◆
「なあ、最近のメーベル先生……なんか雰囲気が変わってないか?」
「ああ。前はもっとこう、ピリピリしてたっていうか……近寄りがたい感じだったよな。それが今はなんていうか、柔らかくなった」
「わかる。それにどことなく若返られたような気さえする。肌艶も良いし……」
「優れた魔術師は老化が遅いとはいっても、とても還暦過ぎには見えないぜ」
学生たちの間ではそんな無責任な囁きが交わされていた。かつてのアガサはその厳格さと容赦のなさで恐れられていた存在だ。氷の女、あるいは鉄の処女──そんな異名すらあったほどだ。だが例の論文盗用事件が解決して以降、彼女の纏う空気は明らかに変わった。依然として厳格ではあるが、その中にかすかな余裕と穏やかさが生まれているのである。
「もしかして、恋人でもできたんじゃないか?」
「馬鹿言えよ。あの歳でしかもあのメーベル先生だぞ? あり得ないだろ」
人間とは他人の変化、特に色恋沙汰に関する噂話が大好物な生き物である。彼らはその変化の裏にある真実など知る由もない。今のアガサの姿がイサク・サザーランドという青年の手によって、心身ともに満たされ、解放された結果であることなど誰が想像できるだろうか。
当の二人といえば、学院内ではあくまで教師と生徒という関係を崩さない。だが時折、二人の視線が交錯する瞬間。そこには他者には決して読み取ることのできない、濃密な空気が流れていた。それは知的な共犯関係であり、同時に夜の帳の向こう側にある秘密の共有関係でもあった。
◆
その日の午後。アガサによる上級魔術理論の講義が行われていた。今日のテーマは「多重詠唱における魔力干渉の抑制」について。アガサの声はいつにも増して熱を帯びている。
「……故に術式の構築においては単なる効率性だけでなく、その『揺らぎ』を許容する『遊び』が必要となるのです。それは予期せぬ事態に対応するための柔軟性であり、術式そのものをより強固なものとするための、構造的な必然性なのです」
・
・
・
そうして講義が終わった後、教室を出ようとするイサクの元にセシリア・クラインフェルトが小走りで駆け寄ってきた。頬がわずかに紅潮しているのは寒さのせいだけではあるまい。
「イサク様! 今日の講義、本当に素晴らしかったですわね!」
セシリアは目を輝かせながら言った。その瞳に宿るのは純粋な学問への探求心と、そしてイサクへの隠しきれない思慕の念だ。
「メーベル先生、すっかりお元気になられたようで本当によかったですわ。一時はどうなることかと心配しておりましたけれど」
その言葉にイサクは内心で小さく苦笑した。
「ええ。先生の知見が再び学術界に貢献できることは僕にとっても喜ばしいことです」
イサクは穏やかに当たり障りのない返事を返す。
それから他愛もない日常会話をしていると、ふとセシリアが意を決したように懐から一枚のチラシを取り出す。
「あ、あの、イサク様。もしよろしければ、今度のお休みにご一緒していただけませんか?」
そのチラシには帝都に新しくできた大型書店の案内が記されていた。古代魔術に関する稀覯本を多数取り揃えているという触れ込みだ。
「わたくし、イサク様がお好きそうな本がたくさんあるのではないかと思いまして……。もちろん、ご迷惑でなければ、ですが」
それは彼女なりに考え抜いた、精一杯の誘いだった。
イサクはチラシを受け取り、その内容に目を通した。確かに興味を惹かれるタイトルが並んでいる。
「お誘いありがとうございます、クラインフェルト嬢。これは確かに興味深いですね」
イサクは穏やかな口調で言った。セシリアの顔がぱっと輝く。
「ですが、残念ながら今取り組んでいる研究が佳境でして。せっかくのお誘いですが、まとまった時間を取るのが難しいのです」
イサクは申し訳なさそうに眉を下げた。これは本心だ。イサクという青年は確かに偏った趣味を持っているが、だからといってそれ以外の者すべてに冷然と接するほどひねてはいない。確かに興味はある。あるのだが、研究を進めたいというのも事実である。
イサクが取り組んでいる課題は生命活動を言語体系として捉え、それを魔術によって書き換えるという神を畏れぬような壮大なものだった。
「そ、そうですか……」
セシリアはわずかに肩を落とした。
「もし研究が一段落したら、僕の方からお誘いするかもしれません。その時はよろしくお願いします」
