※この作品はR-18です。

マンコ相撲〜土俵際の乙女たち〜   作:ろくさん

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【第三十三話】 それぞれの土俵(ステージ)

天童ひなの衝撃的な準々決勝進出。

 

そのニュースの影に隠れるように、トーナメントの別の山でも熾烈な戦いは繰り広げられていた。

準々決勝、第二試合。

その土俵に上がったのは、“土俵の歌姫”愛内きらら。

彼女が登場するだけで、それまでの殺伐とした国技館の空気が一変する。

まるでアイドルのコンサート会場のように華やかで、キラキラとした多幸感に満ち溢れるのだ。

 

「「「きらら! きらら! L・O・V・E! き・ら・ら!」」」

今日も西側の一階席には、彼女の熱狂的な親衛隊(ファン)たちが陣取り、完璧なコールを響かせている。

 

だが、今日の対戦相手は、そんなきららの“ホーム”の空気を心底不愉快そうに睨みつけていた。

相手は名門部屋のエリート力士、伊集院あやめ。

彼女はアイドルから力士へと転身したきららのことを、土俵を汚す“成り上がり”として激しく敵視していた。

 

「はっけよい、のこった!」

試合開始。

伊集院はきららのその華やかな『魅せ相撲』に付き合うつもりは毛頭なかった。

彼女は序盤から執拗に、そして陰湿にきららの体を攻め立てる。

一見普通の腰の応酬。

だが、その腰つきは審判の死角を突き、きららの体の一番痛い部分を的確に狙っていた。

それは快感とは程遠い、ただ純粋な“痛み”を与えるためだけの悪意に満ちた攻撃だった。

 

「くっ…!」

きららの完璧なアイドルスマイルがわずかに歪む。

「あら、どうしたのかしら? いつものお遊戯は終わり?」

伊集院はねっとりと嘲笑う。

「メッキは剥がれたようね、元・アイドルさん。ここはあんたみたいな安物の“商品”がいていい場所じゃないのよ!」

 

その侮辱の言葉。

そしてじわじわと蓄積していく肉体的なダメージ。

きららの動きが明らかに鈍っていく。

彼女のピンチに親衛隊(ファン)たちの声援が悲鳴に変わる。

 

(…痛い。…悔しい…)

きららの心が折れそうになる。

アイドル時代、こんな剥き出しの悪意に晒されたことはなかった。

(…やっぱりあたしなんかが、この神聖な土俵にいること自体が間違いだったのかな…)

諦めの感情がその胸をよぎったその瞬間。

 

彼女の耳に届いたのは。

それでもなお、声を枯らして叫び続けるファンの声だった。

 

「きららー! 負けるなー!」「俺たちがついてるぞー!」「きららの笑顔が俺たちの太陽なんだー!」

 

(…あ)

そうだ。

あたしは一人じゃない。

たとえ世界中の人間があたしを馬鹿にしても。

この声だけはいつだってあたしの味方だった。

あたしはこの声に応えるためにアイドルになったんだ。

そしてこの声に応えるために力士になったんだ!

 

カッ!

きららの瞳に再び強い、強い光が宿った。

彼女は伊集院の悪意に満ちた腰つきをその身に受けながら、しかし顔にはこれまでで最高のアイドルスマイルを浮かべた。

 

「…ふふ。ありがとう、みんな」

その呟きは誰の耳にも届かない。

だが、その想いは確かに彼女の力となっていた。

 

「伊集院さん。あなたに本物の“アイドル”というものがどういうものか、その体で教えて差し上げますわ」

きららの雰囲気が変わる。

そして、彼女は、そのキラキラした瞳で客席の親衛隊(ファン)に向かって叫んだ。

 

「みんな、アンコール、行くよーッ!」

 

その言葉を合図に。

歌姫の逆襲のステージのその幕が上がったのだ。

 

愛内きららのその言葉は魔法だった。

その一言で国技館の空気は完全に彼女の色に染め上げられる。

親衛隊(ファン)たちのボルテージは最高潮に達し、その地鳴りのような「きららコール」が土俵上の歌姫へと降り注ぐ。

その純粋な“愛”のエネルギーを、きららはその全身で受け止め、自らの“力”へと変えていく。

 

「なっ…!?」

対戦相手の伊集院あやめは愕然とした。

先程まで確実に追い詰めていたはずのきららの腰つきが、明らかにその輝きとキレを増しているのだ。

悪意に満ちた彼女の陰湿な攻撃が、もはや通用しない。それどころか、その悪意すらもきららは、まるでステージを盛り上げるための“スパイス”であるかのように楽しんでいるようにさえ見えた。

 

