しかし「シュウジが結ばれるべきなのは、薔薇のララァ」と思い、失恋したと思い込んでいたマチュは彼の思いに応えることができずにいた…。
そんな二人のまえに"コチラの世界のシュウジ・イトウ"が現れる。
彼は、「マチュのために世界を書き換える」と彼女を連れ去り…
すれ違いを乗り越えて結ばれるシュウジとマチュ
そしてGQ世界のシュウジのお話
そして僕は。
いつからあの悪夢が始まったのか、もう覚えていない。
何度も何度も世界が産まれては消えていく…否消していくのだ…"僕"の手によって。
絶望の声を上げる見知らぬ女性、消えていく世界に住む人々の音なき声…それらは夢の中の僕に突き刺さる。
夢の僕を通して、現実の僕の心にも茨のように根をはり、苛む。
「っっ!!…ハァ、ハァ…。」
とても言葉では表すことのできない痛みに飛び起きれば、次に感じたのは氷のように体温が下がった自分の身体。
それはまるで、消された世界の人々が「お前もコッチに来い。」と引きずり込もうとしているようで…。
このままでは、永遠の眠りにつかされてしまうのではないかと恐怖する日々だった。
そんな悪夢の日々にも変化が訪れた。
夢の中では連邦のMSとして戦っていた白いMS…ガンダムが、赤いジオン将校によって鹵獲されたのだ。
それを契機に、戦況は一気にジオン公国側へと傾き…夢の中の一年戦争はジオンの勝利となって終結することとなった。
それはまさしく…今僕が生きている宇宙世紀で起きた一年戦争と全く同じ終わりだった。
ここにきて遂に僕は、自身を悩ませていた夢がただの夢ではないということに気づいたのだ。
それはすなわち、消えた世界に生きていた命も架空のモノではない可能性が出てきたということだ。
「ウ…ゲェ、エエェ…!」
胃の内容物全てを吐き出してなお、吐き気がこみ上げてくる。
僕と全く同じ存在によって奪われた数多の命…それらはあくまでも空想の中のモノだったと思い込んでいた…思い込もうとしていた。
しかし現実は残酷で、疲弊した僕の精神に容赦なくトドメを刺そうとしてくる。
「…助けて…だれか、たすけて‥‥!」
暗い部屋のなか、吐瀉物にまみれて助けを乞う。
凍えそうなほどに冷たくなった体を少しでも温めようと両手で抱くも、僕の目にはその両手すらドス黒い血にまみれて見えた。
いつまで…この地獄は、いつまで続くんだ‥‥!?
『わ…私、アマ…あまま…マチュ」
救いは突然訪れた。鮮やかな赤色と共に…。
『お~い ハラヘリムシ~!飯持って来たぞ~!』
どこまでも尽くしてくれて…。
『分かった、ガンダムがそう言ってるんだね』
どこまでも追ってきてくれて…
『ララァのことが好きなんでしょう?』
たとえ想いが実らなくとも、"僕"の心を救おうとしてくれた…。
『君が好きだよ』
唇に伝わる感触と、抱きしめた体のぬくもりが…悪夢に凍え傷ついた僕の心を救ってくれたのだった。
悪夢から解放された僕は、すぐさま"彼女"を探した。
最後に見た彼女は…泣いていた。愛していたヒトが消えたことに、泣いていた。
だから、僕が行かないといけないんだ。
彼女を悲しませたのは"僕"だ。どうしもないほどに傷つけたのが"僕"だったんだ。
だから僕には、彼女の涙を止めるという使命がある。
彼女に救われた僕が、今度は彼女を救うんだ。
手がかりは…海。彼女が、"僕"と一緒に行こうと約束した地球の海。
地球の七割を占める広大な海原。おそらく浜辺付近と絞り込めるだろうけど、それでも僕には彼女を見つけ出せるという確信があった。
だって…僕にとって彼女は運命の人だから。
必ず巡り合えると、世界が定めた運命の人なんだ。
悪夢に蝕まれた身体を引きずって、水平線が見える場所をひたすら探し回った。
寝食も忘れ、ひたすら夢の中でみた赤色を求めて。
そして、ついに見つけた‥‥。
涙を流しながら"僕"と抱き合う、赤い髪の女の子を‥‥。
なんでだよ。
ここは、お前の世界じゃないだろう。
自分の世界に帰れよ。
ここには…僕がいるんだぞ!
