白いデュエルディスクをめぐる物語の一番最初のお話となっており、世界観の説明も多分に含んでます。
私達が生きる世界は、ニュークリアという粒子で構成されている。
土も木々も空も、千切れ泳ぐ雲もそこから落ちる雨も雷も、やがてそれらが集う海も、そして私という存在も、すべて。
世界に満ちるエネルギーが私達を動かしていることは知っていた。故に私達は自らを『精霊』と呼称し、死した後に青い光となって消えていく。その『青い光』こそがニュークリア粒子の正体であると、私は知った。
あの日、記憶のすべてを失いながら世界を渡ってきた彼と、彼が身に着けていた……あのデュエルディスクと出会ったことで。
それは今でもはっきりと思い出せる。全身に傷を負い、命の危機に瀕していた彼を必死で治療し、その体に滾る生命力の強さに驚いた。
――『人間』だ、彼は。私達であれば粒子と還るような傷を負いながら、それでも生きている。生き続けようと世界にしがみついている。やがて傷が塞がり、呼吸が落ち着いてから数分の後に目を覚ました彼の顔は、私がよく知る青年と似通っていた。
「……あな、たは…………?」
「ヴェール。ウィッチクラフトマスター・ヴェールだよ。君は?」
自分の名前すら失っていた彼に、だから私は。
『アレン』、という名前を授けた。
*
バイストリートの外れに建てられた研究小屋に、それはある。
玄関とつながった簡素な生活スペースの奥にある扉を開けた先。巨大な青い結晶に閉じ込めた金属のディスク。この世界には存在しない技術で作られた、あの日、彼とともにここへと現れた物体。
彼は自分の記憶のすべてを失いながらも、このディスクが『デュエルディスク』という名前であることだけは記憶していた。
「アレン。エンディスクはいくつできてる?」
「はい! ええと、今のところ完成したものが五つ。形成中のものが二つです、先生」
ここ数日、私はずっと彼と一緒に生活している。ふわっと広がる髪の毛と人懐こい顔を見る度に、本当に彼によく似ているなあと私はひとりで思う。
もっとも彼と違い、アレンの髪は黒いし眼鏡もしていないのだけれど。
「……それにしても、ものすごいスピードで作られていきますね。こんな風に、結晶の中で培養されてくみたいに……」
「あなたのデュエルディスクに触れて、とってもたくさんの知識を詰め込まれたからね。ニュークリア粒子に特定の指向性を与える形を組み立てれば、あとは自動だよ」
形成中のエンディスクを結晶越しに見つめるアレンに答えながら、バイストリートから届いた手紙や報告書に目を通す。
休みを伝えつつ代理のマスターを任せる旨を書いた手紙を読んだみんなの反応を想像するとわりと気が重くなるが、世界を救うためなのだから仕方ない。
世界といっても、私たちの世界じゃない。彼が元居た世界――私たちのような、世界のエネルギーに基づいて存在している精霊とは違う存在が息づく、『人間世界』とでも呼ぶべき世界のことだ。
それの文明は今、滅亡の危機に瀕している。もっとも、今日もデュエルに勤しんでいるであろう彼らは、知る由もないことだろうけれど。
「さて。じゃあそろそろ、実践してみようか? アレン」
「え? 実践……ですか?」
完成したエンディスクのひとつを手に取り、彼に渡す。
記憶を失っても体が覚えているのか、困惑しながら慣れた手つきで彼はそれを左腕に装着した。
内部のニュークリア粒子が活性化するとともに、周囲にあるそれを吸収して動力に変えていく。ここまでは、普通のデュエルディスクと何ら変わりない。
彼が自分ごと持ち込んだ――彼がいた世界で流通しているデュエルディスクと。
「ええと……これでいいんですよね? 大丈夫なんですか……?」
「何かあったら私に被害が及ぶだけだよ、大丈夫。参照先も召喚先も『この世界』に設定してあるし、いつでもどうぞ。はい」
私は一枚のカードをアレンに渡す。『ウィッチクラフトマスター・ヴェール』……やけにふてぶてしい顔で座っている、『私』のカードを。
アレンはそれを両手で慎重に受け取る。しばらくそれと私を交互に見ていたが、それに対して私がじっと彼の目を見つめ返していると、意を決して彼はエンディスクのフィールドに私のカードを置いた。
それを認識し、カードを通して『私』へと目標を定めたエンディスクは、私の存在を写し取ってニュークリア粒子へと分解、そして再構成を行う。自分の肉体がばらばらになる感覚は何の痛みも感触も伴わず、むしろあるべき形に還るような心地よさすらあった。
そうして目の前に召喚された私は、先ほどまでの私と何も変わらない。その場で分解されて、その場に再構成されて、それだけ。
その機能こそが、普通のデュエルディスクと全く違う点だ。
普通のデュエルディスクはその機能に大きなリミッターがかけられている。カードを読み込んで参照先を定めた後、その形だけを写し取って召喚先へとビジョンを作り出す。
だから召喚には私たちという存在を用いりながらも、私たちには何の影響も及ぼさない。ただわずかにフィードバックがあったりなかったり、その程度だ。
「だ……大丈夫ですか!? えと……気分は、どうでしょう……先生っ……?」
「……。うん、良好。エンディスクは問題なく動いてるよ、アレン。……それとも、『マスター』って呼んだ方がいい?」
後ろ手に手を組み、彼の顔をうかがうように覗き込んで尋ねる。
今、彼は私を召喚した、私の使い手だ。彼と過ごした日数は少ないが、それでも私は彼の命を助けた恩人で、彼は恩を返すために私と一緒に研究を行ってくれている助手で、私と彼の間にはそれなりの結びつきが存在する。
彼に召喚された今、彼が感じている私への思いと繋がりをはっきりと感じていた。ほのかに温かく心地良い、不思議な感覚だった。
「い……え、そのままで大丈夫です。これで実践は成功……なんですよね? もうカードを取っても……」
「だーめ。今度はエンディスクにちゃんと感情エネルギーが吸収されてるかを確認しなきゃ」
エンディスクにはもう一つ、使用者が感じていた強い感情を吸収し、記録する機能がある。私にこれを作らせた存在にとって、それこそがエンディスクの持つ一番の役割だ。
結晶に封じた彼のデュエルディスクには、四十枚と十五枚のカードが収められていた。四十枚の方には私自身を含めて見慣れた顔のカードが並んでいたが、重要なのは十五枚の方。
そこには『戦車』の名を持つ召喚獣をはじめとした、非常に強力なモンスターたちが描かれていた。デュエルディスクに本来あるべきリミッターのすべてが存在しないエンディスクでそれの召喚を成したなら、使用者は街や人々をゆうに蹂躙してしまえるほどの力を得る。
人間は浅はかで愚かしく、力におぼれ、そして自ら文明を終わらせる。このエンディスクこそ、それを示す証明となる。
私にこれを作らせたもの――『END』は確かにそう言った。これを何人もの人間に渡し、得られた欲望のエネルギーを見せてみろ、と。
だから、このディスクの名前はエンディスク。ENDが作らせた、デュエルディスク。
「ほら、なんでもいいから。私にしてほしいこと。命令して?」
であるのなら。そんなに限定的な、あまりにも少なすぎるサンプルを私が選んでいいのなら。私はこう使う。
信頼できる相手に渡し、彼の欲望を私は受け止める。欲望は常に破壊的な形をしているとは限るまい。
アレンはしばらく硬直していたが、だんだんと挙動不審になりはじめ、視線をきょろきょろさせながら言葉が出そうで出なくて飲み込んでを繰り返す。
「ほ……んとに、いいんですか……先生……??」
「いいって言ってるでしょ? ほら、なにすればいいの? ご飯つくろうか、買い物に行こうか? それとも、都合のいい薬でも作ろうか? 結晶で彫刻を作るのもいいね」
やっとのことで出た言葉も、私に対する聞き返し。私はなんだか煩わしくなって、ぐいぐいと彼との距離を詰めていく。
立場が上の人間を好きにできるチャンスだが、彼にはかえって困るようなことらしい。本当になんだっていいのに、何を悩むことがあるんだろうと思って彼の顔を見つめていると。
……やけに赤い、ことに気づく。彼との間に感じていた繋がりも、それに伴って火照るように温かく感じはじめた。……う、ん……? この感じはいったい……。
意を決したように顔をあげたアレンは、じゃあ――と言って、私を見つめた。そして、口にした命令の内容は。
「じっと……してて、ください。その、僕が何をしても……抵抗……しないで、ください……」
「うん…………うん?」
何もするな。というような内容のもの。
……召喚自体に、対象に何かを強制するような特別な力はない。私がただ従っているだけで、その従おうという気持ちは彼との関係性から来るものだ。
だから何故と問いかけたり拒否したりすることはできるのだけれど、彼の命令の意図を考えたときには、すでに彼の両手が私の頬を包み、その顔が目の前にあって――。
「……はむ……っ!!」
「…………んむ……??」
ぱく。そんな擬音が聞こえてくるような、意を決したかわいいキスを、される。
……。…………。………………なんで??
