※この作品はR-18です。

マンコ相撲〜土俵際の乙女たち〜   作:ろくさん

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【第三十四話】 聞こえた不協和音

十一月場所は、マンコ相撲の長い歴史の中でも最も劇的で、そして最も語り草となるであろうその幕切れを迎えた。

優勝を飾ったのは、“歌姫”愛内きらら。

天才科学者、矢倉理詰のその完璧な論理の支配を、ファンの“愛”というただ一つの非科学的な奇跡が打ち破ったのだ。

日本中がそのシンデレラならぬ、“アイドル・ストーリー”に熱狂し酔いしれた。

テレビのワイドショーは連日、「愛は計算を超えるか」という大特集を組み、雑誌のグラビアはこぞってきららの勝利の女神の微笑みで埋め尽くされた。

誰もがこの幸福なおとぎ話が永遠に続くかのように思っていた。

 

だが。

その華やかな光の裏側で。

二つの復讐の物語が静かに、しかし確実にその闇を深めていたことを、まだ誰も知らなかった。

 

その一つは。

盲目の行司、音無響の哀しい復讐劇。

 

十一月場所は波乱のままにその幕を閉じた。

優勝した愛内きららのその魂の歌は、観客の心に温かい感動を残していた。

その全ての取り組みを音無響はその耳だけで裁き続けた。

だが、彼の本当の目的は勝敗を見極めることではなかった。

 

彼の神に与えられた“耳”は、ただ一つの“音”を探し求めていた。

あの日、亡き恋人・美冬の最後の絶叫に混じっていた、あの下品な“嘲笑”の声の主。

そして、美冬のあの美しい“歌”を完璧に模倣した偽物の歌姫、影縫桔梗。

その二つの音の繋がりを。

 

場所が終わった後も、響の調査は続いた。

彼は行司という立場を利用し、協会の音声記録保管室へと忍び込む。

そこには、過去数十年間の全ての取り組みの公式記録音声が保管されているデータの聖域。

彼は、その膨大な音のアーカイブの中から、美冬が命を落としたあの日の一番のオリジナル音源を探し出した。

 

そして、その音源を自らの特殊な機材で解析し、その周波数を分解していく。

公式記録には、もちろんあの“嘲笑”は残されていない。巧みに編集され、消去されている。

だが、響の耳はごまかせない。

彼は、その消されたはずの音声データの、そのさらに奥深くにある微かな、微かな“残響”を捉えたのだ。

そして、ついにその“嘲笑”の声紋データと、影縫桔梗が所属する『黒百合部屋』の親方の声紋データが、99.8%の確率で一致することを突き止めた。

 

(…やはり、お前か)

 

響の血の気が引いていく。

黒百合部屋の親方。

それはかつて美冬と同じ部屋に所属し、常に彼女のその類稀なる“才能”に嫉妬の炎を燃やしていた一人の元・力士だった。

 

そして、響はさらに恐るべき事実にたどり着く。

彼は、その親方の音声データをさらに解析し、その声の奥に隠された微かな“ノイズ”に気づいた。

それは心臓の鼓動の音。

そのリズムは明らかに異常だった。

恐怖と興奮が入り混じった不規則なリズム。

そして、そのリズムのパターンが。

あの天童ひなが初陣の時に、その体の奥から響かせていたあの不気味な“振動音”のパターンと酷似していたのだ。

 

(…まさか)

 

響の中で全てのピースが繋がった。

黒百合部屋の親方は美冬の才能を妬み、そしてその“歌”を盗むために彼女を殺した。

そして、その盗んだ“歌”のデータを元に作り出したのが、あの影縫桔梗という模倣の歌姫。

だが、それだけではない。

彼女は、その研究の過程でさらに恐るべきものを生み出してしまった。

感情を持たず、ただ相手を破壊するためだけの完璧な戦闘兵器。

そう、天童ひなという“怪物”を。

 

(…全ての元凶は、お前だったのか…)

 

響のその盲目の瞳から一筋、赤い血の涙がこぼれ落ちた。

彼の復讐の相手は、もはや一人ではなかった。

美冬を殺し、その魂を冒涜し、そしてこの神聖な土俵に怪物を産み落とした、巨大な、そして歪んだ“悪”そのものだったのだ。

 

そのあまりにも巨大な真実を前に、響はただ立ち尽くすことしかできなかった。

だが、彼にはもう迷いはなかった。

この復讐を成し遂げるためならば、この身がどうなろうとも構わない。

彼は静かに一つの決意を固めた。

 