「……! はい!」
その言葉にセシリアの顔に再び希望の色が灯る。イサクは軽く会釈だけして、足早にその場を立ち去っていく。
後に残されたセシリアはその背中をぼんやりと見送りながら、内心で思う。
──だんだんと仲良くなれているのは事実ですけれど……
何かが足りない──そんな気がする。まあセシリアがそう感じるのも当然で、イサクは彼女を学友としてしか見ていない。それは彼女の性格が気に食わないとか外見に不満があるとかそんな事ではなく、単にまだまだ、文字通り
セシリアがそんな理由に気づく可能性は限りなく小さいだろう。
◆
放課後。西の空が茜色に染まり始める頃、イサクはアガサの研究室を訪れた。
ノックをすると、中から「どうぞ」という、穏やかな声が返ってくる。
部屋の中はいつものように古紙とインクの匂いに満ちている。だが以前のような張り詰めた空気はない。
アガサは執務机に向かい、羊皮紙に何かを書き記していた。イサクの姿を認めると、彼女はペンを置き、穏やかな笑みを浮かべた。
「よく来てくれました、イサク君」
サザーランド君とは呼ばず、下の名前で呼ぶ──それは二人の関係の変化を如実に物語っている。
「失礼します、先生」
イサクは恭しく一礼すると、アガサの元へと歩み寄った。
「今日の講義、実に興味深かったです。ただ、多重詠唱における『揺らぎ』の解釈についてですが」
イサクはアガサの隣に立つと、彼女が書き記していた羊皮紙を覗き込んだ。それは生徒という立場をわきまえない無礼な所作だ。しかしアガサは咎めない。それどころか、気にした素振りすら見せなかった。
「先生はこの部分において、術者の感情の昂りが『揺らぎ』を生み出す要因の一つであると指摘されています。ですが、僕は少し違う解釈をしています」
「ほう。聞かせてもらえますか」
アガサは興味深そうにイサクを見上げた。二人の距離は教師と生徒としてはいささか近すぎる。だがアガサはそれを気にする様子はない。
そうして二人の間で高度な魔術理論に関する議論が交わされる。
やがて、議論が核心に近づいた時。イサクの声のトーンがわずかに変わった。
「……先生。少しよろしいですか」
「何でしょう、イサク君」
アガサが問い返すと、イサクは静かにアガサの右手を取る。
「……え?」
アガサは驚いてイサクを見上げた。瞳が困惑に揺れる。
イサクは何も言わず、その手をゆっくりと自らの下腹部へと導いた。そしてローブの上から、
「……っ!」
アガサは息を呑んだ。彼女の手のひらに触れたのは異様な熱を持ち、硬く盛り上がった感触。それが何を意味するのか、理解するのに時間はかからなかった。イサクの性器が彼女の手のひらの下ではっきりとその存在を主張している。
「イサク君……何を……」
アガサの声は震えていた。この状況をどう理解すればいいのか、彼女の頭脳は混乱していた。
イサクは彼女の目を真っ直ぐに見据えた。その瞳には暗い熱が宿っている。
「……申し訳ありません、先生」
その声はかすかに掠れていた。
「あの夜のことが、頭から離れないのです」
イサクはアガサの手をさらに強く、自らの欲望に押し付けた。その熱が、彼女の手のひらから全身へと伝わっていく。
「僕は貴女の身体が忘れられない。貴女は僕の恩師であり、尊敬する学者です。ですが同時に僕も男なのです。あなたという魅力ある女性の前ではこの欲望を抑えつける事はとても難しい」
「つまり、その……私と、交際をしたいという事なのでしょうか……?」
アガサの問いにイサクはわずかに目を伏せると、静かに首を横に振った。
「交際……その言葉が、僕たちの関係に相応しいのか、僕にはわかりません。僕は貴女を尊敬しています。学者として、そして一人の人間として。ですが、それだけではないのです」
イサクは言葉を探すように一度、沈黙した。そしてアガサの目を真っ直ぐに見据える。
「先生とこうしていると、僕は……貴女に触れたくなる。学者としてではなく、ただの男として。この感情に嘘はつけません。要するに、体だけの関係を結びたいということなんです」
常識的に考えれば、憤るべき場面なのかもしれない。女としての尊厳を弄ぶような言葉だと、イサクを拒絶すべきなのかもしれない。だが、アガサの心に湧き上がってきたのは怒りではなかった。
