赤い暗闇の底から、全てをあざ笑う声がする。
宇宙の全ての歴史、人の全ての想い。何も持たない存在は、その重みを知ることすらない。いや、知るからこそ、踏み躙れるのだろうか————
『君は、もう』
穏やかに、優しく、語り聞かせるような声。
岩塊に綿を被せたようなものだ。
外面を繕っても、その衝突で爆ぜて裂ける肉の痛みは偽れない。
『みんなの中には、戻れない』
心臓を握りつぶすような、強烈な悪意に、自分は耐えなければならないのだ。
この悪意に呑まれれば、戦ってきた意味もなくなってしまう。
「人の真似をやめろ、亡霊————……ッ!」
絶叫だった。
声を限りに叫んで、バナージは飛び出した。
そしてそのまま無様に転がり、床にしたたかに頭をぶつけた。
「っ、あ……」
目の前に星が散る。ちかちかと眩む目で瞬きをして、周囲を必死に見回す。
狭苦しい部屋だ。薄暗いが、灯りはあるようだ。無機質な床はモルタルの砕片でざらついている。タイル張りの壁は配管の隆起があちこちにあり、汚れている。
そして、自分の両腕が背中に回された形で拘束されていることに、バナージはようやく気付いた。
「あ、……っ!?なんだ、これ……何が起きて……」
「バナージ」
不意にかかった声に、目を見開いてバナージはぴたりと凍り付く。
この異常な状況に対する錯乱を、その耳に心地よい声は一瞬で抑えてしまった。
床を肩で押す反動の力を借りてようやく身を起こし、床の上に膝を投げ出すように座ったまま、バナージは声の方向を振り向いた。
眩いような金色の髪、透き通ったエメラルドの瞳。
それは間違いなく、オードリー・バーンその人だった。
バナージがその手を取り、この宇宙を巻き込む戦いへ共に飛び込んだ、気高く美しい少女。
その瞳が憂いを込めて自分を真っ直ぐに見ていることに、バナージは状況にそぐわず胸がかっと熱くなるのを感じた。
「オードリー……オードリー、それは……!」
何処とは分からないが、ここに二人でいる。一人ではなく、二人で。
その事実にどこか縋るように名前を呼ぼうとして、バナージは愕然とした。
オードリーもまた、その非力そうな両腕を後ろ手に戒められ、ほっそりとした肩を怒り気味に居心地悪そうに揺らしていたのだ。
「一体、誰がこんなことを」
「誰が、という答えは、もう分かり切っているけれど」
オードリーの声はひどく抑えられていた。
感情の波立ちのない声が、バナージの胸を酷く締め付けた。
「……誰なんだ」
金の睫毛がふわりと上がり、涙を忘れた緑の瞳がバナージの青ざめた顔を映す。
「フル・フロンタル」
絶望の洞から響くような、抑揚の失せた声。
「『ラプラスの箱』争奪戦の、最終的な勝者の手の中に、わたし達は落ちた」