“女難の対魔忍”暗躍譚 ―対魔忍RPGX HAERESIS― 作:holdics
今年は流石に去年よりは、少しでも投稿の間隔を短くしたいと思います。
色々ご迷惑もおかけしましたが、何卒よろしくお願いいたします。
「何貴女、やっぱりふうま君の事避けてたの。もう、変なところでシャイなんだから。
……あ、そうだ。じゃあ丁度いいわ、亜希。貴女も話を聞いていきなさい。探偵さんへの追加依頼があるから、その説明も兼ねてね」
「はぁ? 何だよ急に……」などとぼやく亜希姉の声はガン無視で、静流先生は席をもう一つ俺たちの机へ追加し、無言で着席を促す。
促された方は俺をたっぷり5秒ほど見つめ、その後静流先生に視線を移し、最後に苦虫を嚙み潰し飲み下した挙句に戻しかけたような表情で、渋々その席に着いた。
この根っからの自由人がここまで言う事を聞くとは、さては相当の借りが……等と邪推するのもそこそこに、改めて先生の話へ意識を集中する。
「さて、ご新規が来て話も中断したことだし、軽いおさらいから行くわね。人を恐ろしい化け物に変えてしまう『新型魔薬』がヨミハラやアミダバラで流行り始め、自業自得とはいえ五車の生徒にも被害者が出てしまった。一刻も早く解決しなきゃいけないけど、製造元も流通ルートも不明。そうよね、亜希?」
「ん、ああ。……あー、これの件は話していいの?」
「あ、調査内容については待って。
……ええとそれで、龍門についての話が途中だったわね。さっきも言ったとおり、彼ら龍門の主力商品も、実は魔薬なの。表じゃ普通の薬品として売っているみたいだけどね」
先程話した『触手獣』とやらの写真を指さす静流先生。その詳細を知らない俺たち2人と違い、亜希姉は「胸糞悪い」と言わんばかりに鼻を鳴らした。
「これ、実は『12天使』が製造している魔薬の原材料……いえ製造者っていうほうが正確かしら。この化け物に捕らえられて犯された人間の分泌液……主に女の母乳ね。それらを熟成し成形したものなの。『ミルク』って通り名も、この製法が由来ね」
「最悪すぎるネーミングっすね」「同感だ」
亜希姉に負けず劣らず渋い顔を作った俺たちを見て、静流先生も頷きながら苦笑する。
「で、重要なのはそんな『ミルク』は『12天使』ひいては『龍門』の超重要な資金源であるという点よ」
「つまり、この『新型魔薬』によってその利益が減らされつつあると?」
「いいえ、凛子ちゃん。九郎さん達が海外のマーケットを調査してくれたけど、この新型魔薬は殆ど無名に近いわ。ヨミハラや五車で起きたような怪事件は世界中でいくつか確認されているけど、それが魔のものの仕業だって事すら殆ど広まっていないわね。新型の疫病蔓延だとか生物兵器の流出だとか、色んなカバーストーリーが流布されているみたい」
じゃあ龍門とこの新型魔薬―『対魔石』にどんな関係があるのか。
美貌のバニー教師は俺の口から出かかった質問を微笑で制し、更にもう1枚紙を机に置く。
「これ見て。まだ未確定な情報で恐縮なんだけど、未成年どころか中学生未満の年かもしれないこの黄龍という少女はね、凄腕の暗殺者であると同時に、稀代の調教師でもあるらしいのよ」
そのA4サイズのコピー用紙には、2つの白い錠剤が映し出された画像と、その成分や薬効の説明文らしき細かい字の連なりが記載されていた。更にその下には、殆どギャグみたいな右肩上がりをした線グラフも併記されている。
描かれている数値と文字を見る限り、月毎で量を表しているらしい。それによるとこの『薬』の業績は5年以上順調に伸びている。しかし、つい2年前から1年前にかけての伸び幅は異常に高い。
そして件の薬が撮影された画像だが、素人目にはどう見ても同じ白い錠剤が2つ並んでいるように見える。目盛の上に置かれているため直径はcm単位で分かるが、市販されているビタミン剤よりも大きく、そして(実物を見たことはないが)この手のもので代表的な「エクスタシー錠剤」よりは一回り程小さそうだ。
画像を繋げている矢印の向きからして、左右が同じクスリの変化前と変化後を写したものだというのは分かるが、間違い探しにならないレベルで違いが分からない。
