“女難の対魔忍”暗躍譚 ―対魔忍RPGX HAERESIS― 作:holdics
All's right with the WORLD.
――未来は先へ進むものだと、同じ結末に収束するのだと誰が決めたのかしら?
たまにはこういう趣向もいいでしょう。同じやり方ばかりじゃ何も感じなくなるわ――
A.D.(西暦)2083の初春。
東京都内の某所。
暗澹たる魔の気配漂う地下の城において、人ではない者同士の壮絶な殺し合いが行われた。
「・・・残敵もいない。どうやら、本当に奇襲は上手くいったようだな。」
戦いを終わらせた女が1人、大理石で覆われた広い部屋の真ん中に立っている。そして周囲を見渡して敵の全滅を確認した後、独り言を漏らしながら息を短く吐いた。
褐色の肌とピンク色の長髪を持つその女は、露出の激しい漆黒のボディスーツを身にまとい、鮮やかな赤が映えるマントを羽織っている。
ふと、女は数十という敵を斬り捨てた愛剣に沁みついた汚れを見やり、丁寧に手持ちの布で拭っていく。赤黒い血と臓物を撒き散らしながら、自身の四方至る所に転がる屍たちに一瞥をくれることもない彼女は、一見無警戒に突っ立っているようにも見える。
しかし、それは誤りだ。たとえ敵の気配を感じていなくとも、彼女が敵地において気を緩めるなどということはありえない。他者を貪り食らって生きる魑魅魍魎が蠢き、弱肉強食が絶対の掟である魔界の中において尚、他と隔絶した実力を讃えられ畏れられる存在――魔界騎士と呼ばれるこの女剣士は、戦闘において油断や慢心という概念とは無縁である。
その名はイングリッド。彼女は魔界の秩序を守る役目を負う魔界騎士であり、現世において一大勢力を誇る犯罪組織ノマドの総帥エドウィン・ブラックの秘書も務めている。
今、イングリッドは地下深くに建てられた建造物の中にいる。吹き抜けの地下洞窟を拡張整備して造られたその施設は、外見こそ近代的な基地か研究所といった風情だが、中には所々物々しい魔法陣や髑髏に見える呪具が置かれ、カルト教団が集う秘密の集会場に思える。
つい先ほどまでこの建物内では、人ならざる知的種族である魔族、厳密には一方はオークやトロールを中心とした魔族部隊、もう一方は淫魔のみで構成された集団が、血なまぐさい惨劇を演じた。とはいえ、戦闘の主役となったのは彼ら有象無象ではない。それら軍団全てを遊び感覚で相手にできる超常的な力を持った数名の者たち――イングリッド達高位魔族の実力が、勝敗を分けた。
「――・・・・・・の、イングリッド殿!」
遠くから繰り返し名を呼ばれ、心底鬱陶しそうに顔を歪めるイングリッド。その理由は、声の主が普段から会話どころか近づくことさえ疎んじるような下衆だというだけではない。まだどこかに敵が潜んでいるかもしれないこの状況で、味方が余りに軽率なふるまいを繰り返しているからだ。
「おお!イングリッド殿、こちらにおられましたか。・・・ホホホ。無事、淫魔王を討伐なされたようですな。ブラック様には遠く及ばぬとはいえ、奴めも魔を率いる王の端くれ。さぞかし手ごわかったと推察いたしますが、よくあの化け物を一対一で仕留められました。ブラック様もさぞお喜びになりましょう。私からも、重ねてお祝い申し上げまする」
一々耳障りな声でよく喋る――自らに話しかけながら小走りで接近してくる相手に目を向けることもなく、その男が話している内容も禄に聞いていない。あの男の声などイングリッドからすれば、耳音で害虫が這いずる音を聞かされているに等しいからだ。
イングリッドに対して一方的に話しかけている男はフュルストと言い、彼女と同じくノマドに所属する高位魔族である。イングリッドが彼を嫌うのはその髪が薄い頭部や肥満体形のせいではなく、魔界の生物や技術を用いた魔界医療による他者の拷問・調教、あるいは策謀を用いて人を貶め嘲ることを生きがいとする、その下劣な性格故である。
「・・・おお、そうでした。イングリッド殿、こうして直接出向いたのは他でもありません。あの淫魔王が飼っていた女対魔忍のことです!あの朧めがこともあろうに、あれを自分のものにすると言って聞かぬのです!しかも、恐れ多くもあの女狐め、それが我らが主の命であるなどという戯言を抜かしておるのですぞ!イングリッド殿、如何ですかな、主の名を借りて我意を張るなどとは、臣としてあるまじき行為ではありませんか!?」
