佐世保に着任して一週間。
「艦長、また速度が遅れています! これでは隊列から外れます」
副艦長・鷹取美月の声は冷たく、鋭い刃のように突き刺さる。
「分かっている。だが海況を考えれば――」
「言い訳は不要です。海は言い訳を待ってくれません!」
副艦長・水城美月の態度は、相変わらず冷たい。
いや、冷たいどころか、南極大陸で全裸にされている気分だ。
……想像するなよ? こっちもダメージがでかいからな。
近海哨戒任務の一週間も、彼女の氷壁はびくともしない。
ただの無口美人ではなく、トラウマに根ざした頑丈な鉄壁。
――艦長とはいえ、新参者が手を出して壊せるものではない。
だがその夜。
機関長・榊原琴葉と水雷長・風間志乃が、敬一に真相を語ってくれた。
かつての艦長。
彼はまるで歴史に残る悪政の権化のように、副艦長を痛めつけた。
嵐の夜でも命令を押しつけ、失敗すれば「疫病神」と罵る。
わずかな指示の遅れで懲罰、徹夜の文書作業。
宴席では無理やり酒を飲ませ、倒れた姿を嘲笑する。
……いや、そこまでやる?
もう艦長じゃなくて鬼教官だろ。しかも教育の成果ゼロのタイプ。
誰も彼女を庇えず、美月は孤立し、自分を「艦に必要ない人間」と思い込んでしまった。
――なるほどな。
牙を剥かれても仕方ない。
犬に噛まれた子が犬嫌いになるように、艦長嫌いになっただけだ。
その夜、敬一は美月の部屋を訪れた。
「前任艦長のことを聞いた」
そう告げると、彼女の肩が震えた。
「……なら、お分かりでしょう。私は艦長を信じません」
「だろうな」敬一は頷いた。「でも、俺は違う。少なくとも、お前を責めたりはしない」
その瞬間、氷が崩れた。
美月は涙をこぼし、声を震わせて叫ぶ。
「……もう嫌なのです! 責められるのも、笑われるのも……私はただ、時雨を守りたかっただけなのに!」
敬一はそっと抱き寄せた。
彼女は泣きじゃくり、やがて力尽きて眠る。
――そう、またしても俺の胸の中で。
そう、覚えているだろうか。
実もかつて、俺に抱き着いて泣いたことがあるのだ。
つまり俺は、短期間で二人の女性に泣きつかれているわけだ。
……うらやましいだろ? 読者諸君。
だが勘違いするなよ。
現実は涙と鼻水で制服がびしょ濡れになる地獄だ。
甘美なシチュエーションどころか、クリーニング代がかさむんだよ。
それでも――彼女たちが少しずつ心を開いてくれるなら、この濡れ具合も悪くはない。
……いや、やっぱりハンカチは大量に持ち歩こう。
うんそうしよう