※この作品はR-18です。

侯爵家の影の支配者は熟女が大好き   作:埴輪庭

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学院生活⑪

 ◆

 

 その日、帝国魔術学院は休日であった。

 

 といっても、この学び舎に集う若人たちが市井の若者のように惰眠を貪ったり、あるいは恋人と腕を組んで帝都の目抜き通りを練り歩くような真似ができるわけではない。

 

 学院生にとっての休日とは講義という受動的な学習から解放され、自らの研究という能動的な闘争に没頭するための時間でしかないからだ。

 

 窓の外、鈍色の空からはちらちらと白いものが舞い落ちている。初雪だ。だが図書館や研究棟に籠もる学生たちの熱気はそんな寒気をものともしない。

 

 なぜ彼らはこれほどまでに焦り、競い合うのか。

 

 理由は単純にして明快。このアルバラ帝国という国が過酷なまでの実力主義によって成立しているからに他ならない。

 

 無論、家柄によるスタートラインの違いはある。公爵家の嫡男と貧乏男爵の三男坊では与えられる機会も資源も雲泥の差だ。だがこの国において血統とはあくまで「挑戦権」であって「勝利の保証書」ではない。

 

 無能な者は容赦なく切り捨てられる。

 

 たとえ高貴な血を引いていようと魔術の才に恵まれず、あるいは政治的な才覚を示せぬ者は容赦なく一族の恥部として幽閉されるか、辺境の守備隊長という名の体のいい左遷コースへと追いやられるのが関の山。

 

 逆に言えば、実力さえあれば、下級貴族や、あるいは平民であっても、軍部や宮廷での栄達が約束されている。現皇帝シェラハザード・バーラカーラ・シャマル・アルバラが即位して以来、その傾向はより顕著になっていた。

 

 故に彼らは必死になる。

 

 卒業後の配属先、爵位の継承順位、そして将来の年金受給額に至るまで、全てはこの学院での研究成果如何にかかっているのだから、目の色が変わるのも無理はない。

 

 まあ、そんな殺伐とした空気などどこ吹く風で、我らが主人公イサク・サザーランドは寄宿舎の自室にて、優雅に筆を走らせていたわけだが。

 

「父上もあれで中々微妙な立場でしてね」

 

 独りごちて、筆先の余分なインクをインク壺の縁で払う。

 

 その指先が筆をくるりと回した。一度、二度、三度。

 

 滑らかで、無駄のない動き。それは魔術の印を結ぶ動作などではなく、前世──安アパートの四畳半で、行き詰まった論文の構想を練る際の手癖であった。ペン回し。高尚な趣味とは言い難いが指先に染み付いた習慣というのは恐ろしいもので、転生して十年以上経った今でもふとした瞬間に顔を出す。

 

 イサクは苦笑し、再び羊皮紙に向き直った。

 

 宛先はサザーランド侯爵グレイル・サザーランド。

 

 敬愛する父への手紙である。

 

 内容は先日タウラス教授から持ちかけられた、軍用魔術の研究への勧誘について。

 

 イサク自身は戦争などという非生産的で野蛮な行為には一切の興味がない。だがタウラスの言葉には無視できない響きがあった。「有事の際に書物の中の知識だけでは己の身一つ守れんぞ」という、あの脅し文句だ。

 

 自らの平穏な生活──すなわち、日々の研究と夜ごとの背徳的な愉悦を守るためには力が必要だ。そのための方便として、軍用魔術を学ぶことには一定の合理性がある。

 

 だがここで問題となるのが父グレイルの立場である。

 

 グレイル・サザーランド。

 

 帝国でも五指に入ると謳われる大魔術師。かつての戦役において、「流星雨(メテオ・スォーム)」という戦略級魔術を単独で行使し、敵軍一個師団を消滅させたという逸話を持つ、生きる伝説。

 

 魔術師としての格だけで言えば、彼は間違いなく帝国の至宝であり、本来ならば宮廷魔術師団の筆頭、あるいは魔術行政のトップに君臨していてもおかしくはない人物だ。

 

 だが現実はそうではない。

 

 彼は現在、領地の屋敷に引きこもり、日がな一日、古臭い魔導書の解読に明け暮れている。公的な役職には一切就いていない。せいぜいが名誉職としての爵位を持っているだけだ。

 

 なぜか。

 

 端的に言えば、彼が「社会不適合者」だからである。

 