しかし、グラフや話から推測するに──
「……つまり、彼女が表舞台に立ち始めてから、この『ミルク』の質が上がり、売り上げも伸びているという事ですか?」
「そ。信じ難いけど、今や向こうの大陸じゃアヘンだのコカインだのは完全にオワコン化してるみたい。このグラフは台湾の警察が公表しているデータで、現地で押収された『ミルク』の量を表したものよ。
見てこれ、向こうでは大体1年半ほど前を境に、酷い時は前月倍近く量が増えていってる。4ヶ月ほど前から数値の伸びが小さくなったのは、多分警察で押収できるキャパを超えちゃったからか、あるいは警察もこれの価値に目を付け始めたかのどっちかね」
さらりと空恐ろしい話も付け加えられた。
歴史的に隣の大陸から入ってくるものには厳しい目を向ける筈の台湾でこの広まりようという事は、当の中華本土ではどれだけの量が広まっているのやら。流石に一家に1つレベルではないと思いたいが、否定できる根拠も今のところない。
非道極まる製法でつくられた麻薬に汚染されきってしまった国がすぐ隣にあるという事実は、俺みたいな人間でも背筋が寒くなる。
直接的な被害に遭いかけたとあっては猶更だ。
「これがもし全て彼女の功績なんだとしたら、まあ異例の出世をするには十分すぎる理由よね。それで、ここからが私たちに直接かかわる話。彼女はこの技術を、麻薬製造だけでなく軍事方面でも売り込もうとしてるようなのよ」
「技術……ドーピング薬の製造とかですか?」
「いいえ、触手獣の方よ。流石に機密に関わることだから詳細はまだ掴めていないけど、どうも耐久性や攻撃力を高めて新しい武装に活用しようとしているようね。ウチで『保護』している沙耶ちゃんみたいなのを想像してもらえれば、分かりやすいかしら」
伸縮自在で肉眼で捕らえられない程素早く動き、銃弾程度は弾けるくらいには硬い。
たしかにそんな触手が量産されれば脅威だろう。攻撃に使用するだけでなく、ワイヤーやドローンを使うよりも障害物を気にせず立体的な機動ができるし、パワーも人力とは段違いだ。
某アメコミの悪役を思い出す絵面だってことを除けば、確かに有用性の塊かもしれない。
「……でもそれ、言っちゃなんだけど今更じゃないです? 今静流先生が例に出したように、沙耶っていう実例も既にありますし、クローンだの生体兵器だの、公に認めてこそいませんが連中は既にその手のデータを十分に持っている筈ですよね。ここで更に態々ヤバい薬を作ってる連中の技術を取り込むのは、正規軍にとってリスクが高すぎるんじゃ……」
「ふうま君の意見は正論ね。でもここで、中華連邦っていう国の事情が絡んでくるのよ」
そう言って用紙をしまい、ノートタイプのタブレットを取り出す静流先生。
側面のボタンを押して電源を入れ、地図アプリらしきものをタップすると、ユーラシア大陸の東側が拡大表示された地図が現れる。
「この地図の白く光ってるところは、中華連邦国内に5つある各戦区の司令部が置かれている都市ね。
……で、ふうま君はもう知ってるかもしれないけど、今かの連邦内部は中央による統制が上手くいっておらず、この戦区は事実上軍閥の領土みたいな状態になってるのよ。特に東部と南部はその傾向が強いわね」
「……ニュースでその手の話は聞いたことがありますが、まさかクーデターが起こりそうなのですか?」
凛子先輩の質問に眉を寄せ、今までにない渋い顔をする先生。
「ん~……今すぐに、という訳ではないと思うわ。でも、それぞれの軍が政府の指示を無視して資金や武器を集めているのは間違いないわ。そういった情勢に、龍門もつけ込もうとしているのね」
「じゃあ、連中は軍閥のどれかに自分たちの技術を売り込んでいるわけですね。それによって中央や他の戦区を出し抜くよう、仕向けていると?」
「複数の人民解放軍高官と龍門幹部が秘密裏にコンタクトを取った所までは確認できているそうよ。多分、金や女も融通しているんでしょうね。
……中華連邦の事情はそんな感じよ。言っておいて何だけど、これは私たちの仕事ではないからあくまで予備知識ね。問題はここから、東京キングダムと、二車忍軍に関わる話よ」
