ぱちゅん。むちゅん。
都市の肺腑に突き刺さった、多層駐車場と呼ばれるコンクリートの骨格。
その中層階。遮るもののない真夏の太陽がアスファルトを焼き、立ち昇る陽炎が視界を歪ませる。ジィィ……と鳴り響く蝉時雨は、まるでこの世の終わりを嘆く断末魔のようだ。祝福だとでも言わんばかりに降り注ぐ光が、影を深く、深く抉り取っている。
ぱちゅん。ぱちゅん。
その影の中、打ち捨てられた肉塊がいくつも転がっていた。頭部を原型がわからぬほどに砕かれたニンゲンの残骸。そのうちの一つが、未練がましく痙攣するたびに、傷口からぬるりと赤黒い血が溢れ、乾きかけた地面に新たな染みを作る。鉄錆と臓物の匂いが、むわりと立ち込めていた。
そして、その音源。
ぱちゅん。ぱちゅん。
「んぅ……ぅぅう……」
規則正しく繰り返される肉の打擲音に、男の幼い唸り声が混じる。
その巨躯に反してあまりにも頼りない声。まるで、制御不能のエンジンを積んだブリキの玩具が、ただひたすらに同じ動作を繰り返しているかのようだ。
男──ルカは、女に覆いかぶさり、その肉根を執拗に打ち付けていた。粘膜の壁を削り、抉り、一番奥の柔らかい場所に、己の存在を焼き付けるかのように。
女──ヴェーラは、とうに意識を手放している。虚空を見つめる瞳は白く濁り、半開きの唇からは意味をなさない吐息が漏れるだけ。打擲のたびに、弛緩した四肢がだらしなく揺れる。秘芯から溢れ、太腿を伝う白濁の汚汁が、この身がどれほど長く蹂躙され続けたかを物語っていた。
「ぅう……ゔぇぇらぁ……」
舌っ足らずに、ルカは女の名を呼ぶ。
誘ってきたのはヴェーラのくせに、途中で意識を飛ばすなんてズルい。ルカの幼い脳髄は、そう結論付けた。
だから、これは罰だ。腹いせだ。いつもよりずっと、めちゃくちゃにしてやる。
獣的な本能が、彼の頭の中で囁きかける。喰らいたい。このしなやかな身体を。大きくて柔らかい乳房か? それとも、ニンゲンを蹴り飛ばす強靭な脚か? 張りのある太腿にかぶりついたら、きっと最高の噛み応えだろう。
そんな想像に、口の奥にじわりと唾液が湧く。
まあ、本当に喰ったりはしないけれど。
ルカとヴェーラは、物心ついた頃からの大親友なのだ。一緒にお風呂に入るし、夜は手を繋いで眠る。セックスは最高に楽しい遊びだけど、ヴェーラがいなくなったら、きっと寂しくて死んでしまう。
でも、そろそろ起きてほしい。
その一心で、ルカはぐるりと腰を大きく回し、内壁を全方位から圧し潰すように刺激した。そして一度、入口付近まで己を引き抜き、刹那の溜めを作ってから、ヴェーラの最奥を目がけて渾身の力で叩きつけた。
「あひぃッ!? ……な、にすん、だょ……ッ♡」
どぷり、と肉が肉を穿つ鈍い音。
白目を剥いていたヴェーラの瞳に、ぐにゃりと焦点が戻る。しかし、思考は快楽のヘドロに沈んだままで、身体は思うように動かない。
「わ! やっと起きた!」
ルカは無邪気に笑い、目覚めた彼女を祝うように、さらに激しく腰を打ち付け始めた。
「んぐッ……や、やめ……この、バカァ……ッ♡」
ぱち、ぱち、ぱち。
水音がいよいよ高まり、ルカは天を仰いだ。
そこにあるのは、冷たいコンクリートの天井だけ。だが、彼の瞳には見えていた。脳髄のスクリーンに点火された、真昼の大花火。誰よりも先に、一番近くで見てあげなくちゃ。
その表情に、聖者のような純真さが浮かぶ。
どびゅるる。ぶりり。どんどどど。
どかん。どかん。閃光が弾け、熱い奔流が止まらない。最後の一発まで撃ち尽くそうと、長い通路を遡り、奥の部屋の扉を叩く。ヴェーラがびくんと大きくのけぞり、内壁が痙攣してそれを迎え入れる。いそげ、いそげ、間に合え。
