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学食の隅の席に四人分の皿が並ぶようになったのは、ここ最近のことである。
イサク・サザーランド、アルフォンス・ド・ロンドブル、ヴァリーラ・ド・オルレアン、セシリア・クラインフェルト。性格もてんで異なるこの四人がなぜ同じテーブルを囲むようになったのかと問われれば、明確な理由はない。
昼食時。
イサクはラムの煮込みを口に運びながら、向かいの席で派手にため息をついているアルフォンスを眺めていた。金髪がランプの光を受けてきらきらと輝いている。容姿だけは帝国随一と言わざるを得ない男だが、その光り輝く外面の中身がこれだから困る。
「聞いてくれよ、イサク」
「聞いてます」
聞いていない。ラムの煮込みの味付けが昨日より若干濃い。厨房の担当が替わったのだろうか。
「婚約者が決まったんだ」
フォークを止めた。
アルフォンスの表情は、朗報を伝える人間のそれではなかった。むしろ通夜に出席する遺族に近い。
「それはおめでとうございます」
「おめでたくないんだよ!」
アルフォンスが大袈裟に両手を広げた。隣の席のヴァリーラが眉をひそめて皿を庇う。スープが揺れた。
「ロンドブル家と北部のクランベル伯爵家の政略結婚でね。父上が勝手に纏めてきた話さ。僕の意思なんか一顧だにされてない。まるで競り市に出された馬だよ」
「競り市の馬は血統で値が決まりますから、あなたにはお似合いの喩えですわね」
ヴァリーラが涼しい顔でパンをちぎった。
アルフォンスが恨みがましい目を向ける。
「辛辣だな、ヴァリーラ嬢」
「事実を申し上げただけですわ。それで、お相手はどんな方なの」
「マルグリット・ド・クランベル。十七歳。北部のアルスタ学園でも首席を争うほどの成績で、剣術もたしなむらしい。容姿端麗で、社交界での評判も上々だそうだ」
「何が不満なのよ」
ヴァリーラの問いはもっともだった。イサクも同感である。成績優秀で容姿端麗で剣まで振れる十七歳。何が不足なのか素直に聞いてみたい気もしたが、面倒なのでラムをもう一切れ口に入れた。
アルフォンスが声を落とした。
「……背が高いんだ」
一瞬の沈黙が落ちた。
「それで?」
ヴァリーラが先を促す。
「僕より背が高い」
もう一拍の沈黙。
イサクはフォークを置いた。
「それは大変ですね」
「大変なんだよ! わかってくれるか、イサク!」
わかるわけがなかった。イサクには身長の高低で配偶者を選別する感覚が根本的に欠落している。彼が女性に求めるのは全く別の要素であり、この場にいる三人の誰にも打ち明ける気のない要素だった。具体的に言えば年輪と熟成度である。十代の小娘がどうこうという話は、彼にとって他人の国の天気予報くらいの関心しか呼び起こさない。
「僕は小柄で華奢な女性が好みなんだ」
「存じ上げてますわ。サロンで女子生徒を物色していた頃の基準ですものね」
ヴァリーラの声に薄氷のような冷たさが走った。アルフォンスが目を逸らす。
「あれは若気の至りだ。もう反省してる」
「反省とは大きく出ましたわね。あの時のあなたは確か、セシリアさんの腕を掴んで無理やり連行しようとしていたのではなくて?」
「だからもう反省──」
「反省した人間が、婚約者の身長に不満を述べるのですの? 相手の人格ではなく身体的特徴で選り好みする感性は、当時から何一つ変わっていないようですけれど」
斬れ味が良すぎる。
アルフォンスが目に見えてしぼんだ。金色の前髪の下でまつ毛が伏せられる。イサクは内心でヴァリーラの弁舌に敬意を表しつつ、援護射撃を出す気は一切なかった。
セシリアが控えめに口を開いた。
「あの、アルフォンス様」
「……なんだい、セシリア嬢」
「お相手の方と実際にお会いになったことは、おありなのですか」
「一度だけ。先月の社交界でね」
「では、お話はされたのですか」
「……いいや。挨拶だけだ」
「でしたら、まだ何もわからないではありませんか」
セシリアの言葉は素朴だったが、核心を突いていた。
「身長が高いとか低いとか、そんなことは、その方を知ってからでも遅くはないと思いますの。好みとは違うかもしれませんけれど……好みでなくとも大切に思える相手は、きっといらっしゃいますわ」
妙に実感のこもった物言いだった。まるで自分自身に言い聞かせているような響きがある。
イサクはその瞬間、セシリアの視線が一瞬だけ自分に向けられたのを捉えた。すぐに逸らされたが、あの目の奥にあった熱量を見落とすほどイサクの観察眼は鈍くない。
──最近、やたらと目が合う。
正確には、目が合いそうになって逸らされる。この数日、セシリアの挙動がどうにもおかしかった。以前の彼女はイサクに対してまっすぐな崇拝の目を向けていたが、今は何か別のものが混じっている。熱を帯びた、しかし後ろめたさを含んだ視線。何かを知っている人間の目だ。
何を知っている?
