※この作品はR-18です。

“女難の対魔忍”暗躍譚 ―対魔忍RPGX HAERESIS―   作:holdics

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Main Story : Sakura 01

 

(……考えるだけ時間の無駄、か。まずは、やることやらないとな)

 

 

 俺―ふうま小太郎は頭の中でそう結論付け、目を開く。

 

 初めてのベッドに寝そべり、見知らぬ天井を一人で見上げながら、俺は思わずため息をついた。

 

 対魔忍養成機関である五車学園の生徒にしてふうま一族の現当主、そしてつい3か月前に新設された独立遊撃隊の隊長でもあるふうま小太郎こと俺は、昨夜絶体絶命の危機に陥っていた。

 

 

 

 別にやばい目に遭うのは初めてじゃない。何なら一度は心臓を貫かれて死んだことすらある。

 

 しかし今回の危機は全く違う類のものだ。下手をすれば自分が自分じゃなくなって、今俺がいるこの家の主か、仲間であるはずの対魔忍に殺されていたかもしれない。

 

 

 

 嫌な想像に歯止めをかけるべく起き上がり、ベッドに座りながら上半身と両足をぐっと伸ばす。

 

 昨日はいろんな意味で疲れる日だった。一通り体を触りつつ自己診断をしてみるが、特に痛みや違和感は残っていない。倦怠感や頭痛といった体調不良も感じられない。何なら心なしか、いつもより晴れ晴れとした気分だ。

 

 さては出すモノ出しきってさっぱりしたか―等と朝っぱらからゲスい考えに苦笑していると、

 

 

 

「……お、おはよ。コーヒー飲む?」

 

 

 

 この家の主である女が、桃色のパジャマを着こみ、両手にコーヒーを持って部屋に入ってきた。

 

 サイボーグ化した四肢と風遁の術を使いこなす元対魔忍の女、甲河アスカだ。   

 

 今の俺にとっては昨夜の窮地から救ってくれた恩人でもあり、そもそも俺が酷い目に遭うことになった元凶でもある。

 

 

 

 本人も気まずさを感じているのか、いつもの勝ち気な態度や不敵な笑みは鳴りを潜めている。桃色の寝間着姿でモーニングコーヒーを差し出してくる様はまさに恋人のそれだが、四肢以外も機械化したかのように動きがぎこちない。

 

 

 

「ああ、おはよう。……それで、結局あの後どうなった。奴らの取引していた魔薬について、調べはついたのか?」

 

 

 

 コーヒーを受け取りつつ、あえて一先ず仕事の話を振る。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

 

 

 

 

 

──俺が今朝を迎えたこの家は、今俺の目の前に座っている女、甲河アスカのもの―といっても彼女の所属組織であるDSO(米連の防衛科学研究所)所有のセーフハウスだが―だ。

 

 

 

 昨日、俺とアスカは都郊外の某所に存在する廃工場に潜入した。

 

 魔薬(魔界由来の技術で作られた違法薬物のことで、大抵人間界の麻薬よりヤバい副作用がある代物)取引の現場を押さえ、その流通元を突き止めるという彼女の任務に無理やり付き合わされたのだ。例によって光学迷彩を用いて五車内に忍び込んだ彼女に、文句を言う暇もなく一方的に事情を話して連行された。

 

 

 

 彼女としては、ダダでさえ不確実な情報をもとにした仕事で気が乗らないうえ、事件に絡んでいる人間が「反吐が出るほど」生理的にムリな連中らしく、どうせ空振りして嫌な思いをするくらいなら道連れが欲しかった―というのが本音らしい。

 

 そこでなんで俺なんだ──という突っ込みはするだけ無駄なんだろうな。

 

 

 

 そして、彼女曰く大して期待していない調査に2人して出向いたところ、何とこれが大当たりだった。魔薬のブローカーはこの手の犯罪としてはポピュラーにも程がある、嘗て魔界の何処其処に領地をもっていた有力な貴族(名前は忘れた)であったが権力闘争に破れ、人間界に落ち延びて再起を図るべく商売を始めた―というプロフィールを持つありきたりな魔族だった。

 

 

 

 ちなみにこれは事前情報として聞いていたわけではない。取引現場で盗み聞きしていたところ、頼まれてもいないのに自分からペラペラと身の上を放し始めたのだ。俺たちは勿論、取引相手の人間すら辟易するほど尊大な口調で、たっぷり20分は自分語りをやらかしていた。

 

 

 

 やれ「私は嘗て魔界の9大貴族に次ぐ大領主だった」だの、

 

 やれ「無能で破廉恥な家臣どもと悪逆下劣な簒奪者に実権と財産を盗まれた」だの、

 

 やれ「だがそんな私に『あのお方』は救いの手を差し伸べ、復権の機会を与えてくださった」だの、

 

 やれ「君たちも我らが覇道の一助となれることを光栄に思うがいい」だの、

 

 

 

 端的に言ってクソうざったい長話が5分くらい続いたところでアスカは痺れを切らした。彼女の機械化された腕に仕込まれたマシンガンをブーイングがわりに撃ち鳴らしてやろうとしていたが、俺がそれを制止した。聞くに堪えないというのは俺も同感だが、続けさせれば魔薬の出所やバックについても自白してくれるかも、と期待したのもあるし、このまま時間がたてば応援を呼んで工場を包囲してもらうこともできる。

 

 

 

 結果、この判断は裏目に出ることになった。結局奴は「あのお方」という言い方で黒幕の存在を示唆する発言はしたものの、流石にそいつの名前やプロフィールを探れそうなことは語らず、これからも永遠に証言はできなくなった。

 

 

 

 その時点でアスカには、一旦外に出て応援の手配をしてもらった。観たところ窓もなく、出入口は正面にしかない(不用心にも、中の連中はシャッターを開けっ放しで気にする素振りもなかった)倉庫のようだったので、仮に逃げられてもアスカと挟み撃ちにできるし、倉庫の外に仲間が来ていないか確認する必要もあった。つまりそれは、数分の間俺一人で取引現場を見張るというリスクを背負うわけだが、俺は問題ないと踏んでいた。

