つまり、手札をどれだけ適切に管理できるかは、カードゲームの勝敗を大きく左右する要素のひとつである。そんな手札の管理において、ドローソースの豊富な水属性のデッキを用いる瀬戸海斗は盾札颯一を1歩上回っている。
そんな海斗のデッキで最もドローに特化したカード、『覇者の海域
「僕のターン、ドロー……!スピリットは、チャージしない……」
4ターン目にして颯一のスピリットチャージが途切れた。『懲らす法典 ファイネ』『スタン・スパーク』、そして『夢食む幼聖 バクラ』による強引にダメージを与えるコンボ。それは攻撃ではないためエマージェンシーを受け付けない安定性があり、確かに強力だった。
しかし、消費が激しいというデメリットもある。手札を1ターンで3枚も枯らし、颯一の手札は0。息切れしてしまった為、カードを使うのを諦めるか、スピリットチャージを見送るか、その両方か。とにかく自身の行動を制限することを受け入れ無ければ、この苦しい状態から脱するのは不可能だ。
「グロリアの効果で1コスト軽減、『針纏う幼聖 ミホグ』を召喚!!」
『針纏う幼聖 ミホグ』
コスト5・光
ガーディアン(ガーディアンを持つモンスターはローの時、バトルの後自身を破壊する事でガードを行える)
このモンスターが破壊された時、相手は自身のハイなモンスターを1体選んでローにする。
3000 / 35
「ミホグは、効果を使えば1ターンにモンスター3体分の攻撃を足止めできる!簡単には流れを持って行かれないよ……!」
「大量のモンスターの対処ができるカードをここで引いてきたか……コンボを使えるプレイングに必要なカードを必要な時に引ける運!やっぱお前強えな、颯一!」
「海斗こそ!さっきの超ドローからの組み立て、びっくりしちゃったよ!……僕はここでターンエンド。……海斗の布陣、堅いなぁ。どうやって崩せば……」
お互いを称え合う少年たち。しかし颯一は海斗の堅牢なモンスターの壁の対処法が見えず、モールの喧騒で掻き消える程の小声で弱音を吐く。
「──ソーイチ、ソーイチ」
「……ミララ?どうしたの?」
だが、それを聞き逃さない者もいた。颯一の背負うリュックサックに潜り込んでいたミララだ。彼はリュックからはみ出したぬいぐるみを装いながら、颯一の耳元で囁いた。
「ソーイチ、次のドローでアレを引ければ逆転できるはずです。今はここをしっかり耐えることだけ考えててください」
「アレ……って、今日引いた新しいカード?」
「はい、心の中でいいのでソーイチがボクに呼び掛けてください。勝ちたい、力を貸して……って。そうしたら、ボクが応えます。できる限り──ううん、必ず最良のドローを約束しますから」
横目に見ても思わず目線が吸い込まれてしまう様な美しさを湛えた、澄み切った中に芯のある決意の滲むミララの瞳。颯一は暫くそれに見蕩れた後で深く頷いた。
「わかった。絶対ふたりで勝とう!信じてるからね!」
颯一はミララの小さな手をそっと握ると、海斗の方に向き直った。海斗がスピリットをビーハイし、デッキからカードを1枚引く。このターンこそが分水嶺になるとお互いが理解しているからか、フィールドには張り詰めた空気が満ちる。
それを海斗が打ち破った。スピリットをチャージすると同時に、即座にそれを使いモンスターの召喚を堂々と宣言する。
「そろそろ畳み掛けるぜ!フィドーラの効果で1コスト軽減、5コストで『
『
コスト6・水
アサルト(このモンスターはバトルゾーンに出たターンにも攻撃を行える。)
自分のバトルゾーンにある『大洋の哨兵 サーディン』全ての衝撃力を+5する。
このモンスターがそのターン初めて攻撃を行った後、自分の場の『大洋の哨兵 サーディン』を全て破壊する。この時2枚以上『大洋の哨兵 サーディン』がグレイブにあるなら、このモンスターをハイにする。さらに3枚以上『大洋の哨兵 サーディン』がグレイブにあるなら、このターン中このモンスターの衝撃力を+10する。
5000 / 15
巨大な魚影が、海と化したフィールド上に現れた。それはぐるぐると渦を巻き、波飛沫を散らしながら水面を破り、跳ねる。黒く、鉄の様にギラついた巨大魚が、颯一に向かって咆哮を上げた。彼我の差を存分に知らしめんと行われた示威行為に、本能的な恐怖を覚えて一歩後退りする颯一。
しかし、その恐怖心もすぐ凪いだ。リュックサックの中に感じる、小さくも確かな相棒の温もりが颯一を鼓舞し、闘争心を掻き立てる。
「は……ははは、はははは!!すっごく強そうだ!!黒と銀の身体が戦艦みたいで速そうで硬そうで、圧力が凄まじいや!!でも……負けないよ?」
「だろ!?なんてったって俺の切り札だからな!!颯一も気に入ったみたいで何よりだぜ!」
自分のエースモンスターを褒められ上機嫌な海斗は、自信を滲ませた声色で続ける。