絶頂川アナ:「なんだ、これは! 復活だ! 愛内きらら、不死鳥のように蘇った! ファンの声援が、彼女の傷を癒し、力を与えている! これこそが、アイドルとファンの究極の“絆”の形かァ!」

 

きららは、その完璧なアイドルスマイルを浮かべながら反撃のダンスを踊り始める。

それはもはやただの『魅せ相撲』ではない。

ファンから受け取った全ての“愛”を、今度は相手にお返しするための究極のパフォーマンス。

 

天知:「…すごい。彼女はもはや自分一人のために戦ってはいない。ファンの想いをその一身に背負い、それを土俵の上で体現している。これは、ある意味、横綱の“威厳”にも通じる、神聖な領域です」

 

きららの腰が、まるでステージ上を縦横無尽に舞い踊るように伊集院の体を翻弄する。

そして、ついにその瞬間が訪れた。

きららは伊集院のそのプライドの高い魂の一番柔らかい場所を見つけ出すと、そこに、とびっきりの愛を込めて最後の一撃を叩き込んだ。

 

新・決まり手:『魂のファンサービス・アンコール』!

 

「あ…、あんっ…!」

伊集院の体から迸ったのは屈辱の絶叫ではなかった。

あまりにも多幸感に満ちた快感の奔流に、その歪んだプライドは完全に溶かされ、浄化され、ただ恍惚の喘ぎ声だけがそこにはあった。

彼女は、その絶頂の光の中で見ていた。

何千、何万というサイリウムの光が自分を照らし、そしてその光の中心で、ただ一人輝くきららの、そのあまりにも美しい笑顔を。

(…ああ。これが、“センター”からの景色…)

伊集院は、その生涯で最高の快感の中でゆっくりと意識を手放した。

 

勝負あり。

きららは、その汗だくの顔に最高の笑顔を浮かべ、深々と客席に頭を下げた。

「みんな…、最高のステージをありがとう!」

 

【その数時間後:国技館・医務室】

その日の全ての取り組みが終わり。

医務室の簡易ベッドの上で一人の力士がそのベールを脱いだ。

天知理の元・弟子。

そして今場所、無敗のまま準々決勝へと駒を進めたもう一人の異質な天才。

矢倉 理詰(やぐら りずむ)だった。

 

彼女はボブカットの黒髪に度の強い眼鏡をかけた、感情の読めない無表情な少女。

その傍らには、彼女の師匠である天知が静かに立っている。

 

「…見事だったな、理詰。今日の、お前の相撲も完璧だった」

天知のその賞賛の言葉にも、理詰は表情を一つも変えない。

ただ、その手元のタブレットの画面を指でなぞっているだけだ。

画面には、先程行われたきららと伊集院の一番の膨大なデータが表示されている。

 

「…理解、不能です、師匠」

理詰は初めてその無機質な声で口を開いた。

「愛内きららの勝利。これを私の予測モデルに入力しても、常にエラーが表示されます。ファンの声援という非合理な変数が、彼女の身体能力を一時的に13.7%も向上させている。こんな非科学的な現象はありえません」

 

理詰の相撲。

それはきららのそれとはまさしく対極。

彼女は対戦相手の過去の全てのデータを完璧に分析し、その弱点、癖、そして絶頂に至るまでの最短ルートを計算し尽くす。

そして、その完璧なシナリオ通りに相手をまるで機械のように処理する。

彼女の土俵はステージではない。

“実験室”なのだ。

 

「…人間のエロスはデータでは割り切れない。そういつも言っているだろう」

天知のその言葉に、理詰は静かに首を横に振った。

 

「…いいえ。それは師匠の観測が甘いだけです。感情も愛も全ては脳内の化学物質の反応に過ぎない。ならば、それも必ず数値化できるはず。…次の一番でそれを証明します」

理詰の次の対戦相手はまだ決まっていない。

だが、彼女のその眼鏡の奥の瞳は、まるで最高の実験サンプルを見つけたとでも言うかのように、ほんの少しだけ好奇の光に揺らめいていた。

 

「…私の次の相手は、おそらく横綱・龍炎寺貴和子。…面白い。あの女王の“執念”とやらも因数分解して差し上げましょう」

 

そのあまりにも不遜な、しかしあまりにも純粋な科学者の言葉。

天知は、そのかつての愛弟子が、もはや自分の手の届かない孤高の領域へと足を踏み入れてしまったことを感じ、ただ静かにその言葉を聞いていることしかできなかった。

 

光と影。

感情と論理。

歌姫と科学者。

全く違う二つの異質な“才能”が今、それぞれの土俵(ステージ)でその輝きを解き放とうとしていた。

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