九月場所、初日。
両国国技館は、発表された波乱の番付表を握りしめた観客たちの尋常ならざる期待と欲望で、今にも張り裂けんばかりだった。誰もが、これから始まる前代未聞の場所のその最初の取り組みを固唾をのんで見守っている。
絶頂川アナ:「ついに、ついにこの日がやってまいりました! シンデレラ、毒婦、女帝、そして絶対女王! 全ての役者が揃った波乱の九月場所! その幕が今、上がります!」
天知:「ええ。そして、今場所の行方を占う上で、もう一つ重要なファクターがあります。今場所の“子種”を司る月代わりの行司様です」
天知の言葉に促され、すっと土俵脇に現れた一人の男に会場中の視線が注がれた。
これまでの行司とは明らかに空気が違う。
少し長めの黒髪、伏せ目がちでどこか物憂げな表情。スーツの上からでも分かる鍛えられたしなやかな肉体。しかし、その全身から発せられるのは雄としての力強さよりも、守ってあげたい、慰めてあげたいと思わせる儚く影のある色気だった。
今月の行司、月詠 愁(つくよみ しゅう)。彼のその憂いを帯びた眼差しが土俵上の力士たちへと向けられる。その瞬間、力士たちの肌がほんのりと桜色に染まり、吐息が熱を帯びるのが客席の最後列からでも分かった。
絶頂川アナ:「なんということでしょう! 今月の行司様は、見ているだけでこちらの母性本能をくすぐり、子宮を疼かせる憂いの美青年だァーッ!」
天知:「彼の存在そのものが、今場所の大きな変数となりそうですね。力士たちの精神状態、特に“濡”の状態に直接影響を与えかねない」
そんな異様な空気の中、ついに最初の取り組みの呼び出しがかかる。
東、前頭三枚目、十六夜 咲。
彼女が花道に姿を現すと、館内は割れんばかりの大歓声に包まれた。もはや彼女は“無名の新人”ではない。横綱を最も追い詰めた、今最も注目される新星だ。
咲は、その歓声を一身に浴びながらも浮き足立ってはいなかった。祖母との地獄の特訓が、彼女に確かな自信を与えている。体の芯に生まれた、あの硬く熱い“芯”が、彼女を支えていた。
対するは、西の前頭三枚目、朝霞ひかり。咲と同じく、若手のホープとして将来を嘱望される実力者だ。
「はっけよい、のこった!」
腰と腰が激突する。朝霞は、勢いに乗る咲を警戒し、序盤から激しい腰の応酬を仕掛けてきた。だが、今の咲はもう先場所までの彼女ではない。
(速い…! けど、見える!)
咲は、朝霞の腰の軌道、筋肉の動き、息遣い、その全てを冷静に分析していた。『締』の修行で得た盤石の体幹が、相手の攻撃をしっかりと受け止める。そして、『技』の修行で磨いた洞察力が、相手の“狙い”を的確に見抜いていた。
絶頂川アナ:「おおっと! 十六夜、まるで動じない! 激しい朝霞の猛攻を全て受け止めている! まるで熟練の横綱のような落ち着き払った相撲だ!」
朝霞は攻めあぐね、焦りからわずかに体勢を崩した。
そのほんの一瞬の隙。
(…そこ!)
咲の目がカッと見開かれる。それはもう“まぐれ”ではない。狙いすました意識的な一撃だった。
腰を動かすのではない。体の芯に極限まで凝縮させた“気”を刃と変えて、ただ放つ。
「三日月」!
ビュンッ!
