マリアンヌという女⓵
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灰色であった。
目の話だ。グレイルと同じ色の目。
目は口ほどに物を言うという。ならばグレイルの息子であるイサクもまた、グレイルのような人間なのだろうか──そうマリアンヌは思ったが。
だがその感想は瞬く間に裏返った。似ていないのだ。グレイルの瞳は澄んだ虚無であった。何も映さぬのではなく、映すべきものを世界の側に発見していなかった目。あの青年の瞳には明らかに何かが満ちている。
その何かを見たいような、でも見たくないような。
そんな事をつらつらと考えていると──。
ふと自身の、異常とまでは言えない変調に気づいた。
──ああ、これは。
胸の奥にではない。もう少し下、肋骨の最下端より少し奥。子宮のあるあたりに、ふつ、と熱の粒が立ったことを彼女は自覚した。
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「お母様、お父様がお呼びですわ」
食後、ヴァリーラがマリアンヌを呼びに来た。
この家では一家団欒などという言葉はない。食事の時だけは家族が集まるが、談笑を楽しむといった事はなく、話題はといえば主になにがしかの報告が主だ。
マリアンヌとリシャールは言うまでもなく夫婦だが、二人の間に流れる空気からは温かみを感じない。結婚初期はそうでもなかったのだが、ヴァリーラが生まれ、それ以降息子を産む事ができなかった事が影響したのか、二人の関係は次第に冷え込んでいった。
ヴァリーラも薄々そういった理由を察しており、それが為にまあ、性格面でやや歪みが顕れてしまっている。それはそうとして、問題はリシャールがマリアンヌを呼びつけた理由であった。
「少し聞いてみたい事があってな」
「なんでしょう?」
「イサク──グレイルの倅についてだ。アレは随分とグレイルに似ていると思わないか?」
燭台の炎がちりちりと鳴る。
マリアンヌの前でグレイルの名を口にすることは、リシャールにとっては自身の傷口に塩を擦り込む行為である。それを理解した上で、リシャールはマリアンヌに問いかけた。
どうでしょう、とマリアンヌは言った。
「見てくれは全く似てはいないがな。あのだらしない体とグレイルのそれは似ても似つかぬ。が、目はよく似ている」
そう、目だ。
マリアンヌもまた、イサクの目にグレイルのそれを見た。
もしあの頃、とマリアンヌは思う。
──あのような目で、グレイル
果たして、リシャールとこうして結婚していただろうか──そんな自問に、マリアンヌは即座に自答した。内容は言うまでもないだろう。
◆
結局リシャールとの話はイサクについてのものに終始した。リシャールは高くイサクを買っており、ヴァリーラと番わせたいというようなことまでマリアンヌに話した。マリアンヌは是とも非とも答えず、ただただ話を聞いているばかりだ。
「だがまあ難しかろうな。アレはヴァリーラに全く関心を寄せておらぬ」
器量は悪くないはずなのだが、とリシャールは軽くため息をつく。
マリアンヌもそこは同感であった。
──でも。
「まさか不能という事じゃあるまいな。グレイルでもあるまいし……いや、奴は不能ではなかったか。ふふっ」
グレイルは一時期、不能であるという不名誉な噂がたったことがある。貴族にとって不能は致命的だ。家督は血脈の連続をもって初めて意味を持つ。世継ぎを成せぬ当主は剣の腕や領地経営の手腕に関わらず、ただそれだけで家臣の忠誠を疑われ、縁戚から見限られる。ただしイサクという子供がいる以上、それは所詮、噂の域を出なかったという話だ。
いいえ、とマリアンヌは内心で答える。
なぜならばあの時、食事会でイサクは明らかにマリアンヌに見ていたからだ。男の、いや、雄の情欲を以て。そして、マリアンヌはその雄の情欲を不快だとは思わなかった。
◆
その日の夜。
マリアンヌは寝台に腰掛け、茫とした様子で壁を見つめていた。寝室は夫婦のものとは名ばかりに二十年来別々に取られている。
膝の上に手を置き、自身の指をまじまじと見つめた。
骨を繋ぎ、神経を撚り、皮膚の裂け目を縫い合わせ、内臓の傷をほどいてきた指である。帝国で五指に入ると囁かれる治癒術師の指。だが今夜の指は見知らぬものに見えた。
では誰の指に見えたのか。それは──。
夜着の帯がするりと解ける。
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──ああ。
マリアンヌの口の端が、夜気の中でほんの僅かに持ちあがった。
太腿の内側は思っていたよりずっと熱い。
指が太腿の付け根に至る。
下着は湿っていた。縁に指を引っ掛け、横へ滑らせる。指を導く先は女の芯だ。
指の腹で陰核を探り当てる。女の身体のうちでもっとも無防備な突起を軽く撫でる。だが──。
──足りない。
そう、足りないのだ。
痛みが足りない。
傷が足りない。
爪の先に力を込める。
「ッ……」
声にならぬ声が喉の奥で潰れた。
凄まじい激痛であった。
単に力を籠めるだけではなく、魔力を込めて微弱な電流を流したからだ。言うまでもないが、本来こんな事に使う
ただ、どんな業でも使いようであった。
「……んっ……あ゙ッ……!」
肉を引き裂かれるかのような痛みに、声が漏れる。
しかし痛いのに、下腹の奥が応じていた。子宮の壁が痛みの信号と同期して脈打っている。マリアンヌは奥歯を強く噛みしめた。
痛い、痛い、痛い──だからこそ、生きている。
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マリアンヌ・ド・オルレアンは帝国有数の治癒術師だ。戦場で四肢を失った騎士を繋ぎ直し、毒に蝕まれた皇族の臓腑を縫いあげた経歴を持つ。彼女の業が優れているのは佳く研鑽したからだが、それ以上に傷というものに彼女が強く惹かれているからというのが大きい。
痛みと傷──死を連想させるそれらに、彼女は生を見出していた。