※この作品はR-18です。

マンコ相撲〜土俵際の乙女たち〜   作:ろくさん

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【幕間】 女王もツライよ

龍炎寺部屋。

 

その塵一つない静謐な茶室。

絶対王者、龍炎寺貴和子は正座のまま優雅な微笑みを浮かべていた。目の前には女性誌の若い記者が、うっとりとした表情でインタビューの言葉を続けている。

 

「…それにしましても、貴和子様は本当にお美しい。そのお肌の輝き、そして少しも衰えることのない、あの圧倒的な腰のキレ。まるで貴和子様の上だけ時間が止まっているかのようです。その“若さ”の秘訣は、いったい何なのでしょうか?」

 

貴和子は、ふふ、と鈴を転がすように上品に笑う。

「秘訣、ですって? そんなものはございませんわ。ただ日々の弛まぬ鍛錬と、心身を律する強い意志。それだけですわ」

 

(…腰が、腰が痛い…っ!)

 

内心、貴和子は悲鳴を上げていた。

インタビューが始まってすでに三十分。正座で座りっぱなしの彼女の腰は、もはや限界に達していた。腰椎の四番目と五番目のあたりが、ギシギシと悲鳴を上げているのが自分ではっきりと分かる。

 

(早く、早くこの小娘、帰らないかしら! このあと整体の予約を入れているのよ! 鍼も打って、電気も流して、骨盤も矯正してもらわないと明日の稽古に響くわ!)

 

記者がさらに、うっとりとした表情で質問を重ねる。

「先日のアナスタシア選手との死闘、日本中が感動いたしました! あの最後の『大一番・寄り切り絶頂』! まさに女神の執念でした!」

 

「ええ。わたくしの中に眠る母性…そしてこの国を守るという横綱としての使命感が、あの力を与えてくれたのでしょう」

 

(違うわよ! あれはただの火事場の馬鹿力よ! あの後三日間、起き上がることもできず、トイレに行くにも四つん這いだったというのに! あの日の無理が、今この腰に全て来ているのよ!)

 

やがて、一時間に及んだインタビューがようやく終わった。

記者は深々と、感動に打ち震えながら頭を下げる。

「本日は本当にありがとうございました!」

 

さあ、ここからが今日の貴和子にとっての“大一番”だった。

この痺れきり、痛みを発するポンコツの腰で、どうやってこの若い記者の前で優雅に、そして少しも“老い”を感じさせずに立ち上がるか。

 

(いくわよ、龍炎寺貴和子…! 今日の敵は、アナスタシアでも十六夜咲でもない。“重力”と“加齢”よ…!)

彼女は内心で自分を鼓舞する。

(いいこと、絶対に、『よ』から始まるあの言葉を口にしてはダメ。あれを言ったら最後。あなたは“オバサン”の仲間入りよ!)

 

貴和子は、すっと息を吸うと、体幹の筋肉だけを使い、バレリーナのように滑らかに立ち上がろうと試みた。

だが。

その瞬間、腰にピキッと悪魔のような痛みが走った。

 

「んぐっ…!」

思わず喉からカエルが潰れたような声が漏れる。

そして、口からあの禁断の言葉が生まれ出ようとしていた。

 

「よっ…!」

 

(ダメェェェェェェェェッ!!)

貴和子は最後の理性でその言葉を寸でのところで飲み込んだ。そして、その「よ」の音をまるで歌を口ずさむかのような優雅な吐息へと変換させる。

 

「…ほぉ…」

 

「まあ…!」

記者がその姿を見て感嘆の声を上げた。

「立ち上がる、その所作一つですら、まるで神聖な舞のようですわ…!」

 

(…勝った。あたしは今、“よっこいしょ”に勝った…!)

貴和子は内心でガッツポーズをした。額には脂汗がびっしりと浮かんでいた。

 

若い弟子たちが稽古に励む、長い、長い磨き上げられた廊下。

そこを貴和子は、いつものように背筋をぴんと伸ばし、まるで水の上を滑るかのように優雅に歩いていく。

弟子たちがその姿を見て一斉に動きを止め、深々と頭を下げる。

その完璧な女王の姿に、誰もが憧れと畏敬の念を抱いていた。

 

(痛い痛い痛い痛い腰が痛い! 歩く振動が骨に響く! 早く、早く部屋に帰って、湿布を、あの、一番安くて、一番臭くて、でも一番効く、あのサロンパスを腰に貼り付けたい!)

 

彼女の悲痛な心の叫びなど誰一人知る由もなかった。

 

やがて自室のその襖にようやくたどり着く。

弟子たちの視線が完全になくなったことを確認し、そしてすっと襖を閉めたその瞬間。

 

「どっこいしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

これまで溜めに溜めていた、日本中の中年が発する、あの魂の叫びが貴和子の口からついに解き放たれた。

彼女はそのままドサリと四つん這いになると、壁を伝いよろよろと化粧台へと向かう。

そして、その最高級の桐の引き出しから取り出したのは、シャネルの香水でもディオールの口紅でもない。

ドラッグストアで売っている徳用サイズの、“サロンパス80枚入り”の箱だった。

 

「んんっ…!」

貴和子は一人呻き声を上げながら、そのくたびれ果てた美しい腰に、一枚、また一枚と慣れた手つきで湿布を貼り付けていく。

 

「…あぁ…。腰が…、腰が資本なのよ…」

 

最強の女王が誰にも見せることのない、あまりにも切実な呟き。

それは誰の耳に届くこともなく、ただむせ返るような湿布の匂いと共に、静かな、静かな女王の部屋に溶けて消えていくのだった。

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