※この作品はR-18です。

マンコ相撲〜土俵際の乙女たち〜   作:ろくさん

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【第十三話】 氷の女帝 vs 絶対王者

毒島りんが土俵に残した後味の悪い“毒”。それを一瞬で浄化し塗り替えたのは、やはりこの女しかいなかった。

両国国技館、二回戦、最終取り組み。

東の土俵にその女が姿を現した瞬間、観客の憎悪と不安は純粋な畏敬と熱狂へと変わる。

 

絶頂川アナ:「出ましたァ! 我らが女王! ネオジャパンが誇る生ける国宝! 横綱・龍炎寺貴和子ォォォッ!」

 

万雷の拍手と歓声。それが彼女の定位置。

対する西から現れたのは、その熱狂をまるで絶対零度の冷気で凍らせるかのような静かなる侵略者。

 

絶頂川アナ:「そして、その女王の前に立ちはだかるのは、北の大地より来寇せし美しき戦闘機械! “氷の女帝”アナスタシア・イヴァノワァ!」

 

アナスタシアは、観客の熱狂にもブーイングにも一切の興味を示さない。ただ、目の前に立つ“目標”、龍炎寺貴和子というネオジャパン最強の“サンプル”を、その碧眼で冷たく分析しているだけだ。

日本の“技”と“心”の象徴たる女王。世界の“力”と“合理”の化身たる女帝。

その国の威信を懸けた戦いが今、始まろうとしていた。

 

天知:「極めて興味深い一戦です。これは、経験と技術が純粋な身体的スペックの差を覆し得るかという、マンコ相撲の根源的な問いに対する一つの答えを示すことになるでしょう」

 

「はっけよい、のこった!」

ゴウッ!

衝突の瞬間、両国国技館が揺れた。

そして、信じられない光景が全ての観客の目に焼き付いた。

絶対王者、龍炎寺貴和子がその腰を、わずかに、しかし確かに後ろへと押されていたのだ。

 

「…っ!」

貴和子の常に余裕を湛えた表情が、初めて驚愕に歪む。

重い。

これまで数多の力士と腰を合わせてきた。だが、これほどの底の知れない純粋な“質量”を感じたのは初めてだった。

アナスタシアの腰は、まるで大陸プレートそのもの。人間の筋肉や脂肪といった生体組織ではなく、冷たく硬い巨大な岩盤にぶつかっているかのようだった。

 

絶頂川アナ:「お、押されている! 横綱が、初太刀で押されているだと!? こんな光景、誰もが見たことがないぞ!」

 

アナスタシアは、感情のない機械のような正確さで、第二、第三の攻撃を繰り出す。

それは複雑な技ではない。ただひたすらに純粋なパワーを乗せた、重く速い腰つきの連続。

『ツンドラ・インパクト』の豪雨。

一発一発が、貴和子の体を、そのプライドを確実に削っていく。

 

貴和子は防戦一方に追い込まれた。

得意の、相手の力を吸い尽くす『万物吸引』も、アナスタシアのあまりに無機質で巨大すぎるパワーの前には効果が薄い。ブラックホールが惑星そのものを吸い込もうとしているようなものだ。

 

天知:「まずいですね。横綱の相撲は、相手の力を利用し、ペースを支配することでその真価を発揮する。しかし、アナスタシア関には、そもそも“ペース”という概念がない。彼女は、ただ設定された目標(相手の破壊)に向かい、最大効率でエネルギーを放出し続けているだけ。これは、横綱が最も苦手とするタイプの敵です」

 

じり、じりと、貴和子は土俵際へと追い詰められていく。

呼吸が少しずつ乱れ始める。額に汗が滲む。

観客席がどよめく。

あの常に完璧で、常に汗一つかかなかった女王が、明らかに消耗している。

 

(この私が…この龍炎寺貴和子が…力負けしている…?)

信じられない事実が、貴和子の冷静さを少しずつ蝕んでいく。

アナスタシアの碧眼が、そんな貴和子の感情の揺らぎを正確に捉えた。

 

「…データ通り。あなたの最大出力は、私の通常出力の87%に過ぎない。勝負はもうついています」

冷たい宣告。

そしてアナスタシアは、これまでで最大級の『ツンドラ・インパクト』を放つべく、その美しく、しかし残酷な腰を大きくしならせた。

 

それは、女王の時代の終わりを告げる、あまりにも無慈悲な一撃だった。

土俵際に追い詰められた絶対王者に、もはや逃げ場はなかった。

 

絶対王者、土俵際に追い詰められる。

龍炎寺貴和子の脳裏に、その四文字が屈辱的な烙印のように焼き付いた。

目の前では、氷の女帝アナスタシアが、とどめの一撃を放つべく、その完璧な腰を大きくしならせている。

もはやこれまで。

誰もがそう思った。貴和子自身も一瞬そう思いかけた。

 

だが、その敗北を覚悟した刹那。

彼女の脳裏に、これまでの人生で受けた数多の“屈辱”が走馬灯のように駆け巡った。

 

――お前は、石女だ。女としての価値がない。

かつて愛し、そして子供ができないという理由だけで、自分を捨てた男の声。

 

