※この作品はR-18です。

転生先は日本の軍人一族でした。   作:白狼悠

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14話 艦長はいない

副艦長という肩書きは、誇りと責任を背負うもののはずだった。

しかし、前任艦長の下でのそれは、ただの「的」でしかなかった。

 

報告が一拍遅れれば、机を叩かれ「のろま」と罵られる。

作戦会議で意見を述べれば、「黙れ、女が口を出すな」と切り捨てられる。

航海中に部下を庇えば、「上官に逆らう気か」と夜まで甲板に立たされる。

 

雨に濡れ、身体が震えようと許されない。

頭痛で視界が霞んでも、作戦図の誤字を百回写経させられる。

 

極めつけは、艦の士気を保つための「宴会」。

杯を断れば「副艦長のくせに協調性がない」と怒鳴られ、無理やり飲まされた。

顔が赤くなれば、「酒に弱いくせに偉そうに」と笑われる。

 

――そして、酔い潰された夜。

意識が遠のき、抵抗の言葉すら出せなくなった自分から、最も大切なものを奪われた。

それは副艦長・美月ではなく、一人の女性としての誇りを、踏みにじられた瞬間だった。

 

翌朝、制服の襟を正すふりをしながら、涙を必死に拭った。

「口外すれば、お前の責任にする」と冷たく告げられ、誰にも言えなかった。

艦内で視線を感じるたび、あの夜の記憶が胸を締め付ける。

信頼していた仲間にさえ、真実を打ち明けられなかった。

 

だから美月は、「艦長」という存在を心の底から憎み、恐れた。

あの人のような艦長が、再び現れることを何よりも恐れた。

 

――だからこそ。

新しく着任した敬一に対しても、最初から壁を作った。

どんなに穏やかに振る舞おうと、「また同じに違いない」と思い込んで。

むしろ最初から強く当たり、牙を剥くことで、自分を守ろうとしたのだ。

 

だが、ある夜。

彼の口から、前任艦長の所業を知っていることを聞いたとき、美月の心は大きく揺れた。

 

「……なら、お分かりでしょう。私は艦長を信じません」

自分でも震えているのが分かった。

拒絶の言葉を並べることで、心の均衡を保とうとしていた。

 

けれど、敬一はただ静かに言った。

 

「だろうな。だが俺は違う。お前を責めたりはしない」

 

――その瞬間。

胸の奥に張り付いていた黒い氷が、ぱきんと音を立てて砕けた気がした。

 

涙が止まらなかった。

嗚咽が込み上げ、言葉も出せなかった。

ただただ、溢れるままに泣いた。

 

「……もう嫌なのです! 責められるのも、笑われるのも……私は、ただ……時雨を守りたかっただけなのに!」

 

次の瞬間、温かい腕に抱かれていた。

それはかつての艦長からは決して与えられなかったもの――安心。

 

泣きながら、ようやく気づいた。

この人は違う。

前の艦長とは違う。

 

あの日以来ずっと凍りついていた心が、初めて溶け出していくのを、美月は確かに感じていた。

 

泣き崩れた自分を、敬一は最後まで抱きとめてくれていた。

あの日以来、心を覆っていた氷は、確かに溶け始めていた。

 

涙がようやく止まったころには、身体はもう力が抜けていた。

彼の胸に額を預けると、不思議な安堵が込み上げ、気づけば眠りに落ちていた。

 

――夢を見た。

あの地獄のような夜とは違う、穏やかな夢。

暖かい海風が吹き、誰にも責められず、ただ隣に敬一がいるだけの夢。

 

目を覚ましたのは、翌朝。

まだ制服姿のまま眠っていた自分に気づき、頬が赤くなる。

慌てて体を起こそうとしたが、すでに敬一は静かに椅子で目を閉じていた。

 

まるで一晩中、見守ってくれていたかのように。

 

――胸の奥が、きゅっと締め付けられた。

誰かに守られることが、こんなにも心強いものだったなんて。

忘れていた感情を思い出した瞬間だった。

 

それからの日々。

艦内で敬一と顔を合わせるたびに、心がざわつくようになった。

報告で名を呼ばれると、無意識に背筋が伸びる。

何気ない会話に笑みを見せられると、胸が熱くなる。

 

「……どうして、こんなに気になるのでしょう」

独りごちる声は、誰にも届かない。

 

わかっている。

これは副艦長としての感情ではない。

一人の女として――心が敬一を求め始めているのだ。

 

恐怖と憎悪で凍っていた心は、少しずつ、確かに変わり始めていた。

そして、美月は初めて「この人となら」と未来を思い描くようになった。

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