「行くぞォ! ホームランアタ──ック!!」
野球のルールブックを燃やして作ったかのような、粗雑で力任せのフォーム。ルカが振り抜いたバットが、ニンゲンの胴体を捉える。ぐしゃり、と肉と骨が同時にミンチになる湿った音が響き、男の身体はありえない角度に折れ曲がって真横に吹き飛んだ。コンクリートの壁に叩きつけられ、まるで下手な抽象画のように、人体だったものが放つ赤黒い血飛沫が放射状に広がった。
「ちぇーっ、壁までしか飛ばないや」
ルカは心底がっかりしたように独りごちた。彼にとってのホームランとは、ニンゲンを場外、つまり空の彼方までかっ飛ばす必殺技なのだ。成功すれば、きっと
「てめぇ、やっぱ野球のルール知らねぇだろ」
そんなルカの背中に、ヴェーラは呆れ混じりの言葉を投げかける。彼の口からホームラン以外の野球用語を聞いたことがない。根本的に何かを間違えている。
「えー、そんなことないじゃん! ぼくの夢は、メジャーリーガーなんだぜ!」
だぜ、と胸を張る巨躯の子供。その脳髄は幼い頃のまま止まり、肉体ばかりが神の悪戯のように成長を続けている。
そして、あの部分も。
ヴェーラは、ふと遠い目をした。昔はあんなに可愛かったのに。
初めての記憶は、いつもどおり一緒に入った風呂の中。湯気の中で戸惑うように上向いた、小さな突起。それを指でつつくと、彼は涙を流して震え、初めての快楽に溺れた。何度も、何度も、あの蕩けた顔で強請ってきたものだ。
おっと、いけない。ヴェーラはかぶりを振った。
ニンゲンを殺すと、血の匂いに当てられて秘芯が疼き、理性が甘く溶け出してしまう。いつもなら、そこらの瓦礫の上で始めてしまうところだが、今日はまず寝床の確保が先だ。早く安全な場所で、この熱をルカにぶつけたい。
「あそこ、どう?」
そんなことを考えていると、ちょうどいい家をルカが見つけた。
夕日が街を赤く染め上げているが、その家に明かりはない。この辺りをうろつくニンゲンなど、とうに狩り尽くしたか逃げ出した後だろう。
「とりあえず、残党が潜んでねぇか確認するぞ」
「うん!」
いつだって素直で可愛い、最高の親友。そして、最高のパートナー。
十代の頃は互いに荒れて、しばらく会えない時期もあった。だが、そのおかげで二人揃って国に捕まり、こうして「仕事」として破壊活動に勤しめるのだから、結果オーライだ。
今日は、この子に何をしてあげようか。熱を帯びた脳髄が、じゅくりと濡れる秘芯に次の快楽を約束させる。
閑静な住宅街。玄関の電子錠を、ルカが拳一つで破壊する。鍛え上げ、技を磨いたヴェーラとは違う、生まれ持った理不尽なまでの頑健さ。天然の破壊者。本当の悪魔とは、こういう無垢な貌をしているのかもしれない。ヴェーラはそう思いながら、自らの下腹部をそっと撫でた。
家の中はもぬけの殻。厄介なニンゲンはいないが、食料もない。まあ、あっても毒入りが常だが、魔大陸の瘴気で育った我々に、ニンゲンの毒など効きはしない。
問題は、ルカだ。この巨体を維持するには、膨大なカロリーが必要なのだ。
「あ! ポップコーン!」
キッチンを漁っていたルカが、食料庫の奥から業務用の大きな袋を見つけ出し、子供のように歓声を上げた。回収し損なったトウモロコシの粒だ。
「おー、良かったな。あたしは酒がありゃいい」
ヴェーラはあまり固形物を摂らない。彼女の栄養は、もっぱら酒と紫煙。そして──ルカから与えられるものだ。
「今からいっぱい作るぞー!」
ガスは止まっていたが、電気と水道は生きている。ルカは魔道具で火を起こし、大きな鍋を温め始めた。ポップコーンは彼の大好物。その横顔は、期待に満ちてきらきらと輝いていた。
「火の元には気をつけろよ」
家が燃えるのは構わないが、また寝床を探すのは面倒だ。
そう言い残してヴェーラがシャワーに向かおうとした時、携帯型の水晶が震えた。軽く舌打ちをして応答する。
「私だ。定時連絡が来ないが、状況はどうなっている?」