何も反応を見せないのをいいことに、興奮して更に捲し立てるフュルストに対し、イングリッドは只々煩わしさしか感じない。どうやら幹部の一人である朧と何かしらで揉めているようだが、何故あの女と貴様の諍いを私が仲裁するなどという発想に至るのか、彼女には皆目見当がつかない。精々二人だけで争って諸共滅びてしまうがいい。そうすれば餞に一言ぐらいはくれてやってもいい――「様を見ろ」とな。
「・・・・・・イングリッド殿、聞いておられますか?」
流石に何も返さないので訝しんだのか、言いたいことを粗方言い終わったのだろう。此方を伺うような言葉をようやくかけてきた男に対し、
「・・・知らんな。貴様らで勝手にすればよかろう」
イングリッドは何の感情も込めずに一言そう言い放つと、これ以上話すことはないという意味を込めてその場から立ち去ろうとする。
しかし、フュルストは彼女の意思を汲めなかったのか、納得していない様子で抗議する。
「な・・・!魔界騎士ともあろうお方が何たる言い様か!此度の淫魔王討伐作戦は、ブラック様直々に我々ノマド幹部へご下命なさったのですぞ!その指揮官に任じられたイングリッド殿には、作戦の指揮だけでなく、我らの戦利品についても差配する義務がおありになるはずです!それをそのような態度で蔑ろになさるとは、ブラック様のご命令を一体なん・・・だ、と・・・」
フュルストの言葉が尻すぼみになったのは、イングリッドが自身の得物――魔剣ダークフレイムを彼の喉元に突きつけたからだ。今黄金を想起させる彼女の眼には、あらん限りの敵意と侮蔑が込められている。
主の名を騙りその名誉を穢そうとする。イングリッドにとってはそれだけで相手を両断するのに十分な理由であるが、名目だけとはいえ同格の相手だけに、凡百の奴原と同じようにはいかない。胸の内に滾る激情をほんの少しだけ抑え、罵詈雑言を浴びせるだけで勘弁してやることにする。
「いつになくよく喋るな・・・戦いには碌に参加せず褒章だけ強請るとは、医者の分際で随分と大物になったものだな。でかくするのはその醜い腹だけにしておけ」
あ・・・と何か言いたげな素振りを見せていたフュルストを、イングリッドは剣先が喉の皮膚に突き刺さるほどに押し込むことで無理矢理黙らせる。これ以上不快な音を聞かせるな、と言外に圧力をかける。早々にこの下らない話を終わらせようと、魔界騎士は可能な限り簡潔に言葉を紡いでいく。
「貴様の鈍い脳髄にも届くように、分かりやすく言ってやる。貴様ごときがあのお方の名を気安く口にするな。そして、たかが捕虜1匹ごときの処遇で喚くな。直接奴と話してケリをつけろ。できないなら大人しく引っ込んでいるがいい。・・・理解したらこれ以上騒がず、今すぐ失せろ。まだ何か腐臭塗れの妄言を垂れるつもりなら、喜んでその情けない頭から膾切りにしてやる」
次は殺す。イングリッドはその意思を明確に宣言して剣を下げ、再び彼から視線を外す。その背中に向かって、懲りずにフュルストが妄言を発しようものなら躊躇なく斬りかかるつもりだったが、これ以上何を言っても逆効果にしかならないことが分かる程度には、男も分別がついたらしい。
禿頭の魔界医師は憎々し気に舌打ちをして、空間転移の術を用いて瞬時に姿を消した。
「ふん、相変わらずの口だけが。…悪いわねぇ、『隊長』?つまらない禿の難癖に突き合わせちゃって」
フュルストがいなくなったのを見計らったように、新たに2つの人影がイングリッドへ近づいてくる。
言葉を発した方はハイレグの対魔忍スーツを身に着け、巨大な鉤爪を装備した紫髪の女で、名を朧という。元は対魔忍だったが、今はノマドへ降り朧忍軍という名の私兵集団を率いている。実力もさることながら、目的のためには味方をも平然と殺戮する狡猾さと残虐さで悪名を轟かせている。
もう一人はプロレスラーを思わせるレオタードを着た緑髪の女で、周りからはスネークレディと呼ばれている高位魔族だ。彼女は廃棄された人工島に存在する闇の街東京キングダムの地下で行われている非合法なショービジネス、カオス・アリーナの運営者で、イングリッドや朧らと同じくノマド幹部でもある。一見すると物腰柔らかい美女だが、笑顔のまま他者を八つ裂きにできる残忍な性格である。