キス。キスってなんのためにするんだっけ? 夫婦や恋愛関係にある異性同士が挨拶をしたり好意を伝えるためにするようなもののはず。私にとっての彼はそういうものだったっけ。
目を何度もぱちぱちと瞬きさせている間も、彼はずっと私の口を塞いでいた。唇と唇は重なったけど、それ以上の刺激には移らない。ただキスしたまま硬直して……少しずつ少しずつ、ぷるぷる震えはじめて。
「ぶはあっっ!! はーっ、はーっ……はーっ……!」
「んむぇ……??」
顔が離れた時、彼の顔は羞恥と息苦しさで真っ赤になっていた。私は未だ理解が及ばず、何度かまばたきを繰り返した。
「あああやっちゃった、やっちゃったやっちゃった先生にキスしちゃったっっや、っっばい心臓が口から出そう……えっぷ……」
「お……落ち着いて? えっと、今のが……私にしたかったことなの?」
真っ赤な顔が慌てふためき、私はそれを観察する。私の問いかけに彼はこくりと頷き、そのまま硬直してしまった。耳から蒸気でも吹き出すんじゃないかと思うほど、首から上を真っ赤にしながら。
私の口には彼の唇の感触が残っていた。……キス、か。欲望と呼ぶにはあまりにかわいらしい。うん、だけど確かに……性的欲求も欲望の内だろう。
理由や過程はわからないが、彼は私にそれを抱いていたらしい。考えてもみれば、彼にとって身近な女は私くらいのものだ。必然的な結果だろう、バイストリートに戻ればその欲求の先はもっと相応しい相手に向けられるはず。
ふむふむと勝手に納得し、改めて彼の腕にあるエンディスクの様子を見た。
……。ふむ。
「せ……先生……あの、その……、も、もういいですかっ、もう外してもっ」
「だめ。もっと、ちゃんとキスしようか。アレン」
「へ……?」
両手を彼の頬に伸ばし、今度は私から彼の唇を奪う。後頭部に手をまわし、抱きしめるようにしつつも頭蓋同士がぶつからない程度に距離を置き、唇同士だけが深く触れ合うように調節する。
「んむっっ!!?!? んむ、む、むうっ、う、んむぐっ……!?」
「れあ……あ、むっ。れるれるれるれる……っちゅく、ぴちゅ…………」
ついばみ、吸い付き、舐めて、絡める。確かキスってこういう感じだったよね、と知識を探りながら、繰り返し繰り返し。何度も彼の唇を貪り続ける。
次第にエンディスクには強い光が吸収されていく。それは内部で記録へと変わり、彼が私に抱いているあったかい欲望がしっかりとした形に変わって保存されていく。
……性的欲求も、欲望だ。確かにそうだ。乱暴的で破壊的な性欲も中にはある……大半はENDの想定しているような欲望に近い形になるのだろうけれど、彼が私に抱いているそれは、都合のいいことにそういった類のものではなかった。
言葉でそれを表すならば。とても、単純な二文字。
「ぷあ……っっ、はっ、はっ、はっ……はぇ……っ??」
「なるほど、なるほど? つまり…………君は私のことが……ふふ、『好き』、なんだ? ……自分を助けた命の恩人に対して、恋をしていたと?」
「そ……それはっ、えと、そのっ……その……っ!」
真っ赤な顔で、唇の周りを唾液で濡らしたまま、彼はなにか説明しようとするようなそぶりで答える。
それもまた、私の推察通りの反応だ。――後ろめたい、んだろうな。いろんな理由が重なって、その恋心を私にさらけ出すことが。
「ふふふ、いやいいんだよ。……ほら。何したいの? 好きな相手を前に、どんなことがしたい? どんなこと、してほしい?」
もっとも私は気にしない。だって世界を救うためだもの。
好きな相手と触れ合いたい、好きな相手の体温や体の感触を感じていたい。そんな優しくて温かい欲望を、あの巨大なだけの目ん玉野郎に届けてやるために。
だから、もっとを私は彼に要求する。私から彼に返せる想いはなくても、彼の想いを受け止めることはできる。
「……じゃ……じゃあ、その…………ぅ……っ」
ちらと、彼の想いを如実に示している部分へと視線を移す。
言いにくい、だろうな。うん、じゃあ仕方ない。してほしい――であろうことを、私の方から提案してみよう。
するり、と。膨らんだ彼の股間をズボン越しに撫でてから。
「……手で、手伝ってあげようか」
耳元でそう囁いて、示した提案は。
こくこくと、小さな二回の頷きで受け入れられた。
*
彼のズボンと下着を脱がせた後、普段私が研究や事務作業をする際に使っている椅子に彼を座らせて、筋肉質な大腿の内からびくんとそそり立つものを目の前で見つめる。
絶えずとろとろと溢れ出る先走った汁にまみれた彼の性器は、サンプルとして写真で見たことがあるそれよりも一回り大きく見えた。
先端の亀頭も写真よりもピンク色に近く、生々しいというよりも、まるで肉でできた果実のようだ。こうして自分にない器官を観察すると、不思議な気持ちが湧いてくる。
「しかし、君が私を好きになってたなんて……まったく気づかなかったよ。気づいてあげられなかったことに、謝罪をするべきなのかな……」
「い、え……僕の、一方的な、ものですっ、から……。先生と……こんな関係になりたい、だなんて……考えないように、してたしっ……ひう……っ!!」
ぎゅっと慎重にそれを握ると、彼の体がびくんと跳ねた。
代表的な人体の急所を人に触られれば、こうもなろう。溢れ出る先走りがぐちゅりと私の手のひらに付着して、上下にゆっくりと動かすと、にちゅ、にちゅと淫らな水音を立て始めた。
「……そ、っか。じゃあこれからは、遠慮なく考えていいからね。私のことを好きな気持ちを、たくさん膨らませて」
手を動かし、時折握る力を調節しつつ彼の反応を見ながら、彼の目を改めて見上げてみた。顔を赤らめて細めた目は、まるで少女のようにも見える。
触診するような手つきで上下に扱くと、その度に彼はぎゅっと瞼を閉じてぶるぶると震えた。
その様子がなんだかおもしろくて、少しずつ扱く速度を速めていく。握る手にも少しだけ力を込めて。
「ふ、くらませて、って、そんなこと、言われたらっ……あ、あっ!! だめ、せんせ、イ、っもう、イっちゃ……っ!!」
「……だめ? なの?」
首を横にぶんぶんと振りながら、だめ、と言われたので、ぱっと手を離した。
解放された彼の男性器はびくんと震え、とぷとぷと先端から涎のように先走りを溢れ出させている。
彼の顔は……どういうわけか、なんだか不満そうというか、とても切なそうな顔をしていた。
「へ……!? っ…………ぁ……、ぅ……」
「もっと、刺激が欲しそうに見えたけど。……だめなら、他の刺激をしようか?」
いや、そうかと私は直前に理解する。絶頂の瞬間、人はそれを求めながら拒むような仕草を見せることがある。
彼のそれは、私という相手に簡単に絶頂させられてしまうことを拒んだから出てきた言葉なのだろう。
本心は彼しか知りえないけれど、なんとなく――そう、なんとなくわかった。けれど。
「ちが、だめ、っていうのは――先生に、かかっちゃう、って……意味で……」
「ああ…………そっか。私のことを気遣ったんだ。ふふ、気にしないでいいのに」
不思議と、胸の奥がぽかぽかと温まる。自然と頬が緩んできて、彼との間により強い絆の結びつきを感じる。
これはきっといい兆候だ。あえて彼の心に無知な振りをしながら、私は改めて問いかける。
にちゅっ――と、アレンの性器を優しく握りながら。絶頂の波が引いたであろう性器を再び握られると、彼はぎゅっと目を閉じて快感に堪えるような仕草をした。
