※この作品はR-18です。

転生先は日本の軍人一族でした。   作:白狼悠

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15話 困惑

着任からしばらくの間、俺と美月の関係は最悪に近かった。

挨拶をすれば棘のある返事。命令を出せば冷ややかな視線。

副艦長としての責務を全うしているのは理解できるが、それ以上に「俺を試している」空気が漂っていた。

 

――まあ仕方ない。

前任艦長があれだけの暴君だったなら、新しい艦長なんて信用できないだろう。

「また同じ人間かもしれない」という疑念を抱くのも当然だ。

 

だが、あの夜。

彼女が泣きながら抱き着いてきた夜を境に、空気は一変した。

 

翌朝から、美月は俺を見る目を明らかに変えていた。

冷たい視線が柔らかくなり、言葉の端々に敬意だけでなく、微かな親しさが混じるようになった。

 

――え? なにこの急展開。

おい、ギャルゲーでもこんなルート分岐は早すぎるだろ。

俺はただ「ちゃんと味方だよ」と伝えただけなのに、なぜここまで距離が縮まっているんだ。

 

艦橋で指示を出せば、彼女はすぐに反応して補足を入れてくれる。

報告を聞けば、隣に立って地図を指差し説明してくれる。

時には「艦長、少し休まれては?」なんて気遣いまで。

 

――いや、待て待て待て。

これは副艦長としての職務か? それとも、女としての感情か?

混ざってる気がしてならない。いや、絶対混ざってる。

 

正直、困る。

俺には既に実という存在がいる。

彼女の真っ直ぐで健気な想いを、俺はぞんざいに扱うつもりはない。

なのに、ここに来て美月まで……。

 

「羨ましいだろう? 読者諸君」

思わず心の中で誰かに語りかけた。

だってそうだろう。美月と実、二人の美少女に泣きつかれ、信頼を寄せられるなんて。

ラブコメ主人公でもそうそうない待遇だ。

……いや、俺はそんな役を望んでない。普通でいいんだ、普通で。

 

とはいえ、艦内は普通で済まされない空気に包まれていた。

 

機関長の涼音は、時折「艦長、お茶でもいかがです?」とやたら距離を縮めてくる。

彼女の明るい笑顔と白衣の袖をまくった姿は、無駄に健康的で妙に意識してしまう。

そして水雷長の瑠璃は、夜勤明けに「艦長、ちゃんと休んでます?」と低い声で囁くように気遣ってくれる。

その声音がやけに艶っぽく、正直、理性によろしくない。

 

――なぜだ。

俺は戦うために艦長になったんだぞ?

なのに気づけば「女性クルーからの信頼」という名の矢が四方八方から飛んできている。

これは戦場より危険かもしれない。

 

そして、美月だ。

ある日の哨戒任務の帰投後、艦橋から降りる俺の隣で、彼女がふと口を開いた。

 

「艦長。……いえ、敬一さん。あなたが来てくださって、本当に救われました」

 

真剣な眼差しに、心臓が跳ね上がる。

その一言は、どんな戦功よりも重かった。

前任者の残した傷跡を抱え、それでもなお彼女は前を向こうとしている。

その力強さと脆さが同居する姿に、俺は言葉を失った。

 

――駄目だ。

好きになってはいけない。

でも、放っておけるわけもない。

 

艦長としての責務と、一人の男としての感情。

その狭間で揺れる俺の心は、嵐の海に投げ出された木の葉のように、行き先を見失っていた。

 

……さて、これからどうなるんだろうな。

俺の人生、間違いなく「ただの軍務」じゃ済まなくなってきた。

 

夜のブリッジ。

海は凪いでおり、波音すら遠い。計器のランプだけがぼんやりと光を放ち、乗員たちの寝息の代わりに規則的な針の動きが響いていた。

 

そんな静寂の中、航海長・朝霧沙耶は一人、計算用紙に数字を書き連ねていた。

肩にかかる程度の 白銀色の髪が、灯りを受けて冷たく光る。

整えているようで整っていない――寝癖のように少し跳ねた毛先は、彼女の無頓着さを雄弁に物語っていた。

 

――ここで「黒髪ロングでポニテ!」とかだったら、もう実と被っていたところだ。作者の手抜き感がバレるから、銀髪ショートで正解である。

 

彼女の 淡い青灰色の目は、まるで眠たげに半分閉じられている。

しかしその視線は不思議なほど鋭く、時折「心の奥まで見透かされている」と錯覚させる。

制服はきちんと着ているのに、ネクタイだけはゆるんでいるあたりが彼女らしい。

要するに、適度にきっちり、適度にだらしない。――人間としては最も手強いタイプである。

 

敬一が入ってきたことに気づくと、沙耶は視線だけをゆっくりと向けてきた。

その顔は感情の色が薄く、冷めているように見えるのに、不思議と圧がある。

 

「……艦長。困ってますよね?」

 

唐突すぎる言葉に、心臓が跳ねた。

いや、こんなにあっさり見抜かれると、人間不信にもなるというものだ。

 

「な、何がだ」

わざとらしく誤魔化すが、沙耶は相変わらず抑揚のない声で続ける。

 

「美月副長。急に艦長に懐いたでしょ。……それ、気にしてますよね」

 

図星。ぐうの音も出ない。

――何なのだ、この人。目を半分閉じてるくせに、心の奥は全部丸見えなのか。もし占い師でもやったら繁盛するに違いない。

 

沙耶は首をかしげるでもなく、ただ紙にペンを走らせながら呟いた。

 

「この艦……人間関係が重いんです。だから艦長まで抱え込むと、沈みますよ」

 

冷静に、けれど真っ直ぐに。

その声音は刃物のように鋭いのに、不思議と痛くはない。

むしろ「そうだ」と腑に落ちるから厄介だ。

 

「……顔に出てましたから」

 

そう言って沙耶は、再び淡々と航路計算に戻った。

まるで「私はもう用件を済ませた」とでも言うように。

 

――こういう女が一番ずるい。核心だけ突いて、後は日常に戻る。

すると相手の方が勝手に「もっと話したい」「相談したい」と思わされるのだから。

 

読者諸君、気づいただろうか。

これはもう立派な人心掌握術である。

しかも彼女は意識してやっていない。天然でやっている。……おそろしい。

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