相馬温泉の個室は、大日本帝国の夜空の下で、洋室と和室の境界を曖昧に溶かす贅沢な空間だった。
奥のベランダには、夜景の星屑を映す個室風呂が湯気を立ち上らせ、蒸気魔術の微かな吐息が、部屋全体を甘い霧で満たす。
ケイコが一礼して去るのを、ライラは軽く頭を下げて見送り、戸を閉めると、教授の仮面を脱ぎ捨てた少女のような無邪気さで、洋室のソファに腰を沈めた。
柔らかなクッションが体を受け止め、浴衣の裾がわずかに乱れ、白い素足が照明の柔光に照らされて、陶器のように滑らかに輝く。
「おいおい、子供か」
ハイタの軽薄な声が響き、ライラは緑の瞳を細めて返す。
「アンタからしちゃ子供でしょうね?」
ハハ、違いねえな——ハイタの笑いが部屋に広がり、邪神の仮面の下に、人間的な温もりが覗く。
部屋を見回すハイタの視界に、霊子の文字情報が浮かび上がる。
防音結界、防監視魔術結界、クラック式神への障壁、そして千里眼系統向けの概念防御——ケイコの気遣いが、異界の呪文のように完璧に張り巡らされていた。
「ウィリアナ達がそう無闇に見には来ないと思うけど……至れり尽くせりの個室ね」
ライラの声が、ソファの上から柔らかく響く。
彼女の三角座りが、浴衣の隙間から素足を露わにし、照明の光がその曲線を優しく撫でる。
「あの女将、本当に只者じゃあないな……で、しないの?」
ハイタの言葉が、日常の遊びのように軽やかだが、瞳の奥に渇望の影が揺れる。
ライラはビクッと体を震わせ、膝に隠れるように縮こまる。
「……わかんない」
その一言に、ハイタはやれやれと息を吐き、軽薄な仮面を剥ぎ取り、王としての傲慢な口調で語りかける。
「ライラ、ああいった邪神との付き合い方を教えてやる……」
言いながら、彼女の後ろに回り、両肩に手を添える。
温かく、しかし異界の力を持つ指先が、浴衣越しに肌を伝い、肩から肩甲骨へ、ゆっくりと滑り落ちる。
ライラの体が、くすぐったさに「んん……」と捩れ、吐息が漏れる。
「奴らは『人格に近い神格』を持つが、同時に『概念』だ……気にする必要はない、仮に親父が嫌いであっても、時空そのものを否定するなんてのはオールドやトードのようなイカれだけだ」
ハスターの声が、低く響き、手つきは脇の下を通り、胸へと進む。布地の下で、ライラの欲望が微かに脈打ち、息が熱く乱れる。
「はぁ、あっ」
腰が反り、彼女の体が本能的に反応する。
「それとも何か、お前の蜜も俺があの毒婦と同じ淫乱の安酒と同じに見ると思うか? 余り侮るなよ、俺はこれでも美食家だぞ?」
ハスターの指が、硬く突き出た先端をなぞり、掌で胸全体を揺すりながら、サスサスと弄ぶ。
ライラの体が震え、紅潮した頰が熱く染まる。
「はっ、はぁぁっ……わかった、わかったか、らっ」
声を絞り出し、手を掴んで静止させる。
半目でハスターを見上げる彼女の瞳は羞恥と渇望の狭間で潤む、床に敷かれた布団を指差して、彼女は短く言う。
「あっちで。」
その言葉に、ハスターは「ハイハイ……」とハイタの口調に戻り、ライラをお姫様抱っこで抱き上げる。
軽やかな体躯が、彼の腕に収まり、浴衣の裾がわずかにめくれ、素肌の温もりが伝わる。
「ハスター……」
「あん?」
耳まで真っ赤な顔で、ライラは囁く。
「ありがと……今日は、ちょっと甘えすぎてた」
素直な言葉に、ハイタは困ったような笑みを浮かべる。
「ま、凹んだ頭のぶんは飲ませてもらわねえとな」
ハイタがそう返すと、ライラは嫌がる猫のように掌を頰に押し付けハイタの顔を歪ませる。
「ふがもが」
「アレは自業自得!私以外の裸を見るんじゃない!」
そんな軽妙なやり取りが、部屋の空気を甘く溶かす中、二人は布団へ移る。
ハイタの指が再び動き、浴衣を緩め、ライラの白い肌を露わにする。
「ハスター……来て」「これも良い、趣だな……」
彼女の体が、異界の快楽に震え、吐息が部屋を満たす。
ハスターの本性が、優しくも貪欲に、魂の蜜を味わう——復讐の炎が、背徳の宴に変わる夜が、静かに始まるのだった。
ハイタの指先が、吸い付くように浴衣の上からゆっくりとその先端を啄むたびに、ライラは「あ、あっ、あっ」と甘い声をあげる。
