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虻川伊作は、ラーメンが好きだった。
前世の話である。イサク・サザーランドは時折、自分の頭の中に棲みついている「虻川伊作」という男の記憶をもてあますことがある。二十七年ぶんの記憶。便利な知識の宝庫であると同時に、ときどき厄介な郷愁を運んでくる代物だ。
ラーメンのことを考えたのは、帝都の裏通りを歩いていた時である。
薄暗い路地。排水溝から漂う汚泥の臭い。壁に背をもたれた浮浪者が酒瓶を抱えて眠っている。石畳の継ぎ目に雑草が伸び、野良犬が何頭か日向で寝転がっている。帝都にも貧民街はある。学院の壁の外に広がるこの一帯は、帝国の光が届かない場所だ。
虻川伊作はかつて東京に住んでいた。千代田区にある「らあめん光龍堂」という店が好きだった。鮎の煮干しを使った出汁の、澄んでいるのに奥が深い一杯。値段は千二百円。学生だった伊作には決して安くはなかったが、月に一度はそこに足を運んだ。分厚いチャーシューが二枚載り、柚子の皮が刻んで散らしてある。麺は細麺。最初のひと啜りで鮎の香りが鼻腔を抜ける、あの感覚。これでいてこの男は結構、舌が肥えているのだ。
あの禿げの店主も煩わしく話しかけてこないし、悪くなかったな──などと、路地の角を曲がりながら思うイサク。
しかし虻川伊作は何もお高級なものばかりを好むわけでもない。品があるものは好きだが、品がないのも別に嫌いではないのだ。
袋麺である。韓国製の激辛ラーメンで、日本のスーパーでは五袋入りで二百円台前半という破格の値段で売られている。辛さには定評があった。だが辛さしか良い所がない。麺はぼそぼそで歯切れが悪く、スープは唐辛子の暴力以外に旨味がない。日本で大規模な震災が起きた時、スーパーの棚から食料品が消えたが、このラーメンだけは山積みのまま売れ残った。国民的信任を得られなかった悲劇の麺である。
だが玉子を落とし、味の素を小さじ半分ぶち込み、仕上げにごま油を数滴垂らしてやると話が変わる。辛さの中に旨味の骨格が立ち、玉子の黄身がスープに溶けて角が取れる。安物の化学的な底上げだが、それがまた背徳的に美味い。光龍堂の一杯が「正しい快楽」だとすれば、ヂンラーメンは「正しくない快楽」だった。
一年に一回くらいの割合で虻川伊作はそれを食べていた。
そして異世界でも──人間には時折、「正しくないもの」が必要になる。
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帝都貧民街の外れに、安宿が何軒か固まっている一角がある。
宿という名を冠してはいるが、実態は娼館と大差ない。一階が酒場、二階が部屋。壁は薄く、天井は低い。窓にガラスはなく布が垂れているだけで、隣の部屋の声が筒抜けになる。一泊の料金は銀貨の半分。帝都の正規の宿の十分の一以下で、客層は推して知るべし。
イサクはその一軒の二階の部屋にいた。
ベッドというよりは板の上に藁を敷いたものが部屋の中央に置かれ、壁際に水差しが一つ。蝋燭が一本、架台の上で揺れている。窓の布は閉めてある。午後の光が布を透かして部屋の中をぼんやりと照らしている。
部屋の中にもう一人いた。
女だ。
四十代の後半、あるいは五十に近い。正確な年齢は訊いていないが、肌の弛みと手の甲の皺から見当はつく。太っている。かなり太っている。貴族の夫人に見られる「ふくよか」という表現では到底追いつかない量の脂肪が全身についていて、安物の麻のワンピースを内側から押し拡げている。
顔は不細工だった。鼻が大きく、頬の肉が垂れ、目は小さい。歯並びが悪く、下の前歯が一本欠けている。髪は灰色がかった茶で、ろくに梳いていないのか鳥の巣のように絡まっている。
帝都貧民街で春を
イサクがこの女を選んだのは、目が気に入ったからだった。
