そこは、両国国技館の奥深くにある、幕内力士だけが使用を許される巨大な共同浴場。
稽古で流した汗を湯で流し、戦士たちが束の間の休息を楽しむ女だけの聖域。
もちろん、そこでは誰もが生まれたままの素っ裸だ。
「…あのぉ」
湯船の隅で、十六夜咲がもじもじと隣にいる意外な稽古仲間に話しかけた。
一人は元・毒婦、毒島りん。
もう一人は氷の女帝、アナスタシア・イヴァノワ。
三人は九月場所での激闘を経て、なぜか奇妙な友情のようなもので結ばれていた。
「りんさん、アナスタシアさん…。その…、普段の“お手入れ”ってどうしてるんですか…?」
咲のそのあまりにも純粋な質問に、りんは肩をぴくりと震わせた。
「…お手入れ、ねぇ。あんた、あたしにそんな女子高生みたいな質問するわけ?」
「だ、だって、気になります! マンコ相撲は下半身丸出しですし…。乙女としては、その見え方とか…」
咲のそのあまりにも真っ直ぐな瞳に、りんは根負けしたように、はぁと溜息をついた。
「…あたしは見ての通りよ。短く整えてるだけ。全部剃っちまうのは面倒だし、かといって野放しにするのも美しくない。一番合理的でしょ?」
確かに、りんのその場所は、彼女の無駄のない機能美を追求した肉体と同じように、きっちりと短く刈り揃えられていた。
「…フム。非合理的だな」
その会話に静かに入ってきたのはアナスタシアだった。
「私の母国、ロシアではバレエダンサーやアスリートは完全な脱毛(デピレーション)が基本だ。衛生管理の観点、そして空気抵抗を0.001%でも減らすという観点から、体毛の存在はバグでしかない」
彼女のその場所は、まるで生まれたての赤子のように一点の曇りもなくつるりとしていた。
「へ、へぇー! お国によって色々なんですね!」
咲は感心したように頷く。
「ちなみに、あたしはおばあちゃんの方針で“全剃り”なんです。『剣士がその刃を磨くように! 力士はその“急所”を常に磨き上げておけ! 毛の一本でも残っているのは覚悟が足りん、証拠だ!』って…」
そのあまりにも体育会系な理由に、りんがげんなりと顔をしかめる。
「…相変わらず、あんたの部屋は昭和の匂いがプンプンするわね…」
その赤裸々な女子トークは、自然と周りの力士たちの耳にも入っていた。
「あら、アンダーヘアの話ですか?」
湯船の向こう側から、優雅にその豊満な体を現したのは元・国民的アイドルの愛内きららだった。
「その話題でしたら、このきららに、お任せください! アイドルは歌って踊れるだけでは三流! 指の先から髪の毛の一本、そしてその“秘められた花園”の形に至るまで! 全てが完璧にデザインされていてこそ一流なんですよ!」
彼女がそう言って自信満々に見せつけたその場所は。
見事なまでに美しい“ハートの形”に整えられていた。
「か、可愛いー!」
咲が目を輝かせる。
「でしょう? これぞ究極のファンサービス! ファンの皆への“愛”をこの身をもって表現しているんです!」
「くだらん!」
そのキラキラした空気を一刀両断する野太い声。
声の主は九州出身の豪腕力士、肥後もっこすだった。
「手入れだと? 形だと? そんな女々しいことでどうする! 真の力士の“毛”は、その魂の強さと同じ! 太く、黒く、そして荒々しくあるべきだ!」
彼女のその場所は、まさにその言葉通り。アマゾンのジャングルのように豊かで力強い生命力に満ち溢れていた。
「あたしのこの『熊の毛皮(ベア・スキン)』はな! 相手の中途半端な攻撃を受け止めるクッションにもなり! そしてその圧倒的な毛量で相手を威圧する心理的な武器にもなるんだよ!」
「ハートッ!」「毛皮だ!」「いや、あたしは星形にしてる!」「あたしはいっそ全部脱色してるわよ!」
湯船の中は、もはや収拾のつかない一大アンダーヘア・ディベート会場と化していた。
そのあまりにも騒がしく、そしてあまりにも下品な論争を。
一瞬で静まり返らせたのは、やはりあの絶対女王の登場だった。
龍炎寺貴和子がその完璧な体を湯気に包まれながら、静かに湯船へと入ってくる。
全ての力士たちがぴたりと動きを止め、女王に道を開けた。
貴和子は、その喧騒の理由を全て理解した上で何も言わない。
ただ、その完璧な裸体をちらりと見せたその一瞬。
全ての力士がその目に焼き付けた。
女王のその場所は。
まるで熟練の職人がミリ単位の狂いもなくカッティングしたかのような。
完璧な、そして一点の迷いもない“Iの形”に美しく整えられていた。
それは、もはやただの形ではない。
絶対王者としての誇り(Pride)、理想(Ideal)、そして自分こそが一番(Ichiban)であるという強烈な意志(Identity)の現れ。
貴和子は何も言わず、静かに湯船の一番奥へとその身を沈めた。
残された力士たちは、ただ顔を見合わせる。
やがて、きららがうっとりと呟いた。
「…素敵…。女王の“I”は、きっと、“Ichiban”の“I”なのね…」
その妙に納得感のある一言に皆が頷く。
ただ一人。
湯船の一番隅っこで。
天童ひなが不思議そうに自分の体を見つめていた。
「…さき」
「な、なあに、ひなちゃん?」
「…“け”って、なに?」
そのあまりにも純粋で、そして究極の質問に。
浴場にいた全ての力士たちが、どう答えていいのか分からず。
ただ固まるしかなかった。