刹那、互いの身体が海老反りになり、真昼の花火大会は、壮麗なフィナーレを迎えた。
***
「ふぅ……」
すべてが終わった後。ヴェーラは、秘部から白濁をとろりと垂れ流したまま、無造作に地面へ座り込むと、紫煙をくゆらせた。90年もののヴィンテージ。彼女のお気に入りの煙草だ。熟成された香りが、血と精液の匂いに混じり、倒錯的なアロマとなって漂う。
「あー……たく。しょうがねぇな。今回は許してやる」
一通り煙を肺に満たし、ヴェーラはガシガシと頭を掻きながら、ルカに赦しを与えた。
「……ぅん」
ルカは落ち込んでいた。また、やりすぎた。このデカい身体は、自分が思うよりずっと、他人を傷つけてしまう。しょんぼりと項垂れる姿は、飼い主に叱られた巨大な犬のようだ。
ニンゲンならば身長190cmを優に超えるその巨体と、それに宿る膂力は、数多いる『仲間』の中でもトップクラス。だが、ヴェーラもまた、その規格外の暴力に耐えうる頑強な肉体と、素手で鉄を引き裂く技を持つ。この二人に正面から挑むなど、それこそ国中の兵士を集めるか、伝説の勇者でも連れて来るしかない。
「いつまで凹んでんだよ、このデカブツ!」
「だって……ヴェーラ、壊れちゃうかと」
「ったく、ガキみてぇだな。……いいんだよ。気にしてねぇし……それに、その……良かったし」
最後は聞き取れないほど小さな声で呟き、ヴェーラはぷいとそっぽを向いた。煙草の煙が、赤らんだ頬を隠してくれる。
その一言で、ルカの顔がぱっと輝いた。
「ほんと!?」
褒められて大喜びする子供のような純粋さと、その足元に転がる死体の山。異様極まりない光景。だが、これが二人の日常。そして、これから起きることもまた、ありふれた日常の一部だった。
階下から、複数の怒声と、ドタドタと階段を駆け上がってくる足音が響く。
「チッ……嗅ぎつけやがったか」
ヴェーラは苛立たしげに舌打ちし、乱れた服を雑に整える。裾からはみ出した秘部も隠さぬまま、彼女は臨戦態勢に入った。ルカは傍らに置いていた金属バットを拾い上げ、侵入者を待ち構える。
「いたぞ! クソッタレ魔族め! 一体何人殺せば気が済むんだァ!?」
入り口で惨状を目にしたニンゲンの一人が、怒りに震える声で叫ぶ。特殊部隊だろうか、揃いの装備で銃を構えた男たちがなだれ込んできた。
「報告にあった二人組だ! 囲めッ!」
男が指示を終えるより速く、ヴェーラが動いた。
空気を裂く音もなく、彼女の拳が吸い込まれるように一人の男の顔面に突き刺さる。ヘルメットと頭蓋骨が同時に砕ける不協和音。男は、自分が何をされたのか理解する間もなく、首から上を失って崩れ落ちた。
「このッ、変態女がァッ!」
ヴェーラのはだけた姿に気づいた別の男が、怒りで顔を歪ませ、マシンガンを乱射する。だが、残像だけを残して舞うヴェーラに、弾丸は虚しくコンクリートを削るだけだ。
「かひゅ」
次の瞬間、男の首はありえない方向にねじ曲がり、潰れた気管から空気が漏れる奇妙な音を立てて、絶命した。
「ヴェーラ、すごーい!」
ルカが喝采を送る。その足元では、彼がバットで「遊んだ」後なのだろう、手足が明後日の方向に折れ曲がり、口から内臓を吐き出した男たちが、魚のように痙攣していた。
「よし、これで終わりだな。さっさとずらかって、今夜泊まる家を探さねぇと」
「うん! 次はもっと綺麗で、ベッドが大きい家がいいな。昨日の家、汚かったし」
「そうだな。金持ちそうな家を見つけて、殺すのは外でやろうぜ。中が汚れる」
「うん! いこいこ!」
そうして、男と女は旅を続ける。ニンゲンたちをぶち殺しながら。
罪悪感も、後悔もない。
だって二人は魔族で、ニンゲンは敵で。
これはただの日常なのだ。