「……じゃあ、だめじゃないんだよね? 今度はちゃんと、正しいことを言える? 私の目を見て、ちゃんと」
「っっ……、…………しご、いて……ほしい、ですっ……最後、までっ…………」
「最後まで? なに?」
ぎゅううっ……と、手を前後に動かしながら少しずつ指を締め付けていく。
ぐちゅぐちゅと溢れた先走りが泡立つほど、顔をそむけたくなるような――それでいてもっと嗅ぎたいと思うような臭いが立ち上る。
体の一部分を激しく刺激されるだけで、彼の全身は激しく反応を示し続ける。その様子に、どうしてかひどく興奮しているような自分がいる。
もっと、聞きたい。もっと見たい。彼の、弱弱しくて情けない姿が見たい。私の手に悶える彼のことを、見ていたい。
「イっ、イかせてほしいですっっ、しゃせいしたいですっっ!! 先生のお手てでイかせてほしいですっっ!!! あ、あっ、くるっ、きちゃう、せーえきでるっっ、イく、イくっっ!!」
いいよ、と許可を出す代わりに私は自分の手を決して休ませない。
今まででいちばんの硬さを保っている彼のおちんちんを、その感触を自分の手のひらに刻みつけるように、何度も何度も手首を使って角度をつけつつ扱き立てる。
何度も、何度も、何度も。その瞬間が来るのを、待ちわびながら。
「好きっっ!!! 好き好き好き好き好きっっだいすきっせんせえだいすきぃいいいいいっっ!!! ああぁぁぁああぁッッ!!!」
そして、その瞬間に彼が口にした言葉は剥き出しの想い。
びくんっっ……と強く跳ねて硬直した瞬間、びゅるるっ、びゅるるるっ……と先端から花火のように真っ白いものが迸った。
私はそれを急ぎ受け止める。空中に生成した結晶で、一滴残らず彼の出した精液を閉じ込めた。
「はぁぁっっ、はぁぁっっ…………!! はあっ!! はぁっ……! はぁ…………」
この一瞬で、男性は全力疾走を終えたくらいの疲労を感じるらしい。
それが本当かどうかは定かでないけれど、精根尽き果てた、という言葉が似合うほどにアレンはすっかり脱力した様子だった。
普段のフィールドワークも忙しない研究も難なくこなす彼が、ただ射精するだけで息を切らして胸を上下に動かしている。…………私の中にも、なにか、知らない感情が湧く感覚があった。
「……すごい出たね、それにしても。へえ、これが君の精液か……」
結晶の中に閉じ込めたそれを、まじまじと見つめて観察する。
白く濁って、濃厚だ。傾ければとろりと形を変える。数ミリリットルが男性の精液の平均と聞くが、彼の出した量は明らかにそれを上回っている。
健康な精液だ。これを膣内に注がれたら……間違いなく妊娠させられてしまうだろうな。
「男性の射精を手伝ったのは初めてだったんだけど……ちゃんと、気持ちよかった? アレン」
「…………すごく……でも……その、僕……」
アレンにそう尋ねながら、受け止めきれずに手に付着したものをぺろりと舐め取ってみた。味はよくわからないけれど、喉がかあっと熱くなるような感じがあった。
その様子を見ていた彼の目を見つめ返し、続く言葉を待った。
「こ……告白、しちゃった……先生に…………」
理性的な眼差しを取り戻した彼の顔は、とても複雑な表情をしていた。
射精の際に叫んだあれが本来の想いだとしたら、この顔は彼の理性による蓋そのものなのだろう。
だから隠していた。そう語っていた。
「……返事。してほしい?」
その言葉に、私はそう答える。
同じように、理性で作った真剣な顔で語りながら。
アレンはきゅっと唇を結び、ふるふると首を横に振った。
答えは知っていると、そう言いたげだった。
「そっか」
私たちの間に必要なやり取りは、今はそれだけで十分だった。
*
それから日を重ねる度に、私は彼の欲望を受け止めた。
回数を重ねていくと『手伝い』がうまくなっていく自覚があった。そうしてより効果的な、より効率的な形を求めていくと、自然と私と彼の距離は近づいていった。
最初は椅子に座ってもらっていた。次の日は一緒になって床に座り、その次は背中から抱きしめて、その次は正面から見つめ合って。
エンディスクはそれらの欲望を確かに記録し続けた。それを受け取る相手が規格外な存在である以上、どれほどの効果があるのかはわからないが――少なくとも、昨日の数値と今日の数値を見比べることで、私がどれほど彼を満足させられているかを知ることはできる。
「ぁ……むっ、ん…………ちぅ……はむっ……れっる…………ぅ……っ」
その結果、至った形が今。私のベッドに彼を寝かせ、ぴったりと密着しながらキスをしつつ手で慰める。
羞恥もあった初日の時とは違い、今では彼は私にすべてを委ねるように静かにキスに応じている。
舌と舌を絡め、唇で唇を食み、融けかけた氷と氷をぴったりと寄せ合うようにして、私たちの心は繋がっていく。
彼を満足させられている――彼の欲望をより良い形で発露させ、記録することはできている、その自覚はある。
けれど彼と一夜を過ごす度に、どうしようもなく強い疼きを覚えるようになったのは、私の方だった。
ただ握って扱くだけではなく、指の間に亀頭を挟み込み、強く圧迫する形でぐりぐりと押し付けるように扱いたり――絶頂が近づくのを感じたら手を離し、指先だけでくすぐるような刺激に切り替えて、絶頂寸前の状態を保ったまま射精だけを遠のかせ――手だけでどれだけ彼を心地よくさせることができるだろうかと、工夫したり考えたりするほど、『私も』、という気持ちが強くなっていった。
「はむ――っ! んっ、む……れるれるれるっ、れぅ、れる……んむっ、ん、っぢぅ……」
「…………ん、んっ……!? んぅ、う、んんんんっむ……!?」
そのせいで、彼の射精が近づくと、私のキスが激しくなる。
君だけ……君だけ、ずるいな。私も、欲しいのに。なんて考える。ああ、あるいはこれも欲望かな……私の欲望も、エンディスクには記録されるのかな。
射精の準備に入った彼を絶頂させるのに、巧みな技術は必要ない。人差し指と中指と親指の三本で作った輪で彼のおちんちんを握りしめ、いちばん敏感な雁首を延々と扱きたてるだけでいい。
そうしてびくびくと震え始める感触を味わいながら、彼の舌と唇をいっぺんに吸いあげる。上も下も、引っこ抜くようにして絶頂へと導く。
「ぢぅるるるるるるる…………っ♥」
「んむっっ、んうううううっっ……!!」
びゅぐ、びゅるるるるっ、びゅううううっ――と、何回にも分けて彼の精液が天井めがけて噴き上がる。
もちろん届くはずもなく、ぼたぼたぼたっと落ちていって彼の股間を白く汚していく。そうして余計にどろどろになったおちんちんを、優しく優しく扱いて追い打ちをかける。
一滴も残してやるものかと、半ば八つ当たりみたいな気持ちを抱きながら、ぐちゅぐちゅ、ぐちゅぐちゅと扱き続けて、キスし続ける。
「はむ、あむっ、んむ、んぢぅ、ぢゅる、しゅるぅっ……れる……」
「むぐ、む、んむっ、んぅ、ううっ……!? んむ、ん、んーーっ!?」
ほんとに……ずるいなぁ……。私も……したいんだけどなぁ……。
白いタイツの下に下着を履かなくなったのはいつからだろう。気づけば私の股間もぐちゃぐちゃに濡れるようになっていた。
彼は私を好きと言った。私も彼のことは嫌いじゃなかった。その程度の関係性のはずだった。
だけど私の体は私の心を置き去りにするほど正直で、子宮は疼くし股間は濡れるし、ぴったりと張り付いたタイツの感触がいやらしくてたまらなかった。
……まいったなあ……ほんと。