彼女には‥‥マチュには僕がいるんだ!!
なんでまたお前なんだよ!!?
マチュを傷つけたくせに!!
お前のせいでマチュは生まれ故郷に帰れなくなったんだぞ!!
家族にも会えなくなったんだ!マチュから全てを奪い取って、まだ足りないってのかよ!!?
だいいち‥‥お前には他に好きな女がいるんだろ!?
そいつとよろしくやってろよ!!
‥‥そうだ、そうに違いない。
アイツはマチュを、あのララァって女の代わりにしてるんだ。
あの女に振り向いてもらえないから、マチュをその代替に使っているんだ。
許せない。絶対に、許さない。
そもそもアイツは違う世界の人間なんだ。マチュに相応しくない。
マチュと結ばれるべきなのは…この世界で産まれて、生きてきた僕なんだ。
あんなヤツに、…マチュを渡してなるものか。
マチュを…今度こそアイツから僕が助けるんだ‥‥!
『マチュ!!』
『えっ、シュウ、ジ……違う。アンタ、誰…?』
『僕はシュウジ…キミと同じ世界で生きてきたシュウジだよ…。』
『…この、世界の…シュウジなの…?』
『うん。キミを助けるために、ココに来たんだ!』
『助けるって…。』
『キミもわかってるんだろう?アイツが…キミをララァって女の代わりにしか思ってないって。』
『…!!』
『大丈夫だよ、マチュ。僕が…"キミのシュウジ"が、キミを守るから…!』
マチュに、僕の言葉は確かに届いた。
アイツの思惑に気づいたマチュはついてきてくれたんだ。
僕と…僕の協力者のもとへ…。
ソイツは"向こう側"とやらのことを調べているようだった。
なんでも僕とマチュが生きているコノ世界自体が、向こう側のニュータイプによって造られた世界なんだとか。
そして…マチュにも、そのニュータイプと同質の力が眠っているということも教えてくれた。
ソレを聞いたとき、僕は思いついた…マチュが再び、自分の故郷に…家族のもとに帰ることができる手段を。
協力者の言葉が事実なら、マチュにはこの"世界そのもの"に干渉する能力が眠っているはずだ。
それを活かすことができれば、マチュにかかった指名手配を"無かったこと"にできるはずだ。
アイツが、マチュから奪ったモノ全てを取り戻すことができるんだ!
協力者が独自に手に入れたデータから再現した"シャロンの薔薇"と呼ばれるモビルアーマー…そしてソレに搭載されているサイコミュ。
其処にマチュと、彼女をサポートするニュータイプ…僕が一緒に乗り込めば、すべてが解決する。
マチュと僕が…平穏に生きていける世界が手に入るんだ!!
その…はずだった。
「マチュ!どうしてなんだ、マチュ!!」
僕の傍に来てくれたはずのマチュは…再びアイツのもとに行ってしまった。
途中まで上手くいっていたはずだったんだ…協力者が裏切るまでは。
ヤツはマチュの能力だけが目的だったんだ。
マチュを"薔薇"の一部…生体ユニットとして扱うことで、世界改変のための道具にしようとするのがヤツの真の目的だったのだ。
マチュを救い出す…共通の敵が現れたことで、僕とアイツは一時共闘することを選んだ。
そして薔薇から解放された彼女は…僕ではなく、アイツを選んだ。
「帰ってきて!帰ってきてくれ!!マチュ!!」
『…諦めるんだ。もうマチュはキミのところには行かない。』
「なんだと…!!」
いけしゃあしゃあとアイツがのたまう。
マチュを…別の女の代替にしか思ってない男が『違う!!』
『…マチュ?』
『シュウジはそんな男じゃないっ!!』
向こう側の"ガンダム"のコクピットから…アイツの傍にいるマチュが、僕の言葉を否定する。
今の彼女は、僕が傍にいた時からは考えられないほどに力強さに満ち溢れていた。
『ごめんね、シュウジ…。もとはと言えば、私がシュウジのことを信じきれなかったからこんなことになったんだ。』
『マチュ…。』
『もう私は迷わない!私がシュウジのことが好きなように…シュウジも、私のことが好きなんだって!信じてる!!』
『…僕も。もう二度と諦めない…何度だって君が好きだって、愛してるって証明してみせるよ…!』
「っっ!!僕を、無視するなぁぁぁぁああっ!!!」
まるで僕なんて存在しないかのように語り合う二人に、視界が真っ赤に染まるほどの怒りがこみ上げる。
白いガンダムに向かって、ガムシャラに攻撃を仕掛ける。
「なんでっ!なんでだ!なんで何もかも僕から奪うんだ!!僕がいったい何をしたっていうんだ!!?」
『っ…それは…。』
「マチュだってそうだ!お前のせいで、彼女は故郷での…家族との生活を失ったんだぞ!!」
無我夢中でアイツに、自分自身が犯した罪を突きつける。
マチュの傍に相応しいのはアイツじゃない!!彼女の大切なモノを取り戻そうとした僕だ!!
