血高の人々 作:スロット767
私立血式学園高等学校、通称『血高』。
この学校のシンボルである不気味な塔『監獄塔』。てっぺんはどこか別の世界に繋がっているという噂もまことしやかに囁かれるが、最近熱い噂話は、この下で告白すると永遠に結ばれるというもの。
どこから発生した噂なのかは定かではないが、実際に監獄塔の下に気になる相手を呼び出し、成立したカップルは両手で数えられない。
そんなパワースポット(?)に、今日も呼び出された少年が一人。
「結局来ちゃったけど……まだ来てない、ね……」
何か安心したように塔の下を確認したのは、この学園の二年生、ジャック。彼の手には白い封筒に包まれ、白い便箋に認められた手紙が握られており、そこに書かれていた約束の時間の十分前に、彼はやって来たという訳だ。
「うーん、どうしよう……」
彼の頭を悩ませているのは、もちろんその手紙の内容。靴箱に入っていたそれは、時間と場所を指定するだけのものだが、わざわざここに呼び出されるというのは、つまりそういう事。
手紙の差出人の事は嫌いじゃないどころか好きだが、だったら告白を受け入れられるかと言うと、中々イエスと言えない理由が、彼にはあった。
というのも……と言っているうちに、差出人のお出ましだ。
「む……悪いなジャック、待たせてしまった」
「はい、時間通りね。ジャック、私と付き合ってくれる?」
まるで決戦に向かう武士のような面持ちで現れたのが、血高の番長として知られるハーメルン。テレポートでもしたかのように唐突に現れたのが、血高一の天才として知られるグレーテル。二人はほぼ同時にジャックへと声をかけると、そこからワンテンポ遅れてお互いの存在に気づく。
「おい、なじぇ貴様がいる?」
「それはこっちのセリフよ、ジャックの返事を聞かなければならないのだから、貴女は黙っていて頂戴」
「にゃにおう!?」
「あら、やる気なの?折角プールで汗を流して来た所なのだけれど……そっちがそう来るのなら、仕方が無いわね」
呆気に取られるジャックを余所目に、突然のキャットファイトが始まろうとしている。彼は慌てて二人の間に入り、その仲裁を試みる。
「ちょ、ちょっと待って二人とも!何か用があって僕を呼び出したんでしょ?だったら喧嘩しないで、ね?」
ジャックは手に持っていた二枚の手紙を見せて、二人を宥める。そう、手紙の差出人はハーメルンとグレーテルの二人。それも同じ日付の同じ時間を指定していたのだから、ジャックは内心イタズラを警戒しながら、ここにやって来たのだった。
「む、そうだった……うっかり忘れる所だったぞ、グレーテルのせいでな」
「あら、私はもう要件を伝えたはずだけれど?聞こえていなかったのならもう一度だけ言うわ。ジャック、私と付き合って頂戴」
「……へ?」
「にゃんだと……!?」
グレーテルの一言で、二人が凍りつく。鳩が豆鉄砲を食ったような表情のジャックと、大勢の敵軍の侵攻を目の当たりにした時のような顔のハーメルン。
未だ混乱した脳内のまま、ジャックは恐る恐る尋ねる。
「え、えっと……付き合うってのは……買い物?それとも病院?」
するとグレーテルはわざとらしくため息をつき、小馬鹿にしたように言う。
「薄々気づいてはいたけれど、本当に鈍感なのね、ジャック。監獄塔の下で、か弱い少女が勇気を出して言っているのだから、そんな休日の過ごし方相談みたいな事をするわけ無いでしょう?」
「う……ご、ごめん……てことは……」
「ええ、恋人、彼氏彼女、カップル、アベック、番になりましょうという意味よ。答えて頂戴」
彼女は薄らげに笑みを浮かべ、ジャックに問う。
「ちょっと待つのだ!」
「ちっ……」
ハーメルンが大きな声で、甘くなりそうだった空気に水を差す。
「今、舌打ちしてにゃかったか?」
「してないわよ。あと、噛んでるわ」
「うるさい!それはともかく……ワレもジャックと……その……付き合いたいのだぞ!」
「ええっ!?」
「ふぅん……」
ハーメルンは顔を赤くして、ブレーキの外れた軽トラのように突っ走り始める。
「ジャックは番長と呼ばれ、少し他の皆から避けられていたワレにも、優しく接してくれた……そのおかげで今は、お嬢やラプンツェルのような友もいる。一部反りが合わぬ者もいるが……」
