国際展示場に併設された
其処は各エリアの配置された人員が屯し、常に施設内を監視していて情報を本部と緊密に共有する役目も担っていた。
一学区を丸々外部向けの施設で埋め尽くす事で莫大な観光需要と各国の懐柔を狙って開放された人口密集地域が故に、無用の混乱を避ける為にいざとなれば社会的影響力の強い人間を黙らせる一定の強権と武力を伴った警察組織は間違いなく必要だった。
その点、学園都市の警備員とは文字通りの意味で学園の番人である。日常的な治安維持活動を行いながらも有事の際には迅速に対応し、能力者を含めた脅威を排除する事が求められる以上、内部における警察機関のようなものだが、最新機器を供与され先進的な訓練を積んだ彼らは事実上の
そんな彼らでも防ぎきれない緊急事態は、(大半の人間にとっては)まさしく想定していない最悪の場合に該当するのだ。
午前十一時二二分。
『
──休憩中だった隊員を含めた複数の人員が、慌ただしく飛び出していった。
緊急召集を告げるアナウンスが鳴り響く中、硬い靴底の奏でる音が徐々に遠ざかる.....今も人でごった返す展示場ではなく、装甲車輌のある裏手へと。
程なくしてエンジンの唸りを上げる鋼鉄の車列が、建物前の道路を猛った獣の如く駆け抜けていく。
拡声器の呼び掛けとサイレンの爆音で以て強引に中央車線を突破する彼らに、避けていく民間車輌に気を配る余裕は無かった。
例え今すれ違った対向車が騒動の種を運んでいたとしても、この街で常人が対応可能なトラブルなんてたかが知れているのだから。
「ねぇ、貪鮫君ってば」
「......うん?」
思考に耽っていた意識を引き戻すように、穏やかに語気を強めたソプラノの声が耳朶を打った。
生徒たちの発する喧騒に紛れて掻き消されてしまうかと思えば、真横からはっきり聞こえたものを無視する事は無関心に過ぎるだろう。
ぼんやりと焦点の定まらない視線を動かしていけば、隣り合う席順となっている女子生徒の顔立ちが像を結んで認識される...。
───長い黒髪を湛えた女子が、気怠げに頬杖などついて反応を窺うようにじっと見つめている。
背に流された黒糸はしっとりと濡れたような色相に染まり、青みがかった艶さえ窺える烏羽のそれ。
白磁と呼ぶに相応しい肌色はいっそ病的で、当人が健康マニアを自称していても全く説得力がない。むしろ不摂生な生活を送っているのではないかと勘繰りたくなるほどだが、本人は至って健勝そうだった。
やや吊り気味の整えられた眦の横。長い睫毛に彩られた黒耀の虹彩が煌めいては、貴石を思わせる眼を縁取る睫毛が、瞬きに合わせて揺れる様は宛ら蝶のようでもあり、見る者に言い知れぬ色気を感じさせてくる。
高く通った鼻筋の目立つ細面の顔貌は一見、周囲の温度を下げてしまう酷薄さすら醸し出しているように見えるのだが、振る舞いの端々に見え隠れする無邪気さが彼女を近寄り難い存在にさせまいと踏ん張っているように思えた。
恣意的な思惑を感じざるを得ない美形の集団内に在って尚、隣の女子──吹寄制理は際立って目を引く存在だ。
成熟した大人の女性に成長する寸前の少女特有の危うげな魅力を帯びた肢体は、特に男子生徒の間で話題に上る事も珍しくない。
「何ボケっとしてるのよ?さっきからずっと上の空じゃない」
優美な線を描きながらも、気の強い彼女の内面を表すような吊り眉は怪訝そうに顰められ懐疑を露わにする。
強い感情を表情に出した処で、それが吹寄の端正な造作を崩すような要素にはならないばかりか寧ろ魅力を高める一因にもなりかねない。
美人は数日もすれば飽きる、なんて言葉があるが、貪鮫の経験上そんな状況に陥るのは数えるくらいしかなかった。......どうしたって麗しい異性が居れば目を惹かれるし、会話を交わす機会があれば嬉しく思う。