「まあまあ、ハイエナ参謀殿はほっときましょ。ブラックの許可は得ているとか何とか言っておいて、私たちが彼から何て言われて来たか全く知らないんだから…。で、奴は仕留められなかったのね?」
「・・・・・・ああ、止めを刺す寸前で転移した。悪足掻きに過ぎんが、追跡は無理だろう」
私のミスだ。思わずそう呟きかけ、近くにいる者たちのことを思い出し寸前で呑みこむ。
今回行われた淫魔勢力に対する奇襲作戦は、ノマド総帥エドウィン・ブラックより直接命を受け、イングリッド、朧、スネークレディ、そしてノマドの参謀であり魔界医師であるフュルストを動員するという、近年例を見ない程大規模なものであった。
本来イングリッドの務めは主君であるブラックの護衛及び補佐だが、今は日本におけるノマドの本拠地と言える地下都市ヨミハラの管理を命じられている。実質、日本におけるノマドの活動はイングリットの采配に委ねられているも同然であり、その論理から言えば今回の作戦における指揮官は当然彼女となる。
作戦に当たり、フュルストを除くノマド幹部3名が、上司にして主君であるブラックから受けた指令は2つ。
日本において淫魔族勢力の本拠地と思われる、現在彼女たちがいる地下拠点を完全に破壊すること。
淫魔の王が重用していると思われる、元対魔忍の女を生け捕りにすること。
特に後者に関しては、可能な限り傷つけずに捕え、他者に奪われないよう厳重に保護せよとまで言う念の押しようだ。ここで言う他者とは淫魔や対魔忍は勿論、先ほど喚いていた魔界医師も含まれている。
奇妙としか言いようがない指令である。敵勢力への襲撃を指示しながら、親玉の殺害よりも女一人の捕獲を優先せよという。これでは、女をとらえること自体が主たる目的としか思えない。
非礼を承知で行った質問は、全て意味ありげな微笑と共に黙殺されたため、イングリッドにとって歯痒いことに、主の真意を全く掴めないまま戦場に立たざるを得なかった。
とは言え、主命である以上は何をおいても遵守せねばならない。淫魔王に従う者共は欲望のまま他に深刻な害を及ぼしかねない危険分子である故に、その勢力を削ぐこと自体には彼女にも異論はない。
結果として、女魔界騎士は心に疑義を抱えたままその戦闘能力を十分に発揮し、単独で上級淫魔含む敵対勢力の半数近くを斬り捨て、首魁たる淫魔王をも瀕死に追い込むという武勲を立てた。
だが、とどめを刺す寸前に転移術が発動し、王の逃亡を許してしまった。奴の討伐を命令されたわけではいないが、淫魔族に戦いを仕掛けた以上、その頭目を逃したことは失策でしかない。
徒に武張って一対一で戦うことに拘らず、誰かと共同で戦っていればあるいは・・・。
「ふ~ん。ま、いいんじゃない?必ず捕えろって言われてた女は確保できたんだし。そこから先は知ったこっちゃないわ♪」
「そうそう、さっさとあの牛女が眠ってるうちに戻りましょうよ。早速丁重におもてなししないとね…ククク。勿論、私たちなりの方法で、丁寧に、たっぷりとねぇ…」
「ふふ。調教するのはいいけど、オーク共にやるのは暫くナシよ。折角の淫魔王お抱えの肉奴隷なんだから…。はぁ、あの爆乳を揉みしだいて叩き潰して、血と乳ごとしゃぶりつくしたらどんな味がするのかしら…ウゥん、想像しただけで疼いちゃう・・・♪」
同僚たちの悪意に満ちた猥談を聞き、魔界騎士はすぐさま自分の愚かな想像を一蹴する。連携なぞ端から望むべくもなく、それどころか常に背中に注意し続けることを強いられて、勝利できる道理がない。
しかし、本当にブラック様は何を考えていらっしゃるのだろうか――イングリッドは更に思い悩む。
捕えた女はかつて、最強の対魔忍として名高い井河アサギの右腕と呼ばれるほどの者だったと聞いている。その女が生きてノマドに囚われ、しかも東京にいると分かれば、アサギといえども容易に誘き出されるだろう。
ブラック本人がそこまで明言したわけではないが、論理的に考えて人質以外の使い道ならば、こんな回りくどい形で捕えておく説明がつかない。実際彼女の世話を命じられた2人も、それが目的だと確信している。
相容れない相手である以上、対魔忍とはいつか雌雄を決しなければいけない。だが、そのために今、ここまで淫魔族と事を荒立てる必要はあるのか?
