神話の戦いが終わった。
龍炎寺貴和子がそのあまりにも偉大な力で十六夜咲を降し、九月場所の優勝を飾った。
そのあまりにも神々しい結末に、両国国技館はただ幸福な溜息と感謝の拍手に包まれていた。
表彰式。
土俵の中央に立つ貴和子。その隣には、満身創痍でありながらも晴れやかな笑顔を浮かべる咲の姿があった。
貴和子は優勝の賜杯を受け取ると、その場で異例の行動に出た。
彼女は賜杯を咲の前に差し出したのだ。
「…半分、持ちなさい、小娘」
「え…?」
「この勝利は、あたし一人で掴んだものではないわ。あんたという最高の好敵手がいて、初めてあたしはあの領域にたどり着くことができた。だからこの栄光は、あんたとあたしの二人のものよ」
貴和子のそのあまりにも女王らしからぬ優しい言葉に、咲の目からまた涙がこぼれ落ちる。
二人は黙って頷き合うと、その重い、重い賜杯を共に天へと掲げた。
その光景に、国技館はこの日何度目か分からない割れんばかりの大歓声に包まれた。
そして、始まる最後の『子種拝領の儀』。
だが、その儀式は、もはやこれまでのような官能的な興奮や神聖な緊張感には包まれてはいなかった。
ただひたすらに穏やかで温かい祝福の空気がそこにはあった。
行司の月詠愁は、優勝者である貴和子の前にひざまずく。
だが、その儀式を貴和子は静かに手で制した。
「…愁。今宵はあたしではないわ」
貴和子は微笑むと、咲の方を指し示した。
「この場所で最も強く、そして最も美しい魂を見せつけてくれたのはこの小娘よ。だから今宵の“祝福”はこの子にこそふさわしい」
そのあまりにも粋な女王の計らいに、愁も咲も、そして観客の誰もが言葉を失った。
咲は戸惑いながらも、女王の、そして観客の温かい視線に促されるように土俵の中央へと進み出る。
愁は、その満身創痍の、しかし神々しいほどに輝く少女の前に静かにひざまずいた。
絶頂川アナ:「ああ…あああ…。もう解説はいりません…。ただこの美しい光景を我々は心に焼き付けましょう…。敗者にこそ最大の祝福を。これこそがマンコ相撲の愛の精神だァ…!」
その夜行われた儀式は、ただただ優しく、そしてどこまでも穏やかだった。
愁から注がれる温かい子種が、咲の戦いで傷ついた体を、魂をゆっくりと癒していく。
それはもうただの儀式ではない。
新しい時代の幕開けを祝福する優しい、優しい祈りだった。
【数日後:とある中学校の相撲部】
その古びた武道場では、女子中学生たちがテレビの決勝戦の再放送にキャーキャーと黄色い声を上げて熱狂していた。
「貴和子様、素敵ー!」「咲ちゃんも、カワイイー!」
だが、その熱狂の輪から少し離れた隅で。
一人、棒付きのキャンディをぺろぺろと舐めながら、その光景を心底つまらなそうに眺めている一人の少女がいた。
小柄で銀髪のツインテール。その大きな瞳は、どこか猫のように小生意気な光を宿している。
天童 ひな(てんどう ひな)、十三歳。
この中学校の相撲部に今年入部してきたばかりの一年生だ。
彼女は、テレビに映る女神たちのあまりにも高度で、あまりにも美しい戦いをふんと鼻で笑った。
「…つまんない」
その呟きは誰の耳にも届かない。
「…ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ、時間かけすぎ。アタシなら、二人まとめて3秒でイかせられるのに」
その瞬間。
ひなの、まだあどけない少女の体。その股間から。
これまでのどの力士とも違う、あまりにも禍々しく、そしてあまりにも天才的な紫色のオーラがゆらりと立ち上った。
それはまだ誰にも気づかれていない。
マンコ相撲界、史上最年少にして史上最凶の“怪物”が今、まさに産声を上げたその瞬間だった。
龍炎寺貴和子と月詠愁。
優勝者と、その褒美である行司。二人の、一ヶ月に及ぶ“同棲妊活”がその初夜を迎えようとしていた。
眼下には宝石をちりばめたような首都の夜景が広がる。部屋に満ちるのは、最高級のシャンパンの香りと、これから始まるであろう濃厚な夜を予感させる甘い沈黙。
貴和子はバスローブ姿のまま、ただ静かに愁の言葉を待っていた。横綱として、そして優勝者としての“義務”を果たすために。
