子供から大人まで、しかも男女を問わないというプレイヤーの幅広さには、イラストのクオリティの高さや拘られたフレーバーテキスト等によるカード自体の人気だけではなく、発売元であるJBHことジュエルボックスホビーが手掛けたARプレイフィールドのカードショップやショッピングモール等への普及が一役買っている。
このARプレイフィールド、フィクションではお馴染みのキャラクターが飛び出して実際に戦っている、というシチュエーションが現実になったかと錯覚する程のハイクオリティな立体映像を映し出すことが可能。音声の質も一級品とリアリティの追求に余念が無い一方、戦況に応じたUIを表示する事でプレイヤーへのサポートを行い、初心者にも優しい環境作りが成されている。
TtMは、ARの力で人気をより絶対的なものにし、今も多くのプレイヤーを取り込みコンテンツを拡大させ続けている訳だ。
そして此処にも、TtMを始めんとする少年が一人──
「ふふふ……遂に僕もお小遣い貯金でチケミスのスターターデッキ各種とパックを買えたぞおぉぉっ!!…………パックは予算の関係で1枚しかないけど……」
自分の部屋に帰り着くなり大はしゃぎし始めたこの少年こそまさに新たなプレイヤー、
家の手伝いを今までの倍熟し、テストも丁寧な復習で高得点を獲得。膨れ上がった報酬のお小遣いでスターターデッキ5種を買って余りある額を貯金してみせた。小学生間ではなかなかの偉業であり、代償として貯金箱が軽くなったこと等今の彼にとっては些細な問題だ。
「さてと……どのデッキから開けよっかなぁ?全部楽しみで迷っちゃう……いや、やっぱりパックを開けよう!これを開けるのが一番わくわくする気がするし!」
好きなおかずやメインディッシュには真っ先に箸を伸ばすタイプの颯一は、思い立ったが吉日とばかりにすぐさま勉強机のペン立てからハサミを取り出した。そしてパックの上部を慎重に切り開く。
「……何が出るかなっ、と!」
しゅぴっ、と小気味よい擦過音を立ててパックからカードを引き抜くこと4回。コモン、アンコモン、コモン、レア。確かにイラストは評判通りにかっこいい、綺麗、と感じるものばかりだったが、低レアリティだからかどれもピンと来る程の逸品ではない様に思えてしまう。
「うーん、やっぱ僕の引きってフツーなのかなぁ……今まで大当たりなんて引いたことも無いもんね。まあ、最後の1枚で凄いレアを引くこともあるって言うし。気を取り直して……よし、来いッ!ドロー!!なんちゃって……ん?」
漫画のキャラが切り札を引くシーンを模倣して一際威勢よくカードを引き抜いた、その時。きらり、とカードが光った気がした。違和感を覚えて手の中のそれ目を凝らして見れば。
「『
思わず目ん玉が零れ落ちんばかりにかっぴらきカードをまじまじと凝視する颯一。その全面には、すらりとしてくびれのある肢体を淡いクリーム色と清潔な純白の体毛で覆い、胴に神々しい翼を生やした正に聖獣と称すべき存在が、エメラルドにもサファイアにも見える瞳でこちらを見ている光景が描かれていた。
欠けひとつ無い鏡面を思わせる艶やかな光沢と、高名なアンティークの鏡台の装飾にも引けを取らない細やかな縁取り。最上級のレアリティである
「す、すごいや……。まさに神引き……ううん、運命的な引きだ。来てくれてありがとね」
どこまでも神秘的な美しさと、今にも動き出しそうな迫力にあてられたのか、颯一はカードに向かって語りかけ、含羞む。
「って、何やってんだろ僕。生きものでもないのにカードに話し掛けるなんて……そんなに気に入ってたのかな?確かに凄く嬉しかったけど……」
「──そう言って貰えると、凄く嬉しいです。ボクも来て良かった、って思ってますよ」
突然聞こえた高く澄んだ声に、えへへ、と頭を搔く颯一の手が止まる。家族の誰とも違う声色が、彼しかいないはずの部屋から聞こえてくる等有り得ない。困惑する颯一に、声がまた語りかけてくる。
「こっちです、カードの方を見てください」
「カード……?って、うわ!?光ってる!!」
今日何度目かの驚きで仰け反り、煌々と光を放つカードから手を離してしまう颯一。だがカードは重力に逆らい空中に留まった。説明のつかない現象の連続が、レアカードを目にした時とは異なる驚きを颯一に与える。空いた口が塞がらない様子の彼だったが、極め付けはこれからだった。
光が一段と強さを増し、部屋中を白く染める。颯一は耐えられず目を瞑り手で覆う。やがて光が治まったのか、目をチクチクと刺す様な感覚が無くなったので、颯一は目を擦りながら周りを見回す。
「……驚かせちゃいましたね、ごめんなさい。そしてはじめまして。カードでもう知っていると思いますけど、ボクはミララ。カードの向こうの世界では、真識る聖獣、なんて呼ばれたりしています。これからよろしくお願いしますね!」
先刻までカードのあった場所には、もう大人しくなったカードの隣に、ふわふわのクリーム色と白の体毛に身を包み、青緑の宝玉のように美しい円らな瞳でこちらを上目遣いに覗き込む小さな獣──カードに描かれた真識る聖獣 ミララを縮めた様な姿をしている──がちょこんと愛らしくお座りしていた。それは名を名乗り、よろしくの挨拶とともに羽をパタパタと動かし微笑んでみせる。
「……?どうかしましたか?あっ、よく聞き取れなかったとか?ではもう一度……。んん゛っ、ボクはミラ──」
ミララと名乗ったそれは固まってしまった颯一を不思議そうに眺め、声が小さかったかと今度は先程よりも大きい声で名乗り──
