天童ひなが残したあまりにも衝撃的な“三秒殺”。
その悪夢のような光景は、両国国技館の空気を重く、そして冷たく支配していた。
次に現れるのもまた、あの“怪物”のような存在なのではないか。観客のそんな恐怖と不安を一瞬で吹き飛ばしたのは。
けたたましく鳴り響くアイドルの入場曲だった。
「「「オイ!オイ!オイ!オイ!」」」
「「「あー、よっしゃ、いくぞー!」」」
「「「き・ら・ら!き・ら・ら!俺の嫁!世界で一番、愛してる!」」」
国技館の一角、西側の一階席。そこだけが色とりどりのサイリウムの光で埋め尽くされ、屈強な男たちの完璧なヲタ芸とコールが鳴り響く。
その異様な光景の中心へと、東の花道からその“歌姫”は現れた。
「みんなー! きららの土俵入り、始まるよー! 盛り上がっていっくよー!」
元・国民的アイドル、愛内きらら、十九歳。
彼女はステージに登場するかのように、観客に手を振り、ウィンクを飛ばしながら土俵へと上がってきた。
だが、ここからが本番だ。
マンコ相撲の土俵入りは、化粧まわしをつけぬ“丸出し”の状態で行われる。力士が己の“魂の器”を、神に、そして観客に披露する神聖な儀式。
後見人がきららのそのピンク色のフリルが付いた特注のまわしを解き放ったその瞬間。
絶頂川アナ:「きたあああああああああああああああああああああああっ!」
絶頂川は、そのアナウンサー人生の全てを懸けて絶叫した。
「皆様! 長らくお待たせいたしました! 日本中の、いや世界中の殿方が夢にまで見たあの聖域(サンクチュアリ)が! 今、ついにそのヴェールを脱ぎます! これが! 元・国民的アイドル、愛内きららの! アイドル・マンコ、初公開でありますッ!」
そのあまりにも下品で、あまりにもストレートな絶叫に、国技館は爆発的な歓声に包まれた。
カメラが無遠慮にその一点へとズームアップする。
天知:「…ふむ。週刊誌やネットの掲示板では、長年その形状や色について様々な憶測が飛び交っていましたが…。こうして実物を高解像度で確認できるというのは感慨深いものがありますねぇ。…見たかった人も多いでしょうねぇ」
天知までもが、その眼鏡の奥の瞳を爛々と輝かせている。
その視線と歓声の集中砲火を浴びて。
愛内きららは、その顔に完璧なアイドルスマイルを浮かべていた。
だが、その内心では。
(きゃあああああああああああああ! 見ないで! そんなにアップで見ないでええええええええ!)
彼女は魂の悲鳴を上げていた。
(覚悟はしてきた! ファンのためにこの身を捧げるって決めたんだから! でも、でもでもでも、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいーっ!)
その頬はほんのりと赤く染まっている。そのわずかな“恥じらい”が、逆に彼女の“アイドルマンコ”をより一層官能的に輝かせていた。
対するは、鬼龍院 麗。彼女は目の前の茶番に心底うんざりしていた。
「はっけよい、のこった!」
試合開始! 激昂した鬼龍院が猛然と突進する!
だが、きららはその攻撃をひらりとかわし、ウィンクを飛ばす。
「あら、そんなに焦らないで、麗様。もっと、きららの“ステージ”、楽しんでいってよ」
(い、今のウィンク、ちゃんとカメラに抜かれたかな!?)
内心、そんなことを考えながら。
きららの戦術、『魅せ相撲』。
アイドル時代に培ったパフォーマンス能力の全てを駆使して相手を翻弄する。
だが、そのふざけた戦法に、鬼龍院のプライドはズタズタだった。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなァ!」
ついに理性のタガが外れた鬼龍院が、全てを懸けた最大パワーの突進を敢行する。
だが、それこそが歌姫が仕掛けた巧妙な“罠”だった。
きららは、その猛牛のような突進を待っていた。
そのキラキラした瞳の奥で、アイドルではない冷徹な勝負師の目が光る。
そして、その口元にこう呟いた。
「…ばーか。かかったわね」
愛内きららのそのアイドルスマイルが、一瞬だけ冷徹な勝負師のそれに変わる。
怒りと屈辱に我を忘れて一直線に突進してくる鬼龍院 麗。そのあまりにも単調で、あまりにも無防備な姿。
それこそが、きららが仕掛けた巧妙な“罠”だった。
きららは、その猛牛のような突進を、まるでステージ上で華麗なターンを決めるトップアイドル(センター)のように、くるりと最小限の動きでかわした。
鬼龍院は、力の全てを込めた突進を空振りさせられ、大きく体勢を崩す。
がら空きになったその背後。
そこにきららは、完璧なタイミングで入り込んでいた。
絶頂川アナ:「かわしたァ! 完璧なアイドル・ターンで鬼龍院の突進をいなしたぞ! そして、これは絶好のバックポジション!」
きららはニヤリと笑うと、客席の親衛隊(ファン)に向かって叫んだ。
「みんなー! アンコール、行くよーッ!」
「「「うおおおおおおお! きらら! きらら! きらら!」」」
ファンのボルテージが最高潮に達する。
そして、きららはその声援の全てを力に変えて、最後のダンスを踊り始めた。
それはもはや相撲の決まり手ではない。
アイドル時代に何万回と踊り込んだ彼女の大ヒット曲の振り付け(コレオグラフィー)。
その完璧なリズムに合わせて、彼女の腰が軽やかに、そして的確に鬼龍院の性感帯を連続で打ち続ける!
