傷つき、外の世界に連れ出されてなお"自由"になれない少女のために
少年は海を目指す
マチュが最初から"カバスの館"のような娼館にいたら…というifの世界線です。
楽園を追放される日の続きとなります
「それで?まだ僕から離れても平気だと思ってる?…マチュ。」
マチュ、のところでニッコリと笑うシュウジ。だがその目は全く笑っていなかった。
その日、またシュウジがリンゴを買ってきてくれたのでアップルパイを作ったのだ。
ただ買い与えられるだけの"所有物"ではなく、それをシュウジに少しでも返すことのできる"人間"になってから
シュウジは前にもまして買い物の頻度を増やした。
事あるごとに買ってくる食材で、料理するのが私の日常となりつつある。
「マチュが来てくれる前は、不足したものを買い足すだけだったんだけどね。」
そう笑っていたシュウジだが、そもそも私を彼が買った形なので"来てくれた"は違う気がする。
が、あまりに嬉しそうに笑うので…私が、シュウジを笑顔にしたという事実が幸せすぎて、それを指摘することはできなかった。
「マチュ?」
果実の赤色を眺めて、ふとかつての出来事を思い出していた私の手に、急に様子が変わったシュウジの手が重なる。
痛みを感じることは無いが、かといって動かせない。
逃がさない、という強い意志が伝わってくる。
(これはまずいことになったぞ…。)
目の前のシュウジを見る。
コチラをじっと見つめる瞳にハイライトはなく、微笑んだ口元は先ほどから一ミリも変化はない。
決して短気なほうではないシュウジだが、掴みどころのない彼の気がいつ変わるかもわからない。
時間をかければかけるほど、実力行使にでられるリスクが高まるだけだろう。
自分の手元に目線を移す。
皿の上にはアップルパイの最後の一切れ、シュウジの分は既に空っぽ‥‥よし!
「シュウジ。」
「なに?」
「あ~ん。」
フォークに突き刺したアップルパイを、シュウジの口に押し付けるように勧める。
パクリ、と一口。
まだ目は笑っていない。
「おいしい?」
「うん。」
「じゃあまたリンゴ買ってきてね。今度はもっとおいしく作るから!」
そう笑えば、ようやくシュウジはフニャリと笑った。それがあまりにも幸せで、私も笑った。
シュウジが笑えば、私も笑う。
私が笑えば、シュウジも笑う。
幸せをふたりで確かめ合って、ようやく彼は満足したようだ。
「マチュ。」
洗い物を済ませた私に向かって、膝をポンポンと叩きながら呼んでくるシュウジ。
まるで幼児に対する扱いに内心苦笑しながら、そっと膝に座った。
間髪入れずに、お腹に両手が回され首筋に顔を埋められた。
ス~っと匂いを嗅がれる感触がこそばゆいが、下手に抵抗すれば更なる侵攻が始まるのでココは我慢だ。
(ふぅ…あぶなかったぁ…。)
先ほどの問答を思い出し、心の中で胸を撫でおろす。
もしあそこで下手をうてば、このくらいでは済まない所であった。
明日の昼頃までベッドから動けなくなる程度なら御の字だ…最悪、向こう一週間はシュウジから「僕がどれくらいマチュのこと好きか、教えてあげるよ。」されるだろう。
…いや決して、それが嫌とかいうわけではない、ただあんまり爛れた関係で終わりたくないとか、シュウジの時間を私のためだけに使ってほしくはないわけで。
嬉しくないかと問われれば嬉しいに決まっているし、コチラの体力の限界を気に留めてくれれば私だって……あ。
(しまった!)
シュウジは他人の心が読める。つまりは、私が考えることも筒抜けというわけだ。
問題なのは、それをGOサインと見なすか否かを(勝手に)決める権利はシュウジのほうにあるということで。
己の不覚に気づいたところでもう遅い。
お腹に回されていたはずのシュウジの手は、いつの間にか私の服のなかへと滑り込み、スルスルとまるで蛇のように這いまわってくる。
ゾクゾクとした感触を脳に伝えてくる身体に喝を入れ、なんとか不届きな手を抑えて、「ちょっと待って!」の意思を伝えるも
─チュウッ─
「んぁっ。」
首筋に強く吸い付かれる。他人からも見える位置につけられたキスマーク。
すなわち「マチュは僕のモノ」という証をつけたということは…朝までコースだ。
「待って!ちょっと待って!」
まだ日が暮れるどころか、ようやく傾き始めてきた時間帯だ。
そこから朝まで?無理無理!体力がもたない。シュウジがもっても、私がもたない!
なんとか思い留まってもらおうとするも、悲しいかな体格差からくる力の違いは絶望的で。
服に潜り込んだ蛇は、その温もりを私の肌に刻み付けながら膨らんだ胸の頂へと辿り着く。
「んっ…シ、ュウんぅっ!」
アーティスト特有の器用さを存分に発揮され、ただでさえ儚い抵抗をねじ伏せられてしまった。
完全に脱力した私を抱きかかえ、それはそれは上機嫌でベッドルームへとシュウジは向かう。
─…どうして、わたしはシュウジから離れられると思ったんだろう─
これから始まる蹂躙劇に対する恐れと悦楽への期待、そして愛される喜びに茹だる頭が微かに疑問を持つ。
この楽園に連れてきた神様であり、毎晩自分を誘惑する蛇であり、世界の誰よりも私を愛してくれるアダムからどうして逃げられると考えたのか…。
ベッドルームまでの短い道のりのなかで、鼻歌まで歌い始めたシュウジの顔を眺めながら、私はぼんやり考えるのだった…。
(もう離さない…逃がさない。ようやく君の心を手に入れた。これからもずっと一緒に生きていく。僕の…たったひとつの望み。)