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鹿児島の空気は常に重く、湿り気を帯びていた。
桜島が吐き出す火山灰が容赦なく降り注ぎ、世界をくすんだ灰色の膜で覆っている。その閉塞感は虻川伊作の生家の中ではさらに濃密なものとなった。
カビの臭いと、安酒の臭い、そして絶え間ない怒声が彼の幼少期の記憶を支配していた。
伊作は望まれて生まれた子供ではなかった。
いわゆるデキ婚というやつだった。
彼の父は不安定な日雇い労働で得た僅かな金を酒とパチンコに費やし、家に戻れば理由もなく暴力を振るった。それは躾などではなく、自らの人生の不満を晴らすための純粋な暴力だった。伊作の痩せた体には常にどこかに痣があった。
だが伊作にとって真の地獄は、父親の拳よりも母親の言葉だった。
母──虻川 美恵子。
色褪せた写真の中の若い彼女は、美しく気位の高さを感じさせる凛とした顔立ちをしていた。しかし伊作の記憶の中の母は、その面影を残しながらも常に不機嫌で、その口からはため息と不満しか吐き出されなかった。
夫への失望、貧しい暮らしへの絶望。
その全てが
──「あんたさえ生まれてこなければ、私はもっと自由に、価値のある人生を送れたのに」
──「その父親そっくりの目で私を見るな。気色が悪い」
物理的な痛みはやがて消える。だが母の言葉という呪いは伊作の精神の奥深くに突き刺さり、決して抜けることはなかった。
伊作は母を憎んだ。
その理不尽な言葉の刃から逃れるために彼は心を閉ざした。
しかし憎しみの奥底にはどうしようもない渇望があった。
一度でいい、お母さんに認められたい。価値ある存在として見つめられたい。愛されたい──そんな渇望が。
だが美恵子が伊作に向けるのは常に軽蔑の眼差しだけだった。
伊作がテストで満点を取ろうと、絵画で賞を取ろうと、美恵子は一瞥もくれず、むしろその事実が己の惨めさを際立たせるかのように、より一層冷たくなった。
伊作はこの幼少期において、言葉が持つ恐るべき力を身をもって学んだのだ。
言葉は単なる音の羅列ではない。それは明確な意思を持ち、他者の精神に干渉し、現実そのものを定義し、固定する力を持っている。美恵子の言葉は、伊作を無価値な存在として定義する一種の呪術だった。
彼はその力に怯え、同時に奇妙なほど魅了されていた。
なぜなら、言葉は恐ろしいがしかし、自身を救ってくれることを町の古い図書館で知ったからだ。
埃っぽい書架の匂いと静寂が彼を灰色の現実から一時的に切り離してくれた。
伊作は貪るように本を読んだが、彼が求めたのは物語のカタルシスではなかった。彼が魅了されたのは言葉そのものが持つ構造と響き、そしてその体系が織りなす世界だった。
(なぜお母さんの言葉を聞くとこんなにも胸が苦しくなるんだろう。言葉ってなんだろう。もっと言葉を知りたい。そうすれば、お母さんを嫌いにならずに済む。これ以上お母さんを嫌いにならなくてよくなる)
幼い子が果たしてそんな思考をするだろうか?
考えづらいが、伊作はそういう子であった。
そして、伊作は図書館で言葉について学び始めた。
無数の記号が組み合わさり、意味を成し、論理を構築していく。その緻密な法則性に没頭している間だけ伊作は自由だった。
一つの助詞の使い方、語順の入れ替え。それだけのことで文章の印象は劇的に変化し、読み手の感情を揺さぶる。
言葉は彼にとってのシェルターであり、同時に、この理不尽な世界を理解し、いつか支配するための鍵だった。
だがこの経験は、伊作の心に決定的な歪みを生じさせた。
無力感からの脱却は、彼の中に強い支配欲を生んだ。
その矛先は、自然と「母」という存在の幻影へと向かった。
それ以来、彼が惹かれるのは若い女性の持つ無垢さや未熟さではなくなった。人生経験を積み、確固たるプライドを鎧のようにまとった年嵩の女性。
それは彼を支配し、その存在を否定し続けた母の姿そのものだった。
彼女たちの高いプライドを、自らの「言葉の力」で徹底的に分析し、解体し、粉々に砕きたい。
その尊厳が崩れ落ち、懇願と屈辱に濡れた瞳で自分を見上げる時、初めて自分は母という呪いから解放され、そして母を完全に支配できるのではないか。
憎悪と、決して得られなかった母性への渇望がねじくれ、絡み合い、そんな偏執的な妄執へと変容していた。
彼にとって支配とは最も歪んだ愛情表現であり、そして復讐だったのだ。
転機が訪れたのは、高校三年の時だった。
東京で会社を経営している父方の叔父夫婦が伊作の窮状を知り、援助を申し出てくれたのだ。彼らは伊作の両親と対決し、大学進学を条件に伊作を引き取ることを認めさせた。