盾札颯一の人生で最も大きな悲鳴に掻き消された。
「はっ、はぁっ、はぁっ……びっくりした……耳がキーンって……」
「……あっ、ごめん!!余りにも驚いちゃってつい……大丈夫?」
耳を塞ぎ涙目で蹲るミララの背中をさすりながら謝る颯一。何とか調子を取り戻したミララは「大丈夫です」と微笑む。
「仕方ないですよ。カードの向こうから誰か飛び出してくるなんて、普通は思いもしませんし……」
「うん、まあカードはカードだもん……。あ、僕も全く状況が分からないんだけど……説明してもらえるかな?」
「勿論です!まず、このカードについて質問しますね。あなた……名前を聞いてもいいですか?あなたは、これらのカードはどういうものだと聞いていますか?」
傍らの床に落ちている自身のカードを、ミララは前足で優しく拾い上げる。そして、クイズ番組の回答者が記入したフリップを見せる要領で、ロゴマークのある裏面を颯一に見せる。ぬいぐるみサイズのミララにはTtMのカードは少し扱いづらそうだったが、持て余すこと無く器用にやってみせた。
「あっ、僕は盾札颯一。颯一って呼んで。それで、チケミスの話だっけ……チケミスは精霊とかの世界とこの世界をカードで繋いで、向こう側からモンスターを呼び出したりして戦う……みたいな世界観だって聞いてるよ。……まさか?」
「ソーイチ、ですね。……はい、そのまさかなんです。とは言え誰でも世界と世界を繋ぐことが出来る訳じゃないんです。しかも、資格があったとしてもやたらめったら繋げたりはできません。」
「……つまり、繋がるのは凄く珍しいことなの?」
「そうです。時々ソーイチとボクのカードみたいに、資格のある人と波長の合うカードが出会ってやっと、呼びかけに応じてソーイチの世界にボクらを呼び出せるようになるんです。だからボクたちがこうやって出会えたのは、運命……って言っても間違いないと思いますよ」
「……な、なかなか難しい仕組みなんだね」
運命。運命的な引きだと喜んでいた場面を見られていたような気がして恥ずかしくなった颯一は、ミララのカードからつい視線を逸らす。低い位置にあったカードから逸れて上に行った彼の視線は、ミララの笑顔とぶつかった。
出会ってからまだ短いが、笑顔は微笑む程度が多いようなミララの花が咲いた様な笑顔が眩しくて。そして、自分と会えて嬉しいと言わんばかりの態度が嬉しくて。自分でも単純だと思うし、相手はそこまでの思いで口にした言葉ではないだろうけど。
盾札颯一は、聖獣ミララにドキドキしていた。理由は単純だが、小学生男子なんてそんなものである。
その後颯一はミララの笑顔で頭がいっぱいになり、「今回ボクが勝手に出てきたのは、最初だけの仕様なので安心してくださいね。次からは光ったりもしないですよ」と説明するミララへの受け答えが生返事ばかりになったあたりで夕食に呼ばれ、これ幸いと離脱することにした。
その折にミララが「折角だしこっちに居たいですが、万一にも見つからないように隠れますね」と水中に潜るように部屋の姿見に消えていった事で、颯一は飛び上がって魂消たものの一旦冷静さを取り戻したのであった。
「ミララ、お待たせ。出てきていいよ」
「あっ、ソーイチ。おかえりなさい!よいしょっ……と」
夕飯を食べ終わり部屋に戻って来た颯一の呼び掛けに応え、ミララが鏡の向こうから抜け出て来た。颯一はミララとの出来事ですっかり開封を忘れていたスターターデッキたちに手をつける事にした。再びハサミを手にパッケージの紙箱と格闘していると、彼の肩にミララがふわりと羽ばたいて乗っかってきた。
「そう言えばソーイチ、君はチケミスをするのは初めてなんですよね?」
「あー、うん。動画とかはほんのちょっと見た事あるんだけど、ルールはサッパリで……」
「じゃあ、ボクが戦い方を教えてあげましょうか?もう外に出るには遅いですけど、まだ眠くは無さそうですよね」
颯一はミララの方を振り向き尋ねる。ミララの頭部が獣の骨格をしているため、想定より距離が近くなって颯一はドギマギしたが、ミララは気付かない。
「良いの?願ったり叶ったりだけど……。っていうか向こうの世界?から来たミララがカードを使っても大丈夫なの?」
「勿論です!それにデメリットも特に無いですよ。まあ、ソーイチみたいに向こうのモノを喚び出すことは出来ませんけど」
「じゃあ、お願いするよ。そうだ、俺のデッキにミララを入れていい?自分と戦うっていう変な状況になっちゃう訳だけど……」
「構いませんよ。ボクはソーイチの物ですから!」
誤解を招く台詞を朗らかに言い切るミララ。颯一はタジタジだった。ミララのカードを組み込みシャッフルしていた光のスターターデッキをぶちまけてしまい、慌てて纏めてぎこち無くシャッフルし直す。
「……そっ、そう……。……ぇ?今僕のものって……まあ……じゃあ、とにかく初試合、宜しくお願いします」
「はい、宜しくお願い……あっ」
ミララは運んできた木のスターターデッキを手に立ち尽くす。体のサイズの問題でシャッフルが出来ないのだ。
「ソーイチ……代わりにシャッフルして貰えませんか……」
「……あー……わかった……」
がっくりした様子のミララを宥めながら、颯一は2個目のデッキのシャッフルに取り掛かる。こうして、颯一の人生初めてのTtMが始まるのであった。
僕もミララちゃんくんにTtMのルールを手とり足とり教えてもらいたい人生でした(血涙)。