美しく、賢しく、逞しい。
決して誇れるばかりではない人生の途上で、かくも素晴らしい女人たちとの出会いに恵まれた因果にだけは感謝したいくらいだ。
時流によって美女の定義なぞ変わってゆくが、少なくとも今此処に居るうら若き少女は燦然と輝く星々の一つだった。
「いや、どうにも暑くてね」
「暑いのはみんな一緒よ。......まぁ確かに今日は一段と蒸しているけれど」
ちら、と吹寄が辺りを見渡しただけでも、立ち込めるような熱気に曝された生徒らが、滴る汗を拭う姿などいくらでも見て取れた。
先日見た天気予報でも、学園都市気象台が記録的猛暑の到来について注意を促していたのを思い返し、自身も頸許に垂れる汗の雫をハンカチで拭い取る。
周囲の目が無ければ制服を脱ぎ去ってしまいたいくらいだが、女としての羞恥を棄てる訳にもいかない。
「まぁ、夏なんだから嘆いても仕方が無いけど......って。そうじゃなくて、
座学と運動能力が主な評価対象である外部と異なり、この街では更に【超能力】評価も加味される。
学園都市は、先端技術の研究機関であると同時に、超能力者の量産をも目指した実験都市である。
例外無く学生の身分で有る限りは定期的に身体検査を受け、能力開発の度合いと強度を測定されて、その進捗具合を報告する義務がある。
吹寄が話題に出したのもそれだ......問題は、殆ど先天的センスに左右されて決まっているモノを最重要視している教育機関と、生徒個人の伸び代に合わせて恣意的なリソース配分を目論む上層部の思惑との兼ね合いである。
当然ながら、素養の無い者がよい結果を得ようと血の滲むような努力を続ける行為が全くの無駄に近いと知っている人間はほんの一握りで、その中に彼女は含まれてはいなかった。
「......勿論、
「......もう、またソレ?どうしてそう悲観的なのよ」
諦観の滲み出るような、冷めきった感想が飛び出るのを認識した吹寄の表情が不快な暑さとは別の意味で歪められる。
調子の上がらない消極的な輩の弱音など、自信家で芯のある吹寄から見ればなんと軟弱な事かと思わずにはいられないのだ。
考え方によっては集団の上昇志向を腐らせる停滞因子を排除する事も十分選択肢に入る......とはいえ、吹寄がそんな落伍者を切り捨てるには、未だ熟さない若人の甘さと友朋を助く高潔性を兼ね備えた人間性が邪魔となっていた。
どうにもお節介な女史の小言を真摯に受け止めるふりをしながら、実のところ馬耳東風で流していた貪鮫はじいっと視線だけは相手へと向けている。
故あって高校生の真似事なぞさせられているが、この時ばかりは役得というか、業務上の行為として必要なコミュニケーションとして至近から臨む少女の美貌を享受出来るのは専ら歓迎すべき事態である。
白い夏服から覗く、若い女たちの瑞々しくも柔らかそうな肌や、豊かに盛り上がった曲線の多い肢体は、健康的で快活な美を体現させる。
美形揃いな上に身体的発育の良い生徒ばかりが揃う学級の中でも吹寄の育ち具合は特記事項として生徒中間報告書に記載されたほどだった。
人一倍“健康”を追求する彼女のライフワークはストイックに片足を突っ込みつつ、細身ながら男子と遜色無い背丈と女らしく成長していく豊満な体躯を両立させていて、競う訳でも無いが落ち着き払った大人びた精神によって常日頃行われる女子生徒らとの諍いも結果的には上手く解消している為敵らしい敵もいない。
そんな美貌の学級委員の(盗み見た)人的評価を頭の片隅に思いだしながら、結局本人に不審がられるまで視線を注ぎ続けるのだった。
『────ふむ、やはり根回ししておいた甲斐があったか。色恋に興味は無いなどと言っておきながら、
『............そう考えると、いつの世も男を堕落させるのは女とは、よく言ったものだな......』