西暦2035年、ネオジャパン
街には、子供たちの笑い声が溢れている。公園の砂場では、小さな少女たちが、そのオムツをはみ出させた尻を元気いっぱいにぶつけ合っていた。「くらえ!あたしの、『うっちゃり潮吹き』!」「きゃー!ずるい!ママ、Aちゃんが、あたしのお砂の、お城壊したー!」
かつてこの国を覆っていた、少子化という灰色の暗雲は完全に消え去っていた。その原動力となった国技『マンコ相撲』は、今や野球やサッカーを超える国民的娯楽として完全に定着。人気力士たちは、アイドル以上の尊敬と羨望を集める時代の寵児となっていた。
これは、国の運命をその身一つで変えた、土俵際の乙女たちの“十年後”の物語である。
【龍炎寺部屋・朝稽古】
「腰が高いぞ、一年!もっと深く沈み込め!相手の腰つきだけを見るな!その奥にある潮(こころ)の流れを、読むんだ!」
かつての、あの近寄りがたいほどの孤高のオーラは、もはやない。そこには、慈愛に満ちた“国母”のような微笑みで、若い弟子たちを見守る、龍炎寺貴和子の姿があった。その隣には、夫であり最高のパートナーである月詠愁が優しく寄り添っている。彼女たちが二人三脚で改革したマンコ相撲協会。そしてこの龍炎寺部屋から巣立つ力士たちは、技だけでなく、その品格も一流だと評判だった。
【国際情報番組・スタジオ】
「…というわけで、我が国ロシアでも、“MANKO-SUMO”は、女性の心身を解放する素晴らしいスポーツとして注目されています。特にフィットネスとしての側面が、若い女性に人気ですね」
外交官のような気品を漂わせ、流暢な日本語で語るのは、母国との架け橋として国際的に活躍するアナスタシア・イヴァノワだった。その隣で、大御所の「ママドル」として今なお第一線で変わらぬ輝きを放つ愛内きららが、相槌を打つ。
「そうなのよー!うちの娘もね、最近、アナちゃんのファンで大変なのよ~。『ママより、アナちゃんの方がカッコいい』ですって!ひどくない!?」
「光栄だな、きらら。ならば、今度お嬢様も一緒に合同で稽古でもするか?」
「きゃー!やめてよ、アナちゃん!うちの子、まだ五歳なんだから!」
母となり、そして現役の力士として。二人はそれぞれのステージで今も輝き続けている。
【天下一番相撲会・控室】
その女は、もはや“怪物”とは呼ばれていなかった。その圧倒的な強さとカリスマ性で、人々は彼女をこう呼ぶ。“若き女帝”、と。現役最強の大関、天童ひな。横綱就任の打診も来ているが、咲に勝ち越すまでは大関でいると断っている。
その控室の扉が開き、小さな女の子が駆け込んできた。
「ママ!今日の試合、絶対勝ってね!」
「…当たり前でしょ」
ひなは、その愛娘をひょい、と抱き上げると、その頬にキスをした。かつての無邪気な残酷さは、母としての強さと力士としての円熟味に昇華されている。だが、その瞳に宿るただ一つの炎だけは、十年前と何一つ変わってはいなかった。打倒・十六夜咲。その悲願を果たすため、彼女は今もこの土俵に立ち続けているのだ。
【天下一番相撲会・解説席】
その日の解説席には、いつもの天知理の姿はなかった。彼に代わり、実況の絶頂川アナの隣には、全く対照的な二人の女性解説者が座っていた。一人は、その悪魔的な頭脳でマンコ相撲協会の頭脳となったチーフアナリスト、矢倉理詰。もう一人は、その豊富な経験とサディスティックな指導で数多の名力士を育て上げた、“鬼コーチ”、毒島りんだ。
絶頂川アナ:「さあ、決勝戦!序盤から激しい腰の応酬だ!若手のホープ、大関・天童ひなを相手に、横綱・十六夜咲、全く引けを取りません!どう見ますか、矢倉チーフ!」
理詰は、コンタクトレンズに変えたその瞳で、タブレットの数値を一瞥すると淡々と告げる。「…興味深いですね。私の統合分析システム『八咫鏡(やたのかがみ)』によれば、現在、両者の同期率(シンクロ率)は92.8%。もはや戦いというより共鳴に近い。ですが、基礎体力と潮の最大放出量のデータでは、わずかに天童関が上回っています。このまま消耗戦になれば、横綱が不利かと」
絶頂川アナ:「なんと!では、毒島コーチは!?」
りんは腕を組み、つまらなそうに鼻を鳴らした。「チッ、データで相撲が取れるかよ。見りゃ分かるだろ。あのクソガキの目、まだ迷ってやがる。…それに比べて、うちの咲の目を見ろ。完全に据わってやがる。あれはもう母の目じゃねえ。“女神”の目だ。勝負はもうついてるよ」
理詰の正確無比なデータ分析と、りんの経験と勘に裏打ちされた毒舌解説。それは今や、マンコ相撲中継の新しい名物となっていた。かつて土俵で鎬を削ったライバルたちは、今、土俵の外でそれぞれのやり方で未来の力士たちを導いている。
【横綱・十六夜 咲】
りんのその言葉通りだった。その日の両国国技館は、割れんばかりの歓声に包まれていた。年に一度の「天下一番相撲会」、決勝戦。
東の土俵に立つのは、もちろんこの人。数人の子供の母となり、心技体、その全てが神の領域に達した絶対王者。第六十九代横綱・十六夜咲。その立ち姿は、もはや力士ではない。全てを産み、全てを育む、巨大な母なる大樹のようだった。
対するは、長年のライバル、大関・天童ひな。「はっけよい、のこった!」二人の戦いは、もはや勝敗を超えていた。互いの十年間の人生を祝福し合い、そしてその全てを肯定し合う神聖な“儀式”。豊穣を祈る美しい“舞”だった。
激しい腰の応酬の末。ひなのその全霊を懸けた最後の一撃を、咲の究極の『天之渦』が、優しく、そして全てを包み込むように受け止めた。勝負あり。
土俵の上で咲は、観客席にいる夫、橘千歳と、自分たちの子供たちに向かってそっと微笑んだ。その笑顔は、ネオジャパンという国の希望そのものだった。
【そして新たな蕾へ】
決勝戦から数日後。咲の故郷の小さな相撲部屋。咲は、自分の幼い娘に優しく四股の踏み方を教えていた。その小さな腰つきには、母親譲りの才能の片鱗がキラリと光る。そこへ、一人の少女が緊張した面持ちで道場の入り口に立った。旅をしてきたのだろう、服は少し汚れ、しかし、その瞳だけは星のように輝いていた。
「あの…!私、入門したいです!」
少女は、憧れの横綱を真っ直ぐに見つめて叫んだ。「私、十六夜咲関みたいになりたいんです!そしていつか横綱を倒して、私が一番になります!」
その瞳。かつての自分と同じ。いや、それ以上に強く、野心と希望に満ちた光。咲は、その少女の瞳を見て、心から満足そうに、そして嬉しそうに微笑んだ。新しい才能の誕生を、その全身で歓迎するように。
「……ごっつぁんです」
乙女たちの物語は終わらない。生命が続く限り、その土俵際の戦いは世代を超えて永遠に続いていく。この愛すべき、バカバカしくて、そして美しい世界で。
【完】
マンコ相撲へお付き合いありがとうございました。