さらっと中華連邦に崩壊の危機が迫っていることを話された挙句梯子を外された感は否めないが、気を取り直す。確かに俺たちにとっては、ここからが本題のようだ。
「散々話してきた『新型魔薬』の事だけど、世界的には無名でもこの国では少し話が違うわ。
さっき話したこの新型絡みと思われる怪物騒ぎが、今月に入って私の耳に入ってるだけでもヨミハラで2件、東京キングダムで2件、そして詳細は不明だけど、アミダバラでも1件確認されてるわ」
「計5件……それは、五車のや俺たちが遭遇した件を除いて?」
「そ。ちなみにふうま君がアスカに連れていかれた取引現場でも、人間が正体不明の変態を遂げる所を目撃したそうね? しかも『廃棄都市』の外で」
ええ、正確にはそれらしき音だけですが──と肯定する俺の横から、再び感じる冷たい視線。
いえ、これに関しては俺も被害者よりなんですよ……と、言い訳がし辛い経緯なのが困りものだ。
時間を空ける必要性はあったにせよ、謝罪した程度で終わりになぞ出来ない。
忙しさを言い訳にせず、可能な限り早くアスカとはもう一度話がしたい。
ちなみに『廃棄都市』とは、様々な要因―主に魔界の門が原因だが―によって日本国の主権が及ばず、事実上の無法地帯となった都市を指す俗語だ。
大抵魔界から来た連中が住み着き、そのお零れを狙う犯罪組織や多国籍企業が違法居住していることから『魔界都市』と呼ばれることもある。
日本において最初にそう呼ばれだしたヨミハラ、そして東京キングダムとアミダバラの3都市が五車では『廃棄都市』に指定されている(日本政府は非公認)。
ちなみに『トミハラ』という、北海道の更に北に位置する樺太の地にもこれに該当する都市があると聞いたことがあるが、ここには魔界の門があるわけでも、大規模な戦争があったわけでもない。
しかしここが嘗て存在した共産主義国家との係争地であり、元より国家主権が曖昧な所に周辺各国の流れ者が人種どころか種族問わず移住したせいで他と比べ物にならない程物騒な場所になっているそうだ。
閑話休題。
「この数は明らかに異常よ。『新型魔薬』の売り手が日本を主要なターゲットにしていることは間違いない上に、その理由はまだ分からない。
しかしそれよりも問題なのは、これは龍門、いえ十二天使は決して歓迎しない事態だという事の方」
「……すみません先生。ヨミハラ以外でも新型の被害者が出ているというのは初耳なのですが。
しかも、廃棄都市の外でそういった取引が行われていたと? そうなると、警察も捜査し始めるのでは?」
「あ、それに関しては話を受けた山本部長が上手く交渉してくださったみたいで、こっちへの追及は無いわ。でも、これ以上被害が広がればそれも難しくなるわね。
……いえ、それも問題なのだけど、龍門がこの新型を目障りに思って日本、いえキングダムやヨミハラへの干渉を強めるだろうって事の方が遥かに大変だわ」
なにせ向こうには『大義名分』があるからね―。
俺に送られた静流先生の視線には、多大なる同情や憐憫、そして僅かながら非難の意志が見て取れた。
いや俺は読心術なぞ使えないので、そう見えたというのは俺の主観に過ぎない。
何より俺自身がずっと不甲斐なさと口惜しさを引きずり続けているからこそ、他人からの視線1つでこんなにも心を揺さぶられてしまうのだ。
「今までは抗争と内部の統制に手を取られてこちらに構う余裕がなかった。でもそれが落ち着き、軍とのパイプをより強めていこうとしている矢先、自分たちのお株を奪いかねない商品がすぐ隣で流行りだしている。
正直、幹部を殺された報復よりも、手を打つ理由としては大きいでしょう?」
「……なあ、静流」
と、ここまでほぼ無言を貫いていた亜希姉が口を開いた。
その事に俺は軽く驚いたが、静流先生は表情を変えず視線だけを向けて応答する。
「もしかして追加依頼ってのは、ヨミハラに来た龍門の手下を見つけろって話? ならちょい遅かったな。
今日ここに来るまでに、3人ばかし斬っちゃったよ」
………………。
……………………………………………………?
は?