朝霞は自分が何でやられたのか理解できなかっただろう。ただ、体の内側の一番感じやすい部分を、見えない刃で切り裂かれたような鋭く抗いがたい快感に体が硬直する。
「あっ…ひ、ぁあああああっ!」
短い悲鳴と共に、朝霞の体が崩れ落ち、絶頂の痙攣に打ち震えた。
勝負あり。
咲の圧勝だった。
天知:「……素晴らしい。先場所の彼女が“無意識の天才”だったとすれば、今の彼女は完全に“意識的な強者”へと変貌を遂げている。まるで自分の体と対話しながら戦っているかのようだ。あれほどの短期間で、これほどの成長を…」
天知は、その驚愕を隠そうともしなかった。
そして、始まる『子種拝領の儀』。
土俵の中央に横たわる咲の前に、月詠愁が静かにひざまずく。
咲は、まだ恥ずかしさはあるものの、先場所のような恐怖はなかった。これは勝者の権利。そして誇り。彼女は、しっかりと目を開き、行司の姿を見つめた。
愁の体がゆっくりと重なる。彼の体から香る白檀のような、どこか物悲しい匂い。
そして、体を貫く熱い楔。
「…んっ…ぅ…」
咲は、これまで経験したことのない感覚に戸惑っていた。
これまでの儀式は、ただただ圧倒的な“雄”の力に快感を“与えられる”ものだった。
だが、愁のそれは違った。彼の腰の動きは、力強いのにどこか切ない。彼の喘ぎ声は、情欲に満ちているのに、なぜか哀しい。
彼を慰めてあげたい。その哀しみを、この体で受け止めてあげたい。
咲は、無意識のうちに自らの腰を愁の動きに合わせるように優しく動かしていた。
絶頂川アナ:「な、なんと! 十六夜が、自ら腰を動かして行司様を迎え入れている! これはただの受胎行為ではない! 母性だ! 聖母の愛にも似た、慈愛に満ちたセックスだァ!」
やがて、愁が深く長い吐息と共に、その子種を咲の体内に注ぎ込む。
その瞬間、咲はただ快感に溺れるのではなく、愁の魂のその哀しみの一端を確かに受け取ったような気がした。
儀式を終え、立ち上がった咲の姿は、先場所までとは明らかに違っていた。
ただのシンデレラではない。
若き挑戦者であり、そして男の哀しみすら受け止める、若き“母”の顔がそこにはあった。
十六夜咲が見せた驚くべき成長と、月詠愁との魂が交わるかのような『子種拝領の儀』。その余韻に、両国国技館は幸福で満たされた溜息に包まれていた。
絶頂川アナ:「素晴らしい! なんという一番、なんという儀式だったのでしょうか! 十六夜咲の登場で、マンコ相撲はまた一つ新しいステージへと進んだのかもしれません! この国の未来は明るい!」
天知:「ええ。彼女の存在が全体のレベルを底上げしているのは間違いありません。ですが、絶頂川さん…」
天知は、次の取り組み表に目を落とし、その表情を硬くする。
「…まだ喜ぶのは早い。次なる“大波”がすぐそこまで来ています」
その言葉と同時に、呼び出しの声が響き渡った。
「西、前頭五枚目、特別招待力士! ロシア代表、アナスタシア・イヴァノワァァァァ!」
その名が呼ばれた瞬間、国技館の空気がすっと音を立てて凍り付いた。
先程までの温かな熱狂は、好奇心と敵意、そして未知なるものへの畏怖が入り混じった緊張感へと変わる。
花道の奥からゆっくりと姿を現したのは、まさしく“女帝”の名にふさわしい一人の女だった。
身長178cm。日本人離れした長い手足。プラチナブロンドの髪が照明を反射して白銀に輝く。そして、観客席の隅々までを見渡す氷のように冷たい碧眼。その体は、まるでルネサンス期の彫刻家が神の御業に挑むように創り上げた完璧な筋肉の鎧に覆われていた。
彼女は観客の視線を浴びても表情一つ変えない。まるで研究室の科学者がシャーレの中の微生物を観察するかのような無機質な視線を返すだけだ。
絶頂川アナ:「で、でかい…! そして、美しい…! しかし、なんだこの威圧感は! まるで人間ではない、完璧な戦闘兵器が歩いているかのようだ!」
対するは、東の前頭五枚目、蝶野 舞(ちょうの まい)。小柄で、その名の通り蝶のように舞う華麗なテクニックを武器とする人気の技巧派力士だ。
あまりにも対照的な二人が土俵の上で向かい合う。
「はっけよい、のこった!」
蝶野は、真正面からのぶつかり合いを避け、持ち前のスピードを活かしてアナスタシアの周りを高速で舞う。右から左から、鋭い腰つきで体勢を崩そうとヒットアンドアウェイを繰り返す。見事な戦術だ。
だが、アナスタシアはまるで動かない。ただ山の如くその場にどっしりと佇み、舞い踊る蝶を冷たい瞳で観察しているだけ。
天知:「蝶野関の判断は正しい。アナスタシア関を相手にパワーで挑むのは自殺行為に等しい。いかにその巨体を崩すか…」
蝶野は勝機を見出した。アナスタシアが一瞬だけ呼吸のために体の力を抜いた、その刹那。
「ここっ!」
蝶野は自らの必殺技である、コマのように高速回転しながら連続で腰を打ち込む『胡蝶の舞・乱れ打ち(こちょうのまい・みだれうち)』を、アナスタシアの脇腹に叩き込んだ!
