ネオジャパンの首都、そのきらびやかなネオン街の、さらに奥深く。まるで巨大な獣の消化器官のように入り組んだ路地の、その最奥。錆びついた鉄の扉を開け、防音材が詰められた分厚い壁に囲まれた螺旋階段を下りきった先に、その空間は存在する。
高層ビルの地下駐車場を違法に改造した、コンクリート打ちっぱなしの巨大な空洞。
葉巻の煙、高級な酒の匂い、男たちの獣のような欲望、そして微かに漂う血と体液の匂いが混じり合い、淀んだ空気を作り出している。
ここは、選ばれた富裕層だけが足を踏み入れることを許される、非合法の賭博マンコ相撲が行われる地下闘技場――通称“奈落(アビス)”。
国技館の神聖な土俵とは似ても似つかない、無骨な鉄格子で囲まれた円形のケージ。その中央で、今、一つの戦いが終わったところだった。
「…つまんない。もう終わり?」
勝者は、痩身だが、全身が鋼のような筋肉で覆われた女――毒島 りん(ぶすじま りん)。
黒髪の姫カットに、蛇のように鋭い三白眼。唇に塗られた深紅のルージュが、その危険な雰囲気を際立たせている。彼女は、白目を剥いてぐったりと失神している相手の体に馬乗りになり、その顔を恍惚と見下ろしていた。
鉄格子の外では、この“奈落”専属のアナウンサー、ゲス川がマイクを握りしめて興奮していた。
ゲス川:「決まったァ! 勝者、毒島りぃぃん! 今宵もまた、哀れな子羊を、その毒牙で喰らい尽くしたァ! 相手のミヅキ、再起不能! これでりん選手の“破壊勝利”は五連続! 彼女に高額ベットしていたお客様、今夜も笑いが止まりませんなァ!」
「おい、りん! てめえ、また相手を完全に壊しやがったな! あれじゃあ、もう売り物にならねえじゃねえか!」
賭場の胴元らしき男が、金網を蹴りながら怒鳴る。だが、りんは気にも留めない。
「壊れる方が悪いのよ。快感に耐性がない、ただの安物の器だったってことでしょ?」
彼女は、ぺろり、と自分の指についた相手の潮を舐めると、侮蔑するように吐き捨てた。
りんにとって、マンコ相撲は子作りのための神聖な儀式ではない。ただ、相手の心と体を、己の技術で支配し、破壊し、その絶頂と絶望の表情を見るための、至高の“遊び”だった。
今宵の対戦相手、ミヅキは元・協会の正規力士だった。才能はありながらも、素行不良で追放され、この奈落に流れ着いた女。まだプライドだけは、光の世界に置いてきたままだった。
試合前、彼女は確かにこう言ったのだ。「あんたみたいな外道に、本物のマンコ相撲を教えてやる」と。
「はっけよい、のこった!」
ケージの中央で、両者の腰がぶつかり合う。ミヅキは、正規の力士だった誇りを懸け、力強い腰つきでりんを押し込もうとする。だが、りんはその力を、柳のように受け流す。そして、密着した状態で、ミヅキの耳元に、蛇のように冷たい声で囁きかけた。
「…ねえ、ミヅキ。あんた、協会在籍中に、自分の後援会の会長とパパ活してたんだってねぇ。奥さんにバレて、慰謝料請求されて、それで協会にいられなくなった。違うかしら?」
ゲス川:「おっと、出ました! 毒島りんの伝家の宝刀、『精神汚染(メンタルハック)』! 相手の最も触れられたくない過去を的確に抉る、えげつない精神攻撃だァ!」
「ひっ!?」
ミヅキの体の芯が、凍り付く。なぜ、それを。動揺で、腰の力が一瞬だけ抜けた。
りんは、その僅かな隙を見逃さない。
「図星、みたいね。大丈夫よ、あたしはそんなことじゃ、あんたを軽蔑したりしないわ。だって、女の武器は体だけなんだから。…でもね、その武器の使い方が、あんたは三流だった」
りんは、そう言うと、今度はその腰を、これまでとは全く違う、奇妙なリズムで動かし始めた。
それは、相手を気持ちよくさせるための動きではない。深く、力強いストロークではなく、まるで百の足を持つ虫が肌を這い回るかのような、細かく、浅く、そして無数の鋭い打点の連続。
