※この作品はR-18です。

“女難の対魔忍”暗躍譚 ―対魔忍RPGX HAERESIS―   作:holdics

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(―校長室でふうま小太郎たちが『対魔石』についての会議を終えてから数時間後。

五車町内の秋山家近くにある「逸刀流(“斬鬼の対魔忍”秋山凛子の属する流派)」道場内にて)

 
「うわぁ……。佐那さん、鬼壱あずささんってホントに凄い剣士ですね。凛子先輩と互角なんて」

「ん? ああ、まぁな。……っつーかあたし的には剣より足捌きのほうがビックリだわ。何度もやり合って動きが読めるにしたって、どうやってあいつの空遁を術もなしに躱してんだ?」

「へ、蛇子にはどっちも雲の上過ぎて分かんないや……足固めてガードくらいしかやることなさそう……」


「おいーっす。あずささん、いますー? ……お、ゆきかぜ達もいたのか。おーい姉貴ー、あずささんいたー!」

「おいおい何だ神村ぁ、道場にいきなり入ってきてその態度はぁ? 一発しごいたろか……って、あれ、東じゃん」

「馬鹿声がでけーよ。道場なんだからちっとは行儀よくしろ……お、佐那もいたのか、おはよーさん。休日に押しかけてわりー、ちょっと用事があってな。……おーいあずさ、ちょっとこっち来いやー!」

 
「……ん、神村? それにあの人は……」

「…………珍しいところで会うものだ。凛子、すまないが少し休憩しよう。どうやら私の客らしい」

「あ、はい! じゃああず姉、私はお茶を用意します。後でお時間がありましたら、続きをお願いしますね!」

「……ふっ。ああ、もちろんだとも」



「――で、お前は何しに来た」

「んだよ随分な言い草だな。態々来てやったんだから笑顔の一つくらい……まぁいいや。おらこれ、ウチの校長からだ。こっちの用事ついでに届けてやったんだ。ありがたく思いやがれ」

「…………ああ、頼んでおいた呪符と霊刀か。成程、一応礼は言っておくべきなのかもしれんな」

「かもしれん、じゃねえよありがとうぐらい言えよこの野郎! ……って、こんな漫才してる暇じゃねえんだ。おい舞華、こっちの用事は済んだんだ。さっさとお前の彼氏紹介しろよ」

 
「「「か、彼氏ぃ!?」」」

「な……あ、姉貴まだ言ってんのか! だからあいつはそんなんじゃねえって言ってんだろ! 偶々買い物先でばったり会って、荷物持ちさせただって……!」

「お前が只の男友達や舎弟を家に上げたりするか! 今までギャルファッションにばっか夢中でソッチの気なんざ一切なかったくせによ! 大体なら何であたしに隠すんだよ、えぇ?」

「そりゃ……姉貴が見つけ次第ぶん殴るとか言うからじゃねえか。……つか、さらっとバラすなやギャルの事!」


「…………ま、舞華ちゃんってギャルに憧れてたの(小声)?」

「さ、さぁ……お姉さん? が言ってるんだからそうなんじゃない? (小声)佐那さん、この人って……」

「ああ、神村東。正真正銘舞華の姉だよ。……おーい、お二人さん。姉妹喧嘩の続きはウチの店でやろうや。……あたしも詳しく聞きてえしなあ、その彼氏の話はよぉ?」

「「(あ、悪ノリした)」」

「だ、だから違うってぇ……!」

 

「お待たせしました。お茶で……ん? 騒がしいですが、如何しました?」

「聞く必要はない。犬も食わんような話だ。……凜、こちらの用事は済んだ。お茶を頂いたら夕食まで続きをしよう」

「あ……はい! よろしくお願いします、あず姉!! ……あ、皆もどうぞ飲んでくれ」

「あ、はーい! 私たちの分もありがとうございます、凛子先輩」

 

「早めに白状したほうが身のためだぞコラ、いいからこの前部屋にあげた男が誰なのか言えって!」

「部屋に入れたのかよ! そりゃあ言い逃れできないねえ。……って、おいまさか、それってあいつじゃ……」

「あん? 佐那お前、心当たりあんのか?」

「だ、だから誤解なんだって! あいつは……その、彼氏とかじゃなくってよぉ……!」

「え? ……ちょっと舞華ちゃん、その男の人ってまさか……!」



Main Story : Rinko / Rin 02

────2083年8月某日 夕刻

 

 

 

「へぇ、九郎さんも結構苦、っ……へぇっくしゅ!」

 

「ん、冷房か? ……いや違うな、誰かに噂されたか」

 

 

 

 突然きた鼻のむずつきが抑えられず、俺は思いっきりくしゃみをぶちまけてしまった。

 

 すいません、と運転手である九郎さんに謝りつつ車のセンターコンソールに置いてあるティッシュを一枚手に取り、鼻をかむ。使用したティッシュは後部座席に置いてあるゴミ箱に入れた。

 

 

 

 五車学園での会議に、今運転手を務めている盲目の対魔忍、八津九郎氏が参加してから数分後、詳しい事情説明もないままに(これはいつもの事なので気にしていないが)彼の愛車に連れ込まれ、現在はひたすら高速道路を西へと進んでいる最中だ。

 

 

 

 九郎さんの私物であるこの車は、車高が普通より高く一回り程サイズが小さいワンボックスカーといった外見だ。車内で寝泊まりすることも多い彼の生活スタイルに合わせ、様々な設備が取り付けられており、後部座席が快適なベッドへと変形するだけに留まらず、荷台には調理器具やテントも収納されている。

 

 

 

 車体自体も、銃弾や爆発などの衝撃にも耐えられるようにかなり独自の改良が施されており、改造した本人曰く『そのまま戦場でも使い物になる』程度にはカスタム済みらしい。俺は車に詳しくはないが、八津九郎という男のプロフェッショナリズムには全幅の信頼を置いているので、たとえ彼の目が見えてなくてもその運転に不安を感じることもなければ、彼の成すことに疑いを差しはさむこともあまりない。

 

 

 

「……それで、お前の方はどうなんだ。井河姉妹とは上手くいってるんだろうな」

 

 

 

 唐突な質問に、はい? と聞き返すととぼけなくていい、と硬い声を返された。

 

 外には一切漏れてない筈だが何処から聞きつけたのだろう。それとも会議中の雰囲気から察したのだろうか。

 

 

 

「別にお前の性生活そのものについてあーだこーだ言う気はない。お互いの仕事に支障が出ない限りはな。紫にはまだ勘づかれていないんだろう?」

 

「……ああ、はい。さくら先生もそれには注意してるんで、今は問題ないと思います。……あの、やっぱり機を見てこちらから切り出すべきですかね?」

 

「はっ……莫迦な。話してどういう反応を期待しているんだ、お前は? あいつが『そうかおめでとう。3人とも幸せにな』なんて言う可能性があると思ってるのか」

 

「いえ、まさか……! リスクは覚悟の上でしたから俺が責められるのはいいんです。せめて紫先生の矛先があの2人に向かないようにできれば、ぎりぎり軟着陸と言えるかなー、なんて」

 

 

 

 それを聞くと九郎さんはフンッ、と鼻を鳴らした。明らかに俺の短慮を嗤っている。

 

 当たり前の反応だとは思う。お互いの立場を考えればたとえプライベートな問題であっても、九郎さんには俺や井河姉妹の言動に意見する資格と義務がある。

 

 

 

 九郎さんは海外で活動することが多く五車には滅多に現れないため、その名前さえ多くの者は知らない。

 

 増してかつて井河アサギの右腕として知られた“幻影の対魔忍”―ゆきかぜの母親でもある水城不知火が行方不明の今では、実質的に対魔忍のNo.2と言って差し支えない人物であるということを知る者は、本当に一握りの人間だけだ。

 

 

 

 そんな彼が、暴露されれば五車最大のスキャンダルになるであろう俺たちの関係を快く思わないのは自然だし、俺が叱責で済まない所業を働いている自覚は十二分にある。

 

 いや、しかしそれにしても──

 

 

 

「……九郎さんだって、俺がこの“技”を使う事には賛成だったじゃないですか。まあ最初の相手がさくら先生だったのは俺も予想外でしたし、そこからなし崩しでアサギ先生も、ってなったのは認めますけど。あの2人のそういった事情が不安だとも言っていたと記憶していますが?」

 

「俺の想定では紫→さくら→アサギの順番で、それもアサギを堕とすのに紫を加担させていた。それなら内部の問題はほぼなかったからな」

 

「……は? な、何ですかその順番?」

 

 

 

 余りに人でなしの発言過ぎて、一瞬自分の耳が信じられなかった。

 

 普通兄ならこういう時「妹には手を出すな」と釘をさすものじゃないのか。

 

 

 

「あいつは堅物で規律を重んじるが貞操観念に厳しいわけじゃない。どういう形であれアサギと結ばれる、という誘惑には勝てんのだから、自分から憧れの人に手を出したという負い目もあればお前の乱行には目をつぶると思っていたんだが……こうなっては逆に意固地になりかねん」

 

「え、ええ……?」

 

 

 

 極めてフラットな口調であんまりな話を続けられ、今度こそ俺はただ困惑するしかなかった。

 

 九郎さんはそんな俺をちら、と見えていない筈の横目で見て、今度は愉快そうにふっ、と笑った。

 

 

 

「非常識だという自覚はある。……が、少なくとも桐生とこのままなし崩しになるよりはましだと思うが」

 

「いや、そんな毒入りよりは腐った飯の方がまだマシ、みたいな言い方されても……」

 

 

 

 さくら先生と同じ内容の台詞を言われて、こちらとしては苦笑するしかない。

 

 美人とあれば誰にでも下心を抱き、女を落とす手管に長けた小僧の方がストーカーで触手まみれのマッドサイエンティストよりは「まだまし」だという話なら……まあ、正論と言えなくもないのかもしれないが。

 

 

 

「大体そんな詭弁で、紫先生は納得しないでしょう。このまま隠していたって、いずれは露見しますよ。あの3人は単なる同僚じゃありませんし、何なら紫先生の方はもう不審に思ってるかもしれません」

 

「……まさかお前、今からアサギと紫の仲を取り持とうとか考えてるんじゃないだろうな。それだけは考え直せ。今からじゃどうやっても拗れるぞ。妹はもちろん、アサギの方も決していい顔はすまい」

 

 

 

 敬愛するアサギ様がふうまの若僧と、しかも自分に隠して情を通じ合わせていた。

 

 確かにそれを知れば、八津紫という女性がどのような行動をとるか予想はつかない。恐らくショックで塞ぎこむだろう、それか俺を亡き者にしようとするのもまあ想定内、最悪の場合は俺や校長を巻き込んで心中しかねない。

 

 

 

 そんな形で五車頂上決戦が勃発するなんて最悪にもほどがある。だが、そんな可能性が冗談で済まされない程に、八津紫の抱くアサギへの愛情は重い。紫先生本人はあくまで本心は内に秘め、尊敬する上役として接しているつもりだし、当のアサギ先生の方ときたら片思いされてることすら気づいてはいない。そしてそれを傍目に呆れながら面白がるさくら先生というのが、これまで彼女たち3人の関係性の構図だった。

 

 

 