ハーメルンがちらっとグレーテルの方を見ると、彼女もそれに応戦。火花が散っているかのような空気の弾けを、ジャックは感じた。
「それからというもの、以前は何も思わなかった一人の時間も、何故か心に隙間風が入ってくるような感覚になってしまったのだ。その原因を考えていくと、いつも最終的には、ワレがジャックの事を好きだから、という結論に達してな……意を決して告白しようと、手紙を渡したのだ、渡したのだが……とんだ邪魔が入ってしまった」
「あら、さっきも言ったけれど、それはこっちのセリフよ。ジャックの事を想う気持ちは、私とて変わらない……と言うより、貴女に負けるつもりはないわ」
「あ、あの……」
「何?」「何だ?」
何か言いたげなジャックを、二人が睨む。
「えっと……まずは二人とも、ありがとう。手紙の内容から予想はしてたけど、こうやって僕なんかに気持ちを伝えてくれるのは、すごく嬉しいよ」
ジャックのその言葉には、何の嘘偽りもなかった。というよりこんな状況で真っ赤な嘘をつくような人間とは、誰からも思われていないのも彼であるが。
「でも、だからこそ……二人の告白は、受けられない」
目の前の二人の表情が、一気に変わる。グレーテルの侮蔑すら籠ったような冷たい眼差しと、ハーメルンの今まで見た事がないほどに絶望した、哀の表情。
一人でも辛いだろうに、二人分は耐えられるのだろうか。ジャックは心を痛めながら、続ける。
「ここで二人のどちらかを選べば、必ずどちらかを悲しませてしまう。どちらも選ばなければ、二人とも悲しませてしまうけど……グレーテルとハーメルンには、喧嘩なんかしないで、仲良くしていて欲しいから」
ジャックが二人の手を持ち、握手をさせる。組まれた手の上にジャックは、自分の手を合わせる。ハーメルンはぽかぽかと暖かく、グレーテルは少し冷たく、しかし確かな人肌の温もりを感じた。
「二人の想いに応えられないのは、本当に悪いと思ってる。だからせめて……僕ら三人、良い友達でいよう、ね?」
ジャックからすれば、ここで出来る最大限の誠意を見せ、遺恨を残さないようにしたつもりだった。だが、彼の周りにいる少女達は皆個性の強い集団。これで手打ちとなるはずもなく、彼の少し気まずそうな笑顔を少しの間見つめていたグレーテルが、あっけらかんと言い放った。
「ねえ、どちらかを選んでも、どちらも選ばなくてもダメなら、どちらも選べば良いんじゃないかしら?」
「えっ、それは……えええっ!?」
あまりに当然の事かのように言うものだから、初め彼女の発言の真意が掴めず、二度見ならぬ、二度聞きのような反応をしてしまうジャック。
「なっ、グレーテル!それは二股というやつなのではないか!?」
「ええ、そうね……でも、私は構わないわよ?」
「ワ、ワレは……ワりぇは……そんなふらちな事は……いや、このままフラれるくらいなら…………?」
「このまま二人とも玉砕するくらいなら、多重交際でも恋人という立場を手に入れておくのは、非常に合理的だと想うけれど?特にハーメルン、貴女この間の修学旅行の写真、自分が写っていないのにジャックの写った物を買うくらい、彼の事が好きなのでしょう?」
「な、にゃぜそれを!?」
「ちょ、ちょっと待ってよグレーテル!流石にそれは……風紀的にというか……倫理的にというか……ダメじゃない?」
唐突に秘密をバラされたハーメルンを、ジャックは泣く泣く無視して、グレーテルに訴えかける。男女交際というものの経験が無い彼にとって、彼女の提案はあまりに刺激的かつ倒錯的過ぎた。
「ええ、そうね。一夫一妻が規範のこの世の中において、私の提案はとても褒められた物では無いわ。でもねジャック、新しい常識というものは、何時も非常識から始まるものなのよ」
「そ、そうですか……?」
「私とハーメルンは貴方と交際出来る、貴方は二人の恋人を手に入れる事ができる。全員にメリットのある提案だと思うわ。第一一夫一妻という制度自体、自然界においても人間社会においても普遍の真理というわけでは無くて……」