「せ……先生……あの……」
「ん……」
どれだけこうしてただろうか、長くくっついていた唇がようやく離れてお互いに呼吸を整えていたところ、彼が不意に口を開いた。
「向こうの……世界は、大丈夫……でしょうか……」
その言葉に、どうしてか心に細いつららが突き刺さるような感覚があった。
ひやりと、なにか、とても小さいけれど、どこか致命的な。そんな悪寒。あくまで、個人的な想いに依るものだけれど。
「……まだ、参照先にも召喚先にも選ぶことができる。残ってはいるよ。心配なら、私が見に行こうか」
「い、いえ。そこまでしていただかなくても……それがわかれば、大丈夫です」
デュエルモンスターズのカードを使うことで、私は精霊世界から人間世界へと渡ることができる。
カードとエンディスクがあれば、誰であろうと向こうへ渡れる。本当なら私は、エンディスクを持って向こうの世界へ行き、数多のカードが存在する人間世界で彼らの欲望を集めないといけない。
だけど私は、今でも不安だった。アレンなら、いい。だけど他の人間たちは? カードのことを……私たちのことを、どう思っているのだろう。
「ENDは今……何をしているんでしょうね……」
まだ荒いままの呼吸で、彼はそう呟いた。
私も、同じことを思っていた。最初の邂逅以来、何度あのデュエルディスクに触れても、ENDとの交信ができなかったからだ。
END――その者曰く、文明を喰らうもの、刈り取るもの、収穫するもの。
デュエルディスクに触れて見た景色。眼前に広がる宇宙と、遥か遠方にいながら視界に収まりきらないほど巨大な眼球が、原子よりも小さかろう私を見つめていた。
『Eclipse New-clear Dragon』――それは自らをそう名乗っていた。いつか誰かが、自分につけた名前がそれなのだと。
ENDは小さな文明に自らの力の一端という火種を与え、文明が育つのを待ち、そして文明が終焉を迎えるときに現れてすべてを喰らい尽くす。
私たちの宇宙、精霊世界はENDの体内にある。かつてENDが食らったいくつもの文明が入り混じることで、様々な文明が混在する宇宙となっている。
そして人間世界はENDの外側の宇宙にあり、ENDはそれを喰らおうとしている。すでに人間世界の文明は成熟しきって終焉を迎えかけており、喰らうべきか待つべきかを考えているのだとENDは私に語った。
その答えはENDの中で決まっているように聞こえた。宇宙を内包する規格外の存在でありながら、それの言葉は、明確な意思が宿っているように聞こえたのだ。
人間という種に対する深い憎悪と、絶望と――憐憫と、諦観。ENDは諦めていた。何を、かまではわからなかったけれど、その言葉には深く哀しい諦めがあった。
だから私は否定した。人間世界の文明を私は知らないけれど、終焉には早すぎると。あなたの言葉がそれを示していると。
そして、ENDは私に膨大な知識を託した。宇宙を構成するニュークリア粒子の存在について、そして――欲望を叶え、かき集める装置、エンディスクの原理についてを。
人間世界の文明の興廃は、エンディスクに託された。この真っ白いデュエルディスクの中の欲望を見て、ENDは何を思うのだろう。
「さあ、ね。私たちにできることは……あのエンディスクに可能な限り、こういう欲望を詰め込むことだけだよ」
ちゅっ、ちゅっ――と、彼の不安を紛らわせるように、ついばむようなバードキスを繰り返す。
手の中にあるどろどろのおちんちんも、少しずつ柔らかくなり始めていた……が。
ある瞬間から、ぴくんと反応するようになった。私がキスをし終えるのと同時に、その理由を彼が口にする。
「あれ――ちょっと、待ってください先生……。今……先生って、召喚されてましたっけ……?」
「へ?」
言葉の意味を理解するのに、ちょっとの間を要した。
いつからか当たり前になっていた、彼の性欲を受け止める手伝い。そもそもそれをする理由は、エンディスクに欲望を溜め込むためで。
――考えてみれば、ある日からエンディスクの数値を見なくなって、彼の反応を見て効率を求めるようになっていた気がする。
そうだ、逆転している。目的と手段が……。だから今の今まで、私は彼に召喚されるという手順を挟んでなかったことに気づかず、当然エンディスクを介していないからその欲望は記録されず、ええと、だから……。
「せ……先生、あの…………僕のせいですよね……僕が召喚を忘れちゃってたから、だから……」
「…………あはっ、ふふっ……!」
「……先生??」
理解した瞬間に、なんだかおかしくなって笑ってしまった。
ああ、じゃあ……じゃあ。あはは、おかしい、それじゃあ……。
「それじゃあ私たち……今、ただエッチなことしただけ? 私は生身のまま、君と深ぁいキスをして……手コキをしてあげただけ? ぷぷっ……!」
人間世界の存亡がどうとか話したばっかりだっていうのに……何してんだか。
いつの間にか性欲しか頭になかった自分のことを恥じながら、まあ、一日くらいはこんな日があったっていいか……そう思った。
ああ、おかしい。ばかじゃないの……。こうして笑ったのは、いったいいつぶりのことだろう。
そうして、生身でどんなことをしていたのかを彼に聞かせるように口にしていると、失ったはずの硬さがどんどん取り戻されていくのを手のひらに感じていた。
「……ねえアレン。どうする? 改めて、私のこと召喚する? それとも」
するりと、彼のおちんちんから手を離し。
手にべっとりと付着した精液を舐め取りながら、尋ねてみる。
「ん、くっ……、……。……このまま、もう少し。生身の私と、えっちなこと……する?」
ニュークリア粒子で構成された私の生身と、エンディスクに召喚されたソリッドビジョンの私。
私個人にとってはその二つに何も違いはないように思えるけれど、彼にとってはそうではないようで。
いつかのように、二度。こくこくと頷いた彼に、私は笑って答えた。
「……そっか♥」
*
なぜ私は、自分の世界とはまるで関係のない世界の存亡に関わろうと思ったのか。
今になって、その想いがひどく矛盾していることに気が付いた。
「……先生……?」
彼の前では、余裕ぶった笑みを浮かべるように心がけているけれど。
私はずっと恐れている。ENDに対し、今はまだ滅ぶべき時ではないと答えた時も――彼と一緒に過ごす時間を重ね続けているこの時も。
彼の腰にまたがり、膝立ちになって、そのお腹を優しくさすりながら彼の目を見下ろす私の心はずっと恐れ続けていた。
私は――彼の帰る場所を守りたいと思った。彼を帰したいと思っていた。だからENDの提案を受け入れ、エンディスクを作った。
けれど今、彼が『向こうの世界』と言った時。私は自分の中にずっとあった想いに気が付いてしまった。
帰したくない。帰ってほしくない。
ずっと、私のそばにいてほしい。
私だけのものに、なってほしい。
「……ねえ、アレン」
私は――私は、ウィッチクラフトマスター・ヴェールとして。
その想いを、飲み込むべきなのだろう。この矛盾を解消するために、押し殺すべきなのだろう。
だから――。
「私と、セックス。したい?」
「へ……」
ぐちゅり、と。彼の股間の上に、私はゆっくりと腰を下ろす。
ばかみたいにあふれ出た愛液が染みて透けたタイツの内側、下着を履いていないそこはこの上なく彼の欲望を感じさせるほどに密着する。
熱い。熱くて、あったかくて、硬い。いつも手で握っていたそこの感触が、直接私の股間に伝わってくる。