むしろ、そのあまりにも正直な欲望の告白に心の奥底で何かがすとんと腑に落ちるような、奇妙な安堵感さえ覚えていた。
イサクはアガサを「女」として見ている。それも、恋だの愛だのといった面倒で不確かな感情のフィルターを通さず、ただ純粋な欲望の対象として。その事実が、長年、女であることを半ば封印してきたアガサの何かを静かに揺さぶるのだ。
それにとアガサは思う。
イサクの言う通り、交際などという関係はそもそも現実的ではない。親子以上に離れた年齢差。サザーランド侯爵家の嫡男と、学院のしがない副教授という身分の違い。もしそんな関係が公になれば、スキャンダルとしてイサクの輝かしい未来に傷をつけることになりかねない。そう考えれば、イサクのこの割り切った態度はある意味で誠実ですらあった。
そして何よりアガサ自身、あの夜のことを忘れられずにいた。イサクの腕の中で心と体が蕩けるほどの悦びに打ち震えたあの瞬間。六十年余りの人生で一度も知ることのなかった、魂が満たされるような快感。それをもう一度味わいたいと心のどこかで強く願っている自分を否定することはできなかった。
面倒な恋の駆け引きも、互いを縛る誓いの言葉もない。ただ互いの身体を求め合うだけの、純粋な関係。それはアガサが長年かけて築き上げてきた孤独な城壁を無意味に脅かすことのない、安全で、そして何よりも甘美な関係ではないだろうか。
アガサはゆっくりと、手のひらの下にある熱に意識を集中させた。ローブの分厚い生地越しに伝わってくる硬く、脈打つ感触。それは欲望の証明であり、そしてこれから始まる背徳的な関係への抗いがたい誘いであった。
ごくり、と──アガサの喉が、かすかな音を立てる。
◆
「……っ、どう、すればいいのでしょう?」
アガサは掠れた声で尋ねた。その声には羞恥と、そして隠しきれない期待が滲んでいる。それは拒絶ではない。イサクに身を委ねるための最後の確認である。
イサクは彼女の反応を確かめると、ゆっくりと、その耳元で囁いた。
「口でしてください。先生の唇で僕を癒してください」
その言葉にアガサの体がびくりと震えた。
アガサはゆっくりと、イサクの前に膝をついた。その姿はまるで主に忠誠を誓うかのようだ。彼女は震える手でイサクのズボンの留め具に手をかけた。
露わになったそれは熱く、禍々しい存在感を放っている。脈打つそれはまるでそれ自体が独立した生き物のようだ。
アガサは意を決して、それを口に含んだ。
「んっ……」
生暖かく、少し苦い味が口の中に広がる。アガサはその先端に舌を這わせ、ゆっくりと、それを口の奥へと含んでいく。
ずちゅ、と。卑猥な水音が響く。アガサは必死にその欲望に応えようと、舌を這わせ、吸い付いた。その動きにはもはや躊躇いや羞恥の色はない。ただ、イサクに奉仕するという純粋な目的にのみ、その意識は集中していた。
イサクはアガサの頭を片手で掴むと、その動きをコントロールし始めた。深く、浅く、時には激しく。
「んぐぅっ……ぅ、ちゅ……れろ……」
イサクは目を閉じ、アガサが与える快感に身を委ねていた。その表情は穏やかでまるで瞑想に耽っているかのようだ。やがて、イサクの呼吸がわずかに乱れ始めた。その兆候を察知したアガサが一際強く吸い付く。
じゅるり、と音が鳴った。
「……っ」
短い呻きと共にイサクの体がわずかに強張った。熱い奔流が、アガサの口の中に注ぎ込まれる。
「んぐっ……ごくっ……」
アガサは嗚咽を堪えながら、その白濁の全てを喉の奥へと流し込んだ。
全てを飲み干すと、イサクは満足げに頷く。
「ありがとうございます、先生」
だがそれで終わりではなかった。
イサクはまだ完全に萎えていない自らの性器をアガサの顔の前に突き出した。
それを見たアガサは──
ゆっくりと立ち上がると机に両手をつき、ローブをまくしあげる。そしてその豊満な尻をイサクの方へと突き出した。
明らかな誘いだ。
夕日に照らされたその場所はすでに濡れそぼり、てらてらと光っている。透明な液体が糸を引き、太腿を伝い落ちていく。肉の襞がまるで呼吸をするかのようにゆっくりと蠢いている。
そんな淫靡な光景に我慢ができなくなったイサクは、アガサの腰を掴み、ペニスを彼女の最奥部へと突き入れた。前戯もなにもない乱暴な挿入だがしかし、アガサの膣穴は毛ほどの抵抗もなくイサクのペニスを呑み込んでいく。
「あ゙っ……♡」
アガサの体が、びくんと大きく跳ねた。