「真黒魚大帝はバトルゾーンに出たターンにも攻撃ができる『アサルト』持ちだ!更に俺のバトルゾーンのサーディン達の衝撃力を5アップさせる!」
「戦闘力も衝撃力も高い上にいきなり攻撃できる、だって……!?でも、ガードすれば大した脅威にはならないんじゃ──」
「それはどうかな?まずはサーディンで颯一に攻撃だ!」
「それならミホグで攻撃をガード!」
「おっと、そうはさせないぜ!手札の『サーディン・ラン』の効果発動だ!これはサーディンが攻撃するときコストを払わずに使えるマジック……効果でこのターン中、サーディンの攻撃がガードされなくなる!!」
『サーディン・ラン』
コスト3・水
自分の『大洋の哨兵 サーディン』が攻撃する時、このマジックをコストを支払わず使ってよい。
このターン、自分の『大洋の哨兵 サーディン』はガードされない。
「何だって……!?」
「全てのサーディンで颯一に攻撃だ!」
「くっ……!!」
颯一 RP: 100→90→80→70→60
刃の様に鋭い牙と鰭を備えたイワシの群れが颯一に群がり、全身を切り裂いていく。余りにリアルなAR映像に目を瞑ってしまう颯一が次に目を開けた時、視界を占有していたのは大口を開けて迫り来る『真黒魚大帝-黑』だった。
「勿論これで終わりじゃないぜ!真黒魚大帝で颯一に攻撃だ!」
「RPで受ける!くぅっ……!」
颯一 RP: 60→45
「そして真黒魚大帝の効果発動!俺のバトルゾーンのサーディンを全て破壊する!これによって真黒魚大帝をハイにし、衝撃力を10強化だ!」
「パワーアップに加えて2回攻撃……!?」
「もちろんそのまま攻撃するぜ!!真黒魚大帝で颯一にもう一度攻撃だ!」
「流石にまともに食らっちゃまずい……!!ミホグでガード!バトルでは負けちゃうけど……能力でフィスターをローに!」
「くっ……仕方ない、ここはターンエンドだ。そしてターンエンドのタイミングでグレイブの『
『
コスト5・水
エマージェンシー
自分のターンの終わりに手札が3枚以上あるなら、そこから3枚選んで捨て、このマジックをコストを支払わずに使ってよい。その場合、このマジックを使った後、グレイブに置くかわりに排除する。(排除されたカードはヴォイドに置かれる)
自分のグレイブにある水のモンスターのカードを1種類選ぶ。それがグレイブに4枚あるならそれらのモンスターを全てバトルゾーンに出す。次の相手のターンの終わりに、バトルゾーン、グレイブ、手札にあるそれらのカードを全て排除する。
フィールドに投影される景色が一変する。暗い暗い、太陽の光すら届かない程の深海。そこへ真黒魚大帝に食い散らかされたサーディン達が沈んで行き──海底に触れた瞬間、禍々しい光を纏い、再び命を得たかのように泳ぎ出した。
欠損まみれの鰯の群れは、まるで海面へと落ちていくかの様なぎこちない、されど異様なまでに疾い泳ぎで海を飛び出し、戦場へ舞い戻った。
「サーディン達を復活させる!ただしお前のターンが終わると同時にサーディン達は居なくなってもう復活させられなくなるし、このマジックもグレイブ行きじゃなく、排除されてヴォイド行きだ!とはいえ、厄介だろ?」
「えっと……はいじょ……ヴォイド……。……ミララ、排除ってなに?」
「──簡単に言うと、このゲーム中にもう使えなくする、ってことですね。排除されるとヴォイド行きになるんですが、グレイブと違ってそこから効果を発動することはできないし、そこのカードをマジックやモンスターとかの効果で回収……なんて事も勿論できません」
「なるほど……。つまり、もう使えなくなる代わりにサーディン達を盾として復活させた……ってわけか」
「そんな感じです。初心者のうちはよくヴォイドとグレイブを間違えがちなので、ソーイチもよく気をつけてくださいね」
ミララの解説と忠告に頷く颯一。「再利用できないとはいえ、このターンで倒し切れるかがターニングポイントだからそんなに気にならないし……凄く厄介だなぁ」と零し、頭を搔き、目を瞑っては深呼吸をひとつ。
すると、一瞬の間に颯一の纏う空気感が一変した。開眼した彼の瞳に映るはミララの幻影。それが掻き消えぬうちに彼はデッキトップに手を掛けた。
「僕のターン、ビーハイ。……頼んだよ、ミララ。ふたりの初勝利、一緒に掴もう!ドローッ!!」
心の底から相棒を信頼し、勝利を求める意志の力で、運命を捻じ曲げたか、はたまた、ミララの口癖に倣うなら運命だったのか。真相は誰も知らないし、調べようとするのも無粋だろう。
しかしこの瞬間、盾札颯一の勝利が確定したことだけは確かだった。
「僕は4コストを支払って、バクラにレリック『
『
コスト4・光