気持ちいい。欲しい。この中に、彼を収めたい。彼を、独り占めしたい。彼を――。
「あ――っづ……!? それにっ、やわらかっ――あ、あっ……!!」
「答えて、アレン。私を……抱きたい? 犯したい?」
あふれ出そうになる欲望を必死で飲み込み続けて、余裕ぶった笑顔の仮面で本当の想いをひた隠す。
ずり、ずり……ずり、ずり。前後に腰を揺らし、タイツ越しの素股で彼のおちんちんを刺激し続ける。
それは同時に私のおまんこを慰めることでもあり、互いに一番欲しい刺激を与えられないまま、もどかしくてたまらない快楽で頭の中がとろけていく。
「し――たいっ、したいです、先生と――せっくす……したい、です……っ!」
どさりと彼の頭を挟むように両手をついて、その耳に口を近づける。
それから、熱い息で彼の耳を舐めるように。
「……だめ♥」
それが今の私の答え。
彼と私の間にある、この薄い一枚の生地こそが、超えてはならない一線そのものだ。
「~~~~っ……!!」
ああ、浅ましくて、愚かしい。腰が、止まらない。彼を求める想いが止まらない。
彼の言葉がうれしくてたまらない。私を求めてくれる言葉が欲しくて、聞きたくて、タイツ越しのおまんこで彼のおちんちんをずりずりと撫で続ける。
だくだくと流れる愛液が潤滑油となって滑り続け、やわらかいおまんこの感触と、タイツのざりざりとした刺激が合わさって、私も彼も腰をびくびくと痙攣させてしまう。
「そ……んなっ、せんせ、おねがい、しますっ――!! これ、きつっ、ほんとに、やばぃっ……!!」
「いいよ、いっぱい喘いで。いっぱい求めて。好き、って。えっちしたい、セックスしたいって。聞いてあげるから」
口を閉じて離れればいいのに。これ以上、彼と関係を深めるようなことをするべきではないのに。
彼の想いが欲しくてたまらない。彼が愛おしくてたまらない。セックス、したくてたまらない。
だけどそれは、だめ。それだけはだめ。その一線は、あまりにも薄くて脆い。だからこそ私は、私自身が、情けなくて――恨めしい。
「したい、したいっ、したいっっ、せっくす、したい、ですっ……!! 好きっ、好き、先生、好きっ、だいすきぃっ……!!」
「…………っ♥♥ ……だぁ、め♥♥」
「あ゙く――っ!!!」
だめ、だめと答える度に、彼は私を強く求めるようになる。いつの間にか、彼の両腕が私の腰の後ろにあった。
その両腕は、私が腰を前後させるほど強く私を抱きしめてくれる。私を求めてくれる。彼の息も、耐えるようなかわいらしいものから、けだもののように荒々しいものへと変わっていく。
犯したい。その想いが、彼の息遣いと腕の力から伝わってくる。犯されたい。そう答える代わりに、私は彼の耳に『だめ』と言い続ける。
――この一線を。この薄い生地を。彼が引き裂いて超えてくれることを、私は勝手に願っている。
「だめ♥ だめ、だめ、だぁめ……♥ だめ、だよ……アレン……。っ、あ、……くっ、んぅ…………っ……♥」
理性に叱責され、軽蔑され、罵られるのを感じながら、私は本能がくれる快楽を貪るように味わい続ける。
すると、私のお腹の奥にまるで知らない快感が生まれ始めているのを感じた。それは際限なく膨らんでいき、これ以上は――そう思う私の意志を踏み越えて、どんどんどんどん大きくなっていく。
ああ、これを絶頂と言うんだ。そっか、これがそうなんだ――。彼が…………あんな風になるのも、わかる、なあ……っっ。
「だめ、だめっ、あっ、だめだめだめっっ、くるっ、あ、っっ、だめ、だめッ――♥♥ だ、めっ――――」
「~~~~っ…………ぁ、むっ……!!」
少しだけ体を浮かし、強張らせて襲い来る快感に耐えようとした時。
不意に、彼の唇が私の口を塞いだ。その不意の感触は、あまりにも、あまりにも。
無意識が求めていたものを急に寄越される快感は、私の体には――強烈、すぎて。
「んむっっ!!? む、っぐ、んむっ、んぅっっ、ん゙っ、ん゙ぅううううううっっ!!?♥♥」
爆ぜる、そんな言葉がふさわしいほどの快感が、私の中を満たしていく。
彼に求められる、その快感を甘く舐め取って満足していた私を叱りつけるような、彼に喰らわれるという体験。
舌を舌でねぶられ、唇を唇で食まれ、口を蹂躙され続けるほどに私の頭は真っ白く染まっていく。
いつぞやはただぱくりと吸い付くだけだったのに、いつの間にかこんなに巧くなって――。
「んっっ――む…………♥♥ ぁ…………っ♥♥」
生涯ではじめて覚えた絶頂の波は引くことを知らず、膨大な快感で私の頭を掻き回し、意識を少しずつ霧散させていく。
無意識に、私は彼の頭を抱きしめていた。一刻も早く離れないといけないのに、いつか別れが来てしまうというのに。
それでも、私の本能は彼を離そうとしなかった。彼を求めていた。私を好きだと言ってくれる、私を求めてくれる彼のことが、私も。
「…………好き……っ♥」
最後に聞こえたその言葉が、どちらの口から発されたものだったのかは、私にはわからなかった。
*
ENDとの二度目の交信に成功したのは、その翌日のことだった。
正確には、私のベッドで彼と一緒に眠ってしまった後のこと。夢の中で、私はあの広大な宇宙空間で巨大な眼球を前に浮かんでいた。
いつか見たものと全く同じ光景だ。そう感じていた私の前に、一冊のアルバムが現れた。
透明で、平面なようで立方的で、だけど確かにそこにあると認識できる奇怪なアルバム。高次元で作られた物体が低次元へと持ち込まれたような、そんな形をしていた。
これはいったい何かと、ENDに尋ねるよりも早く。
『見繕った』
という声が、頭の中に響いた。
アルバムを開いてみると、どのページにも何枚ものカードがみっちりと収められていた。
カードの一枚一枚すべてに違う人間の顔が描かれている。日常のワンシーンを不意に写真に収めたような、そんな表情をしていた。
そして何より、このカードは私があのデュエルディスクから取り出したカードとよく似ていた。
人間世界には精霊世界の存在を描いたカードが存在する。彼らがそれを使うことで、私たちの写し身が人間世界へ召喚されている。
だとするならば――人間が描かれたこのカードは……。
『デュエル、に没頭する者ども。強く、自らのデッキと結びつき合っている連中だ。ディスクを渡せば、たやすく欲望に溺れることだろう』
ENDは淡々とそう続けた。このアルバムに収められたカードは、自分のデッキと強い結びつきを持つ人間――デュエリストたちだと。
私たちがこうして存在している以上、このカードはあくまで彼らの情報を記したものであり、人間が形を変えて封じ込められているというわけではないだろうけど……それを手渡された私は、飲み込んだ状況が理解できずに混乱するばかりだった。
「…………えっと……エンディスクを配る相手を探す、のを手伝って……くれたの?」
『餐の支度をしろと、命じたのは我である』
「や……それは、そうだけど……」
彼……彼女……? からしてみれば原子よりも小さかろう私に対し、その私よりももっと小さな無数のカードを、わざわざアルバムにして渡してくれた。
この存在が今の人間の文明を喰らいたいと思っていることは確かだし、その憎悪も絶望も諦観も、確かにすべてそこにあるものだとわかるけれど。
それはそれとして――この、END、という存在は、私の思う以上に器用で気の利く面があるのだろうか……?