 だが俺という異物が間に挟まったことで、その過去には永遠に戻れなくなってしまった。

 

 悪いことをしたとは思っていない。過程に些か以上の問題は在れど、2人ともに俺とセックスしたことを後悔してはいないし、どういう形であれ俺と男女の関係を結ぶことが互恵的な作用を齎すと信じられたからこそ、教師であるあの姉妹がこの不純異性交遊を容認しているのだから。

 

 

 

 アサギ先生にしても、周囲が思っているような強い女じゃないことを俺は知っている。

 

 

 

 別に“最強の対魔忍”という称号にケチをつけたい訳ではない。彼女は単に腕っぷしが強いだけでなく、生まれ持ったまっすぐな心と辛い経験からの教訓が合わさり、如何なる時も対魔忍総隊長、五車学園校長としての振る舞いを忘れず、正しくあろうと己を律している。実力も人格も、10年以上にわたり対魔忍のトップを務めつづられただけの器であることに疑念はない。

 

 

 

 だが、アサギ校長に畏敬の念を抱く者の大多数は知らない。彼女が10年前、対魔忍としての責務と別れ自らの愛に殉じ、何者でもない只の女として生きようと決意したことを。

 

 そしてその結果、一生添い遂げようと誓うはずだった人を失い、心に深い傷を負ったことを。

 

 

 

 井河アサギという女は、一度恋愛でトラウマを負っている。

 

 それ故に公平で勇敢、規律には厳格だが柔軟な対応力も兼ね備える正義の味方然とした態度を保ちつつ、心の中には常に寂しさを抱え、尚且つそれを晴らすことに怯えてもいた。

 

 

 

 あれだけの美貌を持ちながら、30を過ぎても恋愛話が噂すらしないのはそのせいだ。

 

 もちろん周りの男が端から諦めてしまっているという事情はある。どんなに自信過剰な対魔忍でもあの「最強」に迫れるほど無謀な者はいない。そもそも過去を知る身内は、そうした話を振ることすら躊躇うだろう。

 

 

 

 単なる肉欲で声をかける者など歯牙にもかけず、力を知る者は欲情する前に委縮する。

 

 俺とて、アサギ先生が無意識に抱く警戒を解きほぐすのには相当に骨が折れた。幼き頃から積み重ねた知己のよしみ、そして故合って身につけた技術と知恵がなければ敢え無く玉砕していただろう。

 

 

 

 15という年齢の差など、彼女の嘆きを受け止める事に比べれば大した問題ではない。

 

 だからこそ、彼女と性交渉を通じて心を通わせられたのは、俺にとっても大きな意味があった。

 

 少なくとも「決してこの女の思いを裏切らず、この女に相応しい男になろう」という決意を抱かせる程には。

 

 

 

「今の俺にとって優先すべきなのは、アサギ先生とさくら先生です。そのためにも、紫先生をただ不幸にするわけにはいかないってことですよ。さくら先生も、これに関しては結構マジっぽいですし」

 

「ふん、端からハーレムルートしか考えていない連中はこれだから……。まあ、血脈から考えればお前が漁色家になるのは宿命だ。俺としてはその性を、俺の思い描く未来図の中で最適な潤滑油として活用できれば文句はない。八津家の女一人、その為の礎になるのなら安いものだ」

 

 

 

 勿体ぶった台詞を聞いて、今度は俺が鼻を鳴らす番だった。

 

 真意を隠すために敢えて露悪的な言い回しを使うというのは俺も時々やるが、そのやり口を知っている身からすれば少々滑稽にも見えてくるというのが困りものだ。

 

 だがそれを抜きにしても、俺としては突っ込まざるを得ない部分が今の台詞にあった。

 

 

 

「そんなに言い繕わなくても、妹さんの事を案じているのは分かってますよ。そちらも、出来る範囲でいいのでアフターケアの方はお願いします。……ていうか、血筋のことは関係ないでしょう。確かに守備範囲は広いですけど、俺は親父みたいに誰彼構わずという訳じゃ……」

 

 

 

 ない―と、言いかけた俺の言葉を「いや、ふうま弾正のことではない」と九郎さんが遮った。

 

 

 

「確かに彼は気の多い男だったが、保険のかけ方もケツの拭き方も十分に心得ていた。お前のように特殊な房術を修めたわけではないが、愛人同士の諍いも深刻なものは起きず、私生児によるお家騒動も起きなかった。お前に言うのもあれだが、甲斐性のある善良なプレイボーイだったわけだな」

 

 

 

「善良なプレイボーイ」というパワーワードの響きに、思わず吹き出してしまう。

 

 

 

「はは、何ですかその単語……健康にいい煙草、いや子供向けアダルトアニメくらい矛盾に満ちた単語ですね」

 

「まあ、女にモテるだけでなく、同性や子どもからも人気だったということだ。もちろんふうま一門の、だがな。俺が引き合いにしているのはさらに前の世代……そうだな、弾正の曾祖母にあたる女の事だ」

 

 

 

 思わぬ昔話をされ、俺は首を傾げた。

 

 親父のひい祖母ちゃんということは、つまりは現当主である俺から数えて4代前、少なくとも100年近く前の人間という事になる。

 

 

 

「……すいません、その人のことは良く知らないんですが。ていうか、うちに女性の当主がいたんですか?」

 

「何だ、意外と不勉強だなお前。……ああ、まあしかし当然か。彼女はふうまにとって存在してはいけなかったもの……謂わば一族にとって最大の黒歴史と言っていい。大方、当時の連中が記録を全て抹消したんだろう」

 

 

 

 ますます疑問が湧く説明をされてしまった。

 

 当主の座を追われるならまだしも存在した記録を消されるなんて、一体その人は何をやったというのか。そして、そんな曰くのある我が家の歴史を何故九郎さんが知っているのか。

 

 

 

「あの、九郎さんはどうして―」

 

 

 

 その時、ピリリリリ……と俺の携帯の着信音が響いた。

 

 しまった―心の中で舌打ちをしながら、急いでズボンのポケットから携帯を取りだし、話し相手に了解を得ることもせず通話に出る。彼がそんなことより、着信音が鳴り続けることの方が気に障るタイプだと知っているからだ。

 

 いつもこの車に乗るときはマナーモードにしていたが、今日はうっかり忘れてしまったらしい。

 

 

 

「もしもし。…………はい? 何だ、蛇子か? いきなりそんな剣幕で喋られても分からん…………あ、ああ。確かに舞華の家には行ったよ。街中で偶然会っただけなのに、あいつが買い過ぎたってんで荷物持ちさせられて……え? それだけ? って……まあ、お茶とお菓子くらいは貰ったし、色々話したけど…………いや、してねえよ。……ああ、お茶飲んだだけ。何かお姉さんが帰ってきたってんで窓から追い出されちゃったしな。…………ああ。何もなかったって。………………あ、そうなのか? じゃあそのお姉さんにも、その辺ちゃんと伝えといてくれ。今人と会ってるんだ…………いや、男だけど。仕事の話中なんだ……ああ、じゃあな。2人に宜しく言っといてくれ」

 

 

 

 そこで通話を終え、携帯端末をポケットに戻す。

 

 

 

「人気者は大変だな。……神村の姉が五車に来てるって?」

 

 

 

 通話を終えた瞬間、不機嫌どころか愉快そうな笑みを浮かべながら九郎さんが話しかけてくる。

 

 彼の耳を持ってすれば隣の電話内容を聞き取るくらいなんでもないだろうが、正直気分は良くない。

 

 

 

「……ええ、そうらしいですね。お知り合いですか?」

 

「知人と呼べる間柄ではあるな。あの女は神村の修業が嫌で家を飛び出し、今は五行学園で教師をしている」

 

「五行? って言うと……あの陰陽師がいるっていう?」

 

 

 

 予期せぬ新情報が飛び出し、思わず不機嫌になったことも忘れて聞き返してしまった。

 

 

 

『五行学園』―俺の記憶が確かなら、京都の六波羅という地にある学校だ。

 

 俺の所属している五車学園とは名前だけでなく、創設目的や運営体制も酷似している。ただし向こうは対魔忍ではなく、陰陽師を育成し魔の脅威に対抗する組織らしい。

 

 

 

 正直同業者とは言え詳しい情報は把握していないし、俺自身今まで陰陽師に直接会ったこともない。

 

 関西最大の犯罪都市アミダバラにある魔界へと繋がる門を守護する結界は彼らが拵えたものであること。また俺たちが東京キングダムやヨミハラに住む者たちに目を光らせているのと同様に、彼らも当該都市における治安維持を現地の協力者と共に行っていること。知っているのはそう言った基礎知識くらいだ。

 

 

 

 本拠地が東西に分かれているからと言って、別に五車と五行は縄張り争いをしているわけではない。

 

 実際アミダバラには五車の人員も常駐しているし、人材交流の名目で向こうの教師がこちらに来たり、任務によっては直接協力する事もあるようだ。

 

 しかし舞華の姉さんがそこで教師をしているとは、初耳だし意外過ぎる繋がりだ。

 

 

 

 そういえばこの前ゆきかぜから、凛子先輩の姉貴分に当たる剣士があの学園にいると聞いたことがある。“慙愧の対魔忍”と呼ばれる先輩をも凌ぐ華麗な剣技の使い手らしいが、一体どんな超人なのだろうか。

 

 

 

「ああ。無論あいつに素養があった訳じゃない。五行に所属し、術を施された武器を振り回しているから陰陽師と呼ばれているだけだ。……まあ、実戦でそこらの術者より頼りになるのは確かだがな」

 

「へ~ぇ! 随分型破りな人だな。……あ、もしや今から会いに行く『当て』って、五行の人ですか?」

 

「いや違う。彼らの専門は結界と国内の固有魔生物……所謂『妖怪』だな。出所も分からん魔石のことなんぞ、余程の実害が出ない限り興味を持ったりはせん」

 

 

 

 向かうのはアミダバラだ―そう言いながら九郎さんはハンドルを傾け、左の車線へと車を向ける。

 

 カーナビ(運転手には無用のものなのに何故か標準より高性能なものを搭載している)を見ると、200m程先にドライブスルーが見えた。そう言えばそろそろいい時間だし、腹ごなしはしておきたい。

 

 

 

「向こうに着いたら忙しくなるしな。……ま、蕎麦でも一杯手繰るとしよう」

 

 

 

 どうやら2人の意見は一致しているらしい。俺は無言で頷いた。

 

 

 

「……ところで今更ですけど九郎さん、いつもは走る時って窓開けてたと思うんですけど、今は音声案内も外の音も聞かずにどうやって運転を? いつもの超感覚ですか?」

 

「ん? 東海高速の構造くらい記憶しているに決まっているだろ。この道なら居眠りしてたって運転できるぞ」

 

「…………やっぱあんた超人だわ。忍法とか関係なしに」

 

 

 絶対この人に喧嘩は売らない。俺はそう心に誓ったのだった。

 

 

 

 

 俺がアサギ先生の『過去』を知ったのは大分昔、誰から聞いたかも覚えていない程子どもの頃だった筈だ。それを知って、同情や憤りより先に俺の胸に去来した感情、それは確か──義務感だった。

 

 そんな寂しい思いをしているなら、俺があの人を慰めなければ、元気にしてあげなければ―と。

 

 

