その日、ネオジャパン全土が固唾をのんでテレビの前に釘付けになっていた。月に一度発表される、マンコ相撲の公式番付。それは単なる力士の序列ではなく、この国における女たちの“価値”を決定づける、神の宣告にも等しい神事である。
国営放送NJHの特設スタジオでは、おなじみの名コンビ、絶頂川アナウンサーと解説者の天知理が、厳粛な面持ちで巨大なデジタル番付表の前に座していた。
絶頂川アナ:「視聴者の皆様、長らくお待たせいたしました! いよいよ来週より開幕いたします、マンコ相撲・九月場所の番付発表の日がやってまいりました! 先場所はご存じの通り、シンデレラ・十六夜咲の登場、そして横綱の絶対的な強さにより、歴史に残る大激戦が繰り広げられました。あの熱狂がこの番付にどう反映されるのか、私の期待もすでに絶頂寸前であります!」
天知:「落ち着きなさい、絶頂川さん。ええ。今場所は、特に番付の“密度”に注目すべきでしょう。十六夜関の活躍に触発されたのか、中堅から若手まで、全ての力士のレベルが底上げされている。幕内(まくうち)の座を一つでも勝ち取るための競争は、熾烈を極めました。空いた席は、ほぼありません。まさに実力ある者だけが名を連ねる、本物の戦場(いくさば)の様相を呈しています」
天知の言葉通り、画面に映し出された新しい番付表は、多士済々な力士たちの名前でぎっしりと埋め尽くされていた。
【大相撲マンコ場所 九月場所 新番付】
位 東 西
横綱 龍炎寺 貴和子 (空位)
大関 九重 凛 武蔵丸 響子
関脇 霧島 カレン 鳳凰山 エリカ
小結 琴桜 みちる 毒島 りん (特)
前頭筆頭 飛鳥川 怜奈 曙 フミ
前頭二枚目 金剛寺 しのぶ 蝶野舞
前頭三枚目 十六夜 咲 朝霞ひかり
前頭四枚目 鬼龍院 麗 大文字くるみ
前頭五枚目 北斎 マリア アナスタシア・イヴァノワ (特)
前頭六枚目 若葉かおり 愛宕シズカ
前頭七枚目 日高ユリ 摩周サチ
前頭八枚目 鈴鹿すみれ 伊集院あやめ
前頭九枚目 駿河メイ 浪花きょうこ
前頭十枚目 肥後もっこす 博多むつみ
前頭十一枚目 出雲めぐみ 陸奥ほのか
前頭十二枚目 加賀さやか 越後ふぶき
前頭十三枚目 甲斐みのり 信濃ゆき
前頭十四枚目 安芸ちはる 播磨なお
前頭十五枚目 琉球かなえ 蝦夷えりか
絶頂川アナ:「ご覧ください! これが九月場所の新しい序列! 大関・関脇の盤石の布陣! そして、それを猛追する実力者たちでひしめく前頭上位! まさに群雄割拠、誰が優勝してもおかしくない、史上最も過密な番付編成です!」
天知:「その中でも、今場所の行方を占う上で無視できない“三つの大波”があります。まず、第一の波は、やはり彼女です」
天知の視線の先、東の前頭三枚目の位置に、「十六夜 咲」の名が燦然と輝いていた。
絶頂川アナ:「そうです! 先場所、番付最下位から、一気に十二枚抜きの大出世! シンデレラ・十六夜咲が、いきなり強豪ひしめく上位陣との対決圏内に殴り込みです!」
その頃、十六夜部屋の古びた居間で、咲は自分の名前に呆然としていた。撫子は、湯呑みの茶をすすりながら静かに告げる。
「横綱の魂に、てめえの牙で傷をつけたんだ。そのくらいの評価はされて然るべきだよ。だが、勘違いするんじゃない、咲。番付が上がれば風当たりも強くなる。お前はもう“無名の新人”じゃない。この番付に名を連ねる全ての女が、お前を研究し、対策し、そして、潰しにかかってくるんだからね」
咲は、ゴクリと唾を飲むと、力強く頷いた。地獄の修行で手に入れた新しい力。それを試す時が来たのだ。
スタジオでは、天知が第二の波を指し示す。
「そして、西の小結に、本来ありえないはずの名前が刻まれています。土俵に、劇薬が投下されました。“奈落の毒婦”、毒島りんの特例復帰です」
協会の理事長による「土俵の活性化のため」という建前だけのVTRが流れると、スタジオは騒然となった。
天知:「下品ですが、面白い。十六夜咲という光のシンデレラに対し、その対極となる絶対的な“悪役”を投入することで、物語を強制的に盛り上げようという、協会の露骨な興行戦略。ですが、これにより、上位陣の力関係は、全く予測がつかなくなりました」
そのニュースは、各方面に瞬く間に伝播した。週刊文寸の編集部で、ゴシップお涼は「これで向こう三ヶ月は原稿のネタに困らないわ!」と狂喜し、龍炎寺部屋の貴和子は「土俵の神聖さを、金儲けの道具にするとは…」と、静かな怒りにその美しい顔を染めていた。
だが、波乱はそれだけでは終わらない。第三の、そして最大の波が、海外から押し寄せた。
絶頂川アナ:「緊急速報です! なんと九月場所には、海外からの特別招待力士が参戦することが決定! ロシアからの刺客!“氷の女帝”アナスタシア・イヴァノワ! 前頭五枚目に、その名を刻みます!」
VTRに映し出されたアナスタシアは、彫刻のように美しい顔で、感情なく言い放つ。
『ネオジャパンの遺伝子データは、既に分析済みです。最も優れたサンプルは、横綱が手にする行司のそれに集中している。私の目的は合理的。渡航し、勝利し、最適解を採取し、母国に持ち帰る。それだけです。あなた方の言う“心”や“情熱”は、非効率な変数に過ぎません』
絶頂川アナ:「なんと! 彼女にとってマンコ相撲とは、子を成すための祈りや戦いですらなく、優秀な遺伝子を採取するための“狩り”だというのかーっ!」
スタジオに、完成した番付表が改めて映し出される。
頂点に君臨する、孤独な女王。
その玉座を脅かす、光のシンデレラ。
土俵そのものを汚しにきた、闇の毒婦。
そして、海を越えて最強の遺伝子を狩りにきた、氷の女帝。
四つの巨大な波が、実力者ひしめくマンコ相撲の海へと、同時に流れ込もうとしていた。
天知は、珍しく、その口元に乾いた笑みを浮かべていた。
「…私の予測モデルが、完全に意味をなさなくなりました。これほど多くの変数が、一度に投入されたことはない。ただ一つ言えるのは…」
天知は、眼鏡の位置を、くい、と直した。
「どうやら、本当に、退屈しない一ヶ月になりそうですね」
それぞれの思惑が渦巻く中、史上最も過酷で、最も予測不可能な九月場所の幕が、今、上がろうとしていた。