多数の海外観光客が訪れる第三学区ではあるが、中でも人気なのが国際展示ホールが敷き詰められた区域である。外部メディアによって学園都市パビリオン、と勝手に名付けられ半ば公称となりつつある当該エリアには他の追随を許さない学園都市の最先端技術が所狭しと並べられ、一分野につき一つスタジアムを占有する勢いで存在している。仮に全てを見て回ろうと思えば数日の短期滞在では不可能と言われている程、現代の科学文明を支えているありとあらゆるモノが集う場所でもあった。
過去、日本で開催されたオリンピックや万国博覧会にあった“高揚感”とでも言えば良いのか。会場内に整然と並ぶ無数の機械群は近未来的な雰囲気を放ち、時折上がる歓声がそれを裏付けるかのようだ。
一般開放されているブースの人出は尋常ではなかった。
商業的には既にシーズンに入っていて、夏休みを目前に控えた今でさえ相当な混雑具合を見せている......規定の収容人数などとっくに超過している筈だが、警備ロボットやスタッフらが懸命に対応にあたっているお陰でパニックに陥ることなく済んでいるようだ。
明るい色合いの服を着た案内役の職員に混じって、紺色の隊員服に身を包んだ男女が行き交っている。
意匠化された【
午前十一時二五分。
──腕時計の長針が五の数字に差し掛かった。
ちら、と顔を上げたハンチング帽の男の目前で、分厚い合金製の車体が凄まじい速度で過ぎ去っていく。直後、後を追うように同様の車両が数台走り抜けていくのを見て、周囲の人々からどよめきが上がった。
「あれ、装甲車よね?」
「え、なんか事件でもあったのかな......」
道行く人々は口々に囁き合い、不安そうに視線を彷徨わせている。中には携帯電話を取り出して何処かへ連絡を取り始めた者もいた。
その様子を一瞥してから、男は何事も無かったかのように人混みの中を歩いていく.....向かう先には、【防衛兵器展示場】と書かれた看板があった。
程よく空調の効いた、【能力測定室】とプレートが掛けられた一室。
少々薬品棚や机が置いてあるだけの特徴の無い場所では、中央あたりに男子学生がぽつねんと椅子に腰掛けている。
何をするでもなく、ただぼんやり虚空を見つめているだけだった。
傍から見れば無気力症患者にも見える彼の向かいで、白衣を纏った研究者らしい女医の飛ばす視線は、やや煩わしく思える。
測定用の機材などが置かれたまま、セッティングする様子も何も見られない......普通ならば訝しむところだが、そんな疑念は微塵も起きなかった。
手元の時計を見ていた女医の顔が僅かに綻んだのを認めて、次いで発せられるだろう言葉を聴く前に、彼は椅子から立ち上がっていた──。
第七学区のとある高校では、一学期の
「にゃー、ようやっと
一年七組の教室。週末だというのに午前中だけ登校日として駆り出された生徒達が、座学定期考査と同時期に行われる能力開発測定を終えて戻って来ていた。真っ先に声を上げたのは、矢鱈と明るい金髪にサングラスを掛けた、妙な方言を使う一八〇センチはあろうかという長躯の男子学生だ。土御門、と大層な姓を名乗る彼は基本的には変態の烙印を押されている連中の一人でもあった。
それに便乗するように、青い髪を持つ関西弁の変態と、ウニのように尖った頭髪の不幸な少年の話はすぐさま盛り上がり直後には
男女比一対三という狂った比率は何故かこのクラスにおいては普遍的な光景となっており、女子生徒たちの姦しい声に耳を傾けながら思案に耽る事にも慣れてきていた。
一つ注意するとすれば、男女間で意見が対立した際に団結した女性陣が相手に対して圧倒的に強い立場にあり、下される裁定に男子諸君の意思は全く関与しないという点であろうか。
......学園都市の教育思想は中道科学主義というもので、受け入れ学生の精神状況や身辺を精査して偏った政治思想や宗教観が無いか、極端な差別思想を持たないか等を重点的に調べられる。