 馬鹿な話だ。道端で泣いている子どもに手を差し伸べる感覚で、自分なら“最強の対魔忍”のトラウマを晴らせると思っていたのだから。当時の俺はふうま一族のガキ大将みたいなものだったから、一緒に遊べば彼女も元気になる、くらいに考えていたのかもしれない。

 

 

 こんな幼稚な記憶、正直今すぐにでも忘れたいが、そういう黒歴史程しつこく脳内にへばり付いてしまうものだ。本当に、思い出とは厄介極まる。 

 

 

 

「俺は笑わんよ。例え子どもの戯言だろうと、叶えた以上は本物だ。アサギもそのことに関しては心から喜んでいるはずだ。あいつはそういう、純な心にめっぽう弱いからな」

 

 

 

 盲目の対魔忍、八津九郎から唐突にそんな優しい言葉をかけられて、俺は暫し面食らってしまった。

 

 

 

 今俺と九郎さんはサービスエリアで、少し早めの夕食を摂るべく注文した料理が来るのを待っていた。

 

 ちなみに俺は天麩羅蕎麦で、九郎さんはかけ蕎麦(ネギ抜き)を頼んだ。

 

 

 

「……そういうもんですかね。これで真実アサギさん一筋だったら、恰好もつくんでしょうけど」

 

「それはお前の器量次第だな。籍を入れ、家族という社会的単位を形成するつもりなら浮気癖は問題になる。だが今のところこの国では、同時に複数人の女性と関係することそのものは違法ではないからな」

 

 

 

 俺は痛いところを突かれ、気分を紛らわすために水を一杯飲む。

 

 たかが18の餓鬼に、所帯という概念が現実味を帯びてしまうことは恐怖でしかない。

 

 

 

 セックスしておいて結婚は絶対嫌だ―とか、普通に考えれば終わってる感性だという事も自覚はしている。

 

 だが今の暮らしを始めてから、公私ともに順調なのも確かなのだ。我儘だ微温湯だと言われようが、体に合ったライフスタイルを完全に変えてしまうこと自体にも強い心理的抵抗がある。

 

 

 

 だからこそ関係を深めても責任を口にしなさそうな相手とばかり関係を持ち、万が一にも『出来ちゃった』なんて事にもならないよう細心の注意も払っている……うん、どう考えても屑の所業だなこれは。

 

 

 

 そんな俺の怯懦と自嘲を見透かされたのだろう。

 

 おいおい──と苦笑が漏れてきそうな表情で、九郎さんが言葉を続ける。

 

 

 

「お前は只の学生でもなければ一般的な対魔忍でもない。忍法が使えないということが実戦以外ではディスアドバンテージにならないように、お前は指揮とコミュニケーションに専念すればいい。そう言っただろう」

 

「ええ。……初めて聞いた時はまさか、こういう意味だとは思いませんでしたけどね……―ありがとうございます」

 

 

 

 そこで注文した品が届き、俺たちは食事を始めた。

 

 2人とも食事には集中したい性質なので会話はせず、黙々と椀の中のものを平らげた。

 

 大盛りの蕎麦を3分も経たずそれぞれの胃の腑に収めた後、俺たちはお茶を啜りながら会話を再開する。

 

 

 

「……俺って、昔からそんなスケベに見えてました?」

 

「俺達が初めて会話した時、お前はたしか15だったな。まあ、その時は年相応の風貌だったさ。今みたいに好色のオーラをまき散らしてはいなかったな」

 

「ど、どんなオーラですか、それ……!?」

 

 

 

 これが全く冗談に聞こえないのが、九郎さんの恐ろしいところだ。

 

 八津九郎という対魔忍は、視覚が失われて“不死覚醒”の忍法が使えるようになると同時に、第六感とでも言うべき超感覚を会得した。それは喪われた感覚を他で補おうとして聴覚や嗅覚が鋭敏になった―という事ではなく、一種の超能力に近いものだ。

 

 

 

 彼は目が見えてなくても、周囲の人物や物体が持つオーラみたいなものを色彩のある風景として捉えることができる。1世紀ほど前に流行ったレトロフューチャーを舞台にしたSFによく登場する、黒いモニターにポリゴンで描かれた古臭いレーダー図や、荒い画素数の立体映像。イメージとしてはそういったものが近いらしい。

 

 

 

「まあぶっちゃけて例えてしまえば、映画の『マトリックス』で救世主に覚醒したネオ・アンダーソンに見えてたアレだよ。あそこまでビカビカ光っちゃいないがね」

 

「……身も蓋もない補足どうも。で、今の俺は九郎さんから見れば女好きのオーラを発していると?」

 

「おいおいマジに取るなって。俺はニュータイプでも霊媒師でもないし、この力は千里眼や心眼とは全く違う。魂の色なんて見える訳ないだろ」

 

 

 

「……でも幽霊は見えるんですよね?」

 

「それとこれとは別だ。一般に幽霊と呼ばれるものは死者の精神波が土地に根付いた魔力、或いは人為的魔術によって形を成し、現世に定着させられている、精神生命体とでもいうべきものだ。だから実体を『視る』ことはできるが、専用の装備がなければ触れることはできないし、相手の状態が安定していなければ話すこともできん。別にこの力も万能というわけじゃないし、俺の霊感が強いというわけでもない」

 

 

 

 そう言うと残ったお茶を一気に飲み、九郎さんは席から立ち上がった。

 

 俺も続いて立ち上がり、勘定をするべくレジへと向かう。九郎さんが当然のように、俺の分も払ってくれたのは嬉しかったので丁重にお礼を言ったが、何故か微妙な表情を向けられた。

 

 そのままトイレで用を済ませてから、2人並んで車に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、結局誰なんですか? 今日会いに行く人って」

 

「さっきも言った通りアミダバラにいる。ま、向こうのご意見番だな。喰えない婆さんだがあそこでは一番信頼できる。そこで成果がなければ諦めて、野暮用を済ませてお前を五車に送り、俺は空港へ直行する」

 

「え? 九郎さんは家に帰らないんです? 随分戻ってないんじゃないですか?」

 

 

 

 そう言いながら俺は車に乗り込み、シートベルトを締める。

 

 九郎さんは個人的な信条により、仕事で運転する時はベルトもドアロックもしない。警察に見つかったらどうするんだ、と聞いたことがあるが「そんなヘマをした事は一度もない」らしい。

 

 

 

 最近は高速の至る所に高性能カメラが設置されているし、道交法を守らず捕まるのはヘマとかそういう問題ではない気もするが──信条ならまあ、仕方ないか。

 

 

 

「連絡は定期的に取ってるさ。紫の奴は遠慮して滅多にしてこないがな。実を言うと向こうでの仕事をほっぽり出して帰国したんでな。なるべく早く戻らんと向こうの仲間に殺されかねん」

 

「あ、そうなんですか。……態々急に帰国するほどに、この『対魔石』の案件は重要だと?」

 

 

 

「当然だろ、単に俺たちのイメ損なんて問題じゃない。お前も散々人間が化物になるところを見てきただろうが、あれは魔界基準でもドーピングなんてレベルを超えている。恐らくだが、お前でも適量を投与し続ければアサギと互角に戦える身体能力を身に着けるだろう。そういうものが世に出回り始めてるんだぞ」

 

「そんな……!」

 

 

 

 衝撃的すぎる話だった。五車での会議で出た情報で、『対魔石』が対魔粒子の結晶化したものという情報は確かに出ていた。

 

 そんなものを摂取すれば忍法の威力や身体能力の向上が見込めるというのは容易に想像できるし、映像で見たように過剰な摂取によって肉体の変貌や崩壊が起こるというのもあり得る話ではある。

 

 

 

 だが、よりにもよって“あの”アサギ先生に匹敵する力を得られるというのは俄かに信じがたい。

 

 単身でマフィア組織を壊滅させたり、武装した数百人規模のオークを全滅させる。

 

 あの石を使えば、そんな出鱈目なジャンキーがあっさり量産されるというのか。

 

 

 

 もしそんなものが国内の魔族や反対魔忍の集団に渡ったら、パワーバランスの崩壊どころではない。誇張抜きで五車存続の危機じゃないか。

 

 

 

「まあ、大抵はオーバードーズで死ぬか、そうでなくても肉体のパワーアップについていけず精神が崩壊するだろうがな。『あれ』は間違いなく、そういった障害を乗り越えてしまっていた」

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 九郎さん曰く、最初に海外で『対魔石』らしきものが見つかったのはアフリカの某国だそうだ。

 

 

 

 1週間ほど前、とある反政府組織の戦闘部隊に所属する民兵や傭兵たちが、ある日突然狂暴化して無差別に街や集落を襲い始めた。

 

 

 

 現地の警察や正規軍も対応を試みたが、銃弾を食らっても平然と戦い続ける常識外れの強靭さに手を焼き、何より手足が砕けても狂気の笑みを浮かべて敵兵が襲い掛かってくるという異常な光景に現場は騒然となり、やがてまともな戦いにならなくなった。

 

 

 

 そこで、各種のコネを通じて現地政府の黙認を得た後、九郎さんたちが協力者とともに鎮圧に乗り出した。

 

 一般人の部隊に包囲と通行規制を任せ、虱潰しに怪物と化した兵士たちを倒していったのだ。

 

 

 

 殆どの兵士は理性をなくし只破壊をまき散らすだけの暴徒と化しており、中には肉体が溶けたように崩壊したり、常とは異なる場所から腕が生えたり等、最早人間とは呼べない姿をしている者もいた。

 

 しかし、どれも九郎さん達を手こずらせるような連中ではなく、作戦の途中までは半ば駆除作業に近かったという。

 

 

 

 だが、その中に1人“規格外”がいた。

 

 初見ではその男も、他の兵士と同じように正気を失っているだけに見えた。銃器はおろかナイフすら携帯していなかったが、服装が周りより派手で軍帽を被り、正規品のアーマーもしっかりと着こんでいたため、部隊の指揮官か組織の幹部だったのかもしれない。

 

 

 

 しかし向こうがこちらを認識し、襲い掛かってきたその動きを見て、瞬時に九郎さんはその認識を訂正した。

 

 見て―というのは中々微妙な表現だが、この場合は2つの意味で正確ではない。元々何も映さない彼の瞳だけでなく、目よりも鋭敏に周囲の状況を掴む彼の超感覚をもってしても、戦闘を開始した瞬間の敵を捉えきることができなかったからだ。

 

 

 

 一瞬だけとはいえ、近接戦闘中に敵の姿を見失う―戦場においてそれが死に値する失態であることは明白であり、まして八津九郎にとっては対魔忍になって以来初めての経験だった。

 

 

 

 気づかぬままに接近され、咄嗟に防御した腕を掴まれるという事態に陥り、九郎さんは己が油断していたことを悟った。心の中で舌打ちをしつつ、刹那の間に意識を切り替え反撃に移るが、そこで驚愕の事実に気づいた。

 

 

 

「服を再度見ると、赤いと思っていた軍服の色は全身にびっしり付いた血によるものだった。戦いで傷つけられたからか、と思ったが、服のどこにも傷を受けた跡は見られない。つまりその血は全て返り血だったわけだ」

 

 

 

 更に観察してみると、その化け物になった男の体にさらなる異常を発見した。

 