そもそも、総帥たるブラックは企業ノマドの仕事にかかりきりで、最重要拠点と言えるヨミハラを含め、日本での活動には左程興味を示している様子がない。彼の真意が読めないのはいつもの事だが、それにしても今回の作戦は唐突で、何となくではあるが、彼本人の意思というよりは…――
「・・・で、どうすんのさ隊長?予定通り捕まえた連中はヨミハラのアジトまで移送したし、もうここも埋めにかかっていいんだろう?」
朧に話しかけられ、イングリッドは我に返る。よりにもよってこいつの声で・・・自嘲のあまり唇を噛み切ってしまいそうになるが、余計惨めになるだけだと気づき思いとどまった。
「・・・ああ、すぐに始めろ。もうここに用はない」
余計な事を考えすぎた。イングリッドは首を軽く左右に振り、邪念を振り払う。
完璧とは言い難いが任務が終了した以上、いつまでもこの湿っぽく、死骸から発せられる腐臭に満ちた洞窟に留まっても埒が明かない。外から応援を呼び、ここを封鎖する手はずも整えなければいけない。
不安と疲労で摩耗した理性を振り絞ってそう指示を出し、『何あいつ?』『さあ、お疲れなんでしょ♪』という会話を必死に聞き流しながら、イングリッドは足早に地表へ向かう。
道中、数分後には地の底に沈む戦場の跡地を、何気なく目に留めていく。
ここは自然現象によってではなく、淫魔たちが現世を我が物にする為の前哨基地を建設するために、土地を掘り進めて作り出された人口の地下洞窟だ。
しかも、基地建設に至るまでの準備も抜かりない。長い年月をかけて人間社会に溶け込み、富豪となって買い占めた土地に学園を創設し、校内を自分の配下や人間の協力者で固めてから、外部に怪しまれないペースで慎重に建設していくという周到さだ。そのため今まで他の組織はおろか、対魔忍たちを初めとする日本政府の者にも感知されていなかった。
後1月程時間が経てば、この地下に巨大な基地が完成し、攻略には更に何倍もの兵力を要しただろう。そして淫魔王自身も、さらなる力を持ってイングリッドと対峙していたに違いない。その時、彼女が今回のように勝てていた保証はない。
初め普通の人間サイズだった敵が、洞窟の天井に閊える程の本性を晒した時のことを、イングリッドは思い出す。今もなお彼女の手には、その巨体を纏う強固な魔力結界と、獣にしか見えない生身を斬り裂いた時の痺れる手ごたえが残っている。
予測不能な奇襲を受け少なからず動揺した相手に対し、油断することなく最初から全力で力をふるった結果として、イングリッド自身は激戦を無傷で勝利した。
だが、それは淫魔の王が弱いということを意味しない。同時にむざむざと逃げられたのは、彼女に僅かでも慢心があったためではない。だからこそ、絶好の機会を得ながらもとどめを刺せなかったという事実が、魔界騎士としての自負に満ちたイングリッドに、勝利の美酒を嗜む余裕を失わせた。
数分かけて血生臭い地下から脱出し、思わずイングリッドははあ、と息を吐く。
満月の光は、目を覆う程の惨劇が起こった土地であろうとも、何ら変わらぬ光をもって下界を照らしていた。何もかもを納得できないまま任務をこなした美貌の魔界騎士にとって、図らずも幾許かの癒しとなった。
そう言えば、リーナはどうしただろうか。
呼吸を整えたことで、イングリッドにも漸く他人の様子に気を遣う余裕ができた。この作戦にはイングリッド直属のノマド騎士団も複数人参加していたが、その中でも一人特筆できる有望な若手にして、イングリッドの一番弟子を自称する魔界騎士、リーナが先陣を切っていた。そいつを始めとして、イングリッド自身に忠誠を誓う者たちは、彼女が直々に労わなければならない。
それにしても――イングリッドは部下たちが待機している場所へ歩みを進めながら、再び思考の闇へ囚われてしまう。彼女もそれが良くない事なのは重々承知しているが、自分以外に主の真意や状況について真剣に考える者がいない以上、どの道貧乏籤を引かざるを得ない。
故に、彼女は答えの出ない問題を考え続ける。
どうして、こんな事になってしまったのか――