 

 

 

 別に俺自身の実力を過信したという訳ではない。現場には魔薬を持ってきたブローカーの魔族1人、その取引相手である人間の男は2人組で、信じがたいことに両方とも学生服を着ていた。

 

 

 

 現場へ向かう道中でアスカから聞いた話では、この2人は石山兄弟といい、彼女が通っている緑橋学園でも有名なワルらしい。いや、只の不良なんて可愛いもんじゃなく、学生の身分でありながら地元の半グレ集団をまとめ上げ、何と魔界絡みの武器売買や魔具の横流しで荒稼ぎしているという情報まで入っているらしい。

 

 

 

 そこまで分かってるなら捕まえれば……とはDSO側も考えてはいるのだが、どうやらこの兄弟の父親というのが現役の政商で、しかも結構な人脈と権力を持っている「悪い意味での」やり手らしい。そんな相手に米連の組織である彼女たちが表立って動きづらく、日本側にリークするのもまともにやっては圧力をかけられる可能性が高い。

 

 とは言え放置しておくつもりは毛頭なく、同じ学校にいるアスカをはじめとした人員を割いて兄弟の動向を監視し、言い逃れの効かない証拠を押さえ次第動くつもりだったようだ。

 

 昨夜の闇取引の情報も2人の動向を追っていたからこそ得られたもので、同時にその悪事を止める千載一遇の機会でもあった訳だが──

 

 

 

 

 

 

 

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「あ……ああ、そうね。さっき連絡した時に聞いた話じゃ、私があんたを助け出した後、ウチの調査班が来て色々調べてったみたい。……化け物になって襲ってきたブローカーと石山兄弟だけど、2人とも死体は普通の人間に戻ってたわ。変身した原因はまだわからないって」

 

 

 

 俺の意図が伝わったのか、アスカは俺の左にある棚にコーヒーを置いてベッドへ座り、俺と足を並べて話を始めた。

 

 

 

「俺を襲った女は? 何処のどいつか分かったか?」

 

 

 

 俺にとって最も知りたいことを質問するが、案の定アスカは「全然」と首を横に振った。

 

 

 

「そもそも、私があのウザいおっさんと兄弟だった化け物を倒して、寝てたあんたを近くのボロ小屋で見つけた時、傍には誰もいなかったし何もなかったわ。……取引のブツもなくなってたわけだし、気配を絶つのが上手い奴なら、私に気づかれずに逃げたとしても不思議じゃないけどさ」

 

 

 

 憮然とした表情のアスカを見て、案の定手掛かりのない現状を確認させられた俺は心の中でため息をついた。

 

 

 

 

 

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 今回しくじったのは俺だ。だが、俺は別に奴らをなめていたわけではない。

 

 任務自体はアスカから誘われたから参加したわけだが、事前にこいつだけでなくその上司である「仮面の対魔忍」からも、取引に関わる情報を聞くことができていた。

 

 果たして、事前情報通り買い付け人は人間の男2人。ブローカーである魔族は1人で武装も護衛もなし。見張るだけなら俺1人で十分で、アスカが応援を連れて戻ってくれば難なく取り押さえられる。その時の状況判断は今も間違ってなかったと思っている。

 

 

 

『…………ん?』

 

 

 

 そう、ブローカーの長話を聞いていたところまでは「いける」と確信していた。

 

 予想外の事態となったのは、ブローカーの話がひと段落し、彼が手に持っていたアタッシュケースから何かを取り出してからである。

 

 

 

『……!? ……な、何してるんだよ、おい……!?』

 

 

 

 瞬時に冷汗が吹き出すほどの急展開だった。

 

 端的に言うと、いきなりブローカーの魔族が、取引相手の石山兄弟を拳銃で撃ったのだ。

 

 全く想定できていなかった。数メートル離れた場所からでもわかるほど、兄弟はブローカーの演説にうんざりしてはいたが、取引がご破算になるほど揉めている様には見えなかったからだ。

 

 

 

 得意げに話しながら滑らかな動作でケースから拳銃を取り出し、反応すらできない兄弟の顔を撃ち抜いたブローカーの手際から考えて、交渉が決裂したが故の処置ではなく、最初から2人にそうする予定だったと考えるほうが自然だった。

 

 こうなると、むしろその動きを悟られないために、わざと無駄話を始めた可能性すら出てきた。

 

 

 

 だが、本当の「予想外」はここからだった。

 

 石山兄弟が驚愕の表情を浮かべ倒れたのを見届けると、そのブローカーは何と、自分の首筋に銃口を押し当てやがったのだ。

 

 そこで気づいた。ブローカーが持っているのは只のハンドガンではない。形状とシリンダーに装填されているもの―小さなカプセルがついた矢のような形状だ―から判断するに、所謂麻酔銃か、銃型の注射器だろう。

 

 しかも状況から察するに、恐らくあの中身は只の麻酔薬なんかじゃない。

 

 

 

『やばい、アスカを呼んでこないと……!』

 

 

 

 ここで俺は監視による情報収集を諦め、直接アスカを呼びに行くことを決意した。

 

 事前情報は間違いだった。この「取引」は明らかに常軌を逸している。

 

 最初から奴らを始末するために呼び出したのか、それとも何か別の理由があったのか。俺のいた場所からはブローカーの背中しか見えず、その表情すら読み取れない。

 

 

 

『……!!』

 

 

 

 この異常事態を知らせるべくブローカーから視線を外し踵を返したところで、俺はさらに驚くことになった。

 

 俺のすぐ後ろに女がいた。勿論アスカではないし、恰好から言えば彼女の所属組織―米連のDSOの職員でもない。俺としたことが、後ろに誰かいたことすら気づかなかった。

 

 

 

「…………誰だ、お前」

 

 

 

 悲鳴の1つも上げず、可能な限り小声で冷静に質問できたのは我ながら驚きだ。

 

 女は胸と脚部の露出が激しく、肌に張り付いた白黒のスーツを着ている。紫色の毛髪という特徴は分かるが、薄っすらとした月明りだけでは顔全体が見えない。

 