 激しい戦いを経たのは乱れた服を見れば一目瞭然だが、それにしては手足や頭部の皮膚が綺麗過ぎたのだ。

 

 九郎さんにはその不自然な体の有様に心当たりがあった。何せ、彼自身も馴染み深い状態だったからだ。

 

 

 

「試しに一発斬りかかってみたら直ぐに確証が取れた。俺の斧やナイフ、仲間が撃った弾丸による傷さえ瞬時に塞がっていたからな。……ふっ、流石の俺も顔が半分切り取られた奴に全力で組みつかれるってのは初めての経験だった。『自分』と戦ったやつらの気持ちが嫌でも分かったよ」

 

 

 

 人ならざるアンデッドの群れと化した兵士たち、そしてそのボスであるヤク中のバーサーカー。

 

 殺した人間の血肉を食らっていたわけではないからグールやヴァンパイアとは呼ばないが、どちらにせよ一般人からすれば悪夢としか言いようのない連中数百人を、九郎さんたちは一晩かけて鎮圧に成功した。

 

 

 

 その作戦所要時間の内実に7割以上は、先述の疑似的な不死身と化した対魔石の完全適合者たち『数人』との戦いに費やされたという。

 

 

 

「倒すのは大変だったが、後始末にはまた骨が折れた。何せ向こうの現場は魔界の連中や対魔忍の事なんぞ碌に知らんからな。百人以上はいた怪物をわずか数人で始末した俺たちも、連中からすりゃ人ならざる者に見えたようだな」

 

 

 

 ま、それは何にも間違いではないが―そう言って九郎さんはニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「……そんな大事な話、さっきの会議でしなくて良かったんですか?」

 

「後で報告書は出すさ。あの場であれこれ突っ込まれるのが鬱陶しくてな」

 

「え、ええ……」

 

 

 

 報告をすっぽかした理由のあんまりさに思わず絶句し、これからの事を考えて思わず溜息を漏らした。

 

 他の奴がこんな真似したら叱責じゃすまないだろう。俺だったら間違いなく罰則ものだ。

 

 

 

 一番情報を欲しがってた静流先生辺りはマジ切れだろう。

 

 それなりに任務で共に行動したが、未だ本性を見たことないあの英語教師が激昂する様を想像し、俺は軽く頭を抱える羽目になった。ああいう人ほど、本気で怒ると手が付けられないとはよく聞く話だ。

 

 

 

 うちの『女性3人衆』の中でも、最も怖いのはお説教が多い時子でも、常日頃その時子に対して喧嘩腰な天音でもなく、誰に対しても物腰柔らかな災禍だというのは家族の共通認識だからな。

 

 

 

 

 

「……それで、そいつらには『対魔石』が使われていたと?」

 

「その通り。もう少し詳しい裏話をすると、だ。その反政府組織っていうのは同じアフリカの巨大軍需企業から軍事的支援を受けていてな。『フリーダムオブアフリカ(F.O.A)』っていうんだが……聞いたことあるか?」

 

 

 

「……たしか、本社は南アにあるんでしたっけ。向こうじゃ珍しく強化外骨格の開発に熱心だというのは聞いたことがあります。テロ屋と繋がりがあるっていうのは初耳ですけど」

 

 

 

「はっ。その手のコネがない武器屋がアフリカで生き残れやせんよ。だが問題なのはこの会社にとって最上位のお得意様は、俺たちが相手した現地のならず者じゃない。もっとあくどくて、喧嘩が滅法強い超大国だ」

 

 

 

「米連、ですか」

 

「正解。……ま、正確に言うなら米連の中でも、特に東南アジアで幅を利かせている連中だ。そいつらとこの会社は昔から仲が良くてな。資源採掘やら紛争やらを利用して、一緒にぼろ儲けしてる。で、今や米連における軍事関連の最大手と言えば……」

 

 

 

「ノマド……でしょう? 態々もったいつけなくてもいいでしょう、そんな分かり切ったこと」

 

 

 

 ──『ノマド』。

 

「遊牧民」の名を冠するこの組織は、表向き米連でも有数のコングロマリットとして知られている。

 

 米連の首都ニューアークに本社機能を構え、重工業、精密機器製造、企業コンサルタント、資源採掘、軍事兵器開発・販売など様々な事業をグローバルに展開している。

 

 

 

 が、無論俺たちにとってはそんな表看板よりも遥かに、裏の顔の方が重要である。

 

 総帥たる吸血鬼エドウィン・ブラックの下、圧倒的な力を背景に世界中の裏社会に影響力を伸ばしつつある、恐るべき魔の組織という実態の方が。

 

 

 

「正確に言うと、『F.O.A』と『ノマド』が直接繋がっているわけではなく、国務省の下部組織である『特務機関G』が間を仲介している。積極的に魔界技術を応用したCS―サイボーグソルジャーを生み出しているこの組織にとって、ノマドからもたらされる技術と、人体実験をやりたい放題なアフリカとの繋がりは欠かすことができん」

 

 

 

「『G』ですか。連中のサイボーグとはヨミハラで戦いましたよ。アキラか日本人ではないのに何故か関西弁で話すふざけた言動の奴でしたが、実力は確かでした」

 

 

 

 名は……ヘスティアとか言ったか。

 

 こてこてすぎて現地の人間ですら忘れたような関西弁を使いこなし、両腕から超高熱の火炎放射をしてくる女サイボーグだった。俺は言うまでもないが、閉所で戦う羽目になったら九郎さんでもタイマンは厳しいかもしれない。

 

 

 

 

 

「……ヨミハラといえば。あれから佐郷文庫のことは、何か掴めたのか」

 

 

 

 唐突に話題を変えられ、答えに窮する。

 

 いつか聞かれるだろうと思っていたが、いざ突かれると胸に鈍い痛みを感じずにはいられない。

 

 幸いなことに丁度トンネルに入ったことで、車内にいるお互いの表情も見えなくなった。

 

 

 

 ──佐合文庫。

 

 かつてふうま宗家に仕えていた対魔忍であり、15年前にふうま一門が起こした”反乱“が鎮圧された後は里を脱し、米連へと逃げ延び『特務機関G』によってサイボーグ化手術を施される。

 

 

 

 その後は『G』の尖兵として働く傍ら五車や日本政府への復讐を果たすため活動していたが、ある日一人娘が死んだことを知り、それまでの全てが虚しくなり戦意を喪失。

 

 

 

 せめて娘の墓参りだけでも行いたい、その一心で組織を抜け、宿敵である五車への投降を決意した。無論そのような背信を『G』が許すはずもなく、過酷な逃避行の末、文庫は昔の伝手を頼ってヨミハラへと流れついた。

 

 

 

 そんな彼を機密保護と粛清のために差し向けられた追っ手から守り、五車へと連れ帰る。

 

 それが先々週、俺たち『独立遊撃隊』が総隊長井河アサギから直々に受けた指令であり、かつての忠臣とその息子が数年ぶりの再会を果たすという、予想すらできなかった再会の機会でもあった。

 

 

 

 だが、任務自体は成功裏に終わったにもかかわらず、俺は文庫と“その日”以来会っていない。

 

 それどころか、彼の生死すらも確かめられてはいない。

 

 

 

 

 

「…………やっぱり、何かご存じなんですか?」

 

「ほう、なぜそう思う?」

 

 

 

 口をついて出た質問にも、さらりと微笑を交えて流される。

 

 根拠が何もないことがとっくに見抜かれているわけだが、こちらも確信した。

 

 やはりこの人は真相を知っている。

 

 

 

 こういう時、八津九朗はハッタリを言ったり、知らないことをはぐらかしたりはしない。

 

 そして、俺から確証を得る術もない。だから、迂遠でも1つずつ状況を確認し、彼の気まぐれか温情かによって、何か情報をポロリしてくれるのを期待するしかない。

 

 

 

「俺達が佐合文庫を引き渡した時、紫先生の様子は明らかに変でした。まるであの時、彼が銃撃されるのが分かっていて、その現場から俺たちを遠ざけたいかのような……」

 

 

 

 そう、文庫は銃撃されたのだ。しかも、俺たちの目の前で。

 

 自動車に乗って護送される彼を鹿之助、蛇子と一緒に見送り、最後に手を振って別れようとした、正にその時だった。頭部に一発を喰らい、すぐさま彼は地面に倒れた。

 

 

 

「着弾後銃声が聞こえたことからして、使用されたのはスナイパーライフル、数百メートル離れた場所からの狙撃で間違いないでしょう。撃たれた瞬間はよく見えませんでしたが、紫先生はすぐさま護送役の人たちに文庫を運ぶ指示をして、俺たちには伏せていろ、と怒鳴っていました。……二発目が来るかもしれない状況では、余りにも無防備です」

 

 

 

 ふん、と鼻を鳴らす九郎さん。

 

 

 

「場所がヨミハラの出口すぐの道路というのも不可解です。あの辺は魔族も寄り付かない廃墟しかなく、武装した人間が出入りすれば嫌でも目立ちます。……そして俺たちは、紫先生が盾になってくれながら射線の通らない地下へ戻り、呼ばれた応援が周囲の安全を確保した後に五車へと帰ってきた……」

 

 

 

 それが、我ら独立遊撃隊にとって初となるヨミハラ潜入任務の顛末である。

 

 雇われた傭兵の裏切り、サイボーグである文庫の機能限界、賞金目当てに群がる敵。

 

 ひっそりと付いてきた『援軍』の助けもあったとはいえ、これだけの悪条件に晒されながらよくやったとは思う。

 

 

 

 それだけに、最後の最後で喰らった卓袱台返しはかなり心にきた。

 

 しかも自分たちの手を離れた瞬間、あまりにも怪しい状況での惨状であったために余計引っ掻かかっている。

 

 

 

 たとえ先生方から「気にするな」と言われても……いや、だからこそ謎を明らかにせずにはいられない。あれで気にしないのは無理だろう。

 

 

 

「お前は、俺の妹や校長が文庫を謀殺したと考えているのか?」

 

 

 

 微笑を浮かべたまま、盲目のドライバーはえげつない質問を被せてくる。

 

 冷房の効いた車内にも関わらず汗が流れているのを感じたが、俺はなけなしの勇気をもって首を横に振る。

 

 

 

 状況だけを見るなら、裏切り者を確実に始末し情報の漏洩を防ぐするために五車が謀った―そういう見方もできなくはない。

 

 

 

 作戦後の俺に一切を隠しているのもそれならば説明はつく。そしてだからこそ、俺は最初にその可能性を否定することができた。

 

 アサギ校長はそういう「キャラ」じゃない。万が一それが目的なら紫先生や俺を関わらせることなく、全て自分で殺ろうとするだろう。今の俺にもそれくらいは分かる。

 

 

 

 そう口に出して説明はしなくとも、九郎さんにはお見通しらしい。

 

 俺が無言で否定したのを見て、微かにだがほっとした様子を見せた。

 

 

 

「ならいい。もしそういう疑いを持っているのならさっさと晴らそうと思ってな。……全く、あいつらもこういう腹芸は不得手だと自覚してるなら、さっさと話せばいいのにな」

 

 

 

 やっぱり何か知ってるんじゃないか。

 

 追求しようとした俺を、九郎さんは「おおっと」と大げさな手振りまで加えて制する。

 