ぺらり、ぺらりとページをめくり、そこに並ぶ無数の顔を見る。
多くの人間は冷たい目をしていた。ただ勝利という暮らしのために私たちを使っているのだと伝わってくる、圧制者のそれに似た目だ。
この目を持つ者たちこそ、ENDが文明の終わりを望む理由そのものだろう。形はどうあれ、彼らは間違いなく私たちと強く繋がっている。その彼らがエンディスクをどう使うのか、私が頭を働かせずとも理解できるほどに。
だが、ENDは平等だ。やはりというべきか、ENDにはこういったサンプルを選び取る――偏らせるという選択をさせる自我が存在しないのかもしれない。
冷たい目をした圧制者の中に、とても優しく温かい眼差しをした者たちがいた。純粋で、愛情に満ちている。私にはそれが特によくわかった。ずっと見ている目だからだ。
「――ありがとう、END。私が選ぶべき相手がよくわかる」
『で、あろう』
どこか満足げな、その返答を聞いた後。
私の意識はゆっくりと浮上し始めた。
『人の欲望が集い極まる、その時を――審判の時を、我は待つ。いずれまた会おう、ウィッチクラフトマスター』
その、どこか深いところに微かな優しさを秘めた声を聴きながら目を覚ます時。
私の目は、アルバムの中にある一枚のカードに――そこに描かれた青年の顔に、留まっていた。
*
この上ないほど貴重なサンプルだ。研究小屋の前に倒れていた彼を助けたとき、私はそう思っていた。
私たちにとって『人間』とは、異なる世界、異なる宇宙に生きる生命体であり、強い繋がりを得た者だけが接触できるというお伽噺のようなものだった。
違う宇宙に生きる存在と、どうやって繋がりを結ぶというのか。そう笑い飛ばしながらも私は、無意識に人間の存在を信じていた。
違う宇宙に生きる存在と、確かな繋がりを結ぶことができる強固な存在。いつか宇宙を渡ることができたなら、彼らと話をしてみるのも悪くないと夢を見ていた。
わくわくしていたんだ、私は。
君と出会ったことで私は、夢を叶えた。
夢は、叶うことでまた違う夢を生み出すということを君が私に教えてくれた。
だから、私は。うん、今度こそ私は。
薄い生地のような壁の向こうから、超えることのできない一線の向こうから、君の選択を見守ると決めた。
「先生……お呼びですか?」
こんこんとノックをしてから、私の部屋へと彼がやってくる。
彼が目を覚ますのを待って、彼の部屋に手紙を置いておいた。私の部屋に来てほしい、渡したいものがあるからと。
直接私が向かわなかったのは、とても大切なことだと暗に彼に伝えるためだ。不思議そうな顔をして私を見つめる彼に、私は一枚のカードを差し出した。
「これは――」
「『君』だよ。アレン」
そのカードには、目の前の彼と全く同じ顔の青年が描かれていた。
私の知らない名前も、そこに記されている。それが彼の本当の名前で、彼が失った、そして取り戻すべき過去だった。
「エンディスクも机の上にある。使うかどうかを、君に任せる」
「……任せる……って」
それだけ伝えて、私は彼の顔を見なかった。ベッドに座ったまま、広げたアルバムに並ぶカードをじっと観察するふりをした。
これが私の答え。私がそうするべきだと判断した選択。残るか、帰るか――その選択を、彼に任せる。
こういうとき、本当は面と向かって見送るべきなのだろうか。あるいは必死で引き留めるべきなのだろうか。
私にはわからなかった。どの研究の発表も、いつか行った魔術の講義も、けして言葉に詰まることなんてなかったのに。
どんな顔で、どんな言葉で、君と向き合うべきかが何もわからなかった。
遥か遠くに感じるほど近くで、エンディスクの起動する音がした。
周囲のニュークリア粒子が活性化し、吸い込まれていくのがわかる。やかましいほど心臓が高鳴って、口と喉が一気に乾き始めた。
いつものような、心地いい鼓動じゃない。心地いい苦しさじゃない。気づけば唇を吸い込んで、わずかに噛んでいた。
――たん、と。フィールドにカードが置かれる音が聞こえた瞬間。
「待っ…………!!」
はじかれたように私の体が動き、アルバムを床に放り投げていた。
手を伸ばした先で彼の体が粒子となってばらばらに分解されて、消えていく。
部屋には私だけが取り残される。静寂だけが私のそばにあった。
「…………」
私の脳裏に、まるで走馬灯のようにいくつもの思い出が浮かんでは消えていった。
これから先に、それは無い。私は自分が思っているよりもずっと、彼を想っていたらしい。
いつか来るものだと覚悟していたはずなのに、その瞬間が訪れた時、私の体は立つことをやめるほどに追い詰められてしまうんだな。
永遠のように感じた一瞬が過ぎたとき。
私は、目の前でニュークリア粒子が再び集い始めるのを見た。
青い粒子は人の形を作り出し、解像度が増していくにつれ、愛おしい姿がそこに現れ始めた。
今しがた無くしたはずのものが、無くなったばかりのものが、そこにあった。
「…………アレン……?」
私の心から抜け出ていったはずのそれは、膝をついてしゃがみ、私の目を見つめ返して微笑んだ。
「参照先も、召喚先も。『この世界』に設定しましたから、大丈夫ですよ。先生」
いつか私が、彼に行わせたことと全く同じことを、彼は変わらず行っただけだった。
その言葉には、説明以上の意味があるように受け取れた。そう口にした彼の目が、まっすぐに私だけを見つめていた。
「先生、僕……このカードを受け取った時。『この人は誰だろう』、って思ったんですよ」
「……えっ?」
「少し考えて、先生がこれを僕に渡した意味は……って思ったところで、やっと気づいたんです。ああ、これ、僕だったんだ、って」
エンディスクに置かれたカードを見つめながら、アレンは続ける。
「先生。僕は、アレンです。あなたが名付けてくれた日からずっと、これから先も。僕は……やっぱりアレンなんですよ」
誰かに似ていたと思っていたその顔は、いつしか『アレン』のものになっていた。
私が愛おしいと思うこの笑顔は、紛れもなく『アレン』のものだ。
伸ばした手が、今度は彼の頬に触れる。頬の肉と頬骨の感触がある。温かい体温の感触がある。指先がさらりと髪に触れる。
彼はずっと、ここにいた。壁の向こうで彼を見守ると決めたけれど、彼はずっと、私と同じ場所にいた。
……ちらと、後ろを見る。放り投げてしまったアルバムがそこに転がっている。
「アレン。私にとっても、君は誰でもないアレンだ。大事な、大切な、私だけのアレン」
少しずつ唇を唇に近づけながら、私は話す。
私の中の想い。人間世界と精霊世界に住まうふたつの生命のこと。
「――君が私を、想ってくれたように。私が君を想うように。私たちのように……互いを唯一のものと、想い合う人間と精霊の関係は、他にもたくさんあると思う?」
アレンは、小さく二度頷いてから。
私が塞ぐよりも早く、私の唇を塞いだ。
*
私は、彼がいた世界を守りたい。そこに生きる人間たちに、生きてほしいと願っている。
私はその理由を考えた。彼に帰ってほしくないのに、彼が生まれた世界を守りたいと思う、この想いは矛盾していると感じた。けれど、今になってなんとなくわかる。
そういうものなのだ、きっと。遥か彼方の宇宙に生きる者たちと私たちは、互いにとても密接に関わり合っている。
……精霊は、人間が好きなんだ。
私たちの心の奥底に、魂の根底に、そんな想いがあるのだろう。