高校を卒業すると同時に伊作は片道切符を手に東京へと向かった。
故郷を振り返ることは一度もなかった。
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伊作は叔父の援助と奨学金で都内の国立大学に進学し、迷うことなく言語学を専攻した。以来、水を得た魚のように彼は学問の世界に没頭する事になる。
統語論、意味論、音韻論、語用論──言語を構成するあらゆる要素を解剖し、その根底にある普遍的な法則性を探求する。
特に彼が熱中したのは、「言語と権力」に関する研究だった。言葉はいかにして社会的な規範を形成し、人々の行動を規定し、支配構造を維持するのか。それは彼自身の生い立ちと深く結びついたテーマだった。
伊作は優秀だった。その才能は指導教官も認めるところとなり、当然のように大学院へと進み、博士課程を修了した。
目指すは大学教授。言葉の真理を探究し続けることこそが生きる目的だった。
だがアカデミアの世界は純粋な知の探求の場であると同時に、閉鎖的で歪な権力構造が支配する迷宮でもあった。
博士号を取得した後の伊作を待ち受けていたのは、ポスドク(博士研究員)という不安定な身分だった。
任期付きの研究員、非常勤講師──それらの職を掛け持ちしながら、僅かな給料で生活を支え、研究を続けなければならない。
年収は同年代のサラリーマンの平均を大きく下回り、社会保障も十分ではない。
それでいて、常に業績を上げ続けることを求められる過酷な立場だ。
象牙の塔と呼ばれる大学はその実、封建的な徒弟制度と複雑な政治力学によって支配されていた。
研究時間の確保もままならなかった。
所属する研究室の雑務、教授が担当する講義の資料作成、学会の運営手伝い。
「虻川君、悪いがこのデータ入力、明日の朝までに頼めるかな」
毎日の様にそんな事を頼まれる。
指導教官からの依頼は、事実上の命令だった。
彼らの業績のために、伊作のようなポスドクは便利な労働力として消費されていく。
自らの研究を進める時間は、深夜か早朝しかなかった。
そして何より、常勤の大学教員──いわゆる「ポスト」の数は圧倒的に少なかった。
伊作自身は優秀だった。論文は国際的な学術誌に掲載され、学会でも高い評価を得ていた。
だが優秀なだけではポストは得られない。それがアカデミアの冷徹な現実だった。
教授たちの派閥争い、出身大学による学閥、そして運。
どれほど優れた業績があっても、有力な教授の覚えがめでたくなければ、あるいは単にタイミングが悪ければ、何年もの間ポスドクの身分に甘んじることになる。
周囲の才能ある者たちが疲弊し、アカデミアの世界を去っていくのを伊作は何度も目にした。
だが伊作は違った。
ガッツがあった。ハングリーだった。
彼はアカデミアという迷宮を攻略するための法則性を探ろうとしていたのだ。
そんな彼が武器としたのは、やはり「言葉の力」だった。
学会での発表、質疑応答、懇親会での立ち話。あらゆる場面において、彼は自らの言葉が他者に与える影響を計算し尽くしていた。
研究の成果を的確に伝えるだけでなく、どのように表現すれば聞き手の関心を引き、評価を高めることができるか。
彼は有力な教授たちの論文を精読し、その論理構造や思考の癖を分析した。
そして、彼らとの会話の中でさりげなくその知識を披露し、相手の自尊心を満たしつつ自らの有用性を印象付けた。
それは媚びへつらうということではない。
言語コミュニケーションにおける最適解を導き出す作業だ。
彼にとっては研究の一環だった。
彼はその法則に従って、淡々と、しかし着実にアカデミアの世界での地歩を固めていった。
逆境には慣れている。理不尽な扱いへの耐性は、灰色の幼少期が彼に与えた数少ない賜物だった。
そうしてポスドクとして十年近くが経ち、三十代半ばに差し掛かった頃、ついに伊作にチャンスが巡ってきた。
彼が長年取り組んできた、東南アジアの少数言語に関する研究が国際的に高い評価を受けたのだ。
その言語体系はこれまでの言語学の常識を覆す可能性を秘めており、その功績が認められた。
そうして彼はある地方国立大学の言語学講座で、念願の助教のポストを手に入れることができた。
しかし助教という身分は大学教授への道のりの第一歩に過ぎない。
だが任期のない安定した職だ。
これでようやく自らの研究に没頭できる──伊作は新しい研究室でこれからの研究計画を練りながら、静かな高揚感を覚えていた。
目指すは准教授、そしてその先の教授職。
彼の人生は、ようやく軌道に乗り始めたかに見えた。