 状況からブローカーか石山兄弟の仲間と考えるのが自然だが、背後を取っていつでも殺すなり捕らえるなりできる状況にいながら、俺に一切手を出さなかった理由は分からない。

 

 

 

 構えつつ、腰に手を伸ばす。予定外の任務ということもあり、俺は大した武器を持ち歩いていなかった。常用している忍者刀一振りに、ナイフ代わりにもなる苦無を2つだけだ。一般人や雑魚を相手にするならこれで十分すぎるし、これで倒せない相手に会ったらまず逃げるのが上策だ。

 

 この時目の前にいた女は、間違いなく強者だった。その立ち姿には微塵の隙もなく、不思議なことに殺気をまとっている様子はなかったが、物言わず立ちふさがっている以上大人しく返してくれる訳はない。

 

 

 

『Uuuuahaamooh……Gubawwoooooo────-!!』

 

 

 

 背後から、鈍く濁った絶叫が聞こえてきた。膿が溜まって肥大化し、腐って穴だらけになった喉から絞りだされたような、嫌悪感と恐怖を与えるためとしか思えない不協和音の塊だった。

 

 

 

 考えられうる最悪の状況だ。恐らくブローカーが撃った「弾」の効力だろう。経緯は全くわからんが、兄弟はただ始末されたのではなく、モルモットの代用品にされたらしい。

 

 悍ましい声は、今はまだ1人分しか聞こえない。恐らくブローカーのものだろう。だがこのまま時間が経てば、吐き気を催す叫びの三重奏が始まるとみていい。

 

 

 

 意を決して忍者刀を抜き、じりじりと女に向けて距離を詰める。

 

 こちらが明らかな敵意を示しているというのに、彼女は何一つ反応を見せない。俺を侮っているのか、余裕の表れか。どちらにせよ、彼我の実力差から言えば傲慢だと批難はできない。

 

 

 

 状況は異常。頼れる相棒は近くにおらず、救援も自力で呼べない。おまけに慎重に行動できる時間的猶予は0といっていい、まさに八方塞がりの状況。だが「0」の状況下から、死に物狂いで万に一つの可能性を探し出すのも、俺の役割だ。

 

 敵が油断しているなら、猶更チャンスはある筈。そう信じて一気に間合いを詰めるべく、俺は女に向けて駆け出す──

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 ──勿論、そんな都合のいい奇跡は起きなかった。間合いに入るなり女に一瞬で叩きのめされ、その後俺は心身ともに決して軽くない傷を負った。そこから数時間が経ち、「絞られ尽くした」ぼろ雑巾状態の所をアスカに救助され、夜中にこの家まで連れてこられたという訳だ。

 

 

 

「……確かに並の相手じゃなかったな。顔はよく見えなかったが、何か術を使う様子もなかった。単純に腕っぷしでのされちまったよ」

 

 

 

 アンタじゃ当然じゃない。

 

 そう言いたげなアスカの視線は気づかないふりをし、俺はカップを棚に置いて立ち上がる。

 

 

 

「うっ、う~~ん……」

 

 

 

 思い切り伸びをして軽い体操を行い、体のコリを少しでも解す。

 

 ベッドそばにある大きな窓から降り注ぐ陽光は、部屋全体を照らしていた。まだ夜明けすぐの時間だが、何十日ぶりに太陽を拝めたかのような気分だ。実に清々しい。

 

 ちらちらとこちらに向けられる熱い視線がなければ、だが。

 

 

 

「……昨夜の―」

 

「昨日のことは気にしないで。本当に、私も気にしてないから」

 

 

 

 話を切り出した俺の声を、アスカはピシャリと遮った。

 

 だがそうはいかない。昨夜俺がやらかした「コト」は、人倫に悖るだけでなく俺自身の美学にも反する行いだ。しっかりけじめをつけないまま有耶無耶にはしたくなかった。

 

 意を決して話し合おうと振り向いた直後、アスカが顔を真っ赤にして俺から視線を逸らしたのを見て、俺は瞬時にその理由を悟った。

 

 

 

「……俺のスーツって、今どこだ?」

 

「そ、そこらにあるでしょ。あんたが家に入るなり脱ぎ散らかしたんだから……!」

 

 

 

 それを聞くなり俺は慌てて部屋を出て、リビングに放ったままの対魔忍スーツを拾って着た。

 

 正直シャワーも浴びずに、この洗濯すらしてないぴっちりスーツを着るのは気が進まない。だが全裸で女の家をうろつくよりは遥かにましだろう。本格的に着替えるのは、家に帰ってからでもいい。

 

 今は身支度よりも、アスカと話すほうを優先したい。

 

 

 

 

 

 俺は昨夜、甲河アスカを犯した。無論故意にではなく、昨夜の女に捕まった際投与されたらしい「薬」によって、正気を失い性欲を暴走させられたためにだ。

 

 しかし加害者の俺が言うのは最低だが、昨夜の行為が一般に言われる「レイプ」と呼ばれるそれに当てはまるかどうか、つまり俺にその意志があったかどうかとか、事前の合意なく俺と性交したことで彼女が心身に傷を負ったかどうかとかは問題視していない。気まずい空気ではあるものの、彼女がそのことでショックを受けているかどうか位は言動で分かる。

 

 

 

 しかし、先ほども言ったようにこれは俺の、「男としての」ポリシーの問題だ。

 

 部屋に戻り、立ったまましっかりと頭を下げた。

 

 

 

「アスカ……昨夜はすまなかった。気にしてないと言ってくれたのは正直嬉しいけど、経緯はどうあれああいうことをした以上、謝っておかないと俺の気が済まないんだ。勝手な理由だけど、形だけでもいい。1度受け取ってくれないか」

 

 

 

 彼女が傷ついていないと確信しながら頭を下げる。これは甚だしい偽善かもしれない。

 

 昨夜のことがマジで正気な俺の意志で行われたことなら、この場で土下座どころか割腹したって許される事じゃない。いやそうでなくとも普通なら薬でおかしくなってたから、彼女も感じてたからなんていうのは最底辺の言い訳でしかない。

 

 だが卑怯でも偽善でも、この行為はこれからのためには必要な手順なのだ。

 