3つの異口から発せられた同音が綺麗に重なった。
「…………えーと、斬った相手が龍門の人間だって確証は?」
「無い。身分証なんか持ち歩いてる訳ないからね。でも今日探偵の事務所を1人、この店を2人、見かけたことのない奴らが見張ってた。話聞こうとしたら問答無用で襲い掛かってきたんで返り討ちにしたよ」
追撃の爆弾発言をかますと、人斬りを自首した犯人はいきなり懐に手を突っ込んだ。
対魔スーツの胸元で腕がごそごそ動く度、静流先生ほどじゃないにしても馬鹿みたいにデカい双丘がバルンバルン揺れている。
正直目の毒にしかならんので止めて欲しい。スーツのデザイン自体は彼岸花をモチーフにした赤と黒の配色が目を引いて、割と嫌いじゃないんだが。
あ、ほら。凛子先輩も軽く引いてんじゃん。もしくは気圧されてるのか。
え……ちょっと、こっちを疑わし気な目で見ないでください。これはマジで俺何も悪くないでしょ。まさか親戚にまで色目使うと思われてるのか、俺は。いや義理の姉は抱いてるけど。
そうして爆乳を揺らしつつスーツと爆乳の間に挟まっていたものを取り出した亜希姉。
何かと思えば手帳だった。表紙は真っ赤な革製で、それなりの値はしそうなつくりに見える。
「斬った中に1人だけいたんだよ、今時こういうのを使ってたレトロで迂闊な奴が。
まあ何でもかんでも書いてる程不用心じゃなかったみたいだけど……ほら、ここ」
パラパラと中の紙をめくり、お目当てのページを見つけたらしい。
広げて机に置き、俺たちに見せる。
そこには、明らかな簡体字で短文の走り書きがあった。
「いくつも破った跡があったし、多分メモッた先からちぎって残さないようにはしてたんだろうな。
でもこれをそうする前に私と出会ってしまった……つまりこれは最新かつ重要な情報ってことにならない?」
「…………『客の出迎えは7日後朝の船11、草引きは前の夜に地下水3へ』?」
流石の静流先生である。一目見て中国語(だよな?)の文を翻訳してしまった。
そして無駄に国語力のある俺は、その文から不穏さを感じ取り焦りだした。
「ちょ……それが今日メモされたんだとしたら大変ですよ! 素直に読めば『7日後に誰かをここで出迎えるから、邪魔な奴を前の晩に始末しておく』って事じゃないですか! いや今日とは限りませんけど!」
平静を保とうとしたのに、席から立ち上がって声を張り上げてしまった。
恥ずかしい。
「ええ、つまりここも襲撃を受ける可能性が高いって事ね。……私はまあ分かるけど、探偵さんの事務所はどうして……あ、中華連邦の息がかかってるならあり得るのか……」
後半は囁くような独り言だったが何とか聞き取れた。
俺もあの探偵の経歴は多少知っているので、内心それに同意する。
「てゆうか亜希姉! そんな大事な話を何で先に言わないんだよ!」
「いや、まあそうなんだけど……ぶっちゃけ探偵んとこもここも、変な奴に目を付けられるなんてそんな珍しいことじゃないからさあ。中華の奴らが乗り込んでくるかもしれないって話も今聞いたし……」
「失礼ね、ウチはヨミハラ随一のクリーンで人気な店なんだから。開業以来変な客に絡まれたことなんて両手で数えられるくらいしかないわよ。
……なんて言ってる暇ないわね。亜希、事務所には今誰が?」
「酔い潰れたフランシスと、買い物とかに行ってないならナーサラちゃんとミリアムちゃんが看病してる筈だよ。探偵は別件で今日帰ってこない予定。
……まあ、大丈夫だと思うよ? フランシスが使いものにならなかったとしても、あの2人は強いし、いざとなったらどうとでも逃げられるでしょ」
「あら、意外とドライなのね。てっきり心配になってすっ飛んで帰るものかと……」
「いや心配だったら、事務所を見張ってる奴を殺った時点でここには来ないって。
ああ、勿論心配はしてるし、怪しい奴がいたことは伝えたよ? でもジタバタして過保護に振舞うってのも少し違うと思うんだよねー。
可愛いカワイイほんっっっとにきゃわいい子たちだからこそ、時には旅が必要じゃん。まあ旅慣れしすぎて小太郎みたいになんのは絶対に御免だけど」
どういう意味だこのヤロウ。
余りの暴言に半切れで喰ってかかりそうな俺を軽く手で制し、暫く静観していた凛子先輩が口を開く。
「しかし亜希殿。やはり今は事務所にお戻りになられた方がよいのではありませんか?
