マンコ相撲において、力士の価値を示すものは番付だけではない。
年に数回行われる「土俵入り」。その時にだけ、彼女たちの下半身を彩ることが許される豪華絢爛な絹織物――『化粧まわし』。それは幕内力士だけに許された栄光の証である。
普段、力士の上半身を戒めるように縛る「まわし」とは全くの別物。
土俵入りの時、そのまわしの上からまるで美しいエプロンのように装着される幅広の帯。そこには最高級の絹糸で、力士一人ひとりの個性や、彼女たちを支える後援会の威信を示す、勇壮で華麗で、あるいはどうしようもなくエッチな刺繍が施されるのだ。
大企業のロゴ、地元名産のアピール、あるいはただ己の美貌を誇示するための一点物。土俵入りとは、試合開始前の女たちのもう一つの戦場(ファッションショー)なのである。
例えば、絶対王者・龍炎寺貴和子の化粧まわし。
漆黒の繻子(しゅす)に金糸で翼を広げた巨大な鳳凰が舞う。スポンサーは、もちろん彼女の一族が経営する巨大コングロマリット「龍炎寺ホールディングス」。その価格は一説には億を下らないと言われる歩く国宝だ。
“氷の女帝”アナスタシア・イヴァノワのそれは、打って変わってカーボンファイバーを織り込んだという、無機質で未来的なシルバー。刺繍されているのは、母国ロシアの国営エネルギー企業の無骨なロゴマークだけ。彼女の合理主義がそのまま形になったかのようだ。
“奈落の毒婦”毒島りんは、深紫色の地に獲物に絡みつく黒い蛇。その蛇の目にはルビーが埋め込まれている。スポンサーは、もちろん非合法の賭博場“奈落”のオーナー。その存在自体が協会の暗部を象徴している。
では、我らがシンデレラ、十六夜咲は――?
先場所の活躍で見事幕内上位へと躍進した彼女のもとにも、ついに後援会から化粧まわしが贈られることになった。
そして、そのデザインを決める会議は、彼女の地元、片田舎の商店街の公民館で、それはもう壮絶を極めていた。
【十六夜咲・後援会 化粧まわしデザイン会議】
「だから! 咲ちゃんには、やっぱり“勢い”が必要なんだよ! この躍動感あふれる『猛虎(もうこ)の図』しかねえだろ!」
そう言って、巨大な虎の絵をテーブルに叩きつけたのは肉屋の店主だ。
「馬鹿お言いでないよ、源さん!」
すかさず、それを遮ったのは八百屋のおカミさんだ。
「咲ちゃんは、まだ十六のうら若い乙女なんだ。そんなむさ苦しい虎の絵なんぞとんでもない! やはり日本の美しさ、『桜花爛漫(おうからんまん)』こそが、咲ちゃんにふさわしいよ!」
「いやいや、お二人さん、ちと待ちな。咲ちゃんの新しい決まり手は何だい? そう、『渦潮』だろ? なら、この荒々しい『怒涛(どとう)の図』こそ、今の咲ちゃんを象徴するデザインじゃねえか!」
魚屋の店主が、自慢げに巨大な波の浮世絵を広げる。
「もー、おじさんたち、センスが古すぎ!」
そこに待ったをかけたのは、咲の親友、ミカと由美だった。
「これからはカワイイが正義なの! グッズ展開とかも考えなきゃ! だから、あたしたちが考えた、この『完熟いちごフリル』のデザインが絶対イケてるって!」
ミカが広げたデザイン画には、レースとフリルで縁取られ、全体に今にも蜜が滴りそうな巨大なイチゴが刺繍された、あまりにもガーリーで、そして少しだけエッチな化粧まわしが描かれていた。
「猛虎!」「桜!」「怒涛!」「いちご!」
会議は紛糾に紛糾を重ねた。肉屋の店主と魚屋の店主は、互いの魚と肉を投げつけんばかりの勢いで口論し、八百屋のおカミさんは泣き崩れ、ミカと由美は「だから、おじさんたちはダメなんだよ」と呆れ返っている。
その混沌を、一言で静めたのは、それまで黙って茶をすすっていた咲の祖母、撫子だった。
「…全部、入れりゃあ、いいじゃないか」
「「「「えっ?」」」」
【数週間後:九月場所・土俵入り】
そして、完成した十六夜咲の初めての化粧まわし。
それは後援会の全ての愛と、全ての欲望と、そしてどうしようもない混沌が奇跡の融合を遂げた、唯一無二のデザインとなっていた。
美しい藍色の絹地。そこには、魚屋の店主がこだわった勇壮な『渦潮』が銀糸で見事に描かれている。
その荒々しい波の間には、八百屋のおカミさんの願い通り、可憐な『桜の花びら』がはらはらと舞い踊っている。
ここまではいい。非常に美しい。
だが。
その桜舞う渦潮の中を、なぜか二匹の、やたらと筋肉質で妙に目が血走った『マグロ』が元気に泳いでいるのだ。肉屋の店主の「力強さ」へのこだわりが、なぜかマグロの筋肉美へと変換されて、ここに表現されていた。
そしてとどめとばかりに。
その豪華絢爛な化粧まわしの縁は、ミカたちが熱望した純白の『フリルレース』で可憐に縁取られている。
荒々しい渦潮と、桜と、筋肉マグロと、フリルレース。
カオス。あまりにもカオスである。
土俵入りの日。
咲は、その世界に一つだけの、奇妙で、しかし愛情だけはたっぷりと詰まった化粧まわしをその腰に締めていた。
誇らしい。
地元の皆が、自分のためにこんなに素晴らしいものを作ってくれた。その想いが嬉しくて誇らしい。
だが、しかし。
(…うぅ、なんでマグロさんの目が、ちょっとだけ充血してるんだろう…)
誇らしさと、それをほんの少しだけ上回る恥ずかしさ。
咲は、ほんのりと頬を赤らめながらも背筋をぴんと伸ばし、堂々と土俵へと歩を進める。
カメラが彼女の姿をアップで捉える。その腰で、フリルに縁取られた筋肉マグロがウィンクをしたようにキラリと光った。
その姿は、少しだけ滑稽で、しかし誰からも愛される新しいヒロインの誕生を高らかに告げていた。