 

 

「……」

 

 

 

 アスカは、俺の下げた頭をじっと見ている。その表情は窺い知れないが、やはり怒りや軽蔑といった感情を浮かべてるようには感じない。謝って済むと俺が考えていないことは伝わっているし、彼女自身も俺に恨み、そして負い目といったものを本気で感じてはいないだろう、という俺の推測は、どうやら正しかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 甲河(こうかわ)アスカ。人呼んで「鋼鉄の死神」。

 

 彼女は嘗て五車学園の校長にして対魔忍総隊長、「最強」の名を冠する井河(いかわ)アサギを輩出した井河家と比肩する勢力を誇った名家「甲河」一族の生まれであり、その次期当主となるように育てられていた。

 

 

 

 しかし、とある事件で彼女は家族親類のほぼ全員を、その後彼女自身も両手両足を失い、甲河家は事実上断絶した。

 

 アスカ自身は米連(アメリカ及び太平洋諸国連合) に渡って四肢をサイボーグ化し、今はDSO所属のエージェントとして、魔界の技術がこの世界に広まるのを防ぐべく活動している。

 

 その「事件」の経緯はいずれ詳しく述べるとして、重要なのは対魔忍である俺と、米連のスパイである彼女の関係は、現在のところ微妙な利害関係の上に成り立っているということだ。

 

 

 

 五車とDSO。お互い、魔の力から人間社会を守るという使命は変わらない。しかし組織が違う以上そのための方法論は異なり、時にはその違い故に敵対することもある。

 

 実際、俺自身が米連が魔界科学を使って生み出した人型生体兵器の処遇を巡り、彼女やその上役である「仮面の対魔忍」と意見を違え、直接戦ったことがある。

 

 両者が違う国の機関に身を置く以上、俺たち自身の思想だけでなく国家の思惑を抱えて戦わざるを得ないとい。その点を鑑みても、俺たちは只仲良く協力するというわけにはいかない。

 

 

 

 しかし、このアスカという女はそういう事情を知っているにも拘らず、任務中に初めて会った時から妙に俺への態度が馴れ馴れしかった。いやそれだけでなく、ちょくちょく自分から俺へ会いに五車へやって来ている。

 

 俺が忍術を使えない対魔忍なことを揶揄う様子もなく、むしろそんな俺が新設された部隊の隊長をやっていることに興味津々のようだった。

 

 

 

 俺の指揮や洞察力を見込んで、今日のように無理やり任務へ駆り出されることも幾度かあったが、明らかに俺より戦闘能力のある人間を呼ぶべき場面もあった。そのことを聞いてみても、何故かしどろもどろになって逆切れされる始末で、建設的な議論ができたためしはない。おいこれでいいのかちゃんと監督しろよ、とアスカの上司にお伺いを立ててみても、曖昧な笑みで流されるばかりでこちらも効果なし。

 

 

 

 そんな調子で2か月以上の間交流が続き、流石に鈍感な俺でも気づいた。

 

 何に、といえばつまり、甲河アスカが俺に向ける好意に、である。

 

 

 

 

 

 

 

 つまる所、俺は頭を下げて謝意を示しつつ、彼女の本音も確かめようとしたわけだ。

 

 何度か助けたり助けてもらったりした仲だが、体を重ねることで初めて、アスカという女の飾らない素顔を見た気がする。下品なことだが、そのことで俺自身の気分が高揚しているのも事実だ。

 

 だが、だとしたら猶更俺からの謝罪は必要だ。今回図らずも俺たちの関係は岐路に立たされた。俺にとっても彼女にとっても、極めて不本意な形で一線を越えてしまったからだ。

 

 

 

 俺とて男で、彼女は女だ。いずれ直接的な方法で情を交わすことを期待していたのは事実だが、今回は俺にとって最も唾棄すべきやり方でその願いを叶えてしまった。こうなった以上、どういう形にしろ俺は責任を取らなければいけない。

 

 そして、そこに微かでも蟠りがあるのなら、俺は2度とアスカに会うつもりはない。

 

 

 

「……で? もう体は何ともない?」

 

 

 

 え? と、俺は思わず顔を上げて聞き返してしまった。

 

 自分なりに結構悲壮な思いで詫びを入れたというのに、さらっと流されたと思ったからだ。

 

 

 

「体よ。痛いとか怠いとか、そういうのはないかって聞いてるの」

 

 

 

 アスカは再度俺に体調を尋ねた。やや気恥ずかしさを抱えていることを感じ取れるものの、その声から苛立ちは感じ取れず、本心から俺を心配しているように聞こえた。

 

 

 

「……ああ、大丈夫。助けてくれてありがとう。正直、お前がいなきゃどうにもならなかった。今回のことは、いずれちゃんとした形でお礼をさせてもらいたい」

 

 

 

 俺がそう言うと、アスカは意地悪そうにニヤッと笑い、「やっと言った」と呟いた。

 

 そして、俺が怪訝そうな顔をしていたのだろう。彼女はわざとらしくため息をついて、

 

 

 

「いや、昨日からずっと謝ってばかりじゃない。ここまで運ばれるときも、うわ言でずっと『すまない、すまないアスカ』ってさぁ。……別にいいけど、もっと他に言うことあるんじゃないかなあって」

 

 

 

 そこで、鈍い俺もようやく理解した。 

 

 どうやら、本当に俺は許されているらしい。思わず、表情も緩む。

 

 

 

「あ、勿論昨日からの諸々は絶っっっ対にオフレコだからね。もしばらしたら……潰しちゃうから♪」

 

「わ、分かってるって。そのジェスチャーはシャレにならないからやめてくれ……」

 

 

 

 照れ隠しなのか釘を刺したつもりなのか、アスカが右手でナにかを鷲掴みにするポーズをしながらそう言った瞬間、俺は表情筋の硬直を感じた。

 

 冗談だとは到底思えない。彼女の腕にかかればココナッツだってゆで卵同然だろう。実際口調は軽く微笑みさえ浮かべていたが、彼女の目は全然笑っていない。

 

 

 