「ふぅっ、ふうっ、ふぅ……ふう、ふぅ……!」
ベッドの上で、私に覆いかぶさった彼は硬く勃起した性器を私の股間に擦りつけている。
けだもののように浅く熱い吐息を吹きかけながら、ぐっしょりと濡れたタイツの上から、私のおまんこを刺激してくれている。
この素股はいつぞやもしたけれど、今度はまるで逆の立場だ。彼が襲い、私が襲われている。
「……先、生。…………セックス、したいです」
その目つきも、その声色も、前とはまるで違っていた。
ああ、『する』って、言ってる。したい、って言ってるけど、その内側の想いは――。
「……だ、め……♥ だめだよ、アレンっ……♥」
私の言葉にも、なんの強制力もない。ただの言葉、ただの声。その気になった彼の想いも行動も、なにひとつだって私は止める手段を持っていない。
こんなタイツなんかじゃ、彼の力に耐えきれない。だって、その下はなにも下着をつけてない。ぴりっと破いてしまえば、その先はもう。
「ぜえ、ったい、にっ…………だぁ、め……♥」
笑顔の仮面を剥いだ先に、剥き出しの笑顔があった。
心の形を浮かべた顔。淫らで浅ましくてみっともない、とろけた私の笑顔。
だめ、だめと繰り返し呟きながら私は、股間を覆うタイツに自ら爪を立てる。ぴり、と亀裂が入った瞬間に、びりびり、びりびりとその穴が拡がっていった。
「…………♥」
……あんなに、あんなにもったいぶったくせに。破いてみれば呆気ない。彼が求めてたものと、私が求めてたものが、いともたやすく与えられ合う。
剥き出しの性器と性器が、ゆっくりと触れ合う。その熱さと柔らかさと硬さを、共有し合う。
彼がここにいて、私がここにいる。彼との別離、彼との違いを私は恐れ続けていたけれど。その事実を知るのに、ずいぶんとかかってしまった。
一緒じゃないか、私も、彼も。
一緒に居たいし、一緒になりたいんだ。
「我慢……我慢だよ、アレン。セックスしちゃだめ、絶対にだめ――セックスの意味はわかるよね? 子供が……できるんだよ。これから先の未来を、他の選択肢のすべてを捨てて、人生を選ばないといけないんだよ。そんなこと……いっときの性欲に任せて選んじゃだめでしょ? ね……? だから、絶対に……だめ……♥」
とっくに限界を迎えそうになりながら、その瞬間が来るまで必死で耐えていたけれど、ふと目を開けた先には最愛の彼の苦しそうな顔があった。
ぬるん、にゅるんっ、と私のおまんこを彼のおちんちんが擦り続けている。ぐっと押しつけられて、互いに濡れそぼっているせいか、にゅるりと滑って――。
その刺激は私を焦らしているのだと、いじめているのだと思っていた。さんざ思わせぶりな態度をしてきた私へのお仕置きなのだと。けれど彼の、この顔は……。
……。
…………。
「…………ここ……っ」
彼の耳元に、そっと囁きながら。
びくびく震えるおちんちんを、指先で押して、導いて。
「――ん゙ッぐ♥♥」
瞬間。
私と彼の境界線は融け落ちた。
「だ――めっ、て、言ったのに、言っ、たの、に――ぃ…………イ゙ッ――♥♥」
最初にあったのは巨大な圧迫感。空であるはずのスペースに硬く大きな肉の杭を押し込まれた息苦しさ。
次いで感じたのは小さな予感。彼と繋がれた、犯された、その実感を頭が覚えるよりも早く、それが来た。
来た、来る、来る。今、それが到来する。私の意志を踏み越えて、際限なく膨張し続ける快楽、それの名を――っっ。
「イ゙…………っっ、く……ぁ…………くっ、…………ぅうぅううっっ♥♥」
彼の背中をめいっぱい抱きしめて、膨張し続けながら爆ぜる快感に必死に耐えた。
挿入、された。処女を、失った。たったそれだけで、私は果てた。
羞恥と歓喜と快楽と幸福で、頭と心と感情のすべてがぐちゃぐちゃに掻き混ざる。
何を、感じていいのかもわからない。何に、心を向けたらいいのかもわからない。
知らない。全部、全部、知らない。待って。動かないで、アレン。私、まだ帰ってこれてない。絶頂が、まだ収まりきっていな――。
「はぇ゙あッッ!!?♥♥」
――。――――、――っっ。
ずん、ずんと、ぶつかる度、突かれる度に、思考が、白く、飛んでいく。振動と、衝撃だけが、私の輪郭を、成していた。
待っ、て。とめ、て。思考の自由を、せめて私に与えて。伝えようにも、彼の体が私のすべてを包んでいた。
腰、だけで、彼は、私のすべてを押さえつけている。逃れ、られない。思考も、心も、体も、何もかも。
「あ゙ッッ、あ゙、ぁ、っぐ、ぇあ、あ゙ふっ…………!!♥♥ ぎぅ、あ゙ッッ――!!♥♥」
ああ、ああ。ああ、私。彼に。
彼に、犯されてる。彼に、使われてる。
乱暴で乱雑で、私のことなんてなんにも考えてないような、野性的な腰使い。
ひどい。なあ。ひどい、ほんとに、ひどい。息を、することすら、許してくれない。本当に、本当に、本当に。
「――ぇへ…………♥♥ へ、ぇへへっ♥♥ あ゙っっ♥♥」
気持ち。
いい。
遥か、遠くに感じるほど近くで。
彼の、声がした。
「――っ、出す、出すっっ、イく、イきますっっ、先生、先生にっ、全部、全部出すっ……!! 僕のっ、僕だけのっっ……!! ぃ――っぐ!!」
答える余裕もなく、当然に。
絶頂し続けて弱りきった私の子宮めがけ、彼の精液が注ぎ込まれる。
びくん、びくんと震える彼の腰の痙攣でですら、私は絶頂させられる。注がれる、注がれる、溢れる、注がれる。どくどく、どくどく、何度も、何度も。
ああ、うれしい。私のおまんこは、ちゃんと彼を射精させることができたんだ。手よりも気持ちよくないなんて、思われたくはなかったからなあ。
溢れても溢れても尚、精液が注がれ続けて。ようやく射精が終わって彼の腰が止まるとき、私は呼吸を許される。
大きく息を吸い込んで、咳き込んで、何度も何度もこんこんと喉を鳴らし、えづいて、その繰り返し。
やっと呼吸が落ち着いたころには、彼はこの上ないほど情けない顔で私を見ていた。罪悪感に満ちた顔だ。自分でやっておいて。
「せ、んせ……っ、その…………ごめんなさいっ……」
「……アレン」
消え入りそうな彼の声に、いつも通りの声を作って問いかける。
「気持ちよかった?」
彼は、こくりと頷いた。
「じゃあ……満足した?」
彼は、頷かなかった。
わかってる。伝わってる。つながってるから、全部わかる。
「アレン」
だけど、まだうまく言葉を作れないから、せめて。
剥き出しの想いを、彼に伝えることにした。
「君が好きだよ。私、君が好き」
――ああ、ああ。怖いな。すっごく怖いな。
これを言ったら、壊されちゃうじゃないか。彼がするセックスがあんなに乱暴だとは知らなかった。
息はできない。思考は許されない。快楽は止まらない。私の小さな体じゃあとても受け止めきれないよ。
ああ。でも。だから、私。私は。
「……いいよ。アレン。何度でも、君が満足するまで、何度でも、何度でも」
私は。
「私が、君を忘れられないくらい。君が、私を忘れられないくらい。何度でも。何度でも」
彼に。
壊されたくて、たまらないんだ。
「私は、君の命令を守るから。――何をされても、抵抗しないから。だから」
「私を。……犯して?」
それから、次の朝日が昇るまで。
私の口が、意味のある言葉を吐くことはなかった。
*
この宇宙を内包する巨大な生命体に、意思や自我というものが存在するのなら。
あのモンスターたちは、その意思が反映されてしまったが故に現れ始めたのだろうか?