ワン、ツー、スリー!
まるで音楽を奏でるかのように。
天知:「…馬鹿な。ふざけているように見えて、その腰の打点は全て寸分の狂いもなく、相手の快感の“ツボ”を捉えている…。ステージ上で観客を熱狂させるそのパフォーマンス能力。それを彼女は、一対一の相手を絶頂させる技術へと完全に昇華させているというのか…!」
鬼龍院はもはや為す術がない。
怒りもプライドも、きららのあまりにも多幸感に満ちた快感のリズムの前に溶かされていく。
そしてきららは、最後のサビの部分でとびっきりのアイドルスマイルを浮かべると、とどめの一撃を放った。
「みんなに、きららからの…『必殺ファンサービス・GIFT(ギフト)』だよっ!」
その最強の決めポーズと共に。
鬼龍院の体は、人生で最も華やかで、最も強制的な絶頂の光に包まれ、その場に崩れ落ちた。
勝負あり。
絶頂川アナ:「かったァァァァァ! なんという決まり手だ! 相手の絶頂すらもファンへのサービスにしてしまう! これがアイドルの生き様かァ!」
「「「きらら! きらら! 俺たちの、きららァ!」」」
親衛隊(ファン)たちが歓喜の涙を流している。
そして、その興奮冷めやらぬ土俵の上で、最後の、そして最大の“アンコール”が始まろうとしていた。
『子種拝領の儀』だ。
絶頂川アナ:「アンコールの大合唱が鳴り止まない! 女神はその声に応える! さあ、始まります、究極のファンサービス! 週刊誌の記者さん、パパラッチの皆さん、よーくお聞きください! これはスキャンダルではありません! マンコ相撲協会が公式に認めた神聖なる儀式です! これをもし、男女の“密会”などと書き立てた不届き者がいた場合は、この私、絶頂川がその編集部までねじ込みに行きますので、その覚悟でご覧ください!」
行司の音無響がきららの前にひざまずく。
きららは、まだ少しだけ頬を赤らめながらも、プロのアイドルとして、その最後の“お仕事”を完璧に演じきろうとしていた。
(大丈夫、きらら…。これは究極の握手会…。ファンの、みんなの想いを代表して、この行司様をお迎えするのよ…!)
響の耳には、その一部始終が、やはり“音楽”として聞こえていた。
観客の熱狂的なコールのリズム。
きららの決して乱れないBPM120の安定した心臓の鼓動。
そして、彼女が漏らす喘ぎ声。それは情欲のそれではなく、完璧に計算され尽くした聴く者を最も興奮させる変ホ長調(E♭メジャー)の美しいファルセットだった。
(…すごい。この娘はプロだ。自らの快感すらも完璧にコントロールし、一つの“作品”として提供している…)
響は、その盲目の瞳の奥で畏敬の念すら感じていた。
やがて儀式がクライマックスを迎える。
きららは、その絶頂の瞬間に最後の力を振り絞り、客席の親衛隊(ファン)に向かって叫んだ。
「み、みんな…、ありがとぉ…! 今日のきららも…、最高に気持ちよかったよぉ…っ!」
それはアイドルがファンに送る最大限の愛のメッセージだった。
その数十分後。
舞台裏の薄暗い通路。
十六夜咲は、あのあまりにも衝撃的な光景をモニターで見た後、自らの支度部屋へと戻ろうとしていた。
その時、近くの用具室の中から微かな嗚咽が聞こえてくるのに気づいた。
そっと扉を開けてみると。
そこにいたのは。
先程までステージの上で完璧な光を放っていた愛内きららが、一人膝を抱え、声を殺して泣いている姿だった。
「…ダメだ。全然ダメだった…。あの時のターンの軸、少しブレてた…。最後の喘ぎも、本当は半音高くなきゃいけなかったのに…。ウィンクも、西側のカメラに一回少なくしちゃった…。もっと、もっと完璧じゃなきゃ、みんなに失礼だ…! もっと練習しなきゃ…!」
咲は息をのんだ。
あの華やかなステージの裏側にある、想像を絶するプレッシャーとプロ意識。
彼女は、ただふざけているのではなかった。
自らの全てを削り、その身を焦がしながら、たった一人で「愛内きらら」という完璧な“アイドル”を演じ続けているのだ。
咲はそっと扉を閉めた。
胸の中に、新しい感情が芽生えていた。
それは、あの土俵の上の歌姫(ディーヴァ)への深く、深い尊敬の念だった。