「なっ…! あ、ん…! い、痛い…! なに、これ…っ!」
ミヅキの喘ぎ声が、快感のものではなく、困惑と不快感に満ちたものに変わる。りんの腰骨の先端が、的確に、性感帯を“外した”神経の集中箇所を、チクチクと、執拗に突き続ける。
ゲス川:「これだ! これこそが毒島りんの真骨頂! 『百足の嬲(むかでのなぶ)り』だァ! 相手をイかせない! 快感を与えない! ただひたすらに、不快な刺激の雨で、相手の精神を内側から削り殺す、拷問のような決まり手だ!」
ミヅキの体は、快感に向かう準備をしていたのに、与えられるのは痛みと不快感だけ。脳がバグを起こし、体はパニックに陥る。涙目で、助けを求めるようにりんを見つめる。
「や、やめて…! お願い…! 普通に、して…!」
「普通? これが、あたしの“普通”よ」
りんは、うっとりと目を細め、弱り切った獲物を嬲るのを楽しんでいる。
そして、ミヅ.キの心が完全に折れたのを見計らうと、最後に一度だけ、その腰を、深く、そして強く、打ち込んだ。それは、これまで与えられなかった“本物の快感”の、ほんのひとかけら。
「あっ、ひぃぃぃぃっ!?」
不快感の地獄から、いきなり天国のような快感を与えられたミヅキの体は、その落差に耐えきれず、激しく痙攣し、壮絶な絶頂と共に意識を失った。屈辱と、ほんの少しの快感に歪んだままの、醜い顔で。
支度部屋に戻り、シャワーを浴びたりんの前に、古びたブラウン管テレビが、先日のトーナメントのハイライトを映し出していた。画面には、横綱・龍炎寺貴和子に敗れ、悔し涙を流す十六夜咲の姿。
『シンデレラ、惜しくも敗れる! しかし、その健逸な姿は日本中に感動を与えました!』
アナウンサーの感傷的なナレーションを聞いて、りんは「フン」と鼻を鳴らした。
「…感動? 清く正しく子作りごっこして、負けて泣いてるだけじゃない。反吐が出るわ」
彼女は、テレビの中の咲の、純粋で、まだ傷つくことを知らない瞳を、蛇のような目で睨みつける。
「本当の“悦び”ってやつを、知らないのねぇ、あのお嬢ちゃんは。与えられるだけの快感じゃなくて、相手の魂ごと根こそぎ奪い尽くす、支配の快感を…」
りんは、うっとりと目を細める。
「教えてあげなくちゃ。あの綺麗な器が、あたしの“毒”でめちゃくちゃに壊れて、ぐちゃぐちゃに喘ぐところ…見てみたいわぁ…」
その時、支度部屋の扉が開き、黒いスーツを着た男が入ってきた。男の胸には、マンコ相撲協会の正規の職員であることを示すバッジが光っている。しかし、その目は、地下の欲望に染まりきっていた。
「…話はついた。来月のトーナメント、お前を“特例枠”で復帰させてやる」
「あら、やっとその気になったのね。協会の偉いさんたちは。あたしみたいな“問題児”を、今更どうするって言うの?」
「時代が、お前を求めているんだよ、毒島りん」
男は、にやりと笑う。
「十六夜咲の登場で、土俵は少し“綺麗”になりすぎた。観客は、感動のストーリーに満足している。だが、それだけじゃ飽きる。マンネリになる。だから、お前という“毒”を投入するんだ。綺麗な水槽に、一滴の猛毒を垂らす。観客は、シンデレラが、お前という本物の“悪”にどう立ち向かうのか、固唾をのんで見守るだろう。最高のスパイスだとは思わんかね?」
男の言葉に、りんの口元が、三日月のように歪んだ。
「…そう。あたしは、スパイス。極上のメインディッシュを、喰らい尽くすためのね…」
彼女の背後に渦巻く、協会の黒い思惑など、りんにはどうでもよかった。
彼女の目的は、ただ一つ。
あの清純なシンデレラ、十六夜咲を、表の、光の当たる神聖な土俵の上で、完膚なきまでに凌辱し、その心をへし折ること。
闇の毒婦が、ついに光の世界へと解き放たれる。
新たな波乱の幕が、今、静かに上がろうとしていた。