水晶には、いかにも堅物そうな七三分けの男が、神経質そうに眼鏡を押し上げながら映っていた。
「あぁ? いつも言ってんだろ。元気に侵攻中、問題なし! ⋯⋯以上」
この四角四面な男が、ヴェーラは嫌いだった。
「その報告はなんだ! 組織とはだな、報告・連絡・相談を密にし──」
ブツリ。
説教が始まる前に、一方的に通話を切る。べったりと肌に張り付いた血と汗を洗い流し、今夜はゆっくりと晩酌を楽しもう。ヴェーラはそう決め、風呂場へ向かった。
***
シャワーを浴びてリビングに戻ると、ルカは既に山盛りのポップコーンをガツガツと頬張っていた。バターの香ばしい匂いが部屋に満ちている。
「おいマヌケ、先に始めてんじゃねーよ」
「んぐっ、んぐ……だって、冷めたら美味しくないじゃん!」
身勝手な言い分だが、事実だ。それに、ただ寂しかっただけ。
「そういや、さっきから何回も通話きてたよ。でも無視しろって言われたから、全部無視しといた!」
「おー、偉い偉い」
素直に指示を守ったルカの頭をわしわしと撫でてやると、彼は大型犬のように心地よさそうに目を細めた。本当に、愛らしいやつ。
「んじゃ、晩餐会はじめっか」
ヴェーラは魔法鞄から年代物の蒸留酒を取り出し、グラスに注ぐ。ルカにはキンキンに冷えたコークを。ポップコーンには、これが一番だ。
「「乾杯!」」
グラスを軽く合わせ、二人の夜が始まる。
ポップコーンを猛烈な勢いで消費していくルカを肴に、ヴェーラは喉が焼けるような強い酒精を流し込む。胃の腑からじんわりと広がる熱が、気分を高揚させ、自然と笑みがこぼれた。
大酒飲みの女と、大食漢の男。大量の何かを、それぞれの内に飲み込んでいく。
***
深夜。晩餐会はとっくにピークを過ぎ、今はただ、酔って蕩けたヴェーラがルカに絡むだけの時間になっていた。
「ぉおい、るかぁ〜、きいてんのかぁ〜?」
「……うん、聞いてるよ」
ルカの膝の上に座り、その首に腕を回しながら、ヴェーラは呂律の回らない説教を続けている。ルカはしょんぼりとそれを受け止めていた。酔ったヴェーラは、正直苦手だ。酒を解さぬ彼にとって、酔っ払いの言動は
「ん……? なんだぁ、これぇ?」
ルカの腰に、硬いものが当たっている。ヴェーラは不思議そうに首を捻り、そして、ニタァと悪戯っぽく笑った。その硬くなり始めた芯を、服の上から指でしごき始める。
「あぁッ……!」
不意の快楽に、ルカの身体が跳ねる。ヴェーラは彼の耳元に顔を寄せ、吐息を吹きかけながら囁いた。
「んふふ〜……こーふん、したのかぁ〜?」
熱い吐息と、濃厚な雌の匂い。ルカの分身は、抗議するようにさらに熱く、硬く膨張した。気分を良くしたヴェーラが膝から降りると、跪いてルカのズボンと下着を乱暴に引きずり下ろした。
もわ、と立ち昇る雄の匂い。床に座った彼女が見上げる先には、巨大な肉の竿がそそり立っていた。
ごくり、と喉が鳴る。
彼女はそのまま、吸い付くように口づけを落とした。濡れた唇の隙間から、ぬるりと赤い舌が這い出し、根本から先端まで、隙間なく舐め上げていく。蠢く舌は粘液の光を放ち、それは親友の、雌の舌だ。腰から背筋にかけて、ぞくりと怖気が走る。与えられる快楽は、まるで空から突き落とされるような、無防備な恐怖を伴っていた。
どくん、どくん。
胎動する肉体は快楽に歓喜し、先端から透明な涙を零す。とろりと流れたそれを、ヴェーラは愛おしげにぺろりと舐め取った。
やがて、そのすべてが腫れぼったい唇に包まれる。じゅぼっ、じゅぼっ、と脳髄を直接吸われるような淫らな音が、部屋に響き渡った。
ヴェーラは恍惚に目を細め、四つん這いのまま、ほとばしるそれを待ち構えていた。
「うぅ……うぁあ……っ」
まだ準備ができていない。獣も、花火も、何も。だから酔ったヴェーラは苦手なのだ。上空で、パラシュートもないのに。何にも出来ない。見上げるのが好きなのに。
花火は、上からは見えない。
どびゅうう。びゅるる。びゅり。