だが、愁から告げられたのは全く予期せぬ言葉だった。
「…申し訳ありません、龍炎寺貴和子関。私はあなたに子種を授けることができません」
「…どういう意味かしら」
貴和子の完璧な微笑みは崩れない。だが、その瞳の奥が鋭く愁の真意を探る。
愁はゆっくりと、その胸元から一枚の身分証を取り出した。そこに刻まれていたのは、「ネオジャパン内閣調査室・特命調査官」というものものしい肩書きだった。
「私の本当の名は月詠愁。マンコ相撲協会に巣食う、“闇”を内部から調査するために送り込まれた調査官です」
愁は全てを語り始めた。
かつて有望な力士だった自らの妹。彼女が八百長試合への加担を断ったことで、協会の、ある大物幹部の怒りを買い、“事故”に見せかけて選手生命を、そして女としての未来を断たれたこと。
その復讐と、腐りきった協会を浄化するために、自らは行司としてこの世界に潜入したこと。
「…十六夜咲の純粋さに妹の面影を見ました。毒島りんの歪みにこの世界の哀しみを見ました。そして…」
愁は、その憂いを帯びた瞳で貴和子をまっすぐに見つめた。
「あなたのその気高い相撲に。この腐った相撲界を救えるだけの本物の“光”を見ました」
「…龍炎寺貴和子。私と共に戦ってはいただけませんか」
その言葉は、あまりにも突拍子もなかった。
だが、貴和子の心は不思議と揺れていた。
横綱として、誰よりもこのマンコ相撲を愛している。その神聖な土俵が、一部の権力者の私利私欲のために汚されていることは断じて許せない。
貴和子のその美しい唇に、女王ではない、共犯者の妖しい笑みが浮かんだ。
「…面白いじゃないの。あなたのその無謀な“革命ごっこ”。乗ってあげるわ」
こうして、二人の一ヶ月は始まった。
それは子を成すための妊活の時間ではなかった。
腐りきった巨大な“悪”を打ち倒すための、甘く、そして危険な“密室の作戦会議”となったのだ。
【数ヵ月後:十六夜部屋】
季節は巡った。
十六夜咲の体は見違えるようにたくましく、そしてその腰つきはさらに円熟味を増していた。
彼女の隣には、ジャージ姿で腕を組みながら鋭い檄を飛ばす意外な人物の姿があった。
毒島りん、その人だった。
「甘いわよ、咲! その『渦潮』は、ただ気持ちいいだけじゃないの! もっと相手の魂を根こそぎ吸い上げるくらいの貪欲さが足りないわ!」
「は、はい、りんコーチ!」
りんは、あの後現役を引退。そしてなぜかこの十六夜部屋に居つき、「コーチ見習い」として咲をビシビシと鍛え上げていた。その口の悪さは相変わらずだが、闇の世界で培ったその的確な技術指導は、咲の才能をさらに開花させていた。
時折、咲は龍炎寺部屋へと「出稽古」に赴く。
そこではアナスタシアが鬼のような形相で待ち構えている。
「サキ! 来たか! さあ、始めよう! お前の非合理な“渦”と、私の合理的な“力”、どちらが上か、今日こそ再計算する!」
二人の異文化交流のような壮絶な稽古は、もはや龍炎寺部屋の名物となっていた。
【そして、新たなる季節(とき)へ】
やがて次なる十一月場所の番付が発表された。
その番付表を見て、日本中が再びどよめいた。
絶頂川アナ:「な、なんと! 今場所の行司様は、あの盲目の天才ピアニスト! 音無(おとなし) 響(ひびき)! 目が見えない代わりに、力士たちが発する“喘ぎ声の音階とリズム”だけで勝負を見極めるという、新たな“訳あり行司”の登場だァ!」
そして、全てのファンがその番付表の一番下の段に一つの新しい名前を見つけ、息をのんだ。
【西・前頭十五枚目 - 天童(てんどう) ひな】
天知:「…天童、ひな。十三歳。史上最年少での幕内入り。データは一切ありません。ただ一つだけ分かっていることがある。彼女が中学の相撲部で記録した全ての取り組みの平均試合時間は…」
天知はごくりと唾を飲んだ。
「…わずか、“三秒”です」
女王とシンデレラの物語は終わった。
だが、それは終わりではない。
始まりなのだ。
協会の深い闇。
盲目の天才行司。
そして土俵に産み落とされた史上最凶の“怪物”。
様々な思惑が再び渦を巻く中、マンコ相撲の新たなる戦いの幕が今、静かに上がろうとしていた。