――あの“三日月”、実に美しかった…。

先場所、自分が手にしたはずの行司が、自分の体の中で、別の女を想い、漏らした囁き。

 

――女王の首、私がもらうわ。

土俵を汚す、あの毒婦の嘲るような笑み。

 

――横綱の吸引を、破るかもしれない…。

そして、自分の築き上げた絶対的な相撲に、可能性とはいえ、ケチをつけた、あの解説者の言葉と、あの小娘、十六夜咲の生意気な瞳。

 

プライド。品格。横綱としての威厳。最強の女としての矜持。

これまで自分を支えてきたその全てが、今、自分を縛り付ける“枷”に思えた。

 

(…ああ、そう。そうだったわね)

 

貴和子の口元に、ふっと自嘲するような、それでいて何かが吹っ切れたような、妖しい笑みが浮かんだ。

 

(もう、いいわ。女王ですって? 横綱ですって? そんなもの、くれてやる)

 

心の奥底で、何かが音を立てて砕け散った。

それは、彼女を縛り付けていた理性の“殻”。

 

(私は、ただの女。嫉妬深く、執念深く、そして、欲しいものはどんな手を使っても手に入れる、ただのみっともない“メス”よ!)

 

絶頂川アナ:「な、なんだ!? 横綱の雰囲気が変わった! 笑っている! 土俵際で貴和子が笑っているぞォ!」

 

アナスタシアの最大級の『ツンドラ・インパクト』が、貴和子へと迫る。

だが、貴和子はもうそれを受け流そうとも、いなそうともしなかった。

逆に、自らその破壊の奔流へとその身を投じたのだ!

 

天知:「馬鹿な! 自殺行為だ! あのパワーを正面から受け止めるだと!?」

 

ゴオオオオオオッ!

二つの巨大なエネルギーが正面から激突する。

だが、貴和子の腰から放たれていたのは、もはや相撲の“技”ではなかった。

嫉妬、怒り、渇望、執念…。これまで完璧な女王の仮面の下に押し殺してきた、ドス黒く、そしてあまりにも人間的な“感情”の全てだった。

 

絶頂川アナ:「あああああ! 横綱が泣いている! いや、違う! 笑いながら泣いている! その表情は、もはや女神ではない! 我が子を奪われ、怒り狂う鬼神! 般若のようだァ!」

 

冷たく合理的なアナスタシアのパワーが、貴和子の熱く混沌とした“執念”に飲み込まれていく。

「なっ…!? この非合理なエネルギーは、何…!?」

アナスタシアの計算が、初めて狂う。自分の力が、泥のような感情の渦に、その威力を削がれていく。

 

「女の執念の味…! あんたみたいな出来損ないの人形に、教えてあげるわァァァッ!」

貴和子は叫んだ。

そして、全ての感情をその一撃に込めて解き放つ。

 

奥義:『大一番・寄り切り絶頂(おおいちばん・よりきりぜっちょう)』!

 

それは、もはや技と呼べるものではなかった。

ただ、己の全てを懸けて、相手をその魂ごと無理矢理こじ開け、自分の“色”に染め上げる、あまりにも強引な、愛の告白にも似た執念の塊だった。

 

「んんんんんんんんんんんーーーーーっっっ!!!」

「きゃあああああああああああああああああっ!?」

 

二つの絶叫が国技館に響き渡る。

紙一重。

ほんの紙一重の差で、貴和子の“執念”がアナスタシアの“合理”を上回った。

アナスタシアの完璧な体が、生まれて初めて経験するコントロール不能な快感の奔流に、激しく痙攣し、その場に崩れ落ちる。

 

勝負あり。

だが、そこに勝者の姿はなかった。

貴和子もまた、全てを出し尽くし、糸が切れたようにその場に膝から崩れ落ち、荒い呼吸を繰り返すだけだった。

 

国技館は、一瞬の静寂の後、この日一番の、もはや歓声というより、畏怖と感動が入り混じった咆哮のような喝采に包まれた。

 

やがて、アナスタシアがゆっくりと身を起こす。その表情に敗北の屈辱はなかった。

彼女は、自らのまだ快感の余韻に震える下腹部にそっと手を触れると、まるで新しいデータをインストールするかのように何かを分析している。

そして、膝をついたままの貴和子を見つめ、その唇に初めて予測不能な笑みを浮かべた。

 

「…面白い。この非合理な感情の爆発…。あなたの言う、“執念”とやら…」

彼女は立ち上がると、貴和子に背を向け花道へと歩き出す。

 

「気に入ったわ、この国。…次は、その感情、私が解析し、再現し、そして…」

アナスタシアは一度だけ振り返り、その氷の瞳で貴和子を射抜いた。

「私が、お前を“産ませて”あげる」

 

その言葉を残し、氷の女帝は去っていった。

だが、彼女は敗北したのではない。より厄介で、より危険な“怪物”へと進化するための、最高の“データ”を手に入れたのだ。

 

そして、土俵の上にはただ一人、膝をつく貴和子の姿があった。

彼女はもはや“絶対王者”の顔をしていなかった。

ただ、全てを懸けて戦い抜き、そして生き残った一人の“女”の顔をしていた。

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