あるいは――私たちも、願われているのだろうか。その存在に。
『新た成れ』と。
「先生――!!」
郊外に出現した、ニュークリア化したラビードラゴン。人の少ない集落に突如として現れた災厄の前に、私は立つ。
駆けつけるのに遅れた分、周囲の様子はひどいものだった。けれどたまたま遠出していた彼が居合わせなかったならば、被害はこの程度に収まっていなかったことだろう。
消耗し、立ち上がることもままならない様子の彼を一瞥してから、私はそれの目を見た。青く光る瞳。ニュークリア粒子が与える力に耐えられなかったモンスターの瞳だ。
「メルカバーでは……倒せませんでした。持ちこたえるのが、やっとで……せめて、アウゴエイデスに繋げられたら……っ」
「避難は?」
「完了……しています」
彼の腕にも、その青い光はあった。形のないデュエルディスク。この精霊世界で、デュエリストは強い意志で念じることで自らのデッキを戦う力として使うことができる。
だが、そこに存在しないモンスターの召喚には尋常でない精神の消耗を伴う。よく耐えたと、私は心の内に彼を称えながら。
自らの左腕に、デュエルディスクを形成した。
「ダメージ計算時。私は、ウィッチクラフトマスター・ヴェールの効果を使用」
――ラビードラゴンの腕が私を襲う。巨大な前腕に速度を乗せた、正確無比な一撃。
その腕を、私のデュエルディスクから溢れ出した六十枚のカードが形成する翼が受け止めた。
びしりと奇怪な音を立てて、その腕に亀裂が走る。六十枚の、カード名が異なる魔法カード。その全てが私が持つ知識の一端。その全てのカードの表面が、対する相手に向けられている。
「……粉砕、しろッ!!」
本来であれば全く不要な、ただ怒りに任せて乗せた八つ当たりの攻撃力を、私は放つ。
握り拳が正面の空中を殴りつける。瞬間、ラビードラゴンの全身は弾け飛んで霧散し、形跡すらも残らなかった。
カードの翼は戦闘の終了と同時に散らばって、私のディスクに吸い込まれて重なり、束に戻る。精霊世界だからこそ行使できる、無法の一撃だ。
「ふうっ……。……アレン! 怪我は?」
「大丈夫……です。怪我はありません……」
呼吸を整え、周囲の安全を確認してから、ディスクを消して彼の元に駆け寄る。
肉体に傷はないが、精神力を大きく消耗している。無理に立ち上がろうとする彼の肩を押さえ、座っていなさいと暗に伝えた。
「……。ここ最近。ニュークリア・モンスターが、数を増していますね……。人間世界は、大丈夫かな……」
「今のところは静かだよ。けど脅威に晒されているのは向こうも同じ。遅いか早いかの違いだろうね」
彼のそばに腰を下ろし、同じ空を見上げて同じ世界に想いを馳せる。
遥か遠くにありながら、密接に繋がり合う世界。ニュークリア粒子を共有している以上、ごくごく稀に事故が起きることで世界を渡ってきてしまう者もいる。
向こうの世界に存在する言葉でいうのなら――神隠しとでも呼ぶべきなのだろう。私の伴侶は、そうしてこの世界にやってきた。世界を渡る手段である、エンディスクを用いることなく。
「人間世界に行く度に、思うんだ。あの世界は平和に見えて、その実、誰もがずっと争い続けてる。切磋琢磨し、鎬を削り合い、時に非情に徹し、時に絆を深め合って……みんな、強く生きてる。生命力に溢れていて、息苦しさを覚えるくらい暑苦しくて……そんな彼らの手にはいつだって、切り取られた私たちの世界があった。圧制者の目をした者の元にも……とても優しい目をした者の元にも、同じように」
彼らはみんな、誰かと相対しながら、私たちと向き合っていた。
彼らにとっては架空であるはずなのに、いつだって彼らは私たちに対して本気だった。
「……エンディスクを預けられる相手を、ようやく見つけたよ。えらく治安が悪くて実力主義な街の住民なんだけどさ――」
彼と同じように、その青年も私たちの使い手だった。
そしてその青年が想いを寄せる相手は、私のよく知る女の子。背の高い、頼りがいがあるけど泣き虫な彼女。
「だからこそ、なのかな。その街には結構、逸材が揃っててさ。…………賭けてみたいって思えたよ」
最初に渡すなら彼がいい。
私の中に、そんな結論が生まれていた。
そして彼と彼女が結ぶ、欲望という絆を確認できたなら――次に渡す相手も決めていた。
「先生の判断を、僕も信じます。……支えます」
私の言葉を聞くうちに、彼の心も休まったらしい。
そっと彼の肩に私は頭を乗せて、ありがとう、と呟くように口にした。
――精霊世界は、あらゆる文明が混在する奇妙な世界だ。
砂の大地が地平線を描く荒野を歩いた先に、巨大な高層ビルがいくつも立ち並ぶ街が現れる。
魔法が発達した原始的な生活を営む集落と、魔法が必要ないほど科学技術が発達した街が隣り合っている。
当たり前のものだと受け入れながら、ずっと疑問に思っていたことだった。この文明たちはどこから来たのか。この文明たちはどこにあったものなのか。
この宇宙が、私たちの宇宙がENDの内にあるというのなら。あの文明たちが何なのか、必然に答えは現れた。
大きなフードを被り、その身を隠しながら人間世界に足を踏み入れた私は、確かにこう思った。
この世界が、この文明が。
彼らのもとで、続いてほしいと。