その頃。

龍炎寺貴和子と月詠愁は、彼らの“作戦本部”と化した都内のペントハウスで、壁一面に広げられた巨大な相関図を睨みつけていた。

先の闇からの刺客の襲撃。そしてブローカーの口封じ。

それらは二人に確信を与えていた。

自分たちが追っている“闇”は、もはやただの腐敗や汚職などという生易しいものではない。人の命すら平気で奪う巨大な犯罪組織そのものである、と。

 

「…行き詰まったわね」

貴和子は、その美しい唇を噛み締めながら呟いた。

「金の流れも人の繋がりも、あのブローカーの死で全て断ち切られた。奴らはトカゲの尻尾切りに長けている。これ以上影の中から石を投げ続けても、奴らの本丸には届かないわ」

女王のその完璧な顔に、初めて焦りの色が浮かぶ。

 

愁もまた、その端正な顔を険しく歪めていた。

「…ええ。奴らは闇の戦い方を知り尽くしている。我々が光の中から正攻法で攻めようとしても、巧みにかわされ、逆にこちらの手札を失うだけになるでしょう」

 

重い沈黙が部屋を支配する。

だが、その沈黙を破ったのは愁がもたらした一つの新しい情報だった。

 

「…ただ一つだけ。金の流れと闇マンコ相撲の両方から、その名が浮かび上がってきた組織があります」

愁は相関図の一点を指し示した。

 

「…『黒百合部屋』…」

貴和子の瞳が鋭く光る。

「…知っているわ。近年急速にその勢力を伸ばしてきた新興の部屋。その所属力士たちは皆、感情の起伏が乏しく、まるで人形のように正確無比な相撲を取る、と。…そして」

 

貴和子の脳裏に、あの少女の顔が浮かぶ。

「…あの“怪物”、天童ひなも、元はこの黒百合部屋の息がかかった中学の相撲部に所属していた、という噂よ」

 

愁が頷く。

「…ええ。もはや間違いありません。我々が追っている黒幕の本拠地は、この黒百合部屋。そして、その親方こそが全ての元凶。…ですが」

愁は悔しそうに唇を噛む。

「…証拠がない。全て状況証拠だけです。今、我々が動いても、逆に“有望な新興部屋を潰そうとする横綱の嫉妬”として世論を操作されかねません」

 

政治的な駆け引き。

情報戦。

それは貴和子も愁も得意とする分野ではなかった。

二人ともあくまで“戦士”なのだ。

 

貴和子は静かに立ち上がると、窓の外に広がる首都の夜景を見下ろした。

その女王の背中からは、これまでにないほどの静かで、しかし燃え盛るような決意のオーラが立ち上っていた。

 

「…ええ、そうね。その通りよ、愁」

彼女はゆっくりと振り返る。

その瞳には、もはや迷いはなかった。

 

「我々は闇の中で戦うべきではなかった。奴らは闇の住人。ならば我々は奴らを光の中へと引きずり出すしかない」

「…光の中へ…?」

 

貴和子のその美しい顔に、絶対者としての、そして挑戦者としての不敵な笑みが浮かんだ。

 

「この国で最も明るく、そして決して影の生まれることのないたった一つの場所。…年に一度だけ、全ての国民がたった一つの土俵の上を見つめる、あの神聖な舞台」

 

愁もまたその意味を理解した。

彼の憂いを帯びた瞳もまた、同じ決意の炎を宿す。

「…来年開催される、『天下一番(てんかいちばん)相撲会』…!」

 

「ええ」

貴和子は頷いた。

「その決勝の土俵の上で。全ての国民が見つめる前で。我々は奴らの全ての罪を白日の下に晒す。証拠を突きつけるのではないわ。奴らが自らその尻尾を出さざるを得ない状況を作り出すのよ。…このマンコ相撲そのものを“武器”としてね」

 

それは、あまりにも壮大で、そしてあまりにも危険な宣戦布告。

だが、もはやそれしか道は残されてはいなかった。

 

その同じ夜。

協会の音声記録室で。

全ての真実にたどり着いた音無響もまた、静かにその決意を固めていた。

 

(…天下一番、相撲会)

(…美冬。お前が命を落としたあの舞台で)

(…今度は俺が、お前のために戦うよ)

 

二つの哀しい復讐劇。

二つの正義の物語。

そのこれまで決して交わることのなかった二つの道筋が、今、奇しくも同じ一つの場所へと収束しようとしていた。

 

それは、もはやただ最強の女を決めるためのトーナメントではない。

このマンコ相撲の光と影。その全てを清算するための“最後の審判”の舞台となるのだ。

その運命の幕が上がるまで、あと数ヶ月。

女神たちも悪魔たちも、そして神々さえも、まだその本当の意味を知らない。

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