小さな目だが、奥に諦念と韌性が同居している。生活苦に殴られ続けた人間の目だ。自身の幸福を諦めてはいるものの、いつかどこかで、という根拠のないガッツを感じられる──そんな目。
女の名はマルタといった。
「あの……旦那さま、本当にあたしでいいんですかい」
マルタは上目遣いでイサクを見ていた。自分を指名する客は稀なのだろう。ましてや相手はどうみてもお貴族様とくれば。
「ええ、構いませんよ。あなたがいい」
「もっと若くて綺麗な子がいますよ。隣の宿にはまだ二十歳そこそこの──」
「結構です。俺はあなたを選んだんですから」
イサクは外套を脱いでベッドの端に掛けた。腰のベルトから財布を外す。
「おいくらですか」
「銅貨……二枚で」
「では金貨を二枚お出ししますので、少し付き合ってもらえませんか。乱暴はしますが、壊すつもりはありません」
蝋燭の光を受けて鈍い黄金色に光る二枚の金貨を、イサクは掌の上で転がした。マルタの目が釘付けになる。
金貨二枚。銀貨にして二十枚。この女が貧民街で一年働いても稼げない額である。
「……あたしに、何をするんですかい」
「口と、後ろからと。二回出させていただきたい」
マルタの喉が鳴った。唾を飲み込む音が、静かな部屋に響く。
「……わかりました。旦那さまの好きにしてくだせえ」
◆
まず口からだった。
マルタの裸体は巨大だった。麻のワンピースを脱がせると下着はつけていなかった。肌は青白く、脂肪の重みで腹が幾重にも段になっている。乳房は大きいが形を失っており、二つの肉の袋が臍の近くまで垂れ下がる。
イサクはベッドの縁に腰を下ろし、ズボンを膝まで下ろした。
「膝をついてください」
マルタがイサクの前にしゃがむ。顔の高さに、既に硬くなったものがある。この矮躯に似合わぬ太さと長さは、虻川伊作から持ち越した数少ない肉体的遺産だ。
マルタの目が見開かれた。
「これ……旦那さま、こんなの口に入りませんよ……」
「入りますよ。顎を開いてください」
マルタが恐る恐る口を開けた。歯並びの悪い口腔。欠けた前歯の隙間。イサクは右手でマルタの後頭部を掴んだ。鳥の巣のような髪を鷲掴みにして、亀頭を唇に押し当てる。
「んぐっ……!」
亀頭が口腔に入った。マルタの頬が押し広げられ、太い竿が舌の上を滑る。唾液がすぐに溢れて顎を伝った。
「もう少し奥まで行きますね」
後頭部を押さえたまま、腰を送り込んだ。亀頭が舌の奥を越え、喉の入り口に触れる。マルタの体が反射的に跳ねた。
「おぇっ……! お゙えっ……!」
嘔吐反射だった。咽頭が異物を拒絶しようと収縮している。喉の奥が痙攣し、マルタの目から涙が噴き出した。鼻水も同時に溢れる。
イサクは手を緩めなかった。
「少し我慢してください。すぐ慣れますから」
慣れるわけがなかった。だが言葉の穏やかさとは裏腹に、腰は容赦なく前進した。亀頭が喉の奥に押し入り、マルタの首が外側から膨らむのが見える。竿の太さが喉の形を歪めていた。
「え゙ぐっ……! え゙ぐっ……! ん゙ん゙ん゙ぅぅっ……!」
喉奥から這い上がる嘔吐を必死に堪えながら、マルタの全身が震えていた。顔は涙と鼻水と唾液でぐちゃぐちゃになり、鼻が詰まって呼吸が口だけになる。だがその口は竿で塞がれているから、吸える空気は竿と頬の隙間から漏れ入るわずかな量だけだ。
酸欠でマルタの顔が赤紫に変色し始める。
イサクは後頭部を掴んだまま、ゆっくりと前後に動いた。喉の奥から半分ほど引き抜き、マルタが必死に空気を吸い込む一瞬を与えてから、再び根元まで押し込む。
「かはっ……! はっ……は……お゙ごぇっ……!!」
出し入れのたびに大量の唾液が竿を伝って溢れ、マルタの顎から胸へ、垂れた乳房の上を伝って腹へと流れ落ちる。粘り気のある唾液が糸を引き、蝋燭の光に照らされてぬらぬらと光る。
テンポを上げた。ずぶずぶと粘着質な音が部屋に響く。マルタの喉が竿の形に合わせて膨らみ、引き抜くたびに「ぐぽっ」と空気を吸い込む音がする。目は完全に涙で曇り、白目が見えかけていた。
「よくできてますよ、マルタ。上手ですよ」
