『天下一番相撲会』の熱狂が過ぎ去った、ある静かな夜。龍炎寺部屋のその広大な稽古場に、二つの人影だけがあった。月明かりだけが、その神々しいまでの裸体を照らし出している。一人は絶対王者、龍炎寺貴和子。もう一人は氷の女帝、アナスタシア・イヴァノワ。
「…キワコ」
アナスタシアが、その氷の瞳に熱を宿らせて静かに言った。「お前の、『天下一番』での戦い。素晴らしかった。だが…」彼女は、貴和子のその完璧な肉体を、まるで獲物を品定めするかのように見つめる。「…あたしは、まだ、お前の全てを、知らない」
そのあまりにも直接的な挑発。貴和子は、その美しい唇に女王の笑みを浮かべた。「…面白い女ね、アナスタシア。…ならば、教えてあげるわ。このあたしの肉体の、“神髄”というものを」
それは稽古ではなかった。互いの魂の奥底を確かめ合うための、“儀式”だった。
最初は静かな探り合いだった。互いの腰が触れ合うか触れ合わないかのギリギリの距離で、その呼吸を読み合う。だが、その静寂を破ったのはアナスタシアだった。「…っはぁ!」彼女の中から抑えきれない獣のような衝動が溢れ出す。貴和子というただ一人の、自分と対等な“雌”を前にして、彼女の氷の仮面は砕け散った。『ツンドラ・インパクト』の片鱗。純粋なパワーの塊が、貴和子へと襲いかかる。
「…ふふ。それでこそ、だわ」
貴和子は、その暴力的なまでの愛の告白を待っていた。彼女は、そのパワーをいなさない。正面からその全てを受け止め、そしてその老獪なテクニックで、アナスタシアの荒れ狂う力を、自らの快感へと変えていく。
ドンッ!ドンッ!と、肉体がぶつかり合う鈍い音が、静かな道場に響き渡る。畳と汗の匂いが混じり合い、むせ返るような官能の空間を作り出す。肌と肌が擦れ、熱が生まれ、そして、その熱は二人をさらに深い快感の淵へと誘っていく。それはもはや相撲ではない。ただひたすらに純粋な快感を求め合う、二匹の美しい獣の交わり。
アナスタシアの圧倒的なパワーが貴和子を組み伏せれば。貴和子のその蛇のような腰つきがアナスタシアの体の自由を奪い、瞬く間にその体勢を逆転させる。上になり、下になり。攻め、そして受け。まるで伝説に謳われる、『四十八手』の全てをなぞるかのような、ダイナミックで、そしてあまりにも美しい体位の応酬。
やがて二人は、その汗と愛液でぐっしょりと濡れた体を、ぴったりと密着させたまま、見つめ合った。その瞳には、もはや敵意などない。ただ、自分と同じ孤高の魂を持つ、ただ一人の存在への深い深い愛だけがあった。
「…好きよ、アナスタシア」
「…ああ。あたしもだ、キワコ」
言葉はもういらない。ここから先は魂の領域。二人の女神は、その最後の、そして最も深い交わりの段階へと、その身を沈めていくのだった。
二人の女神の体は、もはや完全に一つになった。どちらが攻めで、どちらが受け、という区別はない。ただ、互いの快感を貪るように求め合い、そして与え合う。絡み合う指と舌。ぶつかり合う腰と腰。道場に響き渡るのはもはやただ、卑猥なまでの水音と、二人の乱れた喘ぎ声だけ。畳と汗と、そして互いの肌から立ち上る、甘くむせ返るような愛液の匂いが、その空間を支配する。
やがて二人は自然と、その動きを止めた。互いを組み伏せ、その腰を深く連結させたまま。完璧なまでに均衡した、その体勢。どちらも動けない。そして、どちらの体も、すでに絶頂の寸前まで高められていた。
その瞳が交差する。言葉はない。だが、魂は理解していた。ここから始まる、最後の“勝負”の意味を。
(…面白い)
(…面白いわ)
どちらが先に、そのプライドを捨て、快感の前にひれ伏すか。どちらが先に、その喘ぎ声を漏らしてしまうか。二人は同時に、その息を止めた。究極の、“無呼吸、我慢比べ”の始まりだった。
時間が止まる。静寂。聞こえるのは二つの心臓が狂ったように打ち鳴らすドラムのビートだけ。一秒が一分に。一分が一時間に感じられる濃密な時間。快感の波が何度も何度も、その理性の岸壁を打ち付ける。
(…くっ…!)
貴和子の体がびくりと震える。(…ダメだ。このケモノのパワーは、あたしの理性を内側から食い破ろうと…!)
(…まずい…!)
アナスタシアの体もまた、限界だった。(…この女王のテクニックは、あたしの本能を骨の髄までしゃぶり尽くそうと…!)
だが、どちらも堕ちない。その首筋に汗が伝う。その奥歯を食いしばる。プライドが邪魔をする。この女にだけは負けたくない。この女の前でだけは無様に先にイかされたくはない。
しかし。人間の体は、その魂ほど強くはできていない。限界はあまりにもあっけなく、そしてあまりにも同時に訪れた。二人の瞳が驚愕に見開かれる。
(あ…!)
(あ…!)
「「んんんんんんんんんんんううううううううううううううううううううっっっ!!!」」
それはもはや声ではなかった。息を止めたまま、その喉の奥から絞り出された魂の痙攣。二人の体はまるで雷に打たれたかのように、同時に、そして激しく、その全身をしならせた。深く、長く、そして全てを出し尽くすかのような、究極の絶頂。その凄まじい快感の奔流の中で、二人の意識は完全に一つに溶け合っていた。
やがて嵐が過ぎ去る。長い長い痙攣の余韻が消え。後に残されたのは、ただ静寂だけだった。二人は、その汗と愛液にまみれたまま互いの体を抱きしめ合い、動けないでいる。聞こえるのは、ようやくその酸素を取り戻した二人の荒い呼吸の音だけ。
勝者はいない。敗者もいない。ただ、この土俵の上で、互いの全てを認め合い、そして受け入れ合った、二人の対等な女がいるだけだった。
アナスタシアが、そっとその指を伸ばし、貴和子のその汗で額に張り付いた髪を優しく払いのける。貴和子は、その優しい仕草に、その女王の仮面を脱ぎ捨て、ただ一人の女として、穏やかに、そして満足げに微笑んだ。そのあまりにも美しく、そして官能的な光景を。天上で輝く月だけが静かに見下ろしていた。
ガールズラブってこういうことですよね?