思考の隙間をこじ開け、白濁の奔流が解き放たれる。快楽の濁流が、彼女の喉奥へと注ぎ込まれていく。
ヴェーラは粘つく幸福感に目を細め、ごくり、ごくりとそれを嚥下した。
やがて、ゆっくりとそれを吐き出し、唇と繋がった銀色の橋を、手の甲で無造作に拭う。
「ごちそうさまぁ♡」
立ち上がり、ふふふ、と上機嫌に去ろうとしたその肩を、ルカの大きな手が掴んだ。
「ん〜? なぁに、悔しかったのかぁ〜? ♡」
挑発するように笑うヴェーラに、ルカはもう何も答えなかった。
ただ、その瞳はどす黒い獣の色に染まっていた。
ヴェーラを軽々と横抱きにし、寝室へと向かう。親愛も、優しさもない。圧倒的な我欲だけを湛えた獣の蹂躙が、これから始まる。
ヴェーラは、それを知っていた。幼いルカの理性を吹き飛ばせば、必ずこの獣がやってくることを。
そして、心のどこかで、ずっとそれを待っていた。
(念入りに周りを潰しておいて、正解だったな)
ニンゲンどもも、しばらくは邪魔しに来ないだろう。
さぁ、はじめよう。
獣との、甘い愛欲の時間を。
***
ルカという存在について。
彼の魂は、一点の曇りもない水晶のように、ただひたすらに純粋だ。素直で、正直で、優しい。その輝きは、誰に対しても決して揺らぐことはない。
だが、光が強ければ影が濃くなるように、その純粋さには、彼自身が決して認めぬ澱(おり)があった。
彼の清流のような魂が、その流れの底に取りこぼしていった欲望、嫉妬、破壊衝動。それらすべてを貪欲に吸収し、ヘドロのように堆積して育ったもの──それが『獣』だ。
巷にいる悪党どもの、取って付けたような借り物の悪意など、この純然たる闇の前ではお遊戯に等しい。どこまでも純粋であるがゆえに、どこまでも深く、昏い。
その獣が今、この場所に再び顕現していた。
ヴェーラは、この獣に何度か遭遇したことがある。
ルカが宝物にしていた野球バットを同級生に嘲笑と共にへし折られた時。
そして、ルカが「親友」と呼ぶこのヴェーラが、チンピラ共に殴られ、汚されかけた時。
獣は現れ、後にはミンチになった肉塊だけが残った。
そして──ヴェーラが、ルカを誘惑した時。
好奇心だった。あの優しいルカの奥底に眠る獣は、一体どんな風に自分を扱ってくれるのだろう。
結果は散々だった。どろどろのぐちゃぐちゃにされ、獣の濃密な匂いが身体に染み付き、三日はまともに動けなかった。
獣の間の記憶がないルカは、けろりとした顔でいるのだから、当時は「なんだよ」なんて身勝手な想いを抱いたものだ。
だが、その暴力的なまでの支配と、闇に黒く輝く純粋な我欲は、ヴェーラの性癖のど真ん中に、深々と突き刺さっていた。
だから時折、こうして獣と遊ぶのだ。最初の頃の、ただ破壊するだけだった無軌道さも薄れ、獣もまた「味」を覚えてきている。同じ男で二度美味しい。「味変」は素晴らしいのだ。
***
無言のまま、獣はヴェーラをベッドへ突き倒した。
スプリングが、ぎぃ、と長い悲鳴を上げる。
真っ暗な寝室。廊下から漏れる電灯の明かりが逆光となり、戸口に立つルカの巨躯を黒いシルエットとして切り取っていた。顔は漆黒の闇に沈み、ただそこに「在る」というだけで、空気が鉛のように重くなる。
「……んだよ。見てるだけかよ♡」
ヴェーラは濡れた唇を舐め、わざとらしく腰をくねらせた。両手で自らの尻たぶをむに、と掴み、挑発するように振って見せる。
「……ウウウゥ……」
喉の奥から絞り出すような、地を這う重低音。いつもの甘く掠れた声とは似ても似つかぬ、本物の獣の唸り声。
──来た。
ヴェーラは内心でほくそ笑んだ。スイッチは、入った。
がばり、と音を立てんばかりに獣が襲いかかる。ヴェーラは息を呑んだ。それは恐怖ではなく、極上のメインディッシュを前にした、歓喜の武者震いだ。
普段のルカは、女をその巨体で包み込むように、優しく抱く。