褒めても返事はできない。口と喉が塞がっている。ただ目だけがイサクを見上げている。助けを求めるような、懇願するような、だが金貨二枚に縛られて逃げられない目。
引き抜いた。
ずるりと竿がマルタの口から滑り出し、唾液の糸が亀頭と唇の間に架かって切れた。マルタが激しく咳き込む。床に手をつき、四つん這いになって嗚咽と咳を繰り返す。唾液と胃液の混じった液体が口から垂れ、涙と鼻水が顔中を濡らしている。
「げほっ……げほっ……ごほっ……」
「お疲れさまです。では次に行きましょうか」
◆
マルタの巨大な尻が、ベッドの上で突き出されていた。
四つん這い。膝と肘で体を支えているが、腹の肉が垂れて藁のマットレスに触れている。尻は巨大だった。左右の臀部が広がって視界の大半を占める。脂肪の波打つ表面に古い打ち身の痕が二つほど残っている。太腿の内側には皮膚が擦れて黒ずんだ帯状の痕がある。
イサクは荷物の中から香油の小瓶を取り出した。指先に油を垂らし、マルタの股間に手を伸ばした。
肉に埋もれた陰部を左手で開く。脂肪に押しつぶされた膣口がようやく顔を出した。唇は分厚く、色素が沈着して黒ずんでいる。体型のわりに締まりがありそうだったが、客を取って何年にもなるのだろう、入り口はわずかに開いていた。
指を入れた。
「ひっ……」
中はぬるい。膣壁が指に纏わりつくが、潤いとは呼べない程度の湿り気だ。買われている体に快楽を期待する余裕などないのだろう。
「もう少し開きますね」
二本目を足した。膣口が広がり、マルタの腰が小さく跳ねる。だがイサクの竿の太さを考えれば、二本の指では到底足りない。三本入れ、掻き回すように内壁を解した。油を追加して滑りを作る。
「ゔ……ゔぅっ……」
「もう少しです」
指を引き抜き、竿に油を塗った。亀頭をマルタの膣口に押し当てる。
「……っ」
マルタの肩が強張った。さっき口に入れたものの太さを体が覚えている。
押し込んだ。
亀頭が膣口を押し広げた。分厚い膣唇が左右に引き伸ばされ、亀頭の全周を締めつける。マルタの口から太い呻きが漏れた。
「お゙ぉぉぉっ……! ふ、太い……太いですだ、旦那さまっ……!」
「ええ、よく言われます。少し辛抱してくださいね」
辛抱の範疇ではなかった。先ほど喉を蹂躙した太さがそのまま膣に押し入ってくるのだ。亀頭が膣口を越えた後も竿は奥へ奥へと進み、膣壁を押し拡げながら内臓を圧迫していく。
「ひぃぃっ……! なかっ、お腹のなかまで……!」
根元まで入った。マルタの尻の脂肪がイサクの下腹に押しつけられ、臀部の谷間に性器が完全に埋没する。子宮口に亀頭が触れている。その圧迫感にマルタの全身が痙攣した。
動いた。
引き抜きながら押し込む。ずちゅ、ずちゅ、と粘着質な音が蝋燭の炎を揺らした。先ほどの喉奥と同じ容赦のないテンポで腰を振る。マルタの巨体がピストンに合わせて前後に揺れ、尻の脂肪がぶるんぶるんと振動した。藁のベッドが軋み、板が壁にぶつかってがたがたと鳴る。
「あ゙あ゙あ゙ぁぁっ……! あ゙ぎぃっ……! い゙い゙い゙ぃぃぃっ……!」
色気のかけらもない絶叫だった。マルタは泣いていた。大粒の涙が目から溢れ、鼻水が唇まで垂れている。先ほどの喉奥の苦痛から回復しきらないまま、今度は膣の奥を竿で抉られている。歯を食いしばり、顔を歪め、首を左右に振る。全身の脂肪が波打ち、垂れた乳房がベッドの上で揺れるたびにべちゃべちゃと音を立てる。
イサクはテンポを上げた。ずちゅずちゅがぐちゅぐちゅに変わり、油と愛液が泡立って白い飛沫になる。マルタの膣壁が竿に吸いつき、引き抜くたびに膣肉が引っ張り出されてめくれる。押し込めば子宮口に亀頭がぶつかり、引けば膣壁が追いすがる。
腰を掴んだ。マルタのでかい腰は両手でも掴みきれないが、脂肪の段差に指を引っ掛けて固定する。引き寄せながら突いた。奥まで。子宮口に亀頭がぶつかるたびにマルタの全身がびくりと跳ね、歯の隙間から泡混じりの息が漏れる。