私はその探偵事務所の内情について詳しくありませんが、ここで得られた新情報について留守番している方々は何も知りません。
想定している以上の脅威が迫っている以上、改まって対策をする必要があるかと思います」
「……そ、それは正論、だね」
初対面の人間から放たれた簡潔な指摘は、亜希姉の心を直球で貫いたらしい。
得意げにキモい持論を展開した途端に機先を制された彼女を見て、静流先生も追加攻撃を加える。
「凛子ちゃんの言うとおりだわ。もっと言えばあなたが不用意に監視者を斬った事で、向こうも予定を繰り上げて強硬手段に出るかもしれないわよ。
家主が帰ってきた時に大事な事務所が瓦礫の山になってたら、貴女どういう言い訳をするの?」
ぐっ……と声にならない唸り声をあげ、項垂れる人斬り対魔忍。
誰が見ても分かる旗色の悪さに耐え切れなくなった亜希姉は無言で立ち上がり、退散の体勢を取る。
しかしそこへ、
「あ、話が色々飛んじゃったけど改めて依頼は伝えといて。亜希が察した通り、ヨミハラ内に潜入している龍門の構成員やアジト、装備、そういった情報をできるだけ集めてほしいの。
ただし直接の対処は自治会に話を通したうえで対魔忍の手で行うつもりだから、可能な限り手は出さないで……って言うつもりだったんだけど──ハア、今の状況じゃ無理ね。
まあ自衛の手段を縛るつもりはないから、やり過ぎないようにとだけ伝えて。
一応言っておくけど、貴女は一番自重してね」
「ふぁい…………」
さっきまでの傲岸なまでの元気さはどうしたと言わんばかりのか細い声で応答し、説教された子どものような足取りで退散しようとする亜希姉。
しかしそこに金髪の閻魔様は無慈悲にも、
「それと覚えてるわね。ツケの期限は今週までよ」
とトドメの一撃をかまし、闖入者の意気を完全に挫いたのであった。
「……はあ、本当に困ったわ。貴方たち、すぐに帰りなさい。
最悪、今すぐにでもここが戦場になりかねない。今更過ぎるけど、巻き込まれる必要はないわ」
「静流先生、そりゃあんまりですよ」
「我々がここで帰るような臆病者だとは、静流先生もお思いにはなっていない筈。
今は一介のアルバイトですが、微力を尽くさせていただきます」
静流先生のお言葉を、即答で否定する俺たち。
気遣いはありがたいが、俺たちとて対魔忍の端くれである以上、それは侮辱と紙一重だ。
凛子先輩も同感のようで、(あんまりな服装の所為で様にならないことを除けば)既にその身は戦いに臨む気迫を醸し出している。仮に素手であろうと、逸刀流皆伝の持ち主は現状の最大戦力だ。
俺たちの微かな怒気を含む決意表明に、静流先生はあどけない微笑みを返す。
別に俺たちを試したつもりすらないのだろう。彼女はいつもこんな調子だ。
「そう言ってくれたことには、素直にお礼を述べておくわ。ありがとう凛子ちゃん 、ふうま君。
それと意地の悪い言い方してしまったけど、本当に帰っても問題ないわよ。十中八九、いえ万が一にも今日襲撃に来ることはないから」
あくまで軽い口調でそう言い放つ美貌の店主に、俺たちは揃って首を傾げる。
すると静流先生は、この場どころか日本中探しても並ぶ者はいないかも、と思わせるその豊かなバストを張り、軽く鼻を鳴らす。
先程から、些か芝居じみた振る舞いをしている気がする。
「私が誰だかもうお忘れ? 伊達にヨミハラの町内会長やってるとでも思ってた?
