混じる、リリティアナから漂う甘い香り。
ここが、フリーレンの新しい定位置だった。
「今日は、これを読むといい」
リリティアナは、フリーレンの肩越しに、一冊の魔導書を手渡した。フリーレンはそれを受け取り、膝の上で、その重厚な表紙を開く。リリティアナの腕が、フリーレンを背後から優しく抱きしめ、その指が、まるでそれが当たり前であるかのように、フリーレンの銀色の髪を梳き始める。
この体勢が、今やフリーレンにとって、最も集中できる環境になってしまっていた。
屈辱と快楽の果てに見つけた、歪な安寧。
ここが、フリーレンの新しい聖域であり、楽園だった。
◇
その日、フリーレンは特に興味深い古代魔法の魔導書に没頭していた。失われたはずの、時間を微量ながらも巻き戻す魔法。その理論はあまりに複雑で、しかし美しかった。フリーレンの青い瞳は、古代文字の連なりに釘付けになり、その口元は無意識のうちに、僅かな笑みを浮かべていた。
背後から彼女を抱きしめるリリティアナは、そんなフリーレンの姿を、愛おしくてたまらない、というように眺めていた。千年を生きても失われない、その純粋なまでの探究心。それこそが、リリティアナがフリーレンに惹かれた最初の理由であり、そして今、彼女の独占欲を何よりも掻き立てるものだった。
リリティアナは、フリーレンを抱える腕にそっと力を込め、その首筋に顔を埋める。そして、もう片方の手を、フリーレンのローブの下へと滑り込ませた。指先は、彼女がいつも身に着けている、絹の薄いインナーに触れる。
リリティアナの手は、そのインナーの上から、胸のささやかな膨らみを優しく包み込んだ。そして次の瞬間、その指先が布越しに、乳首をきゅっと強くつまんだ。
「んっ⋯⋯!」
フリーレンの喉から、驚きと、ほんの少しの痛みに混じった声が漏れる。本を持つ彼女の手が、びくりと跳ねた。リリティアナは構わず、指先でその硬くなった点を、布の上から執拗にこね回す。まるで、粘土を成形するかのように、様々な角度から、様々な力で。
「リリ⋯⋯ティアナ⋯⋯やめ⋯⋯本が、読めな⋯⋯」
「なら、読みなさい。私に構わず、あなたの好きなようにすればいい」
囁きながら、リリティアナはフリーレンのインナーの襟元に指をかけ、ゆっくりと引き下げた。冷たい空気が、熱を持った胸の谷間に触れる。リリティアナの手は、今度は素肌の上を滑り、その白い膨らみを直接、捕らえた。
指先が、硬く尖った頂点を、直接つまむ。そして、爪を立てないように、しかし強く、ぐりぐりと円を描く。
「ひっ⋯⋯ぁ⋯⋯!」
フリーレンの身体が、震える。布越しとは比べ物にならない、あまりに直接的な刺激。脳の半分が、その指先の感触に支配されていく。それでも、彼女は意地のように、本から目を離さない。
リリティアナは、そんなフリーレンの抵抗を打ち砕くように、攻め方を変えた。片方の乳首を指で強く弾き、フリーレンが喘ぎ声を上げた瞬間、もう片方の乳首を、指の腹で優しく、労わるように撫でる。
快感と快感の間に生まれる、絶妙な揺さぶり。強烈な刺激の合間に与えられる甘い愛撫が、フリーレンの理性をめちゃくちゃにかき乱す。
「こっちは、寂しいでしょう?」
リリティアナは、片方の乳首を指でつまんで捻り上げながら、もう片方の乳首を、指の腹で繰り返し、繰り返し、優しく擦り続ける。痛みと、じれるような快感が同時に押し寄せ、フリーレンの思考を麻痺させていく。
もう、どちらが本当の快感なのか分からない。ただ、この行為が終わってほしくない、という冒涜的な願いだけが、胸の奥で渦巻いていた。
「ぁ、あ⋯⋯だめ、もう、やめ⋯⋯ん、く⋯⋯っ、おなじ、とこ、ばか、り⋯⋯!」
フリーレンの懇願は、もはや悦びの喘ぎにしか聞こえない。リリティアナは、その抵抗を打ち砕くように、最後の仕上げにかかった。
片方の乳首を、今までで一番強く捻り上げながら、もう片方を、爪の先で、かり、と軽く引っ掻いた。
二つの頂点から、二種類の、しかし等しく強烈な信号が、フリーレンの脳天を直撃した。
「んあああああっ⋯⋯!!」
フリーレンの身体が、大きく、激しく痙攣した。
指から力が抜け、読んでいた魔導書が、ぱさりと床に落ちる。下腹部に触れられてもいないのに、身体の奥深くが熱く脈打ち、子宮が締め付けられるような、強烈な絶頂が彼女を襲った。
「見て、フリーレン」
快感の余韻にぐったりと身体を預けるフリーレンの耳元で、リリティアナは満足げに囁いた。
「君はもう、私に胸を弄ばれるだけで、こんなになってしまうんだ」