「……そ、それにしても、何だったんだろうな昨日のあれは? 俺が見る限り、交渉が決裂したから殺されたって感じでもないし、ブローカーが自分まで撃つ意味が分からない」

 

 

 

 空気を変えたくて強引に話題を変えると、アスカも分からないという風に首を振る。

 

 そのまま彼女はベッドの上で足を延ばし、カップを両手で抱えてコーヒーを飲む。

 

 

 

「私もワケが分からないわ。アイツら兄弟はどうでもいいけど、ブローカーまで死んじゃったから背後関係がつかめなくなっちゃったし。それに使ってた魔薬がね、ちょっと普通じゃないのよ」

 

「普通じゃない?」

 

 

 

 今度は俺が首を傾げる番だった。

 

 そも「普通の魔薬」とは何ぞや、という話だ。俺の知識では、人間界で作られる麻薬と魔界原産の魔薬は、精製方法自体にさほど違いはない。その過程で特殊な呪術を用いたり、竜の鱗だの魔女の血液だのといった希少な材料を使う「特注品」もあるにはあるが、当然それらを大量生産するのは物理的に不可能だ。

 

 故に一般に流通するような魔薬の材料といえば、「こちら」の麻薬でいうコカやケシと同程度の環境で大量に栽培できる魔界産の植物が主流だ。それくらい生産が容易でなければ、今のように麻薬と対抗できるレベルまで広まることはなかっただろう。

 

 つまり、今回見つかった魔薬は、それらを材料にしたものではないということだろうか。

 

 

 

「何か未知の植物か、特殊な呪術が使われていたということか?」

 

「うーん。サンプルが落ちてた麻酔銃の中からしか見つかってないから詳しくは分からないけど、今まで見つかっているモノとは何もかも違うらしいわ。何なら、魔薬にすら見えないって」

 

 

 

 アスカいわく、その魔薬―らしき物体は液体とも気体とも言えないものらしい。

 

 人にはほぼ見えない程細かな粒子状の集合体で、見た目的にはマイクロマシンに近いらしい。

 

 だがその粒からは高濃度の魔力が検出され、まず間違いなく「魔のもの」ではあるとのことだ。

 

 

 

「粒子……ウィルスや微生物の類か?」

 

「詳しいことは今も分析中。多分全容が掴めたらそっちにも情報が行くと思うわ。……それはそうと、やっぱり私もちゃんと謝っておかなきゃね」

 

 

 

 そう言って、突然アスカがベッドの上に正座して頭を下げたとき、俺はあからさまに動揺した。

 

 

 

「こちらこそ、ごめんなさい。軽い気持ちで危険な任務に誘って、あなたの命を危険にさらしてしまいました」

 

「え。い……いやいや、いいって。俺がヤバい目に遭ったのは自業自得なんだし、さっきも言ったけど助けてもらったんだから、むしろ俺からお礼をしなきゃいけないと思ってるくらいで……」

 

 

 

 参った。すっかり調子が狂ってしまう。

 

 いつもは俺が危険な目に合ったところで気に病むことなどせず、むしろあっけらかんとした顔でだらしないわよ、だのしっかりしなさい、だのと宣うのが甲河アスカという女だ。

 

 確かに強引なスカウトだったが、最終的に承諾したのは俺である以上、どんな経緯であれ任務で危機に陥ったことを彼女のせいになどできない。

 

 

 

 まして、今回俺が敵の只中で一時的とはいえ孤立したのも、背後に敵が迫っていることに気づかなかったのも俺自身の不手際でしかない。俺の負傷や乱行に関してアスカが気に病む必要などないことは、彼女自身も分かっているはずだが……。

 

 

 

「……本当に、許してくれる?」

 

「ゆ、許すも何も……任務として引き受けたんだから、何があろうと恨みやしないよ。……あー、その後の事も考えれば、むしろ俺が責任取るべき立場だと思うんだが……」

 

 

 

 後半の内容は口にするのが恥ずかしい内容だったので、小声でもにゃもにゃと喋った。

 

 だがしかし、このアスカという女は聞き逃さなかった。

 

 

 

「ホントっ!? 責任取ってくれるの?! 撤回はなしよ!」

 

 

 

 瞬時に頭を上げ、飛び掛からんばかりの勢いで俺に迫ってきた。

 

 おい待て、何だその変わり身の早さは。

 

 しかも何だその満面の笑顔は、全然落ち込んでねえじゃん! 

 

 

 

「……あっ、お前さては」

 

「じゃあはい、これね!」

 

 

 

 こちらの気づきをまるで無視するかのような畳みかけで、自らの携帯を押し付けてきたアスカ。

 

 画面にはQRコードが表示されている。

 

 所謂アドレス交換の意思表示というわけだ。

 

 

 

「く…………ああ、もう仕方ねえなあ! 本当に必要な時だけ掛けろよ!」

 

 

 

「口は禍の元」

 

 この金言の真実味を今回「も」噛みしめることとなった。

 

 まんまと嘘の泣き落としに引っかかった俺は悔しまぎれの悪態をつきつつ、自分の携帯を取り出し操作して彼女の出してきたコードを読み取る。

 

 ベッドの上で四つん這いになって携帯を突き出してくるパジャマ姿の女が、獲物を捕らえた野良猫に見えたのはきっと気のせいじゃないだろう。明らかに「してやったり」って顔だ。

 

 

 

 俺がアスカの意図を直前に察知し、しかも自分から「責任を取る」とまで言ったにも関わらず、彼女の要求に対しあからさまに嫌な態度を取ったのには、然るべき理由が存在する。

 

 実をいうと、かれこれ1ヶ月程前からアスカからアドレス交換のお誘いは受けていた。だが、俺はその度にやんわりとお断りしていたのだ。

 

 美人から連絡を受ける術を態々自分から断つなんて勿体ないことをしていたのは、お互いの関係性を考慮してあまり親しくなり過ぎないように……なんて殊勝な理由ではない。

 

 

 

 端的に言って、面倒なことにこれ以上巻き込まれたくなかったのだ。

 

