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椅子に座りながら目を強く瞑り、涙を流しながら膣を指で開くヴァリーラを見てもイサクはぴくりとも表情を変えない。その様子にリシャールはこの年の男にしては落ち着きすぎていると、内心で強い警戒を覚えていた。彼が娘にあのような真似をさせたのはそれでイサクという青年の器を量ろうという意図があったからに他ならない。激情に駆られるか、あるいは年頃の男らしく欲望をぎらつかせるか。いずれにせよ、何らかの感情の揺らぎが見て取れるはずだと。
だが、イサクの心の底を全くうかがい知ることができなかった。
イサクは暫くの間、芸術品でも鑑定するかのようにヴァリーラの無様な姿を眺めていたが、やがて満足したように頷くと、「では早速ですが」と言って彼女の方へと近づいていく。
その一歩一歩が、ヴァリーラには死刑執行人の足音のように聞こえた。自分がこれから犯されるのだと、彼女は本能で悟る。震えが強くなり、呼吸が浅くなった。
そんなヴァリーラの目の前でイサクはぴたりと足を止める。
「ヴァリーラ嬢。貴女がするべきことを今すぐしてください」
静かだが、有無を言わさぬ声。
ヴァリーラは助けを求めるように父の方を見たが、リシャールはただ冷たい顔で腕を組んでいるだけ。助け船など出してくれそうにもない。ヴァリーラはぐっと歯を食いしばると、震える手をイサクのズボンへと伸ばそうとしたが──
「そうではありませんよ」
イサクはまるで物分かりの悪い子供に言い聞かせるかのように、小さく苦笑した。
あっけにとられた様子のヴァリーラはすぐに目を見開く。別の可能性に思い至ったのだ。
「こ、ここで抱かれろ、と……」
震えた声で尋ねる。父が見ているこの場でこの男の獣欲の捌け口となれというのか。その想像は彼女のなけなしの理性を焼き切るには十分だった。
その言葉を聞いた瞬間、イサクの眉が僅かに顰められる。
ぴりり、とした感覚がヴァリーラの肌を撫でた。魔力が漏れているのだ。それは敵意や殺意といった明確な形を持つものではない。だが、彼の不快という感情が魔力に乗り、純粋な圧力となってヴァリーラを襲う。
するとヴァリーラは途端に怯え出した。まるでこれから殺されるのではないかという、激しい怯えぶり。その常軌を逸した反応に、リシャールは怪訝な表情を浮かべる。娘がこれほどまでに、この少年に恐怖しているとは。一体、決闘の場で何があったというのか。
「謝罪なさい」
イサクが静かに命じた。
「は……?」
「僕の父と僕に対して、貴女が犯した無礼を今ここで謝罪しなさい、と申し上げたのです。貴女は僕にオルレアン家を侮辱されたと感じて激怒した。同じように、僕も貴女に父を侮辱されて激怒したのです」
「も、申し訳……ございませんでした……!」
ヴァリーラは慌てて、イサクがそう求めてもいないのに床に額をこすりつけ、土下座をした。長い金髪が埃っぽい絨毯の上に無様に広がる。
「サザーランド侯爵様と、イサク様への数々のご無礼……! この通り、お詫び申し上げます……!」
その姿を冷ややかに見下ろし、イサクは「……結構」と呟くと、リシャールの方へと向き直った。
「僕の気は済みました。正式に謝罪をいただきましたし、お互いに禍根を残さずに手打ちとしたいのですが、いかがでしょうか」
リシャールはこの若者の手並みの鮮やかさに内心で舌を巻いていた。娘のプライドを完膚なきまでに叩き潰し、絶対的な上下関係を刻みつけた上で恩を売る。これがまだ十八にもならぬ少年のやることか。
「……つまり、娘の身は」
「ええ、お返しいたします」
イサクは頷くと、再びヴァリーラに視線を移した。
「ヴァリーラ嬢」
「は、はいっ……!」
床に這いつくばったまま、ヴァリーラがびくりと肩を震わせる。
「僕はもう貴女に思う所はありません。貴女はどうですか? もしまだ気が済まない、僕の事が許せないというのならば、もう一度手合わせをしても構いません。その後、公爵閣下のお言葉通りに貴女に魔術紋を施し、死んだ方がマシだと思うまでに貴女を苛みますが」
イサクの語調はどこまでも淡々としている。それが一層、彼の言葉に絶対的な信憑性を持たせていた。
「ひっ……!」
ヴァリーラはあからさまに怯え、震えが激しくなる。
イサクはゆっくりとかがみこむと、その背に手を当てた。
「ゆっくりと答えてください。これは大事な事ですから」
そんな風に言いながら背を優しくさする。
「も、もう……何も……ございません……」
「よろしい」
イサクは頷くと、ふと思い出したように言葉を続けた。
「貴女の魔術は僕には及びませんでしたが、それでもオルレアン公爵家の血を引く者にふさわしいものでした。あの時は貴女の心を折るために厳しい事を言いましたが、それは敵対する者同士の言葉の応酬。あまり深くは考える必要はありません。また、僕にもオルレアン公爵家を侮辱する意図は一切なかった事を父の名に懸けて誓います」
そうして立ち上がると、イサクはリシャールに一礼し、執務室を後にする。
去っていくその背をヴァリーラは熱の籠もった、奇妙な光を宿した目で見送っていた。
憎しみ、恐怖、そして、畏怖。それらがぐちゃぐちゃに混ざり合った、生まれて初めての感情。
彼女の中で何かが決定的に変わってしまった瞬間であった。