 

 

「悪いがアサギが話す気にならん限り、俺の口からは何も聞けんぞ。……それに、今のお前は奴の居場所より、この後敵がどう動くかを気にしたほうがいい」

 

 

 

 え? と首を傾げる俺。

 

 今の「居場所」というワードからして、言外に文庫の生存は確かめられたのは嬉しいことだ。

 

 さりげなくだがちゃんとヒントはくれるあたり、なんだかんだ九郎さんもお優しい。

 

 だが、その後に続く台詞の意味はよく分からない。

 

 

 

「敵って……佐郷を追っていた連中の事ですか?」

 

「そうとも言えるし、違うともいえる。あの男が只の抜け忍……いや、亡命者ではないことはお前も分かってるな。奴が五車を離れてからヨミハラに来るまでの線を辿ってみろ。もう少ししたら、奴らの方から直接接触してくる筈だ。その時、恐らく知りたいことも分かるだろう」

 

 

 

 結局、九郎さんは思わせぶりなことだけ言って、決定的な情報をくれることはなかった。だが今の忠告によって、結果的に俺は五車始まって以来の危機を脱することができた。

 まあ、その「危機」すらも、長きに渡る戦いの序章でしかなかったが──。

 

 

 

 

 

 ―ふうま小太郎と八津九郎が「アミダバラ」に到着する2時間ほど前。

 

 同都市内の某所に存在するとある一軒家から、爆発音が響き渡った。

 

 

 

「―……げほ、ゴホッ、こほっ……! ……ちょっと、ミチコ! あんた何……けほっ!」

 

 

 

 家中に立ち込める黒煙の中から、1人の女性が逃げ出すように屋外へ飛び出してきた。

 

 艶のある黒い長髪を灰らしきもので白く染め、涙目になりながら咳き込んでいるが、その姿さえ絵になるほどの美女である。

 

 しかし彼女が只者ではないことは、腰に差した一本の刀を見れば幼児にも理解できるだろう。

 

 

 

 その美女が振り返り睨んだ先には、美女と同じく白に染まったメイド服を着た女性が一人いた。

 

 彼女は増え続ける白煙や立ち込める異臭を意に介さず、右手で盆を掲げながら黒髪の美女へ向かって歩いてくる。

 

 盆の上には皿が1つあり、みたところ煙はその皿から立ち上っているようである。

 

 

 

「ちょっとアンネローゼ! せっかく作ったんだから食べてよ、ほら! ちょっと風変りだけど焼き具合は悪くないでしょ?」

 

「焼き具合とかそれ以前の問題でしょ……! 大体何入れたの、それ? まだ煙吹いてるじゃない!」

 

 

 

 盆を持ったメイド姿の女は立腹した様子で、煙塗れの皿を剣を持つ女に差し出す。どうやら自分の作った料理を食べてもらえないことに腹を立てているらしい。

 

 

 

 だがアンネローゼと呼ばれた女の方に、それを食するという発想は一切ない。

 

 

 

 そもそも彼女の常識から言って、煙を吹きながら生臭い匂いを放つモノを食わせるべき相手は人の口ではなくゴミ箱だ。

 

 おまけに、目の前にいる作り手は卵焼きどころかカップラーメンすらまともに作れないレベルの料理下手。

 

 しかも人間ではない故に、ヒトの味覚が全く理解できないという手合いだ。

 

 

 

 何故味が分からないという自覚が本人にもあるというのに、事あるごとに料理―と呼ぶには烏滸がまし過ぎるナニカを自分に食べさせようとするのか。

 

 アンネローゼが長年付き合いになる相棒の、一番理解できない所だ。

 

 

 

「いいじゃん煙くらい! お腹に入れば同じだって!」

 

「何と何が同じだって言うのよ……。大体ねえ、あんたが魔女をどういう風に考えてるか知らないけど、明らかな爆発物を口に入れるのは……―」

 

 

 

 そこでアンネローゼの声が止まり、後ろを振り返る。

 

 そこにはいつもと同じ家の景色、夕焼けの空が包み込む都市アミダバラが広がっているように見える。

 

 

 

 だが、彼女の勘と嗅覚はそれ以外の『何か』を感じ取っていた。

 

 この街に薄汚れた闇へと引き込もうとする、得体のしれないナニかの存在を嗅ぎ取ったのだ。

 

 

 

「ミチコ、悪いけど晩飯はキャンセル。ちょっと出かけてくるから、家の片づけやっといて」

 

「え? ちょ、何いきなり? 何かヤバいのがいるんなら私も……」

 

 

 

 唐突な展開に戸惑いつつも、相棒の様子から只ならぬ事態であることを察し、同行を申し出るミチコと呼ばれたメイド姿の女性。

 

 彼女の名はミチコ・フルーレティ。この魔族と犯罪者が犇めくアミダバラで探偵業を営むアンネローゼの相棒にして、彼女と契約した悪魔である。

 

 

 

「疲れて帰ってきて煙まみれの家に入れっていうの? それに、戦いになるかどうかは分かんないわよ。何か妙な気配がするってだけ。……ほんとにちゃんと掃除しておいてね。それと、今度はせめて家を汚さないものを作って頂戴」

 

 

 

 そう言って、アンネローゼのミチコの返答を聞かずに街へと駆けて行った。

 

 

 

 彼女のフルネームはアンネローゼ・ヴァジュラ。

 

 アミダバラで活動する探偵であり、魔剣『金剛夜叉』を振るう魔女剣客でもある。

 

 裏社会では、最も天下無双に近い女としてその名を知られている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拝啓 五車の皆様。

 

 橋を渡ったその先は、灼熱地獄でした。

 

 

 

 初めてのアミダバラに着いて早々、そんな陳腐な言い回しが口から出そうになったが、幸いにして俺にそんな余裕はなかった。

 

 灼熱地獄の名の通り、街路のあちらこちらから火の手が上がっていたからだ。

 

 

 

 しかも只の火災ではない。

 

 家屋や空地の草花等は一切延焼せず、道にだけ大きな火柱が立っているからだ。

 

 

 

 天空まで届かんばかりの高さがある火で出来た柱が、そこかしこの道に生えている。

 

 それらは燃え広がることも勢いが収まることもなく、その場にずっと立ち続けている。

 

 大通りには余さず生えているところを見るに、その数は10は下らないだろう。

 

 

 

 車内からも感じられる熱気と空気の薄さで、喋るどころか呼吸すら辛い。

 

 突然別世界に放り込まれたような気分になり、軽く脳がパニックを起こしているのを感じる。

 

 

 

 しかし頭の片隅では、危機に陥るほどに冷静な思案を巡らしている自分がいる。

 

 如何なる状況においても打開策の検討や状況判断に務められるようになったのは、指揮官としてそれなりの場数を踏んだ賜物というやつかもしれない。

 

 

 

「……一応聞きますけど、これって異常事態ですよね?」

 

「アミダバラに火祭りの風習はないし、常日頃街から火災が起きる程世紀末でもない。……状況を把握するぞ、ついてこい」

 

 

 

 そう言い、九郎さんは車を適当な路肩に駐車した。

 

 街の中心部に近づくほど火柱の立つ密度が濃くなり、これ以上来るまで接近するのは危険と判断したのだろう。俺もその判断には賛成だ。

 

 

 

 俺たちは降車し、熱気を避けながら街の中を進んでいくことにした。一瞬車が心配になったが、すぐに無駄な心配だと悟った。

 

 何といっても八津九郎の車だ。そこらのチンピラが手を付けようものなら存分に後悔する事になる仕掛けが施されているだろう。

 

 

 

 

 俺と九郎さん、男2人旅の目的地であるここアミダバラは、大阪湾内に浮かぶ人工島都市だ。

 

 東京キングダムと同様の工程を経て作られたここは、東京湾上に新たな都心を生み出すためにつくられたかの“王国”と、その建造目的も似通っている。

 

 だがこちらは始まる前から躓いた東の同輩とは違い、当初は都市として順調な滑り出しを見せた。多数の商業施設とレジャー施設、研究設備が立ち並び、関西の交易や技術開発における新世紀の中心都市として発展。発足後数年で日本第三位の経済規模を誇るまでに成長した。

 

 しかしアミダバラの繁栄は、実に不条理かつ悲惨な方法で崩壊することになる。

 

 十数年前に勃発した『半島紛争』の煽りを食らい、ミサイル攻撃の標的となって壊滅的な被害を受けたのだ。

 

 煽りを食らった―とはいうが、未だにアミダバラが攻撃された正確な理由は分かっていない。

 

 俺自身一度気になって、結構な時間と労力を用いて(授業をブッチしてまで)調査したことがあるが、結局の所確かなのは、

 

 

 

 ① アミダバラに着弾したミサイルは全部で8発、その全てが多弾頭型だった。碌な迎撃態勢が取られなかったのは、電波吸収体等のステルス技術が用いられたためと見られている。

 

 攻撃は地形を変えるほどの被害をもたらしたが、搭載されていたのは核弾頭ではなく、通常弾頭だった。発射地点が当時戦地だった半島の北部なのは確実だが、どの国で製造されたミサイルかは不明。

 

 

 

 ② この都市の研究地区で開発されていた最先端技術が米連に渡ることを恐れた中華連邦が、親密な関係だった半島の独裁政権を唆して攻撃させた、というのが現在の定説である。

 

 しかし事件当日の内に中華連邦はもちろん、実行犯と見られた政権首脳部もこの件に関する関与を公式に否定しており、紛争後軍事独裁政権の崩壊とともに他国へ亡命した軍幹部や政治家たちも「そういった作戦は行われていない、攻撃と自分たちは無関係だ」と証言している。

 

 

 

 ③ 日本政府は②の定説に関しては否定も肯定もしていない。それどころかこの攻撃に関しては一貫して「調査中である」と述べるだけで、現在に至るも具体的な公式見解を表明していない。

 

 隣国で起きた紛争の最中自国の都市が一方的にミサイル攻撃され、しかもその発射地点が国交を断絶していた敵国の勢力圏内だった。本来これだけで非難声明を出す根拠としては十分にも関わらず、である。

 

 当然この対応は国内中から非難され、世論だけでなく野党や与党内部からも真相究明を要求する声が上がった。それでも政府は沈黙を保ち、当時の閣僚達は今でもこの件に関しては何もコメントを残していない。

 

 

 

 ④ ②で挙げた説を含め、アミダバラが攻撃された理由については様々な憶測が交わされた。

 

 しかし、攻撃後の廃墟からは証拠となるものは一切残されていない。

 

 ミサイル着弾後、都市の7割は壊滅し、特に商業及び研究施設があった地点は人間や施設の原型が判別不可能なほど徹底的に破壊されていたという。

 

 また監視カメラの映像や破壊された施設の見取り図、被害者の個人情報も含め、事件に関連するデータは日本政府によって厳重に秘匿されており、一般人は閲覧不可能となっている。

 

 生存者に対する事情聴取や取材なども幾度かなされたものの、確認された限りその全員が軍事や諜報には何の関わりもない一般市民であった。

 

 消失した地点に職場があった者も何人か生き残っていたが、彼らも他の被害者同様、攻撃を受ける理由には一切心当たりがないと証言している。

 