「ゔ゙ぶぅぅぅっ……! やめ……やめてくだ……あ゙がぁっ!!」
「やめませんよ。金貨二枚ぶんですから」
窓の布の向こうで子供の声がした。路地で遊んでいるのだろう。石を蹴る音。笑い声。この壁一枚の向こうに日常がある。イサクはその音を聞きながら腰を振り続けた。
限界が近づいていた。竿の奥から精液がせり上がる感覚。睾丸が縮み、下腹の筋肉が痙攣する。イサクは最後の数回を深く、遅く突いた。子宮口に亀頭を押しつけ、そこで止まる。
射精した。
どくん、どくん、と脈打つように精液が子宮に流し込まれる。マルタの膣壁が射精に合わせて痙攣し、竿を締め上げるように収縮した。一度、二度、三度。粘度の高い精液が膣奥を満たし、亀頭の周囲をぬめりで浸していく。根元まで入ったまま、最後の一滴を搾り出すように腰が小さく前後に動く。
マルタは動けなかった。うつ伏せに崩れ、泣いている。声も出さず、肩を震わせて泣いている。喉が腫れて声が枯れていた。先ほどの喉奥の仕打ちが残っている。
ゆっくりと引き抜いた。ずるりと竿が膣から滑り出し、膣口がゆっくりと閉じようとする。だが完全には閉じきれず、赤く充血した膣肉がわずかに覗いている。膣口の縁を白濁した精液が伝い、太腿の内側へ流れ落ちていった。
イサクは水差しの水で手を洗い、ズボンを上げた。
蝋燭の炎が揺れている。部屋は精液と汗と油の匂いで満ちていた。
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マルタはしばらく動けなかった。
うつ伏せのまま体を丸め、肩を震わせている。泣き声は嗚咽に変わり、やがてそれも収まって、荒い呼吸だけが残る。喉を擦るように咳が数回出た。
イサクは外套のポケットからハンカチを取り出した。学院の紋章が刺繍された上等な品だ。マルタの傍にしゃがみ、汗と涙と鼻水と唾液で酷い有様になった顔にそれを差し出す。
マルタが目を開けた。赤く腫れた小さな目が、白いハンカチを呆然と見つめる。
「……あたしなんかに、こんな良いもの……」
「使ってください。それから」
イサクは財布から金貨を取り出した。約束の二枚。蝋燭の光に照らされた黄金色の円盤をマルタの掌に載せる。
マルタの目がさらに大きくなった。金貨を握りしめ、それが本物であることを確かめるように指先でなぞっている。歯の隙間から短い息が漏れ、涙がまた溢れた。今度は別の種類の涙だった。
「これで……これで亭主に薬が買えますだ……」
声が震えていた。マルタの亭主は病に伏しているという。安宿の階下で客を取る前にぽつりと漏らした言葉を、イサクは覚えていた。薬代が払えず、日に日に衰えていく夫を見ながら自分の体を切り売りしている。金貨二枚あれば、帝都の薬師からまともな薬が買える。
「薬はそれで買ってください」
イサクは追加で銀貨を数枚取り出した。マルタの膝の前に並べる。
「残りはご自由に。少しいいものでも召し上がってください」
マルタの口が開いた。言葉が出ない。金貨を握った両手が胸に押し当てられ、全身の肉が震えている。それから板の床に崩れるように額をつけた。
土下座だった。
「旦那さま……旦那さま……なんてお礼を言ったらいいか……」
「お礼は結構です。お達者で」
イサクは外套を羽織り、扉に手をかけた。背後で土下座したままのマルタの嗚咽が聞こえる。
扉を閉めた。
薄暗い廊下を歩きながら、イサクは虻川伊作の記憶の中にある
──まあ、こんなもんでしょう。
階段を降りた。酒場を通り抜け、路地に出る。午後の陽が薄い。野良犬が一匹、尻尾を振ってイサクの足元に寄ってきたが、食い物がないと分かると興味を失って去っていった。
部屋に残されたマルタは、金貨を握りしめたまま板の床に額をつけていた。去っていった小太りの若い男の背中が、涙で霞む視界の中で小さくなっていく。
股の奥から、どぷりと白い液が溢れた。
太腿を伝い、藁のベッドに染みを作る。だがマルタはそれを拭わなかった。金貨を握った手を離せなかったのだ。