探偵さんに頼むまでもなく、怪しい動きをしている連中がいることはとっくに掴んでたわよ。
依頼したのは裏付けのためよ。ふうま君も懸念している通り、この街は私の手も届かない闇がそこかしこに潜んでいるからね。多角的な視点から調査するに越したことはないわ」
必死に隠していた内心の怯えをあっさり看破され、冷汗が流れるのを止められない。
こうも歴然たる年季、あるいは格の違いってやつを示されると、俺みたいな小心者はひたすら自己保身のために委縮し平伏するしかなくなってしまう。つまり、何も言えなくなる。
情けないとは思っているが、それが最大限傷を負わない処世術だと心得てしまったのだ。
そんな心の機微もあっさり看破したのだろう。
静流先生の眼差しが今までにない嗜虐性を帯びる。亜希姉を詰めていた時さえあんな獰猛な光は宿っていなかった。冗談抜きで取って食われそうである。
「あのメモに書かれてたXデーが何日かが分かれば、言うことなかったけどね……。
ま、いいわ──じゃあこっちの話も締めておきましょうか。
龍門―いえ、正確には黄龍達『十二天使』の一派は近々本格的に日本へ乗り込んでくるわ。
状況から考えて、恐らく目的は3つ。
①今この国で広まりかけている新型魔薬の確保及び流通ルート掌握。
②触手獣を用いた兵器の実戦テスト。
③配下の幹部を殺しキングダムの利権を奪った二車への報復と、財産の奪還。
大本命は①ね。②は現物が作戦に間に合えばで、③は建前上の本命、要はついでね」
説明しながら客のいないカウンターに回り、3つのグラスへ琥珀色の液体を注ぐ静流先生。
混ぜている炭酸水の量からしてかなり薄い水割りなのだろうが……まさか俺たちにも飲めと?
「どうする、ふうま君? 身内の軽挙で思わぬ情報が得られたけど。
あんなやり方で離反したとはいえ、やっぱり幼馴染は心配?」
悪戯を思いついた少女のような表情で俺に質問してくる、金髪で豊満な身体を持つ女性。
その矛盾に満ちた美しさを両立している存在に俺は頬を掻き、肩を竦めて返答する。
心は未だ萎えたままだが、これくらいの所作はできる。
「どうなろうが知ったこっちゃない……って言えば嘘になりますよ。一応独立遊撃隊本来の任務はあいつらの捕縛なんでね。
しかし、抗争自体はあっちの問題なんで静観したいと思います。
戦いが始まるのが数日後っていうのは確定なんですか?」
「向こうの情報網から届いたお知らせも含めて判断するに、今日明日の話じゃないのは間違いないわ。
監視の目を消されちゃったことで何らかのアクションを取る可能性はあるけど、だからっていきなり襲ってくるような単細胞な相手じゃない。今までよりこっそり監視するのが関の山よ。
でも、その分本番はかなり激しい戦いになるわね。二車の兵隊も、大分死ぬことになると思う」
つまり、骸佐達もどうなるかは分からないという事だ。
それは俺にとって、対魔忍にとって歓迎すべきこと。
理性はそう考えているが、胸の中に焦れるような想いが湧き立つのも自覚する。今すぐキングダムへ向かい、あいつらに警告したいというふざけた衝動が起こってしまう。
これが所謂甘さってやつを持つ弊害なのかもしれない。流石に少々辟易する。
「で、その前の晩には私も含め、障害になると見なした相手に対する攻撃が始まるわけね。
……凛子ちゃん、このヨミハラが事実上ノマドに統治されている魔界都市なのは知ってるわよね?」
「えっ……あ、はい」
余りにも唐突な問いかけに虚を突かれながらも返答する凛子先輩。
「で、そんな町に住む人間というのは大抵ロクでもない連中よ。
バカか命知らずか犯罪者しかいない掃き溜め……って言われても仕方ないくらいにはね。
凛子ちゃん、貴女は対魔忍として、逸刀流の剣士として、そんな住人達を守るために戦える?」
「戦えます。たとえそれが魔の住人であろうと、理不尽な暴力に曝された者を守るためなら。
私の剣は善悪を選別するためでなく、世に示すべき道理を顕すためにあるのですから」
凛子先輩の淀みない即答──失礼ながら俺でも笑ってしまうくらい青臭い台詞だった。
だがすぐに可笑しさよりも羞恥の想念が強まり、首筋まで赤く染まってしまう。
「ま……」
静流先生は眩しいものでも見たかのように目を細め、重ねた両手で自身の口を押さえた。