 そも現在アスカが度々五車に侵入して(今彼女は対魔忍じゃないんだからこの言い方で合ってるだろう……多分)俺に会いに来るのは、それ以外ダイレクトに俺へ連絡を取る方法がないからだ。

 

 

 

 だがしかし、これはさらりと流せるような問題ではない。

 

 上司のマダムなりアサギ校長なりから連絡を回せば……という野暮は言わないにしても、表向き部外者である彼女が何のアポも取らず五車に入ってきているのは、少なくとも体面上は歓迎されざることである。

 

 殊に町の警備担当者、そして警備を統括する立場でもある井河アサギにとっては、対魔忍の本拠地である五車への侵入が何度も繰り返されているというのは、彼女の所属組織と五車との微妙な関係も相まって、中々に頭の痛い問題なのだ。

 

 

 

 しかも、俺が独立遊撃隊の隊長になってからのここ3ヶ月で、アスカ以外にも五車への不法侵入は急増している。

 

 

 

 その中にはクリア・ローベル──日本の某機関で遺伝子操作や機械化を施された女の子で、その機関から何者かによって強奪されたのち、五車への刺客に仕立て上げられた。今は正気を取り戻し、広い家を持て余していた水城家にて居候中──のように、五車の存続を揺るがす脅威となりうる事案もいくつかあった。

 

 

 

 そういう経緯もあって、俺は警備関係者からの印象が悪い。別に、それら全てにおいて俺が直接的原因となっているわけではない。だが逆に言えば俺が原因の侵入事案がある度に、アサギ先生ですら態々俺を校長室に呼びつけ、苦笑交じりの説教を述べた後、始末書の提出を要請してくる程には問題視されている。無論、その侵入者が「かつての仲間」であっても、である。

 

 

 

 アスカの上司である、仮面の対魔忍に話したら? 笑って流されるに決まっている。そもそもそれで片付くようなら、アサギ先生辺りが既に連絡して対処されているはずだ。それで何も変わっていないということは……まあつまり、アスカに関しては事実上の黙認、俺への注意及び処分も体裁のために行われているだけに過ぎない、という事だろう。

 

 いや、だったらせめて説教だけにしてくれ。

 

 

 

 それならすぐに連絡先を交換すれば―と思うのだが、そうなったらなったで俺の負担は増すことは確実だ。今でさえ、特に今月に入っては今回の分を足して3回も、目の前にいるサイボーグ女に半分拉致の形で任務に連れ出されている。

 

 これでも忍び込む手間がある分、恐らくだが控えめになっているのだから、その箍が外れた場合どれだけの頻度で呼び出されることになるのか──今度は俺が頭痛を起こしそうだ。

 

 

 

 片や上司の小言と書類作成の手間、片やしち面倒臭い任務への連続出動。

 

 双方のリスクとデメリットを客観的に勘案した結果、俺は極めて冷静に実利を重視した選択をしていたに過ぎないのだ。

 

 だがしかし、我が賢明なる黙殺戦略は卑劣なる嘘謝罪奇襲作戦によって敢え無く瓦解した。

 

 指揮官としては憤懣やるかたない結果だが、敗軍の将は兵を語らず、粛々と読み取り画面という名の降伏文書に署名することに専念するのが、せめてもの美徳を示すことになる。

 

 そうとでも思わなきゃやってらんねえ。覚えてろよこのデカケツ女。

 

 

 

「……さて、そろそろ失礼するよ、長居しても悪いしな。……このまま出て行って、いいのか?」

 

 

 

 一応隠れ家なんだし、目隠しでもして送ってもらうべきか。そう思って聞いたのだが、

 

 

 

「どうぞ。表から大きい路地に出て、そこから北に真っすぐ行けば駅に着くわよ。案内しよっか?」

 

「い、いや、おかまいなく。そこまで面倒見てもらっちゃ悪いよ」

 

 

 

 一目見て分かる程るんるん気分な家主から、拍子抜けするほど親切な返答を頂戴した。

 

 どうも妙な気分だ。悪趣味な脅しをしながらも、俺が秘密を漏らすとは微塵も考えていないらしい。

 

 仮にも諜報部員がそれでいいのか……と思わなくもないが、疑われて物々しい対応をとられるよりは余程いいので、有難くその優しさに甘えることにする。

 

 

 

「じゃあ、またな。……まじで、任務への誘いは程々にしてくれよ」

 

「ふふ、分かってるって……あ、そうだ。折角だしさ、1つ聞いていい?」

 

「……何だ?」

 

 

 

 ふと思いついたように尋ねた後、アスカは少し間をあけた。

 

 すごく気になるが、とても尋ねづらいことを聞きたい。その逡巡はそう言っているも同然だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んでんで? その後はぁ? やったの? 朝ックスしたの!?」

 

「先生……その質問は思いついても胸の中にしまっていてください。率直に言ってセクハラです」

 

 

 

 セクハラ度1000%の質問をしておいて、えー、なんでえ? と不服そうに頬を膨らませている金髪の美女がいた。業腹なことに俺の先生だった。

 

 その名は、井河さくら。五車学園の校長井河アサギの実妹にして、同校の教諭である。

 

 

 

「いやー、だってさぁふうま君。よく考えなくてもさ、アスカちゃんだよ? 君があの子んちに一晩一緒に泊まってナニもしなかったとか、そーんな話信じられるワケないじゃん?」

 

「だから、その件はノーコメントです。俺は何も言いませんので、先生は好きに妄想してくださって結構です。あ、妄想は自由ですけど俺を含む他人には絶対話さないでくださいよ。まじでセクハラで訴えますから」

 

「ぶー。だいじょぶだって、ばらしたりしないからさぁ、いいじゃん話しても。ね? お願い、さわりだけでもぉ……。ねねね、アスカちゃんのおっぱいって、やっぱ柔らかかった?」

 

「何と言われようがノーコメントです。……まさか、休暇だからって昼間っから飲んでるんですか?」

 

 

 

 そもそも「さわり」は本来聞き所、核心となる部分をさす言葉だ。そんなところを喋ったなんてあの巨乳ピンクサイボーグに知れたら、大事なタマと永久にさよならしなきゃならなくなる。

 