書庫に響くのは、フリーレンの涙声の喘ぎと、床に落ちた魔導書が虚しく開いている音だけだった。
快感の奔流が過ぎ去り、フリーレンの身体から最後の痙攣が消え去った後も、リリティアナはしばらくの間、彼女を抱きしめたまま動かなかった。ぐったりと力を失い、荒い息を繰り返すフリーレンの髪を、慈しむように、ゆっくりと指で梳く。その背中には、まだリリティアナの体温と、満足げな心音が伝わってきていた。
フリーレンは、されるがままになっていた。身体の奥に渦巻く熱の残滓と、気怠い疲労感。そして、胸の頂点に疼くように残る、甘い痛み。その全てが、ついさっきまで自分が何をされていたのかを、嫌というほど思い出させた。
床に落ちた魔導書が、虚しく開かれているのが視界の端に入る。
やがて、リリティアナはフリーレンの身体を支えながら、ゆっくりと床に落ちた本を拾い上げた。そして、その頁を優しく閉じると、フリーレンがいつも使っていたテーブルの上に、静かに置いた。まるで、今日の探求はもうおしまいだ、とでも言うように。
そして、再びフリーレンを膝の上で抱きしめる。今度は、先程のような熱を帯びたものではなく、ただ、壊れ物を腕の中に収めるかのような、静かな抱擁だった。
書庫に、沈黙が落ちる。
フリーレンの呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
その静寂の中で、フリーレンはふと、疑問を口にしていた。
今まで、恐ろしくて聞けなかった問い。しかし、今なら聞けるような気がした。この腕の中の奇妙な安らぎが、そうさせたのかもしれない。
「⋯⋯なぜ」
声は、自分でも驚くほど、か細く掠れていた。
「なぜ、これほどまでに魔導書を集めるんだ?」
リリティアナの指が、一瞬だけ止まる。
そしてフリーレンの問いに、もう一つの問いを重ねた。
「⋯⋯なぜ、私だったんだ?」
リリティアナは、フリーレンの髪を撫でていた手を止め、その白い頬に、そっと触れた。少し驚いたような、それでいて、どこか嬉しそうな、複雑な表情をしていた。
「⋯⋯あなたも、探しているのでしょう?」
リリティアナは、問いに問いで返した。その声は、いつものようなからかう響きはなく、ただ静かだった。
「魂の行方を。失った誰かとの、再会の方法を」
フリーレンは、息を呑んだ。この魔女は、やはり全てお見通しなのだ。
リリティアナは、遠い目をして、書庫の窓の外へと視線を向けた。
「私も、昔はそうだった。失ったのよ⋯⋯私にとって、世界の全てだった人を。だから、魔法に縋った。この世の全ての知識を集めれば、あるいは死の理さえも覆せるのではないかと、愚かな夢を見た」
彼女の横顔は、フリーレンが今まで一度も見たことのない、深い哀しみに彩られていた。
「結果は、見ての通り。手に入れたのは、孤独を慰めるための知識の山と、持て余すほどの永い時間だけ。心は、乾いていくだけだったわ」
リリティアナの視線が、腕の中のフリーレンに戻る。その瞳には、今までにない剥き出しの感情が宿っていた。
「あなたを見つけた時、同類だと思った。でも違った」
「あなたは、千年を生きてもその心を穢していなかった。目的のために、ただ真っ直ぐに、魔法を探求していた。その姿は、あまりに眩しくて⋯⋯そして、堪らなく壊したくなった」
リリティアナは、フリーレンの頬を撫でながら告白する。
「私はね、フリーレン。もう何も変えられないの。この永い時間の中で、ただ知識を積み上げるだけで、本当に大切なものは何も変えられなかった。その無力感が、ずっと私を苛んでいた」
「でも、あなたは違った。私の手であなたは変わっていく。私の指先一つであなたの表情が変わり、声が漏れ、身体が震える⋯⋯」
「あなたが私の腕の中で快感に堕ちていく様を見ていると、私は、自分が無力ではないと、そう思えるの。あなたを支配することで、私は、自分がまだ世界に影響を与えられると錯覚できる。 それが、私の孤独な心を、崩壊から救ってくれているのかもしれないわ」
それは、あまりに身勝手で、残酷な告白だった。
しかしフリーレンは、その言葉の奥にある、途方もない孤独の匂いを感じ取っていた。
自分と同じ、永い時を生きる者の、魂の渇き。
フリーレンは、何も言わなかった。
ただその腕の中で、リリティアナの言葉の意味を、ゆっくりと考えていた。
この魔女は、ただの支配者ではない。
自分と同じように何かを失い、永い時の中を、たった一人で彷徨っている魂なのだ。
その日初めて、フリーレンはリリティアナという存在を、少しだけ理解したような気がした。