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マリアンヌ・デュバルは二階回廊の手摺に両手を添えたまま眼下を見つめていた。リシャールがグレイルの傍に駆け寄り襟を掴んで何かを叫ぶ──声は二階まで届かない。やがて手を離し踵を返して練場を出ていった。
リシャールの背が、マリアンヌの目には傷ついた獣の背中に見えた。
残されたグレイルがゆっくりと身を起こす。ローブの裾が焦げ蓬髪の先端が縮れていたがただそれだけだ。怪我も消耗もなさそうに見える。
ふと先ほどグレイルが浮かべた笑みが脳裏を過ぎる。
果たしてあの笑みが自身に向けられる日は来るのであろうか──そう考えた瞬間、マリアンヌはほう、と息を漏らした。
溜息──溜める息と書く。
心の裡に溜め込んだ何かを息と共に吐き出すのだ。
何が溜め込まれているかは人による。
マリアンヌの場合、それは──。
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三日後の夕刻。大図書館の東棟閲覧席。
マリアンヌが帰り支度をしているところに足音が響いた。マリアンヌは振り返らずともその足音の主が誰か分かった。彼女には独特のセンサーが備わっているのだ。傷を負う者、瑕をつけられた者に対する一種のセンサーの様なものが。
「デュバル嬢」
「リシャール様」
「……グレイルと決闘をして、勝った」
「拝見しておりました。二階回廊から」
「あの決闘は──君をかけて行われたものだ。少なくとも、私にとってはそうだった」
「そうですか」
「君の同意を得ずに行われたものだ」
「……酷い話ですね」
「怒っているか?」
マリアンヌは首を振る。
「臆病な──あなたの気持ちも理解できなくはありませんから」
「臆病だと?」
「ええ。決闘での勝利。名目。そういったものがなければ、惚れた相手に己の気持ちを伝える事さえできない人を臆病以外の何という言葉で言い表せば良いのでしょう?」
マリアンヌは傷を癒す事に長けている。そして傷を癒せる者はより効率的に相手を傷つける事もできるのだ。傷が瑕であろうと同じである。ぐっとリシャールは言葉に詰まる。一切言い返す事ができない。
無言で背を向け、その場を立ち去ろうとするリシャールの袖をひくものがあった。
マリアンヌである。
「本当に酷い。ここへわたくし一人を残して立ち去ろうとするのですか?」
「しかし、君はあのグレイルを──」
「ええ、そうです。わたくしは彼が好き。なぜなら彼には瑕があるから。でも、癒せぬ瑕だと分かりました。仮に癒せるとしても──その瑕が彼を彼足らしめているのです。ならば、わたくしの出る幕はありません。でも、あなたならば」
「私は代わり、というわけか」
「どう判断するかはあなた次第です」
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夏が過ぎ秋が来た。
マリアンヌとリシャールの婚約が決まったのは、その秋の初めの頃である。