 グレイルには貴族として、あるいは政治家として求められる能力が絶望的なまでに欠落していた。

 

 まず、金銭感覚がない。

 

 彼にとって金貨とは魔術の触媒や稀覯本と交換するための引換券でしかない。予算、収支、投資対効果。そういった概念が彼の脳味噌には存在しないのだ。放っておけば、領地の年間予算を一夜にして使い潰し、希少な竜の鱗一枚に変えてしまうだろう。

 

 次に人付き合いが壊滅的だ。

 

 彼が興味を持つのは人間ではなく「魔術」である。

 

 かつて、宮廷での夜会に招かれた際、時の宰相に対して「貴殿のつけている護符は三流品のまがい物ですな。術式の構成が美しくない」と悪気なく言い放ったという伝説がある。無論、その場の空気は凍りつき、サザーランド家は長らく社交界から爪弾きにされることとなった。

 

 本人は真実を述べただけだと思っているのだから始末が悪い。相手の顔色を窺う、腹の探り合いをする、根回しをする。そういった政治的な機微が彼には全く理解できないのだ。

 

 そして何より致命的なのが彼には「野心」がないことだ。

 

 権力を得たい、国を動かしたい、あるいは歴史に名を残したい。そういった、貴族ならば誰もが持つはずの俗っぽい欲望が彼には希薄だ。彼が望むのはただ静かに世界の理(ことわり)を探求することだけ。

 

 強大な力を持っていながら、それを制御する政治力も、行使する意志も持たない男。

 

 帝国政府にとって、これほど扱いづらい存在はない。

 

 下手に要職につければ、その場の空気を読まない発言で外交問題を引き起こしかねない。かといって、野放しにしておくには彼の魔力は強大すぎる。

 

 結果、グレイルは「腫れ物」として扱われることになった。

 

 敬意は払われるが決して中枢には近づけさせない。飼い殺しと言えば聞こえは悪いが本人にとってはむしろ好都合な放置プレイである。

 

 だがそんなグレイルにも一つだけ、帝国貴族としての義務を果たした功績がある。

 

 それはイサクという息子を──たとえ庶子であったとしても──世に送り出したことだ。

 

 イサクはペンを置き、窓の外の雪景色を眺めた。

 

「父上はタウラス教授の誘いをどう思うでしょうかね」

 

 かつて戦場を経験した父。その圧倒的な破壊力で敵を屠った男。

 

 だがイサクの記憶にある父は書斎で無邪気に魔導書を読み耽る、ただの魔術オタクの姿だ。

 

 彼は戦争をどう捉えているのか。

 

 イサクは再びペンを取り、インク壺に浸した。

 

 ──『前略、父上。帝都の冬はいよいよ厳しさを増しておりますが領地の皆様はいかがお過ごしでしょうか』

 

 定型的な挨拶から書き始める。

 

 この手紙は単なる近況報告ではない。

 

 父の、そしてサザーランド家の、今後の立ち位置を探るための、重要な観測気球なのだ。

 

 もし父が軍用魔術への関与を肯定するならば、それはサザーランド家が再び帝国の権力闘争の場にあるいは戦場という血生臭い舞台に引きずり出されることを意味するかもしれない。

 

 逆にもし否定するならば──イサクは独自のルートで、自衛のための力を蓄えなければならない。

 

「参考にしたいものです。いかんせん僕は戦争の経験がない。戦争がどういうものかを知らないから、何をどう準備すればいいのか、机上の空論でしか理解できないのです」

 

 イサクは呟き、視線を下へ向けた。

 

 その先には一人の女が跪いている。清掃婦のマージである。

 

 彼女はイサクの股間に顔を埋め、その熱く硬くなったものを一心不乱に奉仕していた。

 

「んっ……ふぐっ……じゅるっ……」

 

 水音が静かな室内に響く。

 

 学院は休みだがマージのような清掃婦には関係ない。学生がいない時こそ、普段は手が回らない場所を清掃する好機。彼女は今日も、朝からサロンや廊下を磨き上げていた。

 

 そんな彼女をイサクは自室に呼び出したのだ。気晴らしのために。

 

「マージ、あなたは戦争を経験した事はありますか? 戦禍に巻き込まれた事などは?」

 

 イサクは手紙から目を離さず、何気ない世間話のように問いかけた。

 

 マージは一瞬、動きを止めた。口からそれを離し、上目遣いにイサクを見上げる。

 