床に敷いた布団の上でライラを背後から抱き寄せるハイタは、比喩を逸脱して捕食者のように捕まえたライラの身体を弄り遊ぶ。
「ハスタ……やっ、これ……せつないっ……ぃいっ」
「待て待て、これも大事な仕込みだ……極上の酒をただ煽るだけじゃ味気ない」
甘い悲鳴を堪能するように、ライラの後頭部に顔を埋め、吟味するようにスン、と香りを楽しむ。
その刺激すら心地いいライラには堪らなく、下腹部にどんどん溜まった欲望が破裂する時を待ちきれないかのようにトロトロと蜜を含んでいく。
「はぁっ……はぁ……美味しく、されちゃう……っんっ! あふ、ん」
興奮のまま、上気した顔でうっとりとその『調理』を受け入れるライラは四肢を折り曲げて抵抗するが、弱々しく受け入れているのが見え透いていて。
このまま一気に食べてしまいたいとハスター自身もその食欲を刺激されてしまうが、それでも、耐える。
「人間は、こう言うのをなんと言うのだったかな……純愛、ではないか……好きであれば、快楽は罪ではないんだというな」
「はぁぁっ……わかんない……融ける、融けちゃうから……ぁあっ」
いつもの理知的な態度は、熱にドロドロに溶かされ、ライラはもう子供のように泣き声を上げるしかない。
しまった、捏ねすぎたか?そうも思ったが、ハスターは舌なめずりしながら起き上がり、ライラの折り曲げた膝に手を置き、それをゆっくりと開く。
「……! ……っ、んんっ」
抵抗はない、ただ、ライラは目を背けながら、促されるままに脚を拡げる。
とろり、と白く濁った蜜が溢れ、温泉で温められた体温の発露のようにわずかな湯気を立てている。
ごくり、と息を呑む……神として、初めてではないはずなのに……いや、愛を交えた行為などハスター自身太古の昔に『一人しか』経験はない。
ハスターは、そんな過去の経験を振り払って、目の前の美食に、自ら整えた神饌に感謝するように、日本式の言葉でライラを味わう礼儀を払った。
「では、いただきます……」
「ふぁ……きゃ、ぁああっ!あっ、あああ!」
ハスターの冷たい舌が、蜜を絡めながら太腿から、鼠蹊部、そして淫らな蜜の源泉に辿り着く、その道のりにゾクゾクと被食の快楽が駆け巡り、終点をざりりと舌がなぞる刺激に弓形に跳ねる。浴衣が乱れ、玉の汗が飛ぶ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!っう!うううっ!」
ライラは、先の房中術など目ではない、幸福な絶頂を味わい、それを全身で噛み締める。
ガクガクと太腿が揺れ、ハスターは構わずに源泉から溢れる蜜にしゃぶりついて離さない。
食事であり、情事、矛盾するようで、しない行為。
それは連続した絶頂で頭がおかしくなりそうな刺激をライラに受け入れさせ、その魂を揺さぶってハスターに与える。
「はぁぁっ……はぁっ……ぁぁっ……は、はすた、はすたぁっ!」
「ぷは、何だ?」
息を荒げながら、なんとか彼を呼び止めたライラに、ハスターは悪戯な笑みを浮かべて応える。
「はぁっ……はぁっ……私だけじゃ、やだ……」
「……ふはっ、はいはい」
ハスターの欲望もまた、この温泉郷に満ちる霊子の影響で、生者のような張りを持っていた。
それに、舌を這わせて、味わうライラ。食べられることに快楽を見出す彼女だが、この行為も気に入っているのか前戯として彼女はよく行っていた。
温泉で温められた体内の熱が、ハスターの欲望を包み、しごき、舐めとる。
「んんっ……ちゅる、ふふ……好きぃ……いつもより、活きがいい……」
「っ、んん……業腹だが、やはり此処は快適だ。死体の依代も……まるで生前だからな」
ハスターの言葉に、ライラはふとした疑問を口にした。
それは普段であれば絶対に気にしても言わないことではあるが、欲望に蕩けた理性がその箍を外したと言える。
「それって……ちゅる、ハスターのんむぅ……性液で、赤ちゃん……じゅるるる、出来ちゃうかなぁ?」
「………んん!?」
欲望をしゃぶりながらのライラの爆弾発言に、その余りにも冒涜的な発言にハスターは驚き、その刺激に耐える意識が緩んだのかビュル、と白濁した熱がライラの顔にかかる。