このレリックが継承された時、レリックを継承したモンスターをローにしてよい。そうしたら、自分のデッキの上から5枚を見て、その中から『聖獣』または『幼聖』モンスターを1体選びコストを支払わず召喚する。残りのカードはデッキに戻しシャッフルする。
自分のバトルゾーンに『聖獣』モンスターが出た時、このレリックがバトルゾーンにあるなら、これを自分のデッキの1番下に置く。
+123 / +5
「それ……まさか、新弾から新しく収録されてるレリックのカードか!?」
「うん、ちょうどさっき手に入れたんだ!効果でバクラをローに!そしてデッキの上から5枚を見て……僕の、切り札をバトルゾーンに出す!!さぁ行こう!召喚、『真識る聖獣 ミララ』ッ!!」
『真識る聖獣 ミララ』
6コスト・光
【
このモンスターがバトルゾーンにいる限り、カードの効果で自分の光のモンスターがローにされた時、相手に10ダメージ与える。同様にして光以外のモンスターがローにされた時、持ち主に10ダメージ与える。
このモンスターがバトルゾーンに出た時及び各ターンの初めに、お互いのモンスターを1体ずつ選びローにする。
このモンスターがローにされたとき、相手に5ダメージ与える。
自分の『幼聖』『聖獣』とつくモンスターの攻撃にはガードもエマージェンシーを使うこともできない。
3333 / 0
虹を纏った小さな銀の鏡の破片。それを砕き、中から現れた本来の姿のミララは、御伽噺の一節に出てくる姫の美しさと龍の力強さを兼ね備えているようで。思わず魅入ってしまった──なんなら目配せされてクラっと来た──颯一は、気を取り直して海斗に宣言する。
「
「なっ……ガードが無意味なダメージが、こんなに……!?ぐ、ぐわああああああ!!」
海斗 RP: 20→15→10→0
純白の両翼を広げたミララから幾本も放たれた太く眩いエメラルド色の光線が、海斗と彼の従えるモンスター達を──あくまでARフィールドとミララによる演出だが──纏めて呑み込んだ。
「いやー楽しかったー!!……しっかし颯一強かったな!!また今度バトルしよーぜ!次こそぜってー勝つから首洗って待ってろよな!!」
「すっごく白熱したね!うん、またバトルしよう!!今度も負けないけどね?」
「お?言ったなー!?……んじゃ、俺こっちだから。またなー!!」
「バイバイ!またね〜!」
夕暮れの街で海斗と手を振り合い別れた颯一。自宅がもう間もなくになった頃、彼はリュックの中のミララにぽつりぽつりと語り出す。
「──ミララ。僕、ミララと一緒にチケミスできて、すっごく楽しいよ。きっとひとりで始めてたら、ここまで夢中にはならなかったと思うんだ。だから、ミララにすっごく感謝してるし、そ、それと……僕、み、ミララの事──」
「ソーイチ、ソーイチ!!あっ、すみませんお話を遮っちゃって……。でも、そのっ……ボク、おしっこしたくて……!」
「えぇっ!?た、大変だ!!急いでトイレに行かなきゃ!!ただいまッ!トイレ、トイレぇ!」
「そ、ソーイチ!漏れちゃいます!!急いでぇ……!」
玄関ドアをばぁんと開け放ちトイレへと一直線に駆け込む颯一。トイレに入るや否や便器の蓋を開け、ミララをリュックから出すと直ぐ様外に出てドアを閉める。
「ミララ、終わったら教えてね!開けるから!」
「た、助かりました……ふぁぁ……ありがとうございますソーイチ……。……あ、あれ?あっ、あっあっ……」
「ん……どうしたのミララ?」
「ソーイチ、助けてください……!そのっ……えっと、あの……とにかく入って来て貰えませんか!?……っ、とまらない……!」
大慌てのミララに、颯一は何かあったのかとトイレのドアを開ける。そうして彼が目にしたのは──
「うぅ……そーいち……ごめんなさい……。パンツを履いてること、忘れてて……汚しちゃいました……」
便器に跨りスカートをたくし上げる涙目のミララが、自分の尿でパンツを黄色く汚し、クロッチ部分から雫を零す様子だった。
「ッ……!?」
同じ人間ではないとは言え、意識している相手のあられもない姿をなんの前振りもなく見せられた颯一は、当然鼻血を堪えられず、トイレの前でへたり込んでしまうのだった。
──颯一とミララがてんやわんやの大騒ぎをしていたのと同じ頃。颯一と海斗がチケミスで戦ったショッピングモールの傍の路地裏で、1枚のカードが風に吹かれて舞っていた。
それはしばらくするとアスファルトの地面に落ち、黒い霧を纏いだす。霧はだんだん拡大し、二足歩行の山羊とでも言い表すべき形をとった。
「──む、我に匹敵するやもしれぬ力を感じる。それと、資格を持つ者の気配……ああ、そ奴らが契っておるのか。まあ良い。資格持ちの気配は他にも有る。そこから我が眷属に相応しい──闇を纏う者を見繕えば良いだけの事よ」
闇色の霧でできた山羊は金色の眼で虚空を見つめ、静かに歩み始めた。