『違うっ!シュウちゃんはマチュから何も奪ってないし、マチュも後悔なんて何一つしていないっ!!!』
それを遮る人間が現れた。
彼女は、確か…。
『ニャアンだよ。』
乱入者の名前が思い出せない僕に、アイツが答えた。
『やはりキミは僕とは違う人間なんだな。ニャアンを…もう一人の僕のMAVの存在を忘れてしまうなんて…。』
「…だから、自分のほうがマチュに相応しいとでも言うのか…!」
『…違うよ。』
憎き恋敵に噛みつく僕に対して、マチュが悲し気な声をかける。
『相応しいとかじゃない。そもそも、アンタに必要なのは私じゃなかったんだ。』
「マチュ、なにを…!?」
『シュウジ。ニャアン。力を貸して。』
『マチュ、いったいなにを?』
『さっき…薔薇にされそうになった時に見えたの。アイツが行くべき場所が…シュウジがいた宇宙に、あのヒトを待ってる人間がいるのが。』
『っ…!マチュ、それって…。』
『わかったよ、マチュ!私たちに任せて!!』
マチュに頼られて力を増したニャアンがモビルスーツで…マチュの愛機であるはずのジークアクスで向かってくる。
くそっ…僕が倒したいのは、憎いのはアイツだけなのに…!
『…そういうところは一緒なんだね。』
「え…。」
『イオマグヌッソの時のシュウちゃんと同じだ。嫌な匂いが…私を殺そうとする匂いがしない。』
「それは…ニャアンには恨みはないから…。」
『うん…マチュが言ってることがわかった。アンタを待ってるヒトが誰なのか…わかった。』
「だからさっきからなにを…っ!?」
瞬間、異変に気づく。
周囲のミノフスキー粒子が光り輝くと同時に、僕を…僕が乗っている"ガンダム"ごと強い引力が引っ張り込もうとする。
「こ、これは!?」
『…ゼクノヴァ。キミを”向こう側”に…僕がいた世界へと送り込む。』
「…っ!!貴様ぁっ…!!」
ニャアンが時間を稼いでいる間に、この世界と"向こう側"が繋がれてしまった。
アイツは、マチュだけじゃなく、僕の存在すら奪おうというのか!!
僕をこの世界から追放することで、自分が"この世界のシュウジ・イトウ"になろうというのか!!?
『違う…そんなつもりはないよ。…すまない、キミの苦しみは全部僕のせいだ。』
「いまさらっ!!」
『そう、いまさらだ。いまさらだけど…せめてキミを無事に"向こう側"に送り届ける。キミを、待っている"彼女"のもとへ…。』
「‥‥なんだよ、それ。」
視界が涙で歪む。
いくらスラスターを吹かせても、なんの手ごたえも返ってこない。
それが…もう僕になんの手立てもないことを教えてくれた。
「悪いと思っているなら…償いたいと思うなら殺せよ、殺してくれよ…。」
『…それはできない。』
「生きろっていうのかっ!?マチュがいない世界で!?お前はソレができるか!?できないだろう!!彼女がいない世界で、どう生きていけっていうんだよ!!!」
『大丈夫。』
絶望に泣き叫ぶ僕にマチュが語りかけてきた…子供を安心させる母親のような声で。
『怖がらないで。大丈夫だから…"向こう側"で、必ずあなたを助けてくれるヒトに巡り会えるから…。』
それすらもだんだんと遠くになってゆく。
『…グラフィティを描いて!!そうすればきっと見つけてもらえる!!絶対に、わかってもらえるから!!』
キラキラとした光に包まれて、意識が薄れていく。
最後に聞こえたマチュの声が、遠い宇宙の星のように輝いて‥‥。
そして僕は、自分の宇宙から追放された。