心当たりは、ある。
第三研究室でアガサと会った日、廊下に人の気配を感じた。あの場の防音結界は完璧からは程遠い代物だったし、時間帯を考えれば誰かが通りかかっても不思議ではなかった。だがそれを「セシリアだ」と断定する根拠はない。
──まあ、いいか。
仮に聞かれていたとして、セシリアがそれを誰かに言いふらすような人間ではないことはわかっている。むしろ彼女の性格なら、秘密を抱え込んで一人で煩悶しているほうが遥かにありそうだった。
イサクはグラスの水を一口含んだ。考えても仕方のないことは棚に上げる。それが彼の流儀である。
「ところでアルフォンス」
「なんだい」
「婚約者殿の専門分野は」
「え? ああ、確か……精霊契約だったか。北部の家系は精霊たちのあしらいに長けているからね」
「なるほど」
イサクはそれだけ言って、再びラムの煮込みに意識を戻した。精霊契約。古代ルーン体系とは文法構造からして異なる系統だが、精霊と契約者の間における言語的コミュニケーションの仕組みには多少の学問的関心がある。もっとも今のイサクにとっての優先事項は精霊の言語体系ではなく、今晩のアガサとの勉強会のほうだった。まあ、勉強会というのは名目上の事ではあるが。
アルフォンスが不服そうに頬杖をつく。
「薄情だな、君は。もう少し同情してくれてもいいだろう」
「同情はしてますよ。ただ、政略結婚は貴族の宿命です。あなたもそれくらいのことはわかっているでしょう」
「わかってるよ。わかっているから愚痴ってるんだ」
「愚痴は聞きました。結論は出ましたか」
「出るわけないだろう」
アルフォンスが力なく笑った。普段の傲岸不遜さが嘘のように陰りを帯びたその横顔は、不思議と人間味があった。この男はこうして弱みを見せられるようになったのだから、あのサロンでの一件以来、少しは成長したのかもしれない。もっともイサクは別にアルフォンスの成長に興味があるわけではないのだが。
「さて、午後の講義がありますので失礼します」
「もう行くのかい?まだ早いだろう」
「ええ。アガサ先生の古代語文献について少し聞いておきたい事がありまして」
アガサの名前を口にした瞬間、セシリアが椅子の上で微かに身じろぎしたのを、イサクの視界の端が捉えた。湯気の立つマグカップを両手で握りしめ、その指先がわずかに白くなっている。
──やはり何か知っているな。
だがイサクは何も言わず、席を立った。食器を返却口に運びながら背後の三人の声を聞いていると──。
「セシリア嬢、君はイサクのどこがいいんだ? あんな塩対応の塊みたいな男」
「え、えっ、わ、私はべべべ別にイサク様のことなんて……!」
「動揺が激しすぎますわよ、セシリアさん」
やれやれだな、とイサクは内心で一つ溜息をついた。筋金入りの熟女好きであるこの男にとって、十なんぼの小娘から懸想されたところで鬱陶しい以外の感情は湧いてこないのだ。