 また自社含め当該地区の企業や研究施設が軍関係の仕事をしていたという話は噂ですら聞いた事がなく、それらしい人間が出入りしたのを見たこともない、とも話している。

 

 

 

 ──と、要するに「詳しいことは一切分からない。日本政府は恐らく真相を知っているが隠している」という、余りにも当たり前の事実だけだった。

 

 これほどの事件でありながらあまりにも謎だらけで、逆にどうとでも筋書きを立てられるからだろうか。

 

 事件後数年はこの件に関するドキュメンタリーや報道特番が腐るほど大量に制作された。時には余りの過激さやプライバシーに欠ける表現を叩かれつつも確実な人気を獲得し続けた挙句、この事件を題材にした映画やドラマも両手で数えきれないほど存在している。

 

 ネットにも穴だらけの前提に基づく自説を掲載した記事やブログ、SNS上においては議論という名の罵倒合戦やレッテルの貼りつけ合いが繰り広げられた跡がそこかしこに残っていた。

 

 被害者の正確な数すら公になっておらず、未だどこからの攻撃かすら確定していない。どれだけ外野がもっともらしい根拠を並べて好き勝手な結論を出そうと、それらは結局野次馬根性から発した雑音に過ぎない。被害者達からすればミサイルよりも憎らしいことだろう。

 

 そんな訳で、調べども調べども芳しい成果は出ず、唯々社会の無情さを思い知らされて気分が悪くなるだけだったので、公文書館の記録を漁ったあたりで資料探しは打ち切った。

 

 俺一人の調査で謎が解けると期待するほど浅はかでもないが、とは言えここまで何も分からないと無性に悔しさがこみ上げてきたのも事実だ。

 

 いっそ誰かに聞いてみるか、とも考えたが、身内である対魔忍でこの件に詳しい人物などとんと心当たりがない。当然現地の人間や政府筋に知り合いなぞいるはずもなく、万が一当てがあったとしてもこんな若造に何か話してくれる道理がない。

 

 唯一希望が持てる目前の禿男にもダメ元で聞いたことがあるが、

 

 

 

「俺は何も知らんし、調べる伝手も存在しない。暇潰しでやるなら止めておけ。今以上に腐るだけで何も成果は得られんぞ」

 

 

 と、きっぱり無駄だと宣告されたことで諦めがつき、俺はあっさりとこの件から手を引いた。

 

 

 

 

 ……話が大分それたが、とにかくそういった散々な経緯を経て、我らが新天地アミダバラは西日本屈指の大都市から一転、日本の大きな厄介者へと成り下がってしまったわけだ。

 

 その上死体蹴りどころか汚物を塗りたくるかのように、事件の数年後には地下深くに潜んでいた魔界の門が開き、魔族たちが廃墟と化した地上へ流入した(実はこれこそ狙ったかのようなタイミングで起こったのだが、その話についての詳細はまた今度)。

 

 よりもよってな事態のために対魔忍を含め政府の対応は非常に鈍く、結果次々と人魔問わず無法者がここに住みつき、門が開いてから1年も経たぬ間に島全体がスラムと化した。

 

 手をこまねいている間に最悪のどん底を更に突き抜けてしまい、遂に日本政府はアミダバラ全域を「廃棄都市」に指定──手に負えないので匙を投げたという意味だ──して、事実上日本国の領土として統治することを諦めてしまった。

 

 その後数年は案の定、アミダバラ全域で血生臭い利権争いが続いた。

 

 だが現在は「魔術師連合」なる組織や、五行学園の上層部を中心とした合議制に基づき、曲りなりにも秩序だった自治が行われている。

 

 少なくとも、復興が全く進んでいない「廃墟地区」に近づきさえしなければ、観光ガイド付きでツアーが開かれる程度には人の出入りも安定しているらしい。

 

 かくして魔族と人間のミックス丼と化した現在の魔都アミダバラは、常にきな臭さを孕みつつもそれなりに平穏で賑やかな都市としての顔を取り戻しつつある。

 

 同じく魔に支配された街でも、ヨミハラや東京キングダムとは比較にならない程治安も安定しており、珍しもの好きな一般人が絶えず観光に訪れるくらいには発展もしている。

 

 つまり、街路から火柱が立ちまくっているこの景色は、通常ならあり得ないという事だ。

 

 現在のアミダバラは、この町の基準に照らしても非常事態なのは間違いない。

 

 となれば、偶然遭遇した一人の対魔忍として、この惨状は見過せない。

 

 街がこんな様では情報収集どころじゃないというのもあるが、可能な限り迅速な解決を目指すほかあるまい。

 

 

 

「とはいえ、どこから手を付けましょうか…………あ、容疑者みっけ」

 

「ふむ、これで事件解決となればいいが。……おい。生きているか、西園寺炎斗? まだ息をしているなら返事をしろ」

 

 

 

 車を置いて数百m歩いたところで、俺たちは歩道の隅に寝転がっている人影を発見した。

 

 なんだか出会い頭に随分な言い草だと思うが、まあ許容範囲内だろう。

 

 何せ今出会った人物なら、今絶賛殺人火祭り会場と成り果てたアミダバラの現状を、彼一人で作り出せてしまうことは確かだ。

 

 そして何より、この手の冗談を笑って受け流してくれそうな気の良い兄ちゃんでもある。

 

 

 

「……んだよ、誰かと思ったら珍しい顔じゃねえか。そんなわきゃねぇのは承知で聞くが、援軍ってのはあんたらか?」

 

 

 

 眠っていたのか気絶していたのかは定かではないが、「彼」は目を覚ました。

 

 唐突な質問を返されたが、俺と九郎さんはこの台詞からおおよその経緯を察した。

 

 道端に寝転がっていた―ボロボロになった服から察するに、十中八九戦いによる疲労が原因だろう―この男は西園寺炎斗。名前から察する通り、火遁の術使いの対魔忍である。

 

 もさもさな毛襟が特徴的なパンクな服装と手元に置かれているギターだけ見れば、ライブ帰りか、或いは二日酔いのミュージシャンかと間違えそうな風体だが、実力は確かだ。

 

 俺が炎斗本人と直接会うのはこれが初めてだが、彼の弟である爆斗は俺と同学年であり、ちょっとした騒動をきっかけに交流を深めた仲でもある。

 

 それ程家族の話をしたことはないが、彼が兄を誇りに思っているのは言葉の端々からよく伝わっていた。能力的にも人柄的にも、目標とする存在がすぐ身近にいるのはいいことだ。

 

 

 

「ああ、勿論違う。だが今はお前の応急処置と情報収集が先だ。……おいふうま、ぼさっとしてないで起き上がらせてやれ。恐らく上腕と肋骨が逝ってるはずだ」

 

 

 

 そう言い、九郎さんはジャケットの内側から医療キットを取り出した。

 

 慌てて俺は炎斗の脇に腕を通し、介護士のように優しく彼の上体を起こす。

 

 

 

「えー、と……失礼します炎斗さん。初めましてがこんな形で何ですが、ふうま小太郎です。弟さんにはお世話になってます」

 

「へ、ご丁寧にどうも。こっちもあんたの話は聞いてるぜ。こっちこそ、時代遅れのバカの面倒見てもらって悪ぃな。……っつ、すまねえな。初対面がこんな様で」

 

 

 

 起こされただけで顔を顰めた所から見るに、確かに炎斗は浅くない傷を負っているようだ。しかし俺の観察眼では、流石に服越しに見て負傷個所の特定は不可能だ。

 

 ホントに透視とか千里眼はもってないんだよな、九郎さんって? 

 

 

 

「で、一体誰のバースデー・パーティーをしていた? 火遁衆がどいつも派手好きなのは今更だが、アミダバラをケーキに見立てるってのはちとやり過ぎだろ」

 

「へっ、へへへ……いっ! 痛ぅ……、九郎さんよ、肋骨折れてんの知ってんなら笑わせねえでくれよ頼むから……生憎そういう出し物じゃねえんだよ。俺が珍しくマジになるぐらいにはシリアスな問題でな」

 

 

 

 ジョークを飛ばしつつ、医療キットから包帯と湿布を取り出し、炎斗の治療を行う九郎さん。

 

 大きめの携帯か葉巻入れにも見える手の平サイズの救急箱には、外見からは想像できない程様々な道具が詰め込まれている。

 

 俺みたいな半素人にも分かる、衛生兵ばりの手際の良さだ。特殊部隊に籍を置いた人はこういう訓練をみっちりされているから、戦闘以外でも本当に頼り甲斐がある。

 

 もし無人島に何か1つだけ持っていけるなら、“九郎えもん”以外ありえないね。

 

 少なくとも井河姉妹と紫先生には同意してもらえるはずだ(後者の方はこんな質問した瞬間キレて殴られそうだが)。

 

 

 

「この炎は、所謂苦肉の策ってやつよ。野郎がこの街を出るのだけは何とか阻止したくてな。……まあ、ちょっと想定外に広がっちまったけど、な」

 

 

 

 西園寺炎斗。

 

 彼は五車の火遁の術使い達によって構成される部隊、“火遁衆”の玖番隊筆頭であり、その主任務はアミダバラに常駐し、ここの自治組織に協力して治安維持と情報収集に務めることだ。

 

 何でも普段は街を縄張りにしているギャングに扮し、“デスフレイム団”なる組織名を名乗っているらしいが……まあネーミングセンスや彼自身のバンドマン然としたファッションは兎も角、仕事ぶりは至って真面目らしい。

 

 

 

「ほぉ、お前がこの様になるとは余程だな。何者だ、その相手は?」

 

 

 

 この口ぶりから見るに、九郎さんから見ても炎斗は相当優秀な部類の人間らしい。

 

 下手人について尋ねられると、炎の使い手であるロックな対魔忍は気まずげに視線をそらした後、風体に似合わず煮え切らない態度で幾分か逡巡し、

 

 

 

「あー……何ていうか、だな。冗談みたいな話だが、全身を顔まで黒いラバースーツに包んだ女……うん、まあ、多分女だ。得物は鉤爪と鞭だったな」

 

 

 

「……ラバースーツ、って、あのぴっちりとした奴ですか?」

 

 

 

 俺の問いにも気まずそうに苦笑する炎斗。

 

 どうやら彼自身も、自分で見たものがまだ信じきれてないようだ。

 

 

 

「ああ、そうだ。SMクラブとかで見かける本格の黒いやつな。ご丁寧に丸い口枷までしてやがったよ。流石に俺も魂消たぜ。最初はどこの店から逃げ出してきたんだと思ったが……―」

 

 

 

 炎斗の供述を纏めると、その全身ラバー女を最初に見かけたのは彼の部下らしい。

 

 今日の正午前、日常業務の一つである廃墟地区の見回りに出た2人組が、何かの研究施設跡に立っているそいつを見つけたようだ。

 

 質の悪い白昼夢でも見てるのかと思いその場に固まっていたら、向こうから彼らを視認するや否や、何の前触れもなく襲い掛かってきた。

 

 訳が分からなすぎる展開だが、その対魔忍たちも木偶の坊ではない。セオリー通り一人が前に出て敵の足止めをし、一人が通信機で応援を呼んだ。

 

 自分たちの力を過信し2人だけで対処しようとしなかったのは流石だが、残念なことに、この変態女が非常識な部分は恰好だけではなかった。

 