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だが、伊作の物語は唐突に終わりを告げた。
三十七歳の冬。准教授への昇進審査のための重要な国際学会で発表を行うため、彼は東京へ向かう夜行バスに乗っていた。
コストは安く、それでいて移動中も論文の推敲ができるためよく夜行バスを利用していたのだ。
その夜は季節外れの雪が降っていた。
それが原因なのだろう、対向車線を走っていた大型トラックがスリップして中央分離帯を乗り越え、バスの側面に激突した。
衝撃音。ついで、悲鳴。
すべては一瞬の出来事だった。
伊作の意識はそこで途絶えた。
死んだからだ。
彼が積み上げてきた三十七年間の人生は、あまりにもあっけなくそこで終わった。
だが死んでなお、伊作の意識は継続していた。
といっても、夢心地のようなものだったが。
伊作は生暖かい、真っ黒な海に際限なく沈んでいくような──そんな感覚をおぼえた。
粘り気のある闇が全身を包み込み、思考を溶かし、記憶を解体していく。深い深い虚無が伊作を包み込んでいた。
そして深く、深く落ちていく。
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どれほどの時間が経っただろうか。
暗闇の中に、かすかな光が見えた。
「おめでとうございます、グレイル様! 元気な男の子ですよ!」
聞き慣れない言語が彼の鼓膜を震わせた。
甲高い産声が響き渡る。それは、他ならぬ彼自身の口から発せられたものだった。
気付けば伊作はサザーランド侯爵グレイルと、侯爵家付きのメイドであるアルミナの子として、この世界に生を受けていた。
「この子の名前はイサクにしよう」
父となったグレイルがそう告げた。
それは偶然か、運命のなせる業か。
そうして生まれたばかりのイサクは、当初こそ言葉もわからず、思考もまとまらない──それこそ赤子のままであった。
しかし彼の精神は急速に成熟していった。
そればかりではない、年を重ねるごとに彼の記憶が徐々に「取戻されて」いったのだ。
まるで濁った水が時間をかけて浄化されていくように、彼の意識は明瞭になっていった。
七歳を迎える頃。
イサクは伊作であった頃の記憶を完全に取り戻していた。
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それから時は流れ、イサクは研鑽と勉学を続けた。その学習速度は父グレイルをして驚嘆せしめるほどであった。
もちろん理由はある。転生前の虻川伊作としての経験──特に、言語学に対する深い造詣が、魔術を操るための古代語の理解に絶大な効果を発揮したのだ。
他の学生がただ呪文を暗記し、その発音を模倣するに留まっていたのに対し、イサクは古代語を一つの言語体系として完璧に分析・把握していた。
単語の語源、文法の構造、音韻が魔術行使に与える影響。
その全てを理論的に理解することで、彼は既存の術式を改良し、時には新たな術式を編み出すことさえ可能とした。
イサクの魔術の業前は昨日より今日、今日より明日という様に、まさに日進月歩の勢いで冴え渡っていく。
その結果、ついにイサクは帝国魔術学院の試験に首席で合格するに到る。
帝国魔術学院は、現代日本でいう大学、それも最難関の国立大学に相当する機関である。入学試験という狭き門であることはもちろん、歴史ある貴族の家柄も重視される。
イサクがこの魔術学院入学を目指した第一の理由は、もちろん父であるグレイルを失望させないためだ。
イサクは自身を無条件に愛してくれるグレイルを等量の熱量でもって愛していた。
イサクの生母であるメイドのアルミナは彼を産んですぐに亡くなっており、また、グレイルの正妻も既に故人である。
互いにとって唯一無二の肉親であるという事実が二人の絆をより一層強いものにしていた。
だが、そんな敬愛する父にさえ明かせぬ野望がイサクにはあった。
それは魔術学院の教師たち──いずれもが帝国中から選りすぐられた、賢く、強く、そして硝子のように砕けやすいプライドを抱えた熟女たちを、一人残らず
イサクは既に伊作であったころの母の事は思い出しもしない。あの灰色の鹿児島での日々も、彼女から投げつけられた呪いの言葉も、今はもう遠い昔の物語の一節に過ぎなかった。
しかし彼の深層心理には、いまだ母である虻川美恵子の存在が決して消えることのない
いずれにせよ、イサクの歪んだ野望はひと夏の間に義母を一体の雌豚へと堕としただけでは、到底満たされることはなかった。
(第一部・了)