 そうなったらあんたも困るだろうに。

 

 

 

「の、飲んでないよぉ。あの後お姉ちゃんに1ヶ月の禁酒令出されちゃった。毎日3回アルコールチェックのデータまで送んないといけないんだよぉ? 厳しすぎない?」

 

「いえ、酔っぱらって生徒を逆レしたんですから妥当だと思います。あ、この妥当っていうのは相手が俺だからですよ? 他の奴にやってたら一発クビですからね?」

 

「う……そ、それについては、本当にすみませんでした。まさかあたしから手を出してたとは……はぁ、でもなんかさー、やっぱ折角の家デートなのに味気なくない?」

 

「デートって……俺にとっちゃ気の重い三者面談ですよ。この後アサギさんが来たらどんなお説教をされるか、考えただけで軽く眩暈する……」

 

 

 

 そう、俺は今、さくら先生が普段住んでいる借家に来ている。今回のデブリーフィング後、さくら先生本人に誘われた。

 

 喜んでその招待に応じた俺は、実家に戻って家族や友人に連絡した後、身支度を整えてその家を訪ねた。

 

 この集まりがさくら先生の発案ではなく、彼女の実姉が改めて3人で話し合う場を設けたかったのだということを聞いたときは、期待した分勝手に騙された気分になったが。

 

 

 

 

 

 

 

 アスカの家を出て、午前中に無事五車へと帰還した俺を待っていたのは、井河アサギ・八津紫・高坂静流という「3大巨頭」による、説教&事情聴取というヘビィなイベントであった。

 

 3人がかりの口撃を耐えしのぐのは尋常ならざる労力を消費したが、意外にも叱責タイム自体は10分もなかった(今回の任務失敗の反省文と、またまたアスカが無断で五車内への侵入したことの始末書の提出を言い渡されたが)。

 

 彼女たちとしても、今回発見された妙な魔薬の情報は全くの初耳だったらしい。

 

 

 

 俺はアスカから聞いたことをそのまま伝える形で報告を済ませた。その後、アサギ校長から精密検査を受けた後休養をとることを指示された。

 

 新型魔薬らしきものを投与されている俺が平常心を失い暴走したことは伝わっていたらしい(流石にその乱行の中身までは知らされていないようだが)。もしその影響が残っていたら任務はおろか学業すら覚束ず周りに迷惑しかかけないので、この措置自体に異論はない。

 

 

 

 唯一にして無視できない問題なのは、その検査担当者の人格なのだが……―。

 

 

 

「あはは。まあ、この前あれだけ怒ったんだし、多分だけど色々確認したいこと聞いたら終わるでしょ。あ、そいや忘れてたけど、検査の結果どうだった? ……というか、それにかこつけて何かされてない?」

 

「あ、やっぱそっちの方が気になります?……俺に異常はありませんでした。まあ検査なんだから血液やら尿採られるのは仕方ないですし、悪用は……されないと、思いたい、ですね。ええ……」

 

「うーん……むっちゃんに言って釘差してもらう? なんかふうま君、能力が覚醒して以来あいつに狙われてるんでしょ?」

 

「いやあ、これ以上ご足労願うわけには。それにそれ、彼に効果あるとは思えないですよ」

 

「あー、構ってもらえて喜ばすだけかぁ……ホント厄介だなぁ、あのドM」

 

 

 

 俺の検査を担当した、我が五車学園の校医であり悪名高きマッドなドクター、桐生佐馬斗のニヤケ面を思い出す。

 

 彼は元々世界最大の魔族組織ノマドの幹部フュルストに師事していた魔科医(魔界の技術や知識を使う医者のこと。大抵まともじゃない)だった。何かの任務で井河アサギと八津紫両名の手によって捕らえられた結果、五車で働くようになったと聞いている。

 

 

 

 自分勝手で傲慢、研究のためなら周りに迷惑をいくらかけようとお構いなしと、そのまま映画や漫画に登場できそうなくらい、完成された悪役科学者だ。

 

 素材すら不明な新型魔薬と、正体不明の異能。

 

 後者しかない時ですら、しつこく実験材料になることを迫ってきた桐生のことだ。垂涎の研究対象を2つも抱えた今の俺を前にして、元々持ち合わせがあるかどうかも分からない自制心を保ってくれるかどうかなど、推測するにも値しない。

 

 採取したサンプルも、絶対ただ検査に用いるだけでは済まない。

 

 

 

 そんな危険人物なら暴走しないよう監視するか、そもそも解雇か処分すればいい、とは誰でも思うだろう。

 

 

 

 まず馘首は絶対できない。誰にも邪魔されない環境で、100%碌でもない研究を始めるからだ。彼を雇って医療業務に従事させているのは、それをさせる暇を少しでも減らすためでもある。それとて現状十分に効果があるとはいえず、普段の仕事をこなすなら、研究が対魔忍にとって有益になるのならという条件で、半ば黙認している。

 

 実際、桐生がまっとうな医者としても非凡な存在であることは教諭陣も一様に認めており、彼が来て以来対魔忍の犠牲者は目に見えて減少していったらしい。この上なく危険ではあるが、利用価値が高い男なのも確かだ。

 

 

 

 リスクを考慮し殺害する……というのも結構な難易度と言わざるを得ない。敵だった時にあのアサギや紫が仕留めるのを断念し捕縛したという事実からして、桐生には只のマッドサイエンティストで片づけられない何かがあるという証左となる。

 

 俺は桐生の能力を知らない。だが奴の師匠だったフュルストの狡猾さ、そして高度な転移魔法の使い手という反則っぷりを鑑みれば、単に知識をため込み悪知恵が働くだけではないだろう。

 

 

 

 同様の理由で監視も難しい。師匠譲りかは知らないが桐生自身も中々に強かな奴で、俺たち独立遊撃隊の初任務も、五車から脱走した彼を連れ戻すことだった。

 

 こんな危険人物なので、監視は普段から相応についていた。にも関わらず、この男はこともなげにそれを搔い潜り、闇の町東京キングダムまで自力で辿り着いていた。五車に戻った後も、地下に設けられた専用のラボで怪しげな研究に耽っていることは、殆ど公然の秘密になっている。