 玖番隊の本部が受けた通信から読み取るに、一人が敵の姿を呆れ声で報告している間に相棒がやられ、通信していた者も動揺した隙を突かれそのままやられてしまったらしい。

 

 通信が繋がってから切れるまでの時間はおよそ15秒足らず。文字通り瞬殺だった。

 

 すぐさま炎斗の号令で『デスフレイム団』のほぼ全員が出動し、戦闘が行われた現場に急行したが、そこには2つの死体以外、何の痕跡も残っていなかった。

 

 この時点で既に、炎斗達にとっては腸の煮えくり返る事態だっただろう。

 

 だが問題はそこからだった。

 

 

 

「すぐに町中を捜索したさ。何せンなけったいな恰好した女だ。探さなくたって向こうから目撃情報が飛び込んでくる、そう……思ってたんだが……」

 

「……一向に見つからなかった、と」

 

 

 

 九郎さんがそう言いながら、炎斗の左腕に包帯を巻き終えた。

 

 炎斗は自身の傷を包帯越しに撫でさすりながら、悔しそうに俯いた。

 

 

 

「どんな絡繰りかはしらねえが見事な隠形だったぜ。逃げられるのを嫌って捜索範囲を広めに取ったのも災いしてな、人数がばらけた所を順番に各個撃破、って方法で6人もやられちまった。そこで俺一人が囮になり、部下たちは全員で固まって出た所を包囲する、って作戦に切り替えた。上手く奴さんを釣れたまでは良かったんだが……―」

 

 

 

 隊長であるこの男の現状を見れば凡そ分かるが、上々な結果とは行かなかったらしい。

 

 女の素振りを見るに、炎斗側の作戦を見透かした上で敢えて誘いに乗った節すらある。そう苦々し気に彼は呟いた。

 

 

 

「思いっきり暴れられるように廃墟地区の隅っこに誘導できたのも俺たちが上手かったわけじゃなく、向こうがこちらの思惑を察して乗ってきたからだろうな。その理由までは分からんが……。まあ、その後面目なく逃がしちまったが、それなりの手傷は負わせられた筈だ。最終的に不利を悟って逃げたのは向こうだったしな。……ま、SM嬢相手にその様かよっていわれりゃ返す言葉もねえが……おっ、そうだそうだ。大事なことを言い忘れてた」

 

 

 

 そこで炎斗は俺たちに「すまねえな、助かったぜ」と礼を言いながら立ち上がった。

 

 そして、未だ収まる気配のない路上の火柱に視線を向けながら、

 

 

 

「で、その後行方をくらました奴さんを追うために俺らは再び町中に散って、俺はあれを仕掛けに来たって訳だ。アミダバラの外に出るなら、この通りを抜けて橋を通るのが最短だからな。……ああ、言うまでもねえが海は無理だぜ。五行の奴らが張った結界があるからな」

 

 

 

 アミダバラは自治に関わっている各組織によって、人の出入りは常に監視・制限されている。

 

 俺たちが島に渡るために何気なく通ってきた連絡橋にも、監視カメラだけでなく、出入りする者を識別する結界や魔術式が仕込まれていると、九郎さんが教えてくれた。

 

 炎斗たちの出くわしたその変質者が、誰にも気づかれずこの人工島から脱出するのはほぼ不可能というわけだ。

 

 

 

「あの炎は俺特製でね。近くに対魔忍やら魔族やらがいると、術者である俺の手に小さな炎が燃え上がってそれを教えてくれるって寸法だ。謂わば火遁でできた探知機ってわけよ」

 

 

 

「“炎唱”の応用か。相変わらず火遁使いにしては器用な奴だ。だが、それにしても派手過ぎじゃないか。非常事態とは言えこんな術を使えば、連合や五行の連中が怒るだろう」

 

 

 

 随分失礼な物言いだが、これでも彼なりには炎斗の事を称賛しているのだろう。

 

 

 

「へ、かもな。一応こっちから連絡はしておいたんだが……いや、言いたいのはそこじゃなくてな。本来、この術はこんなデカくなることはねえってことさ」

 

 

 

 俺や九郎さんが訝し気な顔を向けると、炎斗は折れてない左腕を伸ばして頭を掻き、

 

 

 

「俺自慢の術ではあるが、こいつはそもそも攻撃力はねえ。ホントは手で包めるくらいの大きさで浮いてるはずなんだが、何故か今日に限ってこんなになっちまう。おまけに……」

 

 

 

 炎斗は顎と肩でギターを挟み込んで固定し、片手で器用に音を鳴らす。

 

 しかし、人間サイズを遥かに超える炎は何ら変化をみせず、風で揺れつつもその勢いは一向に収まらない。

 

 

 

「……な? 付けられたはいいけど消せねえんだこれが」

 

「……え、それ結構深刻な問題じゃないんですか?」

 

 

 

 苦笑し、参ったなこりゃとでも言いたげに首を振りながら、言外に俺の問いに首肯する炎斗。

 

 自分の術を自分で解除できないというのは、単に不便や危険だというだけに留まる話ではない。感覚的には、自分の左腕が勝手に動き出し、しかもそれを右腕では抑えられないという事態に近い不快感と恐怖を覚えるものらしい。

 

 とはいえ術が制御不能になること自体は珍事という程でもなく、極度の疲労や負傷による消耗が原因でまま起こることではある。だが、今の炎斗はその条件に当てはまるとは言い難い。意識はしっかりとしているし、骨折してはいるものの歩行や言動に問題はなく、彼自身も何故術が正常に機能しないのか分からないようだ。

 

 

 

 しかもそういう場合、論理的に考えれば発生する術はいつもより弱くなる筈だ。

 

 今回は発動した技が強すぎて後から制御できていないという、何とも奇妙な事態になってしまっている。術を覚えたての学生が似たようなミスをよくやらかすが、彼本人の反応を見るにその自覚もなさそうだ。

 

 

 

「怪我や疲れが原因でないというなら、外的要因か? 何か身に覚えはないのか、炎斗」

 

「それが全くねぇんだ。少なくとも、あの変態ヤローと戦ってるときは何も異常はなかったし、奴を追跡しがてらここらにこの術を仕込んでいた時も、調子は別に悪くなかったしよ……」

 

 

 

「調子が悪くなかったって……骨折れてるんですよね? しかもさっきまでそこの道端にぶっ倒れてましたけど、それで異常はなかったんですか?」

 

 

 

 重ねて言うが、俺の医療技術はさして高くない。五車の授業で習う程度の応急手当や診察の技術は一応身に付けてはいるが、専門職レベルには到底及ばない。だから正直炎斗の体がどれ程のダメージを負っているか正確には分からないが、一般的に言って肋骨や腕が折れている人間はまともに動くことはできないし、戦闘なぞとても覚束ない。

 

 対魔忍に一般人の尺度を当てはめることができないのは百も承知だが、それにしたって今の彼は立派な重傷者である。

 

 だが彼は痛みこそ感じているものの、骨折自体はまるで苦に感じていないような口ぶりだ。

 

 俺の指摘を受けて、ようやく炎斗自身も自分の異様さを自覚したようだ。

 

 

 

「……あれ、そういや何か、俺妙に元気だな。正直今でも、疲れとかは全然感じてねえ。……あ、でもそういや、この路地に炎を仕込んだ後、急に眠気が襲ってきたんだ。オールナイトでライブやった後みたいな感覚かな、近いのは。こう、ふっと気が抜けちまってよ」

 

「典型的な術の暴走だな。耐用限界を超えて酷使したエンジンと同じ状態になったわけだ。……お前、そのラバースーツの女に何か変なことをされなかったか?」

 

 

 

 は? とでも言いたげな顔を九郎さんに向ける炎斗。

 

 いや、そういう意味じゃなくてな、と九郎さんは話を続ける。

 

 

 

「そいつと交戦した時、見てくれ以外に何か不審な点はなかったかと聞いているんだ。例えば突然息を吹きかけてきたとか、体から汗以外の何かを分泌していたとか、そういうのだ」

 

 

 

 ふむ、と頬に手を当てる炎斗は、「そう……言われてもなあ」と、困ったような声を上げる。

 

 俺も九郎さんの意を汲み、その言葉を引き継ぐ形で質問を重ねる。

 

 

 

「炎斗さん。実は俺たち、とある新型魔薬の情報を求めてここに来たんです。これはオフレコなんで他には黙っておいてほしいんですが、既に五車の中にもそれの被害が出ているんです」

 

 

 

「何だと……?」と驚愕の顔をこちらに向ける炎斗。

 

 踏み込んで機密情報を漏らしてしまったが、ちらりと見た限り九郎さんにそれを責める素振りは見られない。

 

 

 

「しかもこの薬は只快楽を得られるだけじゃありません。使い続ければ人を化け物に変えてしまうっていう代物なんです。一刻も早く出所を押さえ、流通を止めなければなりません。……で、そのラバー女ですが、ひょっとしたらその魔薬をやっているのかもしれません」

 

 

 

 無論その確証は全くない。

 

 手練れの対魔忍達を手玉に取る実力と、一目でわかる異形。

 

 無理矢理関連性を挙げれば確かに怪しく見えるだろうが、何せここはアミダバラだ。

 

 町の外、あるいは『向こう側』からひょっこり様子のおかしい猛者が流れて来ることなど日常茶飯事だし、そういったことに対応するために炎斗達はこの町に住んでいるのだ。

 

 だが同様に、そいつが『対魔石』とは関係ないと証明できる根拠もない。ならばこれが成り行きで巻き込まれた騒動だとしても、事の真偽確認も含めて対応するのが俺たちの任務と言えるだろう。

 

 

 

「どうでしょう、何かそれらしい素振りはなかったでしょうか。炎斗さんは任務柄、相手がヤク中かどうかを見分けるのも、よくやっている事と思いますが……?」

 

「まあ、な。この町にいやがる野郎の1,2割はその類だし、あんまり広まるようなら取り締まらなきゃならねえからな。……つってもなぁ、なんせ顔まで隠してたんで、あいつがそういうのキメてたかどうかまではなぁ、まあそうだとしたら色々と説明はつくが……あ」

 

 天を仰いで記憶を辿っていた炎斗さんが、不意に動きを止めた。

 

 何か思い出しましたか? と聞く俺に、釈然としない表情を向けながら、

 

 

 

「いや、そいつが鞭を使ってたってのは話したよな? えらくキレのいい鞭さばきで、この愛機が絡めとられねえようにするのには苦労したんだが……今思うと、なんか変だったんだよな」

 

 

 

「変? そいつの見た目以上にか?」

 

「いや見た目が一番ヤバかったのは変わんねえよ。そうじゃなくて、その鞭がなんていうか……うーん、説明が難しいけどなんつうの、こう……俺たちをただ攻撃してるってだけじゃない感じがしてな」

 

 

 

 という要領を得ない証言をされた訳だが、それを聞いて俺はある事を閃いた。

 

 あまりにも馬鹿馬鹿しい仮説だが、現状を説明できるものはこれしかないとも思わせる、そんな思い付きだった。

 

 

 

「もしかして、その鞭で攻撃されたら力が増したんじゃないですか?」

 

「…………ああ、理屈は分からねえが、今思うとそうとしか考えられねえんだ」

 