「……はい、サザーランド様。私がまだ幼い頃、住んでいた村に……傭兵たちが押し寄せてきたことがございます」

 

 彼女は掠れた声で語り始めた。

 

 焼き払われる家々。逃げ惑う人々。そして、暴力と略奪の嵐。

 

 幼いマージは床下に隠れて震えていたという。板の隙間から見えたのは血に染まった大地と狂ったように笑う男たちの顔。

 

「……あれは地獄でございました」

 

 マージは身震いした。

 

 イサクはペンを置き、マージの頭を優しく撫でた。

 

「辛いことを思い出させてしまいましたね」

 

 その声は優しい。だがその手はすぐにマージの後頭部を掴み、再び自らの欲望へと押し付けた。

 

「続きを」

 

「……はい」

 

 マージは従順に応じ、再びその熱い塊を口に含んだ。

 

 ずちゅ、ぐちゅ、と。先ほどよりも卑猥な音が響く。

 

 恐怖の記憶を呼び起こされた直後の口内はどこか熱く、そして必死だった。まるで、この行為に没頭することで、過去の悪夢を振り払おうとしているかのように。

 

 やがて、イサクの呼吸が荒くなる。

 

「おっ……」

 

 短い呻きと共にイサクの腰が跳ねた。熱い奔流がマージの口の中に注ぎ込まれる。

 

 マージは喉を鳴らし、その全てを一滴残らず飲み干した。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 彼女は唇を舐め、艶然と微笑んだ。その表情にはもはや恐怖の色はない。あるのは主人に奉仕し、その精を受け入れたという、歪んだ充足感だけだ。

 

 だがイサクの欲望はまだ収まっていなかった。

 

 射精した後だというのに彼のそれは依然として硬く、屹立している。

 

 マージはそれに気づくと頬を赤らめ、おずおずと口を開いた。

 

「あ、あの……もし、使われるのでしたら、その、お好きなように……」

 

 イサクは口の端を吊り上げた。

 

「本当に? しかし無理やりというのは好きではないですね」

 

 心にもないことを言う。彼は無理やりするのも大好きだ。相手は選ぶが。

 

「本当だという証拠がみたいです。マージ、つま先で立ったまま、脚を広げてください。もし本心から僕に犯されたいと思うならば、潤いが認められるはずです」

 

 マージは拒まない。ゆっくりと立ち上がり、スカートを捲り上げた。そして、つま先立ちになり、膝を大きく開く。いわゆる、蹲踞(そんきょ)の姿勢だ。

 

 バランスを取るために小刻みに震える太腿。

 

 そして、その中心にある秘部は丸見えだった。

 

 イサクの命により、陰毛はすべて剃り落とされている。露わになったそこは熟した果実のように赤く充血し、てらてらと光っていた。

 

 透明な液体がとめどなく溢れ出ている。

 

「……ほう」

 

 イサクは椅子に座ったまま、その光景をじっくりと鑑賞した。

 

「ずいぶんといやらしく濡れていますね。僕に口を使っているだけで、下までこんなになっていたのですか?」

 

「あ、ぅ……はい……」

 

 マージは恥ずかしさに顔を覆った。だがその指の隙間から覗く瞳は熱っぽく潤んでいる。

 

 ならば、とイサクは立ち上がり──

 

 ◆

 

 ふらり、というよりはよろり、と。マージは壁に手をつきながら、イサクの部屋を後にした。その足取りはまるで生まれたての小鹿のようである。

 

 無理もない。この小一時間ほどの間に彼女は三度もイサクの欲望の奔流をその身に受け止めたのだから。

 

 

 そんな彼女の背中をイサクは感情の読めない、いつもの無表情で見送っていた。そしてマージの姿が廊下の角に消えるとイサクは小さく息を吐き、乱れた衣服を整える。

 

 机に戻り、書きかけの手紙に再び目を落とすとインクは乾きかけていた。イサクはペンを手に取ると滑らかな筆致で残りの文章を書き連ねていく。

 

 父グレイルへの近況報告とそして今後の身の振り方に関する相談。その内容は理路整然としており、先ほどまで劣情に耽っていた人間のそれとは到底思えない。

 

 そして数十分後。最後の一文を書き終えるとイサクは満足げに頷き、手紙を最初から読み返した。誤字脱字はないか、論理の破綻はないか。その推敲作業は彼が論文を執筆する際と何ら変わらない、几帳面で徹底したものだった。

 