統括理事会の定める処の【最も自然で科学的な全体の利益】を守るべく、人格形成に大きく関わる思春期前後の教育に重きを置くのは当然の事だろう。
思想統制だ、と騒ぎ立てる活動家や人権団体も居るが、学園都市設立当時より続く方針は今なお貫かれている。
午前十一時四〇分。
──歓声が上がる。
侵入禁止のポールが囲っている向こう側で、高度に過ぎる機械群の繰り広げるパフォーマンスを見せられた観光客たちが興奮冷めやらぬ様子で感想を口にしては、演目の終わる際から拍手喝采を送り続けている。 彼ら彼女らの中には、初めて学園都市を訪れた者もいるのだろう。
機密のベールに包まれた最先端技術の研究成果が手の届く場所にあるという事実は、彼らを大いに驚かせたに違いない。
まるで世紀の大事件を目撃したかのような心持ちにさせるのは、それだけスケールの大きな演出だからだろうか......展示されているからと言って、その技術を何処に提供するかどうかは全て学園都市の意向次第だと言うのに。
ハンチング帽の男はゆっくりと人集りから離れると、徐に何処かへと歩き出す。
手を伸ばせば人の肩を掴めそうな間合いの中を進む彼を、誰も気に留める事はない......当然だ。
エントランスに設置された簡易保安所を易々と通り抜けられた時点で分かってはいたが、正直拍子抜けだった。
外部者IDや人相の認証をするにしてもこれだけの群衆の中から瞬時に個人を特定するのは困難、巧みに監視カメラを避けて進む男の姿は懸命に人混みを掻き分けようと踠く一般人そのものだったからだ。
やがてその足が止まる。
角を曲がるように奥まった場所に入った男を出迎えるのは、眩しくなるような明るい空間......設備も含め、壁から天井まで白い建材で構成された其処は、奥までずらりと並んだ大小の便器が支配する場所だ。
スタジアム特有の広大なトイレは目立った汚損などはなく、清掃も隅々まで行き届いている事が窺える。
個室便所だけで数十はあるだろうが、男にとって用があるのはただ一つだけだ。
学園都市にはあらゆる場所に監視の目があるというのは学生でも知っている普遍的事実に相違無いが、秘密も何も無い観光者の排泄姿を逐一モニターしている訳ではない。
中ほどにある、個室便所の前までハンチング帽の男は来ると躊躇い無く数度ノックした。 数秒の間を空けて、内側から鍵を外す音がすると静かに扉が開く。
「......」
のそり、と出てきたのは大柄な男である。一八〇センチを超える骨太な体格を作業服に押し込み、髪を短く刈り込んだ彼は扉を開けた人物の顔を見て、次いで腕時計で時刻を確認した後、一言呟いた。
「......モノは中だ。鍵をやる」
ずい、と無造作に差し出された銀色の小鍵。 キーヘッドに空けられた穴の部分が、変形し破断されている事から鍵束から強引に千切り取ったものだと分かる。
鍵を受け取る際に触れた指先は生温かく、微かに震えているようでもあった。
「清掃員は?」
「
素っ気なく吐き捨てる大男の言葉に、ハンチング帽の下で目が細められる。
生半可な覚悟では無い、という意思表示なのか、震えている身体は緊張では無く高揚によるものだろう。
ごくり、と唾液を嚥下すると喉仏が大きく上下した。
──鍵穴に挿し込まれた金属片は、大した抵抗もなく回る。
開け放たれた扉の奥には、モップやバケツ等の掃除用具が整然と納められている……。
補充用の備品置き場も兼ねているのか、カートに積まれた段ボール箱からは新品のビニール手袋やらトイレットペーパーといったものが顔を覗かせていた。
その中に紛れるように置かれている、茶色の紙袋。
国際展示場の土産物屋で使われているロゴが描かれているそれを手に取って中身を検める。
「は、は」
咄嗟に手で抑えて我慢しようとしても、口角が吊り上がってしまう。
思わず鼻唄の一つでも奏でてしまいそうだ。
待ちに待った舞台が漸く手に入るのだ。 これが喜ばずにいられるものか。
間も無く巻き起こる狂乱劇を切望しながら、ハンチング帽の男は速やかに作業を開始した。
「さぁ、パーティーの始まりだ」