ダンディズムの信奉者ならひゅう、と口笛でも鳴らさんばかりの返答に、彼女も笑ってしまいそうになるのを堪えたのだろうか。凛子先輩が完全に真顔なのが更にヤバい。
水商売丸だしな恰好なのも相まって、最早新手のコントかAVの導入にも見えてしまう。
これが“俺の”受け売りだという事実も、気恥ずかしさをさらに増大させている。
「……静流先生は、たい、『新型魔薬』の流通に、骸佐たちが絡んでいると考えているんですか?」
気を取り直すためにも、俺も気になったことを質問する。危うく口が滑りかけたが。
静流先生の追及で秘密が暴露された日には、その場で舌を噛み切りたくなってしまう。
「むしろ絡んでないと思う? いえ、これは二車だけじゃないわ。東京キングダムで力のある連中は誰も彼も必死で調べてるわよ。
この危ないクスリを潰そうとするか、それとも新しい儲け話に一枚噛もうとするか、そこは意見の分かれる所でしょうけど。今までの経緯から言って、骸佐君は後者の可能性が高いわ。
……ま、流石にここ最近はヨミハラの事を調べるだけで手一杯だったから、余りあちらの最新情報には詳しくはないわ。
アスカ経由でマダムに話を聞いたほうが、色々知れると思うわよ」
……そう、だよな。
思わず頭を掻き毟りたくなる事実を提示されたが、自制心を総動員し曖昧に頷くだけに留める。
アスカとの一件以来、マダム──東京キングダムで『クラブ・ペルソナ』のオーナーを務め、裏ではDSOの日本支部長を務める『仮面の対魔忍』の事だ──とは話をしていない。
直接確かめたわけでない(初対面の時軽く探りを入れたら本気の殺意を向けられたのが未だにトラウマなのだ)が、俺が知る過去の出来事やアスカとの話から推理すれば、2人の関係性は嫌でも察せられてしまう。
なのに今日にいたるまで、向こうから呼び出しや訪問の類は受けていないのは不思議で仕方ない。
仮にアスカが庇ってくれていたとしても完全放置はおかしいと思うのだが、間接的にもこちらからお伺いを立てるのは藪蛇が怖いからやりたくない。
「……東京キングダムの事は向こうの勢力に任せるのが得策、と仰るのですね。
そして、予め襲撃を受ける情報が入っているのに今日我々を呼んだという事は、つまりヨミハラで起きる戦いに参加せよ、という事で宜しいでしょうか」
凛子先輩が咳払いをし、そう質問すると静流先生は軽く頷いて肯定の意を示す。
度々本筋からズレそうになる空気を引き戻してくれるので実にありがたい。
俺1人では静流先生のペースに吞まれてよくない事を口走ってしまっただろう。
特に今日の静流先生は何か雰囲気が変だ。結構な重大事を前にしているというのに妙に浮ついているというか、緊張している俺たちを揶揄っているような感じがする。
「まあさっきも言ったけど、今からそんなに身構える必要はないわ。向こうがこっちの動きを探ろうとしているのと同様に、私たちも向こうの動きをキャッチする手段はいくつもある。龍門が動くのは本国からの増援が来日してから、というのは確実よ」
「向こうの動きが分かっているなら、その増援の到着を未然に阻止することはできないのですか?」
「勿論そうしたいんだけど、相手は国外の人間なの。ここに来ない限り、表立って動けるだけの権限は無いのよね。……ココだけの話、龍門に関しての情報を提供してくれているのは向こうの政府筋だから、あんまりあれこれお願いすることも不可能なの」
さらりと情報源を明かされた。「花の静流」の手は本当に長い。
「……遅くとも1週間以内に、キングダムとヨミハラで大きな戦いが起きるのは不可避って事ですね。
俺たちはこの店を守りつつ、ヨミハラに大きな被害が出ないよう立ち回る、と」
「凛子ちゃんにはそれの先陣をお願いしたいわ。でも、ふうま君には別件があるの」
3つのグラスを両手で抱え持ち、俺たちが座るテーブルへ手慣れた手つきで並べていく。
まじで俺たちに飲ませる気らしい。教師が生徒に飲酒を勧めている。
「……で、その前に、ちょっと小耳に挟んだ事を確認しておきたいんだけど……。
ふうま君あなた、アサギさんと結婚するつもりっていうのは本当?」
今、ここで、よりによって凛子先輩の横で。
金髪の悪魔は本日最大の爆弾をかましてくれやがったのだ。