 やがて、完璧だと判断した手紙を丁寧に折りたたみ、封筒に入れる。そして熱した蝋を垂らし、サザーランド侯爵家の紋章が刻まれた印璽を押し付けた。

 

 全ての作業を終えたイサクは腕を組み、椅子の背もたれにその豊かな体重を預けた。窓の外では依然として雪がちらついている。その白い景色を眺めながら、彼の思考は自然とある人物へと向かっていった。

 

 アルフォンス・ド・ロンドブル。

 

 あの絵に描いたような貴公子。そして、恐るべき「人殺しの才能」を秘めた男。

 

 彼が語った「長距離砲撃魔術」の理論はイサクの心に奇妙な波紋を広げていた。もし自分がアルフォンスの様に人を殺すための魔術を編むとしたら、と想像してみる。

 

 ──質量兵器、か。

 

 イサクの脳裏に前世の記憶が蘇る。

 

 火薬の爆発力で金属の弾丸を撃ち出す銃火器。空を切り裂き、遥か彼方の目標を粉砕するミサイル。そして、物語の中で描かれた、想像を絶する破壊力を持つ兵器の数々。

 

 もしそれらをこの世界の魔術体系で再現できるとしたら? 

 

 アルフォンスの理論はその可能性の扉を開く鍵となるかもしれない。いや、彼が示したのはあくまで一つの側面に過ぎない。アプローチ次第ではさらに効率的で、より強力な術式を構築できるのではないか。

 

 例えば弾丸の形状。アルフォンスは流線型と回転(スピン)に着目したがそれだけでは不十分だ。弾丸の表面に微細な溝を刻み、空気の流れを制御する。あるいは弾丸そのものを魔力でコーティングし、空気抵抗を極限まで減らす。そうすれば射程距離は飛躍的に伸びるはずだ。

 

 思考が加速していく。次々とアイデアが湧き上がり、脳内で複雑な術式が構築されては解体されていく。

 

 ──質量兵器にこだわらなくても良いかもしれない。例えば一定領域内の酸素の濃度を低下させるような魔術なら……

 

 だがその思考が一定のラインを超えた時、イサクの顔がわずかに曇った。

 

 もしこの理論が完成し、実用化されたら。

 

 世界はどう変わるのか。

 

 戦争の形態は一変するだろう。騎士や魔術師といった個の力は無意味化し、ただ圧倒的な物量と火力が全てを支配する、冷徹な殺戮のシステムが完成する。何千、何万という人間が顔も見えない相手によって、ただの肉片へと変えられていく。

 

 その光景を想像し、イサクは深い気鬱に襲われた。

 

 イサクは、あるいは伊作は確かに倫理という面ではアウトな側面もある。フェミニストから見ればイサクなど鬼か悪魔と大して変わらないだろう。だが、好奇心のみで大量殺戮兵器を作って良いとは思っていない。

 

 ──チッ。

 

 イサクは小さく舌打ちをすると、思考を無理やり停止させた。

 

「殺すための魔術など──」

 

 言いかけて、やめた。自分の中で「そういう事」への嫌悪感が固まってしまえば、もし世界が「そういう方向」へ進んだ時にやりにくくなるからだ。

 

 言葉に出すことで、思考の方向性が定まる──前世の知識にあるサピア・ウォーフの仮説を持ち出すまでもない。言語が認識を規定し、ひいては世界そのものを再構築するのだとすれば、安易な否定の言葉は自らの魔術的ポテンシャルに対する桎梏(しっこく)となりかねない。

 

 畢竟、己は学者なのだ。可能性の芽を、感情論という名の雑草で摘み取る愚は犯したくない。

 

 ……などと嘯(うそぶ)いてはみるが、要は土壇場で手を汚す覚悟を保留にしただけの話である。平和を愛する文化人を気取りつつ、その実、我が身可愛さに大量殺戮のボタンにも指を掛けておきたいという、実に小市民的で浅ましい生存本能の発露に過ぎない。

 

 イサクもそれは十分わかっており、口の端にわずかな苦笑を浮かべた。

 

 窓の外、牡丹雪が音もなく降り積もる。

 

 白く染まる帝都を見下ろしながら、ふと先ほどまで情事を貪っていたマージの、熱く濡れた口腔の感触を反芻する。

 

「……寒くなってきたな」

 

 イサクは誰に聞かせるでもなく独りごちて、豪奢な椅子に深く身を沈めた。

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