 

 

 ビンゴ。

 

 昔から直感は働くほうだと自負しているが、特に悪い予感はほぼ外れたことがない。

 

 我ながら自慢にもならない経験則だが、危機管理には役に立つ。

 

 俺と九郎さんは、そこで顰めた顔を突きつけ合わせて無言の内に確認し合う。

 

 どうやら向こうも考えは同じようだ。俺たちは来るのが遅かったみたいだが、何とか最悪の事態だけは防げるかもしれない。

 

 

 

「その女の鞭を食らうと、力が増したような気がする……それが、この異常に強力な火遁の術を生み出した原因なんだとしたら……やはりこれは、その新型魔薬が絡んでいるかもしれません」

 

「え、おい……まさか、あの鞭にか?」

 

 

 

 ギョっとした顔を俺と九郎さんに向ける炎斗。

 

 知らず知らずのうちに、訳の分からない魔薬を食らってたなんて話を聞かされれば無理もない反応だろう。

 

 

 

「あくまで可能性の話だ。もし本当にその鞭に何かが塗布されていたとして、何のために、という疑問も残る。単に敵を強くして戦いを楽しみたいマゾ……なんていう馬鹿な理由ならいいんだが」

 

 

 

 そこで九郎さんは、ジャケットの内ポケットから携帯端末を取り出す。

 

 彼は空港から五車に直行した後でこのままここへ来たので、今はお馴染みの対魔忍スーツではなく、完全に私服だ。

 

 俺にしたって、休日に学校へ呼び出されてそのまま連れてこられた訳なので学生服ですらなく、スラックスにTシャツというオフスタイルで鉄火場に来てしまっている。

 

 正直お気に入りのコーデなので何処かしらが燃えたりしていないか心配だが、着替えに時間を消費できる状況でもない。

 

 

 

「……俺だ。今アミダバラにいる。……ああ、連絡はいってるんだな。なら話は早い。まだ断定はできんが、アレが絡んでいる可能性が出てきた」

 

 

 

 端末から漏れ聞こえる声から察するに、通話の相手はアサギ先生のようだ。

 

 どうやら俺たちが五車を出てから、入れ違いにどこかのタイミングでアミダバラの異変が向こうにも連絡されていたらしい。

 

 

 

「ああ、電源は切ってた。……運転中だったんだ、仕方ないだろう……こっちに来て早々に、偶然玖番隊の隊長と合流できてな、話を聞くことができた。あくまで勘だが、ふうまも怪しいと睨んでる。…………上原が? 何故ここに…………うむ……いいだろう、こっちで可能な限り対応する。そっちからの応援を待っていては手遅れになるかもしれん。…………それは分からん。情報不足だからな……ああ、分かってる。連絡はするし、後で報告書も書くさ。……ああ、分かった。ふうま、校長からお前に、だそうだ」

 

 

 

 何か俺にも伝えることがあるらしい。

 

 俺は九郎さんから端末を受け取り、通話を代わる。

 

 

 

「もしもし」

 

『あ、ふうまくん? ごめんなさい、折角の休日なのにこんな事になってしまって』

 

 

 

 開口一番謝罪の言葉を受けて、「いえいえいえとんでもないです!」と焦った返事を返す。

 

 アサギ先生の声音から単に部下の休日を潰してしまったことへの申し訳なさ、以上の感情を感じ、それが周りの2人(特に炎斗)に勘づかれたりしないか、訳もなく心配になったのだ。

 

 客観的に見れば、そんなことがバレる可能性など存在せず(そもそも九郎さんには端からばれてるし)、むしろ俺の態度の方が余程不審がられるだろう。

 

 禁断の恋愛というのは、思った以上に人を神経質にさせるらしい。

 

 

 

『そちらの話は聞いたわ。予想よりも大分悪い方へ進んでるみたいね』

 

「ええ……敵は、武器に新型魔薬を使用している疑いがあります。西園寺炎斗さんからも、敵の攻撃を受けた後で術が強くなったという証言を得られました。態々敵を強化するような真似をする意図は不明ですが、このまま放置するのは危険だと思いますので、自分たちで対処します」

 

『……分かったわ。既にこちらからも、専用の対策チームを編成して派遣したところよ。アミダバラに居てその敵と交戦した者たちには、後で精密検査を受けてもらう。貴方たちも、くれぐれも気を付けてね。何かあったら、九郎を盾にしてくれていいから』

 

 

 

 はは、了解です……と苦笑を漏らしながら、知らずに盾役に任命された男をちらりと見る。

 

 

 

『本当に気を付けてね。今更言うまでもないけど、貴方は既にその魔薬を投与されている可能性が高い。検査では異常が出なかったけど、今度その影響を受けたらどうなるかは分からない。ひょっとしたら、貴方の“あの力”に反応して、もっと強い反応が出るかもしれないわ』

 

 

 

 “あの力”とは、俺が二車骸佐に心臓を貫かれて発現した異能の事だ。

 

 詳しいメカニズムは不明だが、死ぬ筈だった俺はその力によって生き返り、大抵の負傷なら数秒(長くても1分以内)に治るようになった。

 

 紫先生や九郎さんの“不死覚醒”と似たようなものだが、発現時に黒い靄のようなオーラが発生する点、いつも閉じている俺の右目が赤く光るなど、違いはいくつかある。

 

 最初は俺の忍法がついに……などと淡い期待を抱いたのだが、調査の結果その夢は一言の元に切捨てられた。

 

 曰く、これは魔族由来の能力らしい。

 

 実の所、俺の力が忍法ではないといえる根拠が何か、そもそもその能力と忍法はどう違うのか、俺自身はよく分かっていない。

 

 検査を受けた後一通り説明は受けたが、医療的な専門用語が多く半分も理解できなかった。

 

 そもそも対魔忍が使う『対魔粒子』も魔族が使う『魔力』も、使用者によって名前を使い分けてるだけで大した違いはない、というのが俺の認識だし、実際そう思って構わない、と桐生やその他の専門家からもレクチャーを受けたことがある。

 

 ならば一体何をもって俺の力は『忍法』ではない、と言えるのか。

 

 その理屈は分からないが、実を言えばそれを納得できるだけの感覚は得ている。

 

 どういうことかと言うと、これが自分自身の力ではなく、誰かから与えられているもの、そしてこれを使うと、なにかしらの不吉を呼び込むという事が分かる。

 

 それがこの能力そのものの性質なのか、これを俺に与えたものの悪意を感じ取っているからなのかは分からないが、軽々に頼るわけにはいかないという確信を得るには十分だった。

 

 

 

「最大限注意しますよ。ああ、そうだ。例の件、どうなりました?」

 

『……それ、今聞くこと?』

 

「ええ、モチベの問題ですから。で、どうなんです?」

 

『…………予定は取れたわよ。来週の金曜、1日空けたわ』

 

「ありがとうございます、俄然やる気が出てきました。では後ほど」

 

 

 

 最後にちょっとした確認を行って通話を切り、端末を九郎さんに返す。

 

 九郎さんは真顔のまま「程々にな」とだけアサギ先生に小声で伝え、相手の返事も待たずに通話を切った。

 

 

 

「……さて、悪いがお前の盾役は謹んで辞退させてもらう。どうやら別件でここに来ていたのは俺たちだけじゃないらしい。上原燐……知っているな?」

 

「鹿之助のお姉さん……あ、いや従姉妹でしたっけ。彼女もこちらに?」

 

 

 

 さり気なく会話を盗み聞きされたのをカミングアウトされた。

 

 俺は赤面するのを必死に堪え、会話をつなぐ。

 

 

 

「ああ、何の用かは知らんがここにいるのは間違いないらしい。炎斗、知ってたか?」

 

「いや、来る予定があるってことも聞いてねぇ。つまり……仕事で来たんじゃねえって事か?」

 

 

 

 さぁな、と肩を竦めつつ、九郎さんは装備と時間のチェックを行う。

 

 上原燐、通称“電輝の対魔忍”。

 

 井河・ふうまに次ぐ対魔忍の名家「上原家」の対魔忍であり、俺の親友、上原鹿之助の従姉妹。

 

 アサギ校長からも一目置かれる実力と、厳しくも公平かつ丁寧な指導に定評があり、教師・生徒問わず人気の高い人だ。

 

 時折妙に細い目を俺に向けてくるのが気にはなるが……すごくいい人だというのは俺から見ても分かる。何より超が付くほどの美人だ。

 

 

 

「プライベートで態々この町へ……知り合いでもいるんですかね?」

 

「かもな。兎も角俺は先に行って、彼女を見つけそのラバー女を確保する。ふうまは炎斗と共に一旦そいつのアジトに行け。他の火遁衆と合流し、現在の情況を把握しろ」

 

 

 

 口調自体はフラットだが、有無を言わさぬ迫力を感じる指示だった。

 

 今回は独立遊撃隊の任務ではない以上、現場で作戦を決める権限は先任である九郎さんにある。俺としても、それに異論はない。

 

 

 

「……了解。何か分かったら、逐一連絡します。可能な限り通話には出てくださいよ」

 

「言うまでもない。炎斗、すまんがそいつの案内を頼む。炎の柱に関しては、今は何もしなくてもいいだろう。威力は予想外でも、延焼する心配はなさそうだしな」

 

 

 

 正確に操られた「火遁の術」は通常の炎と違い、術者が狙ったもの以外を燃やすことはない。

 

 今街路に生えている火柱も今見る限り、威力こそ想定外であり傍迷惑な暑さを維持しているが、忍法の性質そのものから外れた様子はない。少なくとも現時点では、放置しても町に被害は出ないだろう。

 

 無論何も関係ない住民にとっては、堪ったものじゃないだろうが。

 

 

 

「あ、ああ……こんな様の俺が言うのも何だが、あんた一人で大丈夫なのかよ?」

 

「頼りにしてくれていいですよ。俺はともかくこの人は、アサギ校長の次の次の次くらいには強いですから」

 

 

 

 さらりと言ったおれの台詞に吹き出す炎斗。

 

 ウケ狙いで言ったつもりはないが、彼のツボには嵌ったらしい。

 

 

 

「はっ、ははは……! そりゃ心強ぇや。あんたのことは聞いてるぜ、八津九郎さんよ。悪いが、今は頼りにさせてもらう」

 

「……間の2人が誰かは大いに議論したいところだが、まぁいい。道中気を付けて行けよ」

 

 

 

 そう言うと、九郎さんは彼の巨躯をフル稼働させ、そのままオリンピックにも出場できそうな速度でアミダバラの町を駆けていった。

 

 まあ実際、彼が出ようもんなら一度に取得したメダルでオセロができそうだが。

 

 

 

「……じゃ、俺たちも行きましょうか。炎斗さんの部下も、アジトにいるんですか?」

 

「ああ、怪我した奴らはその筈だ。元気な奴らはそこかしこに散って捜索を続けてると思うが……さて、何人残ってるかね……」

 

 

 

 肩を貸そうかと思ったが、処置の甲斐もあってか炎斗さんの足取りは軽く、補助の必要はなさそうだ。そのタフさに頼もしさを感じつつも、これも『対魔石』の影響かもしれない、と思うと嫌が応にも警戒せざるを得ない。

 

 何とも複雑な心境で、短い男2人旅が始まった。

 

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