だが、獣が求めるのは純然たる交尾。有無を言わさずヴェーラの身体をうつ伏せにし、背後から跨がる。それは、雌を力でねじ伏せ、種を植え付けるための、古来より変わらぬ獣の体位。
ヴェーラとて、か弱い女ではない。だがこの巨体の前では、否応なく「雌」としての無力さを思い知らされる。お前はただ、この肉棒を迎え入れ、熱い種を注がれるためだけに存在する器なのだと、その圧が全身で教えてくれる。
それが、たまらなく良かった。
きゅん、と子宮が疼く。弟のように可愛がってきた男の、もう一つの顔に犯される背徳感。普段の優しいセックスとはまったく違う、これは聖なる暴虐。別腹も別腹、極上のデザートだ。
生温かい獣の吐息が、うなじを舐める。
次の瞬間、何の準備も合図もなく、獣の剛直がヴェーラの秘芯に突き立てられた。
「ん、ぎぃッ……!」
まだ硬く閉じた肉壁を、ごり、ごり、と削りながら、灼熱の杭がねじ込まれていく。自分だけの道だと主張するように、切り開き、耕し、蹂躙する。
視界に、ちかちかと火花が散った。
内臓が押し上げられ、その巨大さに腹がはち切れそうだと悲鳴を上げる。
ばちゅん。むちゅ。だんっ。ばちゅん。
執拗に繰り返される肉の打擲音。いつもより遥かに速く、重いそのリズムは、女を壊すためだけの、殺意に満ちた旋律。
子宮口を執拗に突き潰さんとする、雄の槍。
「がッ……ぁ、あッ……ん、くぅ……ッ♡」
もはや嬌声は言葉にならず、ただ喘ぎと共に生まれる媚びた吐息。それは、雄にもっと啼かせてと強請る、雌からの熱いエール。
ぷしゃぁ、と熱い飛沫が迸った。
頂点へと駆け上がる官能の暴虐に、身体ががくがくと痙攣する。獣が腰を打ち付けるたびに、ぷしゅ、ぷしゅ、と愛液がシーツに叩きつけられた。
「ううぅゥ……ウウッ……」
やがて獣の呼吸も荒くなり、抽送はさらに速度と重さを増していく。
獣の太い腕が伸び、ヴェーラの首を締め上げるように腕で固くロックした。より深く、より強く。力でねじ伏せ、根こそぎ抉り取るように、そのすべてを突き入れる。
ヴェーラの表情は、もはや快楽と苦痛に歪みきった妖婦のそれ。白目を剥き、だらしなくはみ出た舌から、きらきらと唾液の糸が垂れていた。
「ぁ……あ……ッ、い、ぃよぉ……! だして、中に……ッ♡」
許し。雌としての完全な降伏。
獣は、その白旗を受け取った。
「アアああァぁアアッ」
それは、不気味なほどに澄んだ子供の声と、地の底から響く大人の声が二重に重なったような、異形の絶叫。
どぴゅるるる、びゅるるる、と音を立て、灼熱の白濁が解き放たれる。子宮を焼き、内壁を塗り潰さんばかりの勢いで。いつもより遥かに粘度が高く、熱い塊のようなソレが、ヴェーラを内側から犯し尽くす。
獣は首を絞める腕にさらに力を込め、もっと、もっと奥で締め上げて、最後の一滴まで搾り取れと命令する。茹で上がった頭で、ヴェーラは必死にその命令に従った。当たり前だ。獣は雄。そしてあたしは、その獣に選ばれた雌なのだから。
しばらくして。獣は立ち上がり、彼女の秘裂から、ぐったりとした肉棒を抜き去った。
ごぼり、と粘り気の強い白濁が、後から溢れ出る。
ヴェーラは、打ち上げられた魚のようにシーツの上で微かに痙攣していた。
獣は、溢れたそれを見て、満足げに喉を鳴らすと、罰としてヴェーラの丸い尻を、手の平でぱん、と強く張った。
「ひィんッ♡」
悦びの悲鳴を上げたヴェーラだったが、獣はまだ満たされていなかった。
再びその首筋に牙を立て、再戦を告げる。彼女は、もう声にならない声で、それを受け入れた。もう、だめかもしれない。このまま、この獣に抱き潰されて死ぬのかもしれない。
だが、それもまた一興か。
なぜなら、獣はルカで、ルカは獣。
この世界で唯一、自分が敵わない、大好きな親友なのだから。
(参っちゃうのは、しょうがないよな)
そう思考を放棄し、再び始まる暴虐に、喉が枯れるまで啼き続けることを決めた。
闇の帳が開くまで、この夜が終わることはない。
おやすみなさい、ルカ。また朝に会いましょう。