絶頂川アナ:「決まったァ! 蝶野の乱れ打ちが完璧に捉えたァ!」
だが。
アナスタシアは、その攻撃を避けることもしなければ受け流すこともしなかった。
ただ、その攻撃に合わせてたった一発。
純粋な、あまりにも純粋な質量の塊。絶対的なパワーだけを乗せた渾身の腰つきをカウンターで叩き込んだ。
ゴッッ!!!
国技館に響き渡ったのは、肉と肉がぶつかる湿った音ではなかった。
まるで巨大な氷塊が岸壁に叩きつけられて砕け散るかのような乾いた破壊の音だった。
決まり手:『ツンドラ・インパクト』
「ぎゃっ!!?」
蝶野の華奢な体は、まるでダンプカーに撥ねられたかのようにくの字に折れ曲がり、土俵の外まで凄まじい勢いで弾き飛ばされた。観客席の最前列にまで突っ込み、ぐったりと動かなくなる。
勝負あり。
あまりにも一方的な破壊。
国技館は水を打ったように静まり返った。恐怖が熱狂を完全に支配していた。
アナスタシアは汗一つかかず、息一つ乱さず、土俵の中央に佇んでいる。
そこに、月詠愁がその表情をわずかに強張らせながら近づいていく。
『子種拝領の儀』だ。
アナスタシアは何の感情も見せず、まるで作業のように土俵に横たわった。
愁がその完璧な肉体に自らの体を重ねる。
アナスタシアは愁の腕を掴むと、まるでその筋肉の質を確かめるかのように指でなぞった。それは愛撫ではない。完全にサンプルの品質を確かめるための検査だった。
絶頂川アナ:「あ…あ…。わ、私にはもう何も言えません…」
天知:「…いいえ、絶頂川さん。これもまたマンコ相撲なのです。我々がこれまで見てきた、祈りや愛や快感といった全ての文化的な“衣”を剥ぎ取った後に残る、最も純粋で最も残酷な生物学的な本質。つまり、優秀な遺伝子の“獲得”。彼女は交合しているのではありません。…“収穫”しているのです。そのあまりにも割り切った姿は、ある意味神々しいほどに恐ろしい」
やがて儀式が終わる。
アナスタシアは、何事もなかったかのように立ち上がると、静まり返った国技館をぐるりと見渡した。そして、メインカメラをその氷の瞳でまっすぐに見据える。
「…これが国技? 私の国の子供の遊びの方がまだ激しいわ」
その一言は、通訳を介するまでもなく、絶対的な侮辱としてネオジャパン全土の心臓に冷たく突き刺さった。
黒船の来航。
いや、氷の女帝の来寇。
国技館は、恐怖と怒りと、そして得体の知れない“何か”の始まりを告げる異様な静寂に完全に包まれていた。