 

 

 

 実際、彼の知的好奇心を満たす糧とされてしまった生徒も数多い。

 

 

 

「渡された頭痛薬を服用したらすぐに楽になったが、口からスライム状のゲロが出た」

 

「怪我した腕に試作の止血剤を噴射されたら、傷口から新しい腕が生えてきた」

 

「植物の成長を促進する肥料をもらい使ってみたら、狂暴化した野菜や花に襲われた」

 

 

 

 等々、俺の知る限りだけでも両手に余る被害者が存在する。

 

 

 

 まとめると、対魔忍にとっては何より貴重な魔界医学の知識を有する男だが、下手をすれば五車そのものを危険にさらす性格と技術の持ち主でもある。

 

 しかし勝手な研究や実験を抑止する方法は事実上存在せず、現状有益な部分のみを活用して危険性に関しては見て見ぬふりをするしかない、ということだ。

 

 そもそも、魔科医でありながら曲がりなりにも対魔忍の味方をする、というだけでも殆ど奇跡に近い存在なのだが、それには然るべき、というには些か邪すぎる理由が存在する。

 

 

 

「……折角ですから、俺も今まで聞きそびれていたこと、聞いていいですか?」

 

「あ~、この流れで言うと、むっちゃんと桐生のこと? ……んー、聞かせたいのは山々だけど、ごめん、流石に本人のお許しナシでは、ちょっとね」

 

「ま、それはそうですよね。……俺の勝手な推測だと、桐生先生が勝手をやり過ぎてノマドからも粛清されかけて、それを任務中成り行きで紫先生が助けることになってしまった。で、それを桐生先生が自分に惚れてるからだと勘違いして……って感じかなあ、と思ってたんですが」

 

「うー……あ、中らずと雖も遠からず、って感じかなあ。にゃはは」

 

 

 

 さくら先生にしては珍しい、心底困った表情を浮かべている。

 

 桐生はアサギ校長とまだ学生だった紫さんの2人によって捕らえられた、と人づてに聞いていたが、ひょっとするとその場にさくら先生もいたのだろうか。

 

 

 

「……まあ、ぶっちゃけ桐生先生が五車にいる理由の大半は紫先生なんですから、そのご苦労は

 

 察するに余りありますよ。紫先生も『桐生に何かされたら私に言え』って態々言うくらいですからね。俺で力になれるなら、少しはお手伝いしたいとは思います」

 

「あ、それはまじありがたいよぉ。……正直言うと、何だかんだであの2人がいいコンビみたいになってるの、ちょっと心配なんだよね。絆される、っていう程じゃないとは思うんだけど……」

 

 

 

 そう、桐生佐馬斗は八津紫に惚れている。しかもその惚れ方もちょっとイカレていて、完全に接し方が悪質なストーカーのそれなのだ。具体的には、研究中以外はほぼ毎日彼女との逢瀬やナニを想像して唐突に高笑いしたり体を捩りだしたりする。彼女の使ったタオルや筆記用具などを収集する。訓練中の彼女を隠し撮りする、等だ。……うん、普通にアウトだこれ。

 

 

 

 彼のキャラには合っているが、紫先生からすればたまったものではないだろう。しかも桐生自身は心底相思相愛の仲だと確信しているらしい。こういう所も悪質である。

 

 

 

 一応、本当に一応彼なりのラインは敷いているらしく、紫先生自身に媚薬や睡眠薬の類を盛ったり、脅迫して性的関係を迫ったりしたことは、五車に来て以来一度もないらしい。まあ正直「だから何だ」という話だ。

 

 彼が紫先生目当てで五車にいる以上、彼女は彼を制しつつも、完全に臍を曲げない程度には関係を維持し続けなければいけない。技術や知識は確かである以上、保険医でもある紫先生が桐生と交流を持つのは自然ではある。

 

 しかし、さくら先生の心配は杞憂だと俺は思う。

 

 どれだけ有能であろうと、こんな性格や言動の人間を恋愛対象としてみるほど紫先生の眼は節穴ではあるまい。事実桐生が目に余る勝手をするたびに、紫先生自ら乗り込んでいって物理的制裁を課し、悪しき研究成果や蒐集物は廃棄している。それをすら、彼自身は紫先生から贈られる精一杯の愛だと感じている無敵っぷりだから始末に負えないのだが。

 

 

 

「……大丈夫だと思いますよ。それならまだ、俺の方が脈ありますって。ははは」

 

 

 

 俺としては、さくら先生の悩みをほぐすための、軽いジョークのつもりだった。

 

 ジョークとして言うからには、そんなことはありえないという前提が俺の中にはあった。

 

 しかし、どうやらそれは彼女との共通認識ではなかったらしい。

 

 

 

「…………そっか。その手があった」

 

 

 

 まるで俺が世紀の大発明でもしたかのような口調で、彼女はそう呟いた。

 

「口は禍の元」

 

 今朝確かに噛みしめたはずの教訓が、胃から逆流して再び俺の口中に苦みを発し始めた。

 

 おいおいよせよ。そんなことあるわけないだろ。

 

 咄嗟に出るはずの否定の言葉が、何故か今は引っ込んでしまっている。

 

 

 

 その時、唐突にトゥルルル、という高い電子音が部屋に響く。

 

 電話のコール音だと気づいたさくらが席を立ちリビング内を歩いていくのを見送りながら、俺は自分の心臓を治める作業に専念していた。

 

 

 

 何が「そっか」だ。俺が、紫先生と? しかも、それをよりによってさくら先生が受け入れる? 

 

 俺は未だアスカの家で夢を見続けているのではないか。本気でそう疑い始めた。

 

 井河さくらが俺とセックスする仲にも関わらず、他の女が俺に魅かれるのを受け入れるどころか歓迎する奇特な性格なのは知っている。だとしても、さくら先生が親友の人となりや俺との関係を知っている以上、その発想はありえないとしか言えない。

 

 何せ、俺が性的関係を持っているのはさくら先生だけではない。さくら先生の姉にして紫先生の想い人たる、井河アサギもその1人なのだから。

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