「くうっ」
突然の射精感に、ハスターは食いしばって耐えるが、止まらない。
どんどん、熱い白濁がライラの顔と髪を汚していく。
「ふわっ……ぁ……んっ」
「お、お、お前ぇ」
顔を手で隠しながら、ハスターはプルプルと不意打ちを喰らった恥に震えているが、ライラは顔じゅうに浴びせられた白濁を手で弄り、そんな彼の様子に奇妙な征服感を感じてにへらと頬を緩める。
「へへぇ、動揺した?」
「……しましたよ畜生、エロい時のお前本当にっ……卑怯だぞ?」
ライラはもう羽織っているとは言えない浴衣を一思いに脱ぎながら、ハスターの上に跨る。
「ハスターぁ……ハスター……はぁっ、私の邪神、私がそれを望んだら、受け止めてくれる?」
「可能な限りは。それが、矛盾を孕んでいても……邪神として、公的性なんか考えない無責任な神として、俺はお前の味方だよ、ライラ
愛しい、俺の蜂蜜酒」
とろとろの蜜壺をかき分けて、熱い肉が侵入し、内壁を味わうようにゾリゾリと侵入してくる。
「ん゛……っ、ふ、あ、あっ……ふぁああっ!」
ぷるぷると震えながら、腰を下ろしていき、力が抜けたようにすとんと堕ちた尻が跳ねて、ライラの身体が、ハスターの欲望を呑み込む。
涙が浮かぶ、汗が跳ねる、ハスターを抱きしめ、脳天を突く快楽を噛み締めるように震えるライラをハスターがその上から抱きしめて頭を撫でる。
力むライラの脚が、布団のシーツに深い皺を刻んでいく。
「しかし、それも良いかもな……俺とお前の子孫を、俺が守っていく……それも一つの神の有り方として良いかもしれん」
腰を使い、ライラの奥をトントンと突きながら、ハスターは一考する。
腰の動きに合わせて、息を吐き、幸福に震えながら、ライラは首を横に振る。
「やぁっ……そんなの、私が……っ私が、妬いちゃう……っ」
ぎゅう……と己の肩を握りながらわがままを言うライラに苦笑いしながら、ハスターは腰を早めていく。
「なんだ、結局お前も俺が邪神であることを求めてるではないか」
「あっあっあっ……私のぉ、邪神だものっ……ぅぅぅんっ!」
ビクビクと震え、甘い絶頂が連続し始めたライラに、深い絶頂の予感が鳴ってくる。
抱き寄せるライラの耳元に囁きかけるように、ハスターが自身の予感も呟く。
「そら、いくぞ?受け止めてみろ……ほら、その胎で受けてみろ……っ!」
「ぁぁあぁぁあっ、イく、イッ……っぃい゛っ!!」
ビクン!と一際強く跳ねたライラの尻をハスターの両手が掴み、押し込むように引き寄せる。
ドクン、どくん……強い鼓動のような、熱い吐息が、胎の中に広がる感覚に、ライラの魂が大きく震え、深い絶頂の波が圧倒的な多幸感として脳髄を支配する。
「イグゥっ……う、ぁあああぁぁぁっ」
ぴくぴくと震えるしかできない、抑え込まれた全身で、ハスターの食欲だけではない欲望を受け止める……魂が舐め溶かされるだけではない、本物の幸福、それをライラも味わい、余韻に浸る。
「っはぁっ……はぁ……あぁ、本当に……愛しているよ、ライラ」
「はぁ、はぁ、はふ……好き、ハスター……いつか殺す、その時まで……」
ベランダの木桶のような個室風呂に腰掛けたハイタの膝に座り、景色を眺めるハイタは、ブクブクと赤い顔を湯船つけて泡を立てるライラを撫でる。
「のぼせっちまうぞ?」
「もう、こんな茹で上がった脳みそ溶けちゃえば良いのよ……」
自分で言ったことを思い出して恥かしくなったライラは、それでも胎の奥に残る熱にお腹を撫でて満足そうに微笑む。
「そう言うところも好きだぜ、俺は」
「私が持たないのよ、馬鹿」
ついに呼び名が邪神ですら無くなってしまった、と肩を落とすハイタ……しかし、その『馬鹿』の中にどれだけの感情が詰め込まれているのか……
かつての人形が、これほどまでに風味豊かな感情の飴玉になった事に、黄衣の王は美食家として最大の満足を覚えていた。
いずれ尽きる復讐の渦、その最後の時まで続くこのささやかな幸福が……いつまでも続けば良いのに。
神である黄衣の王は、それでも己のために願う……そう、邪神であるからこそ。