朝食の席。湯気の立つ味噌汁と焼き鮭の香りが、普段ならば心を落ち着かせるはずだった。
だが今日ばかりは違う。
食卓に並ぶ料理の数々は、まるで処刑台に並べられた道具に見えた。
俺と実は正座したまま、俯きながら箸を持つ。
顔は真っ赤で、互いに視線を合わせることすらできない。
――昨夜の出来事を、両親に知られている。
その事実が、鮮明に意識にのしかかっていた。
「ほら、敬一。そんなに固くならなくてもいいだろう」
父・一郎は口元をにやけさせながら、鮭をほぐす。
「なに、昨夜はずいぶん元気だったようだからな。体力はしっかり残ってるはずだ」
「父上っ……!」
思わず声を荒げる。だが、抗議すればするほど、自分の首を絞めるのは分かっている。
顔の熱が収まらず、耳まで赤くなっているのが自分でもわかる。
母・蓮華はお茶を注ぎながら、柔らかい笑みを浮かべる。
「まあまあ、一郎さん。ほどほどになさいな。……それにしても実ちゃん」
蓮華の視線が横に座る実へと移る。
「こんなに朝から可愛らしく照れて……。ふふ、昨日のことが相当楽しかったんでしょう?」
「~~っ///」
実は耐えきれず、顔を両手で覆った。
耳まで真っ赤に染まり、声にならない声を洩らす。
――俺は悟った。
敵は親。味方もまた親。
だが今この瞬間ばかりは、どちらにも立ち位置を定められない。
恋人を守ろうとすればするほど、自分が追い込まれる。
そして黙っていれば、実が茶化されてしまう。
「……父上、母上。度が過ぎますぞ」
精いっぱいの敬語で、顔を真っ赤にしながら口を開く。
「実は……その、まだ子供です。孫がどうのなど、早すぎます」
「まあ、そうかもしれんな」
父は頷きながら、わざとらしくため息をつく。
「だがな、男なら責任を持たねばならんぞ。昨夜のようにな」
「っっっ……! 父上ぇぇぇ!!」
俺は箸を強く握りしめ、思わず卓に置いた。
「その話はやめてください! 実に恥をかかせるような真似を!」
「け、敬一……」
実が驚いたように俺を見る。
頬は赤いが、その瞳にはわずかな安心の色が浮かんでいた。
母は微笑みながら、軽く肩をすくめる。
「ふふ、いいじゃない。あんたがそれだけ実ちゃんを大事に思ってるってこと。お母さんは安心したわよ」
――親というものは、時に最強の敵であり、同時に最強の味方でもある。
逃げ場などない戦場で、俺はただふてくされることしかできなかった。
「……もう、朝飯がまずくなる……」
ぽつりと呟き、顔を背ける。
すると父と母は顔を見合わせ、声を立てて笑い出した。
「はははっ! まあ、仲良くやれよ、二人とも!」
「そうそう。若いうちは恥ずかしいくらいがちょうどいいのよ」
――こうして俺の尊厳はまたひとつ削られたが。
隣で実がこっそり袖をつまんで微笑んだことで、救われた気がしたのもまた事実だった。
甘くて、気まずくて、そしてどこか幸せな朝食。
俺たちの日常は、こうして少しずつ、愛おしいものへと変わっていくのだ。