とうとうと語るハーメルンの言葉には、毎度の事ながら妙な説得力があった。ジャックは自分でも理解できているのかよくわからない話を耳に突き込まれていくうちに、百パーセント反対だった当初の気持ちが、氷が溶けるかのように少しずつ、揺らぎ始めていた。
「という訳なの。さあ、あとは貴方が首を縦に振れば、貴方と私とハーメルンは、正式に男女の仲という事に……」
「ちょっと待つのだ!」
ニンマリと笑いながらジャックに迫るグレーテルを、ハーメルンが止める。彼女の健康的な褐色の顔が、夏で赤く浮かされているように、ジャックには見えた。
「ワレの意見も聞かずに、勝手に決めるで無い!」
「あら?貴女はすでに賛成してくれたと思っていたのだけれど……」
「してないぞ、まだ!確かにお前とワレにとっては、魅力的な案かもしれないが……ジャックが困っているではないか!ワレはジャックを苦しめてまで、ジャックの彼女になりたい訳ではない!」
「ハーメルン……」
強い想いの籠った言葉。それは強い筆圧をかけて書いた事がすぐに分かる、彼女の手紙のようだった。
「それは私も同じよ」
「ならば、ならば……!ここは番長の名にかけて、潔く引くべき……なのだ!」
震える声で、ハーメルンが言う。その様子に、ジャックは深く後悔した。ここに来るまでの時間、どうやって角が立たないように断ろうかとか、また漫画に影響されたのかなとか、彼女の想いを軽視するような考えばかりしていた自分に腹が立った。
彼女はこんなにも、真剣に自分へ告白してくれていた。では受け取る側は?もし誰かにそう聞かれた時、自信を持った回答は出来ない。その事実が、ジャックの中に一つの決心を産む。
「ハーメルン」
「ぐすっ……な、なんだ?」
瞳の涙をたっぷり貯めて、ハーメルンがこちらを向く。淡いラベンダーの花のような色彩の髪が優しくはためいて、彼女の顔を儚げかつ爽やかに飾る。その光景に、ジャックの心は乱される。
「君が僕の事を想ってくれているの、凄く嬉しい。正直、ここまでとは、思ってなかった」
「と、当然だ。ワレは番長なのだぞ?」
「(それはよく分からないけど……)僕は、ちょっとカッコつけてたかもしれない、二人のどちらかを選べないから、どちらも選べないなんて……ハーメルンとグレーテルが本当の気持ちを伝えてくれたから、僕も今の本当の気持ちを言うよ」
「本当の……気持ち……?」
「……へぇ」
ジャックは平静を装いながら、内心かつてない程緊張していた。そよぐ風の音すら聞こえないくらいに。
「君たち二人と……付き合いたい」
「……それは、私の提案を呑んでくれると言う事ね?」
「そう言う事……だよ」
「ジャック……」
言質を取るようにグレーテルが尋ね、彼は首を縦に振る。ハーメルンは驚いた顔をした後、少し考えてから複雑な表情を見せた。
「ありがとう、受け入れてくれて嬉しいわ。ハーメルンも、それで良いわね?」
「あ……むぅ……うむ。それが、
覚悟を決めたようなハーメルンに、ジャックは心の中でごめんねと呟く。それは、告白された今の今まで、彼女の事を一人の女の子として考えていなかった事への謝罪であり、これからその空白を埋めて行こうと、固く決心した。
「じゃあ、これで私たちは晴れて恋人同士。改めてよろしくね、ジャック……ちゅっ……」
「……ふぇっ?」
「なっ……!?」
やけによそよそしい挨拶を済ませたグレーテルを怪しむ隙もなく、突然の口づけが交わされる。
ハーメルンはもちろんのこと、されたジャックすら、起こった事への理解が追いつかず、呆気に取られる。
「その反応……もしかしてファーストキスだったかしら?それなら嬉しいわ」
「グ、グ、グレーテル!きしゃま今にゃにをしたか分かっているのか!?」
「何って、キスだけれど?恋人なのだからそれくらいするわ。悔しいなら貴女もすれば良いじゃない、恋人なのだから。まあ、二番目にはなってしまうけれど」
「ぬぬぬぬぬ…………ジャック!ワレともキスをするのだ!」
「ハーメルン!?ま、まだ心の準備が!」
「グレーテルとはしたではないか!」
「あれはグレーテルが急に……!」
「言い訳無用!!」
顔を赤らめ迫るハーメルンと、逃げるジャック、それを面白そうに眺めるグレーテル(元凶)。